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Chapter 5
彼のおうちでクリスマスします ①
しおりを挟む「……彩乃……彩乃っ」
わたしは、はっ、と我に返る。また、ぼーっとしていたらしい。
「着いたぞ。早く降りろ、吉田が待ってる」
マイバッハの初老の運転手さんは吉田さんというらしい。ドアを開けて、わたしが降りるのを待ってくれていた。
「……あっ、すみません」
わたしは会釈してあわてて降りた。
どうやら、麻布周辺らしい。各国の大使館が見える。
——迎賓館?
降り立ったわたしは、しばらく言葉を失った。
ロココ様式の門柱の向こうで、噴水を前にしてそびえ立つ大谷石のクラシックな洋館は、明治の時代の華族の邸宅のようだ。
最近、こういう元華族の邸宅をレストランにしたり結婚式場にしたりして、リノベーションするところがあるのでその類だろう。
——もしかして、ここでクリスマスディナーとか?
ちょっとワクワクしてきたところで、将吾さんが言挙げた。
「ここ、おれんち」
——は?『おれんち』って「おれの家」ってことでしょうか?
彼はブライトリングを見て焦り出す。
「やっべえ、もうこんな時間だ。みんな待ってるなー」
——『みんな』って?
「クリスマスは、家族で集まって食うのが定番だろ?」
将吾さんはこともなげに言った。
「ただいまー」
将吾さんはエントランスのロココ様式の柱の間を縫うようにして建物の中へ入り、声を張り上げた。
わたしも後ろからついていく。
一応「玄関」なのだろうが、どうみてもちょっとした劇場のロビーにしか見えない。
すぐさま、五十代くらいのエプロンをつけた女性が「お帰りなさいませ」と出てきて、将吾さんのブリーフケースを受け取った。彼のブリーフケースは、エル◯スのサック・ ア・デペシュの黒である。
その後ろから、十代後半の女の子が転がるように出てきた。
黒々とした艶やかなストレートの髪を一つ結びにしてサイドに流し、アイボリーのケーブルニットのざっくりセーターにデニムのスキニーパンツの姿をしていた。
「将吾さま、おかえりなさいませ」
彼女は満面の笑みで彼を迎えた。
——うわ…っ、この子、すんごくかわいい。
同性のわたしでも思わずにはいられない。
「ただいま……わかば」
将吾さんは蕩けるような笑顔で応えた。
——へぇ、この人でも、こんな笑顔をするんだ。
「将吾さま、昨夜はお戻りにならなかったので、心配してたんですよ?クリスマスまでに片付けるっておっしゃってたお仕事は終わりました?」
彼女が将吾さんを見上げて気遣う。
一五〇センチ台であろう小柄な彼女が、一八五センチはある彼にすっぽりと守られているように見える。将吾さんが彼女を見る目が、甘くやさしい。
「……わかば、お客さまがいらっしゃるんだぞ」
窘める声が飛んできた。
声の方を見ると、島村さんが立っていた。
モスグリーンのニットにチノパン姿は、会社で見るピシッとしたスリーピースとはまるで違うラフな格好だった。
わかば、と呼ばれている彼女の目がわたしに移り、目が見開かれる。
——そういえば、会社でプライベートルームから出た直後にも、将吾さんと大橋さんから同じような顔で見られたなぁ。
「彩乃、この人は島村……茂樹のお母さんでこのうちのハウスキーパーの静枝さんだ。昔から住み込みで働いてもらっていて、この人がいないとうちは回らない。そして、この子は茂樹の妹のわかばだ。今、管理栄養士になるための大学に通っている」
島村さんのお母さんが、わたしにお辞儀をした。わかばさんもぺこっ、と頭を下げる。
「初めまして。朝比奈 彩乃と申します。会社ではいつも島村室長にたいへんお世話になっております」
わたしも彼らに向かってお辞儀をした。
「彩乃さま、この家では僕らは使用人ですから」
島村さんが困った顔をして言った。お母さんも、ものすごく恐縮している。
「でも、わたしにとっては上司のご家族ですよ?島村さんにお世話になってるのはお世辞でもなんでもなく、事実ですし」
そう言ってわたしがにっこり微笑むと、なぜか島村さんから目を逸らされた。
「……こいつが、おれの婚約者だ。これから、よろしく頼む」
将吾さんはわたしをぞんざいに紹介した。
そのとき……わかばさんの、ただでさえも大きな瞳が、ますます大きく見開かれた。
将吾さんを見てきらきら輝いていたはずの光が、一瞬のうちに翳ってしまった。
——この子、将吾さんのことが好きなんだ。
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