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Chapter 9
追憶 ④
しおりを挟む「ややちゃんっ!」
大きな声がして、見上げると、そこに智史がいた。どうやら、無事だったようだ。ケガもないらしい。
「さとくんっ!」
稍は智史の元に駆け寄った。
智史はスウェットしか着ていなかった。痩せた身体の彼は、寒さが得意ではない。
ぶるっ、と身を震わせた。吐く息が白い。
「さとくん、ややは家からブランケット持ってきたから、温いよ」
稍はマントのように巻いていたブランケットの中に智史を誘った。
「……ややちゃん、エラいなぁ。ぼくなんか、家から出るのだけで精いっぱいやったわ」
智史は稍のブランケットの中へ入ってきた。
「おかあさんに言われて持ってきとうだけや。あっ、さとくん、めっちゃ冷たい……」
稍は智史の方に身を寄せてあげた。
「うん……ややちゃんは、めっちゃ温いなぁ」
そのときである。一際、大きな揺れが起こった。
ブランケットの中の二人は、びっくりして思わず互いに抱きついた。
すると、大きな音がして、顔を上げると、目の前の並びの家が突然、次々と崩れはじめ、あとはあれよあれよという間にひしゃげていった。
二人は声もなく、呆然としたまま、ただその光景を見つめることしかできなかった。
——おうちが、潰れてしもうた……
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
毎日通っていた学校が「避難所」となった。普段使っている教室が、地震で家を失った人たちの「仮の住処」となったのだ。当然、学校はしばらく休みだ。
稍も智史も「被災者」と呼ばれる存在になった。
避難所では、昨日まで目を離すとゲームばかりしていて、親から叱られてばかりの子ですら、がらりと変わった。「お手伝い」をする「いい子」になった。
小学生ができることは限られていたが、「救援物資」のおにぎりとかパンとかをお年寄りの人に持って行ってあげたり、トイレで流す水をペットボトルに入れて運んだりした。
子どもが持つ「哀しい順応性」だ。どんな過酷な極限状態の中でも生きていくための「知恵」であり「本能」である。
戦時中など「有事」の際に見られるもので、自分の「感情」はひとまず置き去りにして、「その場にいてもいい人間」になろうとするため、やたらと「従順」になるのだ。
その「反動」は「平時」に戻ったときにやってくるのだが……
稍と智史は「学級代表」だったから、大人たちの指示を子どもたちに伝えて、スムースに実行させる役目が与えられた。
「麻生」「青山」で、一年生の頃から必ず日直も一緒だったし、息はぴったりで「あうん」の呼吸で事にあたっていく。
学校生活の中で今まで掃除していた場所を参考にして、自分たちで掃除当番を決めた。
また、同じ被災者となった先生の指示で、中高生の人たちがつくる、必要な情報を掲示するための「壁新聞」を手伝った。
だけど、稍と智史の別れは……突然やってきた。
稍の父親は大阪の会社に勤務していた。
阪神間の交通は鉄道も高速道路も、なにもかも寸断されていた。なんとかして大阪に出た父は、会社の独身寮を借りてそこから会社に通うことにした。
本当は、なんとしても家族で大阪に行きたかったが、小学生の稍の足でもバスが通っているところまで歩いて行くには困難なのに、ましてやよちよち歩きの栞がいた。
仕方なく、妻子を避難所に残した。
一方、智史の方は、母親が昨年から大阪勤務となっていて、こちらもなんとかして大阪に辿り着き、同僚の家に世話になりながら、職場に通っていた。
企業の研究所に勤めていた父親は、勤務地のポートアイランドが液状化したため「休業状態」だった。なので、智史と一緒に避難所に残り、「世話役」となって避難所の人たちのために動いていた。
稍の叔父である聡が亡くなった報せを受けて、母のみどりと「身元確認」に行ったのも、智史の父の洋史であった。
みどりは一人では立ってもいられないほど憔悴しきって、洋史に抱きかかえられるようにして、避難所に戻ってきた。
稍の父親も、智史の母親も、家族を「被災地」に残してまで、大阪で働かなければならない理由があった。
住宅ローンである。
建物はすでに瓦礫となっているにもかかわらず、数年前に組んだローンは、まだ借入金の元金がほとんど減っていなかった。
そんな中、洋史の会社がとうとう従業員のために動いた。船をチャーターして、ポートアイランドまで迎えに来ることになったのだ。
智史はとりあえず、母親の実家である奈良の伯父の家に預けられることになり、転校することになった。
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