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Chapter 14
同居する相手が変わります ③
しおりを挟む——あ…あの……思いっきり「私用」なんですけど……?
「おまえが、おれの剣道の試合のときにつくってきた弁当の中によく入ってたヤツだ。ちょっと濃いめの味付けのあれを、アメリカで食いたくてたまらなかった。帰国したら、おまえに速攻でつくらせようって思ってた」
——あ…でも……
「昨日、カレーをつくっておいたのに」
「あ、海老カレーな。先刻、出社前に食ってきた。相変わらず美味かった。……でも、今夜は豚の生姜焼きだ」
——まぁ、カレーは冷凍してあるから、別に今日食べなくても大丈夫だけど……
圧力鍋を使って野菜類はしっかり溶け込ませているので、一見海老しか入っていないようなカレーだ。二日目以降はじゃがいもの味が落ちるから、大量につくるときはいつもそういうふうにしている。
「わかった」
わたしは彼のリクエストに応じた。帰りに豚肉を買わなくちゃ。
「彩、遅くなってもちゃんと食うから」
わたしは肯いたが、そのとき視線の端に敢えて避けていた将吾さんの顔が入った。
振り向いている海洋からはその顔は見えないが、金剛力士像のお二方をたった一人で体現したすさまじい憤怒の形相でわたしを睨んでいた。
——こ、怖っ。
わたしは一礼して、副社長の執務室から辞去した。
「……副社長、私的なことで失礼しました」
扉の向こうで海洋の声が微かに聞こえた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
その夜、マンションの部屋で豚の生姜焼きの下拵えをしていたら、スマホに通話があった。
今から帰る、という海洋からかと思ったが違っていて、母親からだった。
「彩乃、結婚式の招待状を発送してもいいわよね?」
——あっ、もうそんな時期だった。
四月末の結婚式まで、二ヶ月を切っていた。
「ママ、悪いけど……もうちょっと待ってくれる?」
わたしはおずおずと言った。
「あら、なあに?どうしたの?将吾さんとケンカでもしたの?」
なにも知らない母親は能天気に訊いてくる。
——ただのケンカじゃないのよ。婚約破棄なのよっ。
「とにかく、発送するのはもうちょっと待って」
「『もうちょっと』って、いつまでよ?出席してくださる方に失礼があってはならないのよ?」
母親は至極真っ当なことを言う。
「こ…今週末までには、返事するから」
わたしは苦し紛れに絞り出した。
「わかったわ……でも、それ以上は待てないわよ?」
そう言って、通話は切れた。
自分で決めたリミットとはいえ、短すぎる……
とにかく……逃げてばかりいないで、将吾さんと「婚約破棄」について……
——ちゃんと話し合わなければ。
そうは言っても、将吾さんとはやはり顔を合わせづらい。会社でどうしても避けてしまう。いたずらに、時ばかりが過ぎて行く。
海洋は、松濤のおじいさまになにか言われるまで、このマンションに居座るつもりのようだ。
学生からビジネスの世界に戻って、いきなり二つの企業の重役を兼務するのだから、かなり多忙を極めるみたいだ。
幸か不幸か、わたしとは毎朝の「おはよう」と毎晩の「おやすみなさい」の挨拶をする程度だ。
寝るときはもちろんきっちりと部屋を施錠し、ユニクロのもふもふの下にはきっちりと就寝用のブラを着用している。
ごはんの用意はわたしがしているけれど、海洋とはすっかりルームシェアしている「同居人」といった雰囲気だ。
酔っ払ってキスをしてしまったあの醜態だけは、
——もう二度と曝したくない。
海洋だって『悪かったな。急にあんなことして』って、謝っていたもの。
——きっと、わたしと同じ気持ちに違いない。
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