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矛盾
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しおりを挟む「真音、ごめんね」
不意に、喉から絞り出したような苦しげな姉の声が聞こえてきて、階段を上りかけていたあたしの肩がビクリと震えた。
「ごめん、って?」
平静を装った声で聞き返したけれど、姉の顔を見られない。
姉の言う「ごめん」の意味を、あたしは既に薄々感じ取っていたから。
「柊くんに……」
姉が震える声で、その名前を口にする。それだけで、胸がズキンと痛かった。握りしめた右手をぐっと心臓の辺りに押し付ける。
「柊くんにいろいろ助けてもらったの。瑛大くんと仲直りするために」
「ふーん」
「でも、私は柊くんとは何もないから。だから、ごめん……」
今にも泣き出しそうなほど震えている姉の声を聞きながら、この人は無自覚に、なんて残酷なんだろうと思った。
古澤柊斗は姉に気持ちを伝えていないと言ったけど、姉はたぶん、川原で抱きしめられた時点で彼の気持ちに気付いてる。
それから、彼に揺さぶられているあたしの気持ちにも。
姉は穏やかで優しいけれど、頭が良いし、鈍くはない。
「どうしてお姉ちゃんが謝るの? あたしと仲が良いと思っていた古澤柊斗が、ほんとはお姉ちゃんのことが好きだったから?」
胸に押し当てた右手が、小刻みに震える。
「お姉ちゃんは、何にもわかってない。何でも持ってるお姉ちゃんに……。瑛大くんがいるのに、あいつにまで好かれちゃうお姉ちゃんに『ごめん』なんて言われたら、あたしがどれだけ惨めになるか……」
眉間に力を入れて振り向くと、姉が呆然とした顔であたしを見ていた。
姉はいつも綺麗で優しくて、音楽の才能があって、何をやらせてもほとんどの場合が優秀で。あたしは小さな頃から、そんな姉に憧れていた。どこに行っても褒められる、自慢の姉だった。
だけどいつだって、あたしがどうしようもなく欲しいものを。努力したって手に入らないものを。目の前で全部、攫ってく。
両親の賞賛も、古澤柊斗も……。
姉のことを強い眼差しで見つめながら、あたしは産まれて初めて、彼女のことを嫌いだと思った。
いや、表には出せなかっただけで、本当は昔からずっと疎ましく思ってたのかもしれない。
綺麗で、華やかで、優しくて、憧れで……、そして、誰よりも――。
「嫌い。お姉ちゃんなんて、大っ嫌い」
「真音……」
子どもみたいに叫ぶあたしを見つめる姉の顔が曇る。
明らかに傷付いたように姉の瞳が潤むのを見て僅かな罪悪感が芽生えたけれど、突き付けた言葉を翻そうとは思わなかった。
「二人とも、どうしたの? ケンカ? 真音も、こんなところで大声出して……」
リビングから顔を出した母が、怪訝に眉をしかめる。
「何でもない」
あたしは母に不機嫌な声をぶつけると、階段を駆け上がって部屋にこもった。
ベッドにうつ向けに倒れて目を閉じると、傷付いた目をした姉の顔が何度も消えては浮かぶ。
その夜。夕飯の席で一緒になった姉は、私の顔を少しも見ようとしなかった。
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