不倫相手は妻の弟

すりこぎ

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エピローグ

約束

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 目を覚ました修一は、ぼんやりと室内を見渡した。カーテンが開かれた窓から清々しい陽ざしが射し込んでいる。のどかな鳥のさえずりが朝の時刻を告げていた。
 傍らのシーツのぬくもりは既に失われている。扉の向こうから、小百合が炊事に取りかかる耳慣れた生活音が聞こえてきた。

 しごく平和な休日の朝だった。激烈な熱情に駆られた営みの名残は、嘘のように消え去っている。ただの夢だったと言われれば、あっさり納得してしまいそうになるほどに。
 しかし全身に残る甘だるい倦怠感が、昨晩の出来事が確かな現実だったと脳に訴えかけていた。胸の奥底では、未だ喜びの水が静かな波を打っている。

 もう少しこのまま横になっていたいという気持ちもあったが、そろそろ朝食を作り終えた小百合が起こしに来る頃だろう。重い体を起こそうとシーツに手をついた瞬間、手のひらに鋭い痛みが走った。何か小さくて硬いものの上に手を置いてしまったようだ。

 きらりと鈍く光るそれは、古びた指輪だった。傷やくすみだらけで随分劣化が進んでいる。材質は安っぽく、サイズもかなり小さい。女性の指でも入らないだろう。子ども用のおもちゃの指輪のようだ。
 もちろん修一の私物ではない。それでは小百合のものということになるが――

 刹那、脳裏にある光景がひらめいた。
 泣きじゃくる幼い千紘と、それを宥める若き日の自分。いつものように頭を撫でてやっても機嫌は直らず、溢れる涙は止まらない。

「うわぁああ……わあああんっ……やだ、やだやだやだぁ……っ!」
「……ちぃちゃん……」
「ひぐっ……うっ、うっ……うそつきぃっ、しゅうちゃんのうそつきっ! けっこんしてくれるって……いったのに……っ!」

 修一は目を真っ赤にしてしゃくりあげる千紘の前に、予め用意していたものを差し出した。

「ちぃちゃん、こっちの手、出して」

 千紘の左手をそっと取り、その小さな薬指にリングを嵌め込む。おもちゃの宝石が虹のような光彩を放ち、キラキラと光り輝いていた。そのきらめきに思わず見とれてしまったのか、千紘は泣くのも忘れてぽかんとする。

「前にもらった指輪のお返し……気に入ってくれた?」

 修一が問うと、千紘は薬指に光る指輪をじっと見つめ、小さく頷いた。しかしすぐに別離の現実を思い出し、泣き腫らした顔をくしゃりと歪ませ、稚い体を小刻みに震わせる。

「……もう会えなくなるなんて、やだよ……」

 すすり泣く千紘に、修一は宥めるように優しく声を掛けた。

「大丈夫。また会えるよ」
「でも、ずっとずっと、とおいところに行っちゃうんでしょ……ママが言ってたもん……」
「きっと、会いに来るから……ちぃちゃんに、会いに来る。その時はまた、一緒に遊んでくれる?」
「……ほんとうに? もどってきてくれる?」
「本当に」
「ぜったい、ぜったいだよ……もどってきて、けっこん、してね」
「うん」
「やくそくだからね」

 差し出された小指に、修一は自分の小指を絡ませた。思いの強さを示すように、千紘の幼気な指がぎゅっと修一の指を握り込む。そのひたむきさが、胸の奥までじんと沁みわたっていく。

「まってるから……ずっと、しゅうちゃんのこと、まってるから……!」

 千紘は左手を胸に当て、もう一方の手のひらで修一からの贈り物をそっと包み込んだ。


――どうして、忘れていたのだろう。
 千紘はこの指輪を、15年もの間、ずっと持ち続けていたのか。交わした誓いを胸に抱き、修一を信じて一途に待ち続けていたのだろうか。
 約束が果たされぬまま月日が経ち、小百合と修一の結婚を知らされた時……彼はどんな思いを抱いただろう。

 かつての輝きを失った宝石が、消えかかる灯火のように寂しげに瞬いた。
 肌に食い込むほどきつく、指輪を握りしめる。騒ぎ立てる心が居ても立ってもいられない焦燥を生み、修一を急き立てた。

 千紘はまだいるだろうか。無性にその顔が見たくてたまらなかった。
 逸る気持ちのまま、修一は飛び出すように部屋を後にした。


〈了〉
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