85 / 128
Chapter 14
同居する相手が変わります ①
しおりを挟む三月に入った月曜日、わたしは歯を食いしばって出社した。
いつまでこの会社に勤めていられるかはわからないけれど、同僚の誓子さんや七海ちゃんはもう友達みたいだし、ほかの部署の人たちとも挨拶やちょっとした立ち話ができるようになってきた矢先だったからとても残念だ。
——あっ、ケンちゃんに頼まれていた誓子さんへの「橋渡し」はなんとしても退職までに仕上げておかないと!
……だけど、いくら「友達」といっても今回の件のことはだれにも言えない。
たとえ、幼稚園からの親友、華絵であっても。「朝比奈」の名を汚すかもしれないことは他言しない、というのは哀しいかな、骨の髄まで叩き込まれて染み込んでいるのである。
だから、結局、海洋との間であったことも、華絵には言わずじまいだ。
それで、今でも「美しい誤解」をしてくれているのだが……
今回の将吾さんとの破談の件も、名を重んじる両家のためになんとか穏便に済ませたい。
そして、将吾さんには……愛する人と幸せになってほしい。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
お昼休憩が終わる頃、島村さんが秘書室に入ってきた。
午前中はずっとこの部屋でグループ秘書の仕事を手伝っていた。島村さんの配慮だった。
「休憩中申し訳ありませんが、朝比奈さん、副社長室にお茶をお願いします」
「は…はい」
わたしはランチボックスのふたを閉めて、立ち上がった。
——また、ケンちゃんかな?
だとしたら、誓子さんとのL◯NEのID交換の絶好のチャンスだ。
「今日からは出社されないと思っていましたよ」
副社長室に向かう途中で、島村さんが静かに言った。
——お義父さまやお義母さまにはなにも告げず、土曜日の夜に突然出てきてしまったからなぁ。
島村さんはわかばちゃんのお兄さんだ。
妹の恋敵のわたしを、今までどんな目で見ていたのだろう。
——きっと快く思っていなかったに違いないのに、わたしのためにいろんなことをしてくれていたのだ。
「旦那さまと奥さまには、あなたに少し里心がついて実家へ帰っている、ということになっています」
——とんだホームシックだことっ。
「実家には帰られていらっしゃらないようですが……今はどちらに?」
島村さんは顔を曇らせる。
「……将吾さまがたいへん心配されています」
会社では必ず「副社長」と役職名で呼ぶ島村さんが、名前を挙げた。
——だれのせいだと思ってんのよっ。
わたしは無言のまま、副社長室に着いた。
「……失礼致します」
トレイにお茶とお茶菓子を乗せ、わたしは副社長の執務室に入って行った。
向かい合わせのソファにはそれぞれお客様と副社長が座っていた。わたしが、お客様の方からお茶をお出ししていると……
「……そうやってると、いっぱしの秘書だな」
と、声がかかった。
顔を上げて、お客様を確認した。
心臓が飛び出そうになる、っていうのはこういうことだ。
わたしは目を限界までめいっぱい見開いた。
漆黒の髪をサイドに流し、明らかにオーダーと思われるダークネイビーのスリーピースをピシッと着こなしたその人が、平然と座っていた。
「ど…ど…どうして……?」
そうつぶやいたくちびるが震えていた。
「この三月から、我が社の社外取締役になった、朝比奈 海洋氏だ。彼にはアメリカで培った情報システム工学を活かして、システム統括本部の抜本的な改革に携わってもらう」
将吾さん——副社長が言った。
0
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~
麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。
夫「おブスは消えなさい。」
妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」
借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。
帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜
長月京子
恋愛
辺境の小国サイオンの王女スーは、ある日父親から「おまえは明日、帝国に嫁入りをする」と告げられる。
幼い頃から帝国クラウディアとの政略結婚には覚悟を決めていたが、「明日!?」という、あまりにも突然の知らせだった。
ろくな支度もできずに帝国へ旅立ったスーだったが、お相手である帝国の皇太子ルカに一目惚れしてしまう。
絶対におしどり夫婦になって見せると意気込むスーとは裏腹に、皇太子であるルカには何か思惑があるようで……?
山猿の皇妃
夏菜しの
恋愛
ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。
祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。
嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。
子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。
一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……
それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。
帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。
行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。
※恋愛成分は低め、内容はややダークです
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる