政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
68 / 128
Chapter 11

副社長の専属秘書の仕事やってます ②

しおりを挟む

 明治の時代、万年筆の販売をきっかけに大手の文具メーカーになった「萬年堂まんねんどう」の会長の次男坊の葛城かつらぎ 謙二けんじだった。

 今は自分で手がけたオフィス用品のネット通販会社「ステーショナリーネット」の社長だと聞いている。最近はオフィス用品だけじゃなくて、生活用品のネット通販も始めたらしい。

「あ……ご無沙汰しております。葛城様」
 わたしは一礼した。

「よせよ。殊勝な顔してかしこまるなよ。……昔のように『ケンちゃん』って呼べよ」
 そう言って、葛城さんがお茶を手にして一口飲んだ。

 視界の端に映る副社長の顔が、にわかに曇る。お客様にはわからない程度だが、確実に不機嫌になったのが、わたしにはわかる。

「申し訳ありません。今、勤務中ですので」
 わたしはアルカイックスマイルを浮かべた。

「何年ぶりかなぁ……綺麗になったな、おまえ」
 葛城さんはわたしをじーっと見つめている。

 副社長がわざとらしく咳払いをした。
「……実は、この朝比奈と私は婚約をしておりまして」

「知ってますよ、富多副社長。TOMITAの御曹司とあさひフィナンシャルの社長令嬢との結婚を知らない経済界の人間はいませんよ」
 葛城さんはしれっと言った。


「いい加減にしてよね?……ケンちゃん」

 ——そうだ、この人は昔からこういう人だった。

「今はそんなにカッコつけてるくせに。中学時代に家の前の道路でスケボーの練習してて、止まれなくて電柱に激突して救急車がやってきた話とかバラすよ」

「……って、おまえ、もうバラしてるじゃないかっ!」

「高校時代に女の子にモテたくて、家でエレキギターの練習してたら、うるさいってご近所から警察に通報されて、パトカーがやってきたこともあったよね?」

「うっ……」

「まだ、あるけど? ……将吾さんをからかうの、もうやめてよ」

 副社長——将吾さんはポーカーフェイスを脱いで、明らかに不機嫌でイライラした顔をしている。

「この人は、わたしの実家がある代々木上原の大山町のご近所さんなんです」

「……すまないね。僕は生まれたときからの彼女を知っていて、妹みたいなもんなんだ」
 葛城さん——ケンちゃんは頭を掻いて苦笑した。

「富多さん、彩乃のこと……どうかよろしくお願いします」


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 商用が終わって、ケンちゃんである「葛城様」をお見送りするために、副社長の執務室を一緒に出る。

 前室では誠子さんがわたしのデスクにいて、雑務をやってくれていたが、お客様が来られたので立ち上がった。

「あれっ……もしかして、誓子ちかこさんですよね?」

 ケンちゃんが誠子さんの顔をまじまじと見た。
 誠子さんが彼を見て、明らかに表情を凍りつかせる。

「誓子さん、おひさしぶりです。おうちのお手伝いをされているとばかり思ってましたが……こちらにお勤めでしたか?」

 ——『ちかこさん』?

 ケンちゃん、この人は「せいこさん」だよ、と言いかけたとき……

「こ…こちらこそ、ご無沙汰しております」

 誓子さんでないはずの誠子さんが、なぜか一礼している。わたしの頭の中は「?」だらけだ。

「彩乃、また来るから。……誓子さんもまた、お会いしましょう」

 なぜか、ケンちゃんは満面の笑みで副社長室を出て行った。わたしたちはお辞儀をして彼を見送った。


「……誠子さん、『ちかこ』って銀座の高級クラブでバイトしてたときとかの源氏名ですか?」

 わたしは声を潜めて尋ねた。一応、気を遣って、ただのおミズじゃなく「銀座の高級クラブ」にした。

「なんで、わたしが銀座の高級クラブで働かなきゃなんないのよっ!」
 誠子さんは憤慨した。

 ——初めて会ったときのあなたは、お勤めになっていてもおかしくない派手な雰囲気でしたよ?

「……誓子の方が本名よ」
 彼女はぽつりと言った。

「えっ、じゃあ……『誠子』が源氏名?」

「なんで会社で源氏名を名乗るのよっ!?」

 ——ですよね~?

「改名したのよ」

 ——えっ?


 そのとき、ドアが開いて島村さんが戻ってきた。

「島村さんっ、水野さんのお手伝いをしてきてもいいですかっ?」

 わたしのただならぬ勢いに、
「は…はい……構いませんが……」
 思わず許可を出してしまったみたいだが。

「誓子さん、行きましょう!」
 わたしは、誠子さん改め誓子さんを促した。

「……『ちかこさん』?」

 島村さんは片眉を上げた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~

麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。 夫「おブスは消えなさい。」 妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」 借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...