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Chapter 17
雨降って、地固まってます ③
しおりを挟む「将吾とわたしの結婚は、日本の経済界に関わるものなの」
確かに、わたしと将吾は互いに愛し合うようになったから、もう「政略結婚」ではなく、ただの「恋愛結婚」と言っていいのかもしれない。
だが、この国の基幹産業である自動車メーカーを母体としたTOMITAホールディングスの「御曹司」と、この国のメガバンクの一角を成すあさひJPNフィナンシャルグループの創業家「令嬢」との「結婚」であるという事実が消えるわけではない。
「たとえそれが『誤解』であったとしても、一旦週刊誌などが『婚約者がいるのに、ほかに女性がいる』とか『結婚しているのに愛人がいる』とかいってスキャンダルとして書き立てれば、信用問題となり、下手をすれば互いの会社の株価が下落し、関連企業にまで影響を及ぼすことになりかねないわ。特にTOMITAは世界的な企業よ。その影響は国境を越えて、何万人…いいえ、何百万人もの人たちの人生を左右するかもしれないのよ」
大企業の創業家は、一族全体で、いつもその重圧と闘っているのだ。
「そうなると、将吾は役職を投げうってでも、責任を取らなければならなくなるわ」
わたしは、彼女を見据えた。
「あなたに……その覚悟はある?」
——その覚悟の下で「自爆テロ」ができる?
わかばちゃんの顔がさーっと青ざめた。
将吾の役に立てることを考えて、今まで生きてきたであろう彼女にとっては、彼の未来に影を落とす原因になることだけは……
——絶対にしたくないだろう。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
その翌日、副社長室の前室で島村さんから呼び止められた。
「昨日は、イヤな役目をさせてしまって申し訳ありませんでした」
唐突に、頭を下げられる。
「わかばにお灸を据えてもらって、ありがとうございました」
——あぁ、わかばちゃんに聞いたのね。
「本来ならば、兄である私が引導を渡さねばならないのに」
わたしは、首を振った。
——わかばちゃんはただ、恋をしただけだ。
「気になさらないでください」
これで話が終わるかと思ったら、まだじっと見つめられたままである。
「あ…あの……島村さん?」
普段、表情のない……特に会社では鉄仮面を被っているように無表情な彼が、微笑んでいた。
「……戻られたんですね」
とっても、やさしそうな微笑みだった。
「これでも、弁護士資格を持っているんです」
けれど、その微笑みは、なぜか……
「たとえ、この会社を辞めなければならなくなったとしても……」
とっても……哀しげでもあった。
「どこかの弁護士事務所にでも入って……」
とっても……せつなげでもあった。
「……あなたの一人くらい、養えたんですけどね」
——島村さん?
つらい少年時代を過ごしてきた島村さんには、絶対に幸せになってほしい。
今まで、お母さんのために、幼かった妹のために、どれだけのものを犠牲にして来たんだろう。
どれだけの思いをかけて、大学入試に、法科大学院への適性試験や法律科目試験に、そして……司法試験に臨んだのだろう。
生活費はもちろんのこと、学費もすべて富多の家から出してもらっていたらしい。
お義父さまもマイヤさんも「海外では当たり前の無償の奨学金だと思ってほしい」とおっしゃったとか。
だから、島村さんはTOMITAに入社して、会社人生をかけて「恩返し」するつもりだったと思う。
——なのに……会社からの恩を仇で返すことを、彼は言った。
それは、お母さんや妹に対しても……「背信行為」だ。
「島村さん……『冗談』にしておきます」
——あなたの思いは、じゅうぶん伝わりました。
まっすぐ見つめた瞳で、それをわかってほしい。
「……もちろん、『冗談』ですよ」
島村さんが破顔した。初めて見る、屈託のない心からの笑顔だった。
わたしの思いも——伝わった。
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