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Chapter 8
破談の危機なのに結納やってます ①
しおりを挟む結納の日がやってきた。
わたしはお見合いで着ていた大振袖を纏った。菖蒲色の地に花薬玉や御所車などの吉祥文様が、大胆に施されたものだ。
初めて会ったとき、将吾さんはその姿を『キャバ嬢の初詣』と宣った。
だけど、弟の目から見ても『フツーに付き合ってフツーに婚約したように見えた』日には、
『あの着物、おまえになかなか似合ってたぞ』
と言ってくれた着物だ。
わたしは今日、将吾さんから最後通牒を突きつけられることを覚悟してやってきた。この着物はその覚悟の現れだ。
——憐れなわたしの両親は、まだそのことを知らないけれど……
朝比奈の家に生まれ、なに不自由なく育ててもらったにもかかわらず、政略結婚一つまともにできない不出来な娘でごめんね、と心の中で詫びる。
わたしと両親は、ホテルでの結納のために取ってある部屋へ入った。
すでにわたしたち以外の出席者が所定の場所に座っていた。ありがたいことに洋室だ。
正面には、松・竹・梅・鶴・亀と高砂・結美和・子生婦・寿留女などのいかにも縁起を担いだお飾りがしつらえてあった。
わたしたちはテーブルの向かって左側の席に腰を下ろした。
ホテルの係の人の合図で、テーブルの右側の席に着いた将吾さんのお父さまが、
「本日はお忙しいところお運びくださいまして、誠にありがとうございます」
と、両家を代表してご挨拶をされた。
すると、一同が礼をする。
それから、慣例により下座にお座りになった、経済界の重鎮でもあるお仲人さんから、
「この度は、富多様と朝比奈様の御縁談が相整いまして、誠におめでとうございます」
とご挨拶があり、また一同が礼をする。
次は、ホテルの係の人が付き添いながら、将吾さんのお母さまが結納品の目録を台ごと持ってお仲人のご夫妻の前まで運ぶと、お父さまが「これは富多より朝比奈様への御結納の品でございます」とおっしゃった。
すると、お仲人の奥様がそれをわたしたちの前に運ぶ。お仲人さんが「こちらのお品は富多様から朝比奈様への御結納でございます」とおっしゃい、わたしたちは一礼する。
そして、ホテルの係の人の指示でわたし自身が目録を開いて目を通し、父親と母親がそれに続いたあと、再びわたしに戻し、わたしたちはまた一礼する。
さらにわたしの母親が、ホテルの係の人の介添でそれを持って上座に運び、将吾さんに贈る結納品の目録を下ろして、それを飾った。
それから、母親は上座にある受書を持ってお仲人さんまで運ぶと、父親が「これは朝比奈より富多様への受書でございます」と言った。
そのあとは、逆にわたしの側から将吾さん側に対して結納品の目録と受書の「儀式」が同様に執り行われた。
将吾さんは終始、神妙な顔つきで淡々とこなしているように見える。
——いつ、この婚約がなかったことにすることを、みんなに伝えるのだろうか?
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