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Chapter 11
副社長の専属秘書の仕事やってます ②
しおりを挟む明治の時代、万年筆の販売をきっかけに大手の文具メーカーになった「萬年堂」の会長の次男坊の葛城 謙二だった。
今は自分で手がけたオフィス用品のネット通販会社「ステーショナリーネット」の社長だと聞いている。最近はオフィス用品だけじゃなくて、生活用品のネット通販も始めたらしい。
「あ……ご無沙汰しております。葛城様」
わたしは一礼した。
「よせよ。殊勝な顔して畏まるなよ。……昔のように『ケンちゃん』って呼べよ」
そう言って、葛城さんがお茶を手にして一口飲んだ。
視界の端に映る副社長の顔が、にわかに曇る。お客様にはわからない程度だが、確実に不機嫌になったのが、わたしには判る。
「申し訳ありません。今、勤務中ですので」
わたしはアルカイックスマイルを浮かべた。
「何年ぶりかなぁ……綺麗になったな、おまえ」
葛城さんはわたしをじーっと見つめている。
副社長がわざとらしく咳払いをした。
「……実は、この朝比奈と私は婚約をしておりまして」
「知ってますよ、富多副社長。TOMITAの御曹司とあさひフィナンシャルの社長令嬢との結婚を知らない経済界の人間はいませんよ」
葛城さんはしれっと言った。
「いい加減にしてよね?……ケンちゃん」
——そうだ、この人は昔からこういう人だった。
「今はそんなにカッコつけてるくせに。中学時代に家の前の道路でスケボーの練習してて、止まれなくて電柱に激突して救急車がやってきた話とかバラすよ」
「……って、おまえ、もうバラしてるじゃないかっ!」
「高校時代に女の子にモテたくて、家でエレキギターの練習してたら、うるさいってご近所から警察に通報されて、パトカーがやってきたこともあったよね?」
「うっ……」
「まだ、あるけど? ……将吾さんをからかうの、もうやめてよ」
副社長——将吾さんはポーカーフェイスを脱いで、明らかに不機嫌でイライラした顔をしている。
「この人は、わたしの実家がある代々木上原の大山町のご近所さんなんです」
「……すまないね。僕は生まれたときからの彼女を知っていて、妹みたいなもんなんだ」
葛城さん——ケンちゃんは頭を掻いて苦笑した。
「富多さん、彩乃のこと……どうかよろしくお願いします」
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
商用が終わって、ケンちゃんである「葛城様」をお見送りするために、副社長の執務室を一緒に出る。
前室では誠子さんがわたしのデスクにいて、雑務をやってくれていたが、お客様が来られたので立ち上がった。
「あれっ……もしかして、誓子さんですよね?」
ケンちゃんが誠子さんの顔をまじまじと見た。
誠子さんが彼を見て、明らかに表情を凍りつかせる。
「誓子さん、おひさしぶりです。おうちのお手伝いをされているとばかり思ってましたが……こちらにお勤めでしたか?」
——『ちかこさん』?
ケンちゃん、この人は「せいこさん」だよ、と言いかけたとき……
「こ…こちらこそ、ご無沙汰しております」
誓子さんでないはずの誠子さんが、なぜか一礼している。わたしの頭の中は「?」だらけだ。
「彩乃、また来るから。……誓子さんもまた、お会いしましょう」
なぜか、ケンちゃんは満面の笑みで副社長室を出て行った。わたしたちはお辞儀をして彼を見送った。
「……誠子さん、『ちかこ』って銀座の高級クラブでバイトしてたときとかの源氏名ですか?」
わたしは声を潜めて尋ねた。一応、気を遣って、ただのおミズじゃなく「銀座の高級クラブ」にした。
「なんで、わたしが銀座の高級クラブで働かなきゃなんないのよっ!」
誠子さんは憤慨した。
——初めて会ったときのあなたは、お勤めになっていてもおかしくない派手な雰囲気でしたよ?
「……誓子の方が本名よ」
彼女はぽつりと言った。
「えっ、じゃあ……『誠子』が源氏名?」
「なんで会社で源氏名を名乗るのよっ!?」
——ですよね~?
「改名したのよ」
——えっ?
そのとき、ドアが開いて島村さんが戻ってきた。
「島村さんっ、水野さんのお手伝いをしてきてもいいですかっ?」
わたしのただならぬ勢いに、
「は…はい……構いませんが……」
思わず許可を出してしまったみたいだが。
「誓子さん、行きましょう!」
わたしは、誠子さん改め誓子さんを促した。
「……『ちかこさん』?」
島村さんは片眉を上げた。
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