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Chapter 7
お正月に彼が実家で挨拶してます ②
しおりを挟む大きな掘り炬燵を囲んで、将吾さんとうちの家族との会食は和やかに進んだ。
わが国を代表する一流の老舗ホテルに入っている日本料理のお店から来てもらって、うちのキッチンを使って調理された会席料理に舌鼓を打つ。
呑兵衛のおじいさまが勧める熱燗を、将吾さんは断ることなくお湯のようにぐいぐい呑んでいる。
裕太が「大丈夫か?この人」って目で見ているが、島村さんによると相当強いらしい。
たぶん、日本人の遺伝子よりもアルコールを分解する酵素に長けている西洋人の遺伝子を持ち合わせているからだろう。
その豪快な呑みっぷりだけで、おじいさまはほぼ陥落状態だったが——
「……君は若いのに、なかなか見る目があるな。グランド・セ◯コーに目をつけるとは」
将吾さんの左手首の時計に目を細めた。
齢八十を過ぎたおじいさまの朝比奈 榮壱は、名目上はあさひJPNフィナンシャルグループの会長であるが、今はほとんど出社していない。
だが、グループ内はもちろん経済界での威厳と影響力は健在だ。
「彩乃さんに婚約指輪のお返しとしていただきました」
わたしはおじいさまに向かって、まるで芸能人のように左手の甲を向けて指輪を見せた。ピヴォワンヌがきらっと輝いた。
「おじいちゃま、時計はパパに訊いて選んだのよ」
おじいさまは、そうか、そうか、とさらに目を細めた。
「あーちゃん、指輪を見せて」
おばあさまの志乃がそう言うので、わたしはそばに駆け寄って見せた。
「綺麗だねぇ。……あーちゃん、よかったねぇ」
おばあさまはわたしの手を摩りながら、少し涙ぐんでいた。
「おばあちゃま、ありがとう。彩乃ね、この指輪とっても気に入ってるの。お揃いのイヤリングももらったんだよ」
母屋と離れで暮らしてはいたけれど、初めての内孫として、本当にかわいがられて育てられた。
この大切な二人に、感謝以外の言葉はない。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
会食のあと、将吾さんとわたしの父の榮太郎がなにやら話をしていた。
そのうちに、父親がゴルフのクラブを振る真似をし始めたので、たぶん今度ラウンドする約束でもしたのだろう。
——こんなふうにして、将吾さんの休日が潰れていくんだな。
ゴルフはエグゼクティブたちの「共通言語」だ。
世代が離れていても、ゴルフを介せば旧知の友のようにいきなり距離を縮められる。高スコアの持ち主は羨望の眼差しで見られて、どんなに年上で高い役職の人からでも教えを乞われる。
「……彩乃、おまえも久しぶりに一緒に回らないか?」
父親から声をかけられる。
将吾さんは、おまえゴルフやれたのか?という目をしている。実は就職するまで、父親に連れられて少しやっていたのだ。
「彩乃は、邪魔にならない程度にはできるから」
父親が彼に説明する。
「えーっ、もうずいぶんやってないよ。今だと百切れなくて、迷惑かけるよ」
打ちっ放しの練習場ですら、行ってないというのに。ま、もともと練習場は閉塞感があって好きではないのだが。
「クラブだって古いし、無理だよ」
ゴルフクラブはどんどん性能のよいものが投入されるので、すぐに「時代遅れ」になる。ボールの飛距離も、バンカーなどのトラブルからの脱出も、自身が持つ力より性能のよいクラブの方が助けてくれることがある。
「ドライバーも、アイアンセットも、買ってやるよ」
将吾さんがニヤリと笑った。
「彩乃は五番フェアウェイウッドが得意なんだ」
父が余計なことを言って胸を張る。
——パパ、こんなとこで突然、親バカになんないでよっ。
「それより、裕太を連れて行ってやってよ。あの子もそろそろ始めないと。上達には時間がかかるんだから」
「じゃあ、弟くんも含めてちょうど四人だ」
将吾さんが高らかに笑った。
——冗談じゃない。
普通、ハーフの九ホールで二時間ちょいで回れるところが、ラウンドデビューと一緒になったら、何時にクラブハウスに戻ってランチが食べられるか。
青い顔をしたわたしに、
「一番後ろの組にしてもらって、スルーで回ればいい」
将吾さんが呑気に宣う。
図体はデカいくせに、言うほど運動神経が発達していない元軽音楽部の裕太を思うと、一番遅い時間から十八ホールを一気に回って、日没までにクラブハウスに戻れるとは到底思えなかった。
だけど、父親も将吾さんも、わたしの話なんかもう聞いちゃいなかった。
早速「彩乃はフェアウェイウッドはクリークと七番で」「裕太は打ちやすいユーティリティがいいかも」などと、検討会に入っている。
結局、ゴルフ好きの人たちは「道具好き」なのだ。
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