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Chapter 5
彼のお部屋に引っ張り込まれてます ①
しおりを挟む「……あーっ、おふくろのヤツ、油断も隙もねえっ!」
レジメンタルタイを緩め、するするっと外した将吾さんが呻いた。
「ほんとはスウェーデンでもアメリカでも二十四日の晩メシが家族とのクリスマスディナーなんだぜ。だけど、おふくろが帰国する飛行機のチケットが取れなくて帰れないって言うから、今日にしてやったのに」
ここは二階にある彼の部屋である。引っ張り込まれたのだ。
……といっても、わたしが彼の興味を引くなんてことはありえないから、二人っきりで彼の部屋にいてもなんの心配もない。
だからこそ、彼はわたしを自分の部屋に連れて来たのだ。今だってあたりまえのように、わたしの目の前で着替えてるし。
わたしは彼から受け取ったスーツとネクタイをハンガーに掛けてクローゼットにしまいながら、先刻教えてもらった彼の幼い頃のエピソードを思い出し、ふふふ…と黒い笑みを浮かべていた。
「な…なんだよ、その笑いは」
将吾さんはビー◯ズのマルチボーダーのニットを頭からかぶった。下はディー◯ルの黒デニムだ。
わたしが要らぬことを聞いたと思って、少し焦ってる。
——グッジョブ、お義母さま。
将吾さんの部屋は、アール・ヌーヴォーの壁紙やヘリンボーンの形に寄木細工されているダークブラウンの床はさすがにクラシカルだが、家具類やファブリックはコン◯ンショップのもので統一されてるそうで、モダンなテイストになっていた。
わたしはコン◯ンブルーのクッションをよけて、オフホワイトのカウチソファに腰かける。なかなか快適な座り心地だ。さすが、コン◯ンショップ。
着替え終えた将吾さんも、わたしの隣に腰を下ろした。そういえば、スーツ姿以外の格好を見るのは初めてだ。
図体はデカいが(態度も)、やや童顔なので、三十歳という年齢よりも若く見えた。
「どうせ、二十四日は遅くまで仕事だったじゃない。……あ、そうだ」
わたしは、ボリードをごそごそして、黄色いリボンのついた細長い箱を取り出し、彼に渡す。
「はい、エンゲージリングのお返し兼クリスマスプレゼント」
「……『兼』?」
将吾さんが眉を顰める。
——自分だって、エンゲージリングとクリスマスプレゼントを兼ねたじゃん。イヤリングの「おまけ」はくれたけれども。
「開けていいか?」
「どうぞ」
将吾さんが黄色いリボンをほどき、ラッピングされていた紙を破いていく。
中から黒いケースがあらわれた。将吾さんが黒のケースをぱかっ、と開ける。
「……パテ◯ク・フィリップ?」
彼は中に入っていた時計を見てつぶやいた。
「いや、違うな。……『グランド・セ◯コー』か」
——そう。わたしが彼にプレゼントしたのは、国産の最高峰の時計だった。
「島村さんに訊いて将吾さんがすでにTPOに合わせた時計を持ってるなと思ったけど、父に相談したらこの時計を勧められたの。年配の人が見ると『こいつ、若いのにちゃんとわかってるな』って思う時計なんだって」
「取引先の会長や社長との会合や会食のときに良さそうだな」
将吾さんがにやりと笑う。
「それから、商用で海外に行ったときには必ずつけるように、って」
将吾さんが、なぜだ?という目になる。
「世界に誇れる自分の国の最高峰のものを堂々と身につけてる人は信用できる、って思われるんだって」
すると、なるほど、という目になった。
「外交先でオ◯ガのスピードマスターを嬉々としてつけてる、どこぞの国の首相に聞かせてやりたいな」
オ◯ガのスピードマスターに罪はないけれど、あんなスポーティな時計をあんな公式な場で身につけるなんて、世界中に恥を曝しまくっているのと同じだ。
「そういえば……定番すぎて逆にホワイトフェイスの黒革ベルトのドレスウォッチは持ってなかったな。……ありがとう」
公式な場で身につける時計は値段ではなく「形」が重要なのだ。
「確かに、グランド・セ◯コーは日本なんかより世界での方がずっと高く評価されてるもんな」
そうだよ、日本人はやっぱり「世界のセ◯コー」だよ。シ◯ズンの「ザ・シ◯ズン」も海外受けが良いらしいけど、そのグランド・セ◯コーは限定品の約千本の中の一本だよ。クロコ革だよ。
——わたしは国産の時計持ってないけどね。
手首につけたカルテ◯エのタンク・フランセーズを見た。手首が細すぎて、タンクの中ではフェイスが小さな正方形のフランセーズしか似合わないのだ。
——男性用のデカい時計をつけてる女の人は重たくないのかな?ク◯ドールだったら華奢なデザインで軽いから、文字盤がダイヤになってるのでも買おうかな?
……不意に、その手首を引っ張られた。
思わず、顔を上げる。
「彩乃、ぼんやりするな。……おれを見ろよ」
そのまま、ぐいっと引き寄せられ、将吾さんの腕の中に入ってしまった。
彼のつける香水はウッディ系の爽やかな香りがミドルノートのはずなのに、今はなぜかバニラのような優しい甘い香りの方を強く感じる。
この香りがラストノートなのだろうか?
「……ったく、見合いのときは完全無視だし、うちの会社に出向してきたときも専属秘書でなくてもいいって言うし、なんだか時々、茂樹のことをぼんやり見てるし」
わたしを抱きしめる腕に、力が込められる。
「おれに興味がないのなら……なんであんなキスをするんだ?」
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