夜明けには程遠い【完結】

米派

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乱暴にベッドに放り投げられる。咄嗟に腕をついて身を起こそうとするが、真上から首を掴まれて押さえつけられた。頬が布に沈んで、上にいるはずのグレンの顔が見えなくなる。それが却って怖かった。指先が冷たくなり、喉が急速に渇いていく。

「……っ、ぐれ、ん……かお、見えない……」
「そうですね」

淡々とした口調からは、感情が読み取れなかった。込み上げてくる恐怖から身体が震えて、呼吸が乱れる。

距離が多少なりとも縮まったとして、関係の歪さが取り払われたわけではない。相変わらずグレンが優位であることは変わりなく、刻み込まれた恐怖はふとしたときに俺の首を絞める。

皮膚の表面を撫でるように指先が下りてくる。それが徐々に首を覆うように広がって、ゆるく掴まれた。きゅっ、と微かに感じる締めつけに呼吸が荒くなる。心臓が、痛い。

「……そういえば、まだ出来ていないのです。首飾りを贈ると約束したのに満足のいくものができなくて」

喘ぐように息を吐くと、うなじに熱く湿ったものが這った。びくりと肩を揺らすと、咎めるように手首を掴まれる。

「大人しくしていてください」

その一言で、指先ひとつすら動かせなくなる。普段、生意気と呼べる態度を許すのはグレンの領域内だからだ。手中で好き勝手に振舞おうが、彼が怒りを露わにすることはない。蹴っ飛ばそうが毒吐こうが、笑って許す程度の余裕はある。それは何となく理解していた。だからこそ何故、今グレンが不機嫌になっているのかが分からない。あの日、キスをしてからグレンは何か可笑しい気がする。確証はないが、俺を見る目が少し変わったような気がした。

ぐるぐると思考を巡らせるが、グレンの不機嫌の理由に辿り着かない。恐怖や混乱が混ざり合って、抑えられない怯えが震えとなって表れてしまう。

「……何故、笑っていたのですか」

笑った? 確かに、ジェイクの話し方が懐かしくて笑った気もする。でも、それが何だって言うんだ。

聞きたいが、首に痛みが走って呻き声しか出てこなかった。信じられないことに、噛みつかれているらしい。皮膚と歯が押し合って、激しい痛みが襲う。捕食される動物の気持ちが、分かる日が来るとは思っていなかった。

「く、ぅ゛……っ」

シーツを爪で引っ掻くようにして、痛みから逃げようとする。けれど、胸に回された腕が強く抱き止めてくるせいで、まるで溺れているようにばたつくことしか出来なかった。ついに歯に押し負けた皮膚が、ぷつりと音を立てる。

「……ッ」

抉るような衝撃に、堪えていた涙が溢れ出す。一度、決壊したものは止まることを知らないようで、次から次に溢れ出した涙により頬が濡れていく。グレンの指が俺の頬を撫でて、ぴくりと小さく跳ねた。乱暴に右腕を掴まれたと思ったら視界が反転する。滲む視界のせいで、グレンがどんな表情をしているのかは分からない。けれど、真上から見下されていることだけは分かったから両腕を顔の前で交差させる。泣き顔なんて、そう見られたいものじゃない。息を吸うために口を開くと、ずずっと鼻を啜る音がして更に眦が熱くなる。情けなくて、今すぐ此処から消えたくなった。

「……蓮、泣かないでください」

熱を持った目元に、優しく唇が触れる。慰めるようなそれに心は落ち着くどころか、余計に戸惑いが胸を占めた。元々良くわからない男ではあったが、ここ最近のグレンの行動はちぐはぐで、付き合わされる身としては何が正解なのか分からなくて常に気が抜けない。

この世界に来てから踏んだり蹴ったりだ。いや、グレンと出会ってからか。老夫婦と過ごしている日々は楽しいものだった。考えているうちに心がささくれ立ってきて、ぎゅっと下唇を噛んだ。

「……お前なんか、きらいだ」
「知っています」

グレンは俺の腕を掴むと、容赦なく顔から引き剥がした。そして、手首を魔法で作った縄で纏めると、結び目の間に短剣を突き立てる。一切の躊躇いを見せずに行われた暴挙に、碌な抵抗も出来なかった。はらはらと頬を滑っていった羽毛の感触に、漸く意識が帰ってくる。

「え……?」

無言のまま、釦が意外にも丁寧に外されていくのを見守ってしまう。ぷちっ、と最後の釦が外れて、冷たい空気が胸を撫でた。

「な、何してるんだ?」
「見てわかりませんか。釦を外したんです」
「いや。そういうのじゃ、なくて」

両足の間に、グレンの身体がある。熱くぬめったものが、鎖骨から顎下を這っていく。肩や首、二の腕は噛みつかれたせいで滲むような痛みがあった。

露になった胸に、グレンの掌が置かれる。ひやりとした冷たい掌が腹から背に回り、ぐっと押し上げられた。腕は縫い止められたままであったし、自然と腰を浮かすような体勢になる。突き出された胸に唇を落とすと、グレンは乳輪ごと吸い上げた。ぴりっと痺れるような快感に背が震えると同時に、歯がガチリと鳴る。噛みつかれる。そう思った時、食い破る気かと思うほど強く、胸に歯を立てられた。

「ッ……ぁ゛ぐ」

悲鳴を上げるのも癪で、歯の奥で痛みを噛み殺した。グレンが唇を離すと、胸の突起はぷくりと腫れていた。肌には歯型が浮かんでいる。赤い玉を舐めとるように舌が動くが、その些細な刺激にすら身体が震えてしまう。

ちゅっと音を立てて胸から顔を離すと、グレンは脇腹を撫でるようして両手を下ろしていった。腰を抱くように持ち上げられて、下着ごと引き摺り下ろされる。まるで赤子のような有り様に、なけなしの自尊心は引き千切られてボロボロだ。つんっと鼻の奥が痛くなり、頬を濡らすものの量は増えるばかりだった。

「……ふ、っう」

泣いたら余計に惨めになると分かっているのに止まらない。グレンは慰めるように俺の目元に唇を寄せてきた。だが、原因はこいつだ。睨むように見るが、涙で潤んだ情けない目では効果はないらしい。グレンは宥めるように頭を撫でた後、その手を唇に寄せてきた。……嫌な予感がする。

「舐めてください。貴方だって痛い思いはしたくないでしょう?」

何が、とは流石に聞かなくても分かった。俺が舐めた指で後ろを解すためだろう。……わかったからといって、はいそうですかで口を開くことはできないが。

今からしようとしている行為に思い至り、先程とは違う震えが背を駆け抜ける。男同士でする行為があるのは知っていたが、まさかグレンにその対象にされるなんて思っても見なかった。
俺は逞しくはないが、ひ弱と言われるほど細くはない。少年時代は過ぎて、今はどちらかと言えば青年と言われる部類に入っている。当然、幼さ特有の柔らかさなんかは残っていない。

俺よりもジェイクの方が小柄だし、顔立ちも可愛いよりだ。普通、男と言っても、あちらの系統に手を出すんじゃないか。態々、俺でなくてもいいだろ。焦りで思考が纏まらず、冷や汗が額を濡らしていく。

「む、無理だ」

震える唇を抉じ開けて拒絶すると、グレンは冷たく見える瞳を細めた。機嫌を損ねるのも恐ろしいが、ここで引いたらあらゆる意味で終わる。

「いや、グレン、嫌だ……お願い……」
「そうですか。それなら勝手にするので構いませんよ」

グレンが下履きの前を寛げると、既に固くなったものが見えた。いよいよ望まない行為が現実味を帯びてきて唇が震える。無理だ、と必死に首を振るが、グレンは俺の顎を掴むと無理やり唇をこじ開けた。固い指が、舌の傷口を抉るようにして嬲ってくる。痛みに視界がじわりと滲んだ。

「ん゛っ、ぶ……ぅあ」
「……真っ赤ですね。私の舌も噛んでくれますか」

はぁっ、と喘ぐような吐息を漏らして、グレンが俺の唇に噛みついてくる。促すように舌先で歯を突かれるが、いきなりそんな事を言われてもできるわけが無い。力加減もわからないし、何より他人の舌を噛むなんて怖すぎる。瞼を固く閉じたまま拒むと、グレンの濡れた指が後孔の縁をなぞるように動いた。そこは出す場所であって、突っ込む場所ではない。下品だとは思いつつも叫んでやりたかったが、生憎と口は塞がれてしまっている。

「……このまま私に抱かれるか、私の舌を噛むか。どちらが良いですか?」

何故、その二択なのか。もっと他に選択肢あるだろ。首を振りたいが、がっちりと頬を掴まれているせいで無理だった。

「駄々を捏ねないでください。限られた選択肢から選ぶのは得意でしょう」

そう言われた途端、全身の血が沸騰した。怒りに任せてグレンの舌に歯を立てる。けれど、ガリッと確かな感触を感じて、目を見開いた。柔らかいものが歯先に触れている事に驚いて力を抜く。けれど、舌を傷つけることは出来たらしく、グレンが眉を寄せたのが見えた。短く上がった声に、ほんの少しだけ溜飲が下がる。けれど、グレンは唇に手を当てたあと、濡れた指を見て満足そうに目を細めた。

「これはやり過ぎです。貴方の傷が治ったら、またコツを教えてあげますね」

またキスをするのかと思うと、げんなりした。何だって好んで男と、しかもグレンとキスをしなければならないのか。

グレンが唇を寄せてきて、口内が鉄錆の味に満たされる。それがどちらのものなのかも、混ざり合って分からない。

「もう良いだろ……離してくれ……っ」

僅かに唇が離れたときを見計らって、顔を背けて叫ぶように言った。悲鳴染みた声が情けなく響くが、もうそんなこと気にしてはいられない。

グレンの手が内腿を撫でた。ぞわりとした感覚が背を走り、反射的にグレンの顎を目掛けて足を振りあげようとする。けれど、あっさりと押さえられて、ぐっと持ち上げられた。

「ちゃんと選んだだろ!?」

無理だ、許してくれ。恥を蹴っ飛ばして、嫌々と駄々をこねるように首を振ると、グレンの掌が俺の性器を包んだ。足にぺたりとくっついて萎えたままのそれを、優しく擦りあげてくる。ん、と妙に甘ったるい声が出て、慌てて唇を引き結んだ。こいつが、何をしたいのか全然わからない。

「最後まではしませんから、暴れないでください」

グレンは自分のものと俺の性器を重ねると、緩く腰を動かした。そのまま重ねるようにして抜いてくる。はっ、と息を吐き出したグレンの目元が赤く染まっている。きつく寄せられた眉間が、グレンが感じているのを嫌でも伝えてきた。同じ男だからこそ何処に触れれば良いのか分かっているようで、じわじわと下半身に熱が溜まり追い詰められていく。

「ッ、ぁ……んぅ、は、ぁ」

ぎゅっと閉じた唇の隙間から、女のような声が漏れる。それが自分のものだと信じたくなくて顔を背けた。

「こっちを見てください」
「んぐっ!?」

お前の顔を見たくないんだ、そんな悪態はグレンに食べられた。顎を掴まれて、唾液ごと飲むように舌を吸われる。水音が鼓膜から犯してくるみたいで、瞼を固く瞑った。
陰茎を上下に擦られて熱が溜まり、勝手に腰が浮いてしまう。かすかに笑う気配がして、屈辱に唇を噛んだ。

「もう、いやだ……っ」

こいつといると頭が可笑しくなる。未知の感覚を無理やり叩きつけられて、視界が渦巻いた。脳に硫酸をぶっかけられたみたいに、ぐずぐずに溶けていく。

じゅぷじゅぷと先走りで濡れた性器が音を立てる。グレンはゆったりと腰を揺らしながら、根本から亀頭部分にかけて丁寧に擦り上げた。

「ぅ……っ」

足先まで震えるような快感に、もう少しで声が出るところだった。親指が鈴口を割り、その奥を小刻みに擦る。眉を寄せて、噛み切る強さで唇を噛んだ。ふぅ、ふぅ、と何とか快感を逃がそうと短い呼吸を繰り返していると、グレンが顔を近づけてきた。目元が赤く染まっていて、赤い瞳が熱に浮かされたように潤んでいる。グレンが腰の動きを早めると、俺のものまで擦られてビリビリとした痺れが襲ってきた。

「声、聞きたいです」

空いた手が、俺の唇を撫でる。ぐっと押し込まれた指に、唇を割り開かれた。そのとき狙ったかのように亀頭を強めに擦られて背が仰け反る。

「ッぁああ……!」

甲高い声が飛び出て、遅れて顔が熱くなる。発火するかと思うほどの熱に、ぎゅうっと目を閉じた。消えてしまいたい、こんな自分は認めたくない。額に軽く唇が押し付けられて、その間も強弱をつけて擦りあげられる。噛み締めた唇の隙間から、鼻にかかったような甘い声が漏れるのが嫌だった。

「はな、離してくれっ……なんか、もう……っ」

爪先まで力が籠もり、得体の知れない熱が込み上げてくる。足を抱えられているせいで震えが抑えられない。声を堪えようとすれば、指が咎めるように舌の傷を抉る。それすらも快感に変換されるのだから、俺の脳は溶けてしまっているとしか思えない。

先端は火がついたように熱い。短い喘ぎが断続的に漏れて、けれど指に邪魔されて口を閉ざすこともできない。唇の端を伝っていく唾液を舐めとって、グレンは圧し掛かるようにしてキスをしてきた。縄で縛られて逃げられるわけがないのに更に退路を断つように後頭部を掴まれて、口内をかき混ぜられる。

視界がチカチカと明滅し、短く息を詰めたグレンが動きを止めた。合わせた腰が震えたかと思えば、腹から胸にかけて熱いものがぶちまけられる。

「はっ、あ、あ?」

目だけを下に向けると、腹を白濁が汚していた。グレンは掌で俺の肌に擦り込むように撫ぜると、漸く頭上の短剣を抜いてくれる。ちゅ、ちゅ、と啄むように繰り返されるキスを拒むことも忘れて、俺は呆然としていた。

飲み込めきれない状況に、自然と目が遠くなる。男どうこうよりも、相手がグレンであることがショックだ。だって、始まる以前に終わっているような出会い方をした男である。

グレンは俺の手首を掴むと、横に倒した。両腕の拘束はそのままのため碌な抵抗も出来ずに、ころんと転がされる。腹に腕を回すように抱き締められて、うつ伏せにされた。自然とグレンの方に尻を突き出すような体勢になり、全身に冷や汗が噴き出す。

「ぐ、グレン……?」

呼びかける声も、自然と震えてしまう。

腰を両手で掴まれて、足が震えてしまう。ざっと血の気が失せていくのを感じて、慌てて口を開いた。

「待っ……!」

ずりゅっ、と太腿に濡れたものが擦りつけられる。肌を焼かれそうな熱さに身体を震わせると、グレンの指が俺の胸を引っ掻いた。ビリッと電流に似た刺激が駆け抜けて、あっと高い声が口から漏れる。

「はっ、気持ちいいですが、もう少し締めてください」
「ぁ…っ……ふ、ぅ……っ」

太腿の間を割り開いて、陰茎がぬちゃぬちゃと水音を立てながら出入りしているのが見えた。グレンが腰を揺すると、擦れ合って声が漏れてしまう。一度達したせいで神経が過敏になっているのか、手で擦られたときよりも小さな刺激で背がぞくぞくと粟立った。

確かに挿れてはいないが、女役にされているのは確実だ。ふざけるなよ、と言うはずの口からは甘ったるい声しか出ない。情けなさ過ぎて視界が滲んだ。

「ぁぐ……ッ!」

うなじを噛まれて、グレンを挟んでいる内腿に力が籠もる。それが刺激となったのか、グレンの動きが一瞬だけ止まる。が、直ぐに俺を抱き込むようにして腰を打ちつけてきた。うなじを強く噛まれながら、ぱちゅっと跳ねるような音を聞く。

獣が、と魔族を貶める癖に、この格好の方が余程グレンの嫌いな獣の交尾を思わせる。逃げられないように噛みつかれ、真上から押さえつけられる様は傍から見たら酷く情けない。

「ッあ……ぅく、んんっ」

鼻から抜けていく甘い声が、自分のものだとは思いたくない。腰が重たくなって、また何かが這い上がってくる。ずりずりと上がってくる熱を認めたくなくて首を振るが、グレンの手が俺の性器を掴んだせいで腰が痙攣してしまう。ひっ、と喉を攣らせるが、容赦なく擦られた。

「いやだ、ぁ、離せ……っ!」

悲鳴染みた声で訴えるが無視された。先走りで濡れた陰茎を摩擦され、爪で亀頭を弄られたらもう駄目だった。

「んぅ゛ぅぅ……っ!」

内腿に挟んだ剛直が、びくびくと震えるのを直に感じてしまう。太腿に擦りつけられるものが何であるかは、今は考えたくない。

はーっ、はーっ、と震える息を繰り返す。射精後の倦怠感に逆らうことなく、くたりとシーツに額を押し付けると、後頭部に柔らかいものが触れた。殊更大事なものに触れるように、指先が頬の輪郭を撫でていく。

「……忘れるな。貴方は私のものだ」

肩に食い込む痛みに、眉間に皺が刻まれるほど強く瞼を閉じる。ぶるりと腰を震わせる熱から必死で気を逸した。




ズキリと刺すような痛みで目が覚めた。両手に力を込めて、身体を起こそうとする。それだけの動作で全身が痛みに支配されて、ベッドに逆戻りする羽目になった。背を丸め、歯を食いしばって痛みをやり過ごしていると真上から影が差す。見なくてもそこに誰がいるのか分かってしまい、溜め息をついた。

「グレン……」

グレンは無言のまま、俺に手を伸ばしてきた。びくつきながらも受け入れると、耳朶を擽るようにして頬を撫でられる。

「な、なんだ?」

もう怒っていないのだろうか。結局、何が機嫌を損ねたのかは良くわからず仕舞いだが、とにかく今はその事に安心する。

「痛いですか?」

うなじを撫でられて、肩が跳ねてしまう。何を返すべきか迷ったが、素直に痛いと言うことにした。ここで曖昧にして、また噛みつかれたくない。

俺の返事は予想していたものだったのか、ベッド脇の机に手を伸ばすと、小さな紙を差し出してきた。警戒しながらも包みを開くと、紙の上には少量の白い粉がある。……これは飲んでも大丈夫なものだろうか。ちらとグレンを見上げると、彼は俺と目線を合わせるようにして身を屈ませた。

「ただの痛み止めです。大量に摂取すると中毒になりますから、少量ですが我慢してください」
「……中毒?」

麻薬のようなものだろうか。そう聞くと、大丈夫だとしても身構えてしまう。どうしようと持ったまま逡巡していると、とんっと軽く肩を突き飛ばされた。衝撃によって引き起こされた痛みに悶絶する俺の身体を容赦なく押さえつけると、グレンが唇に噛み付いてくる。ぐぐっと腕に力を込めて距離を取ろうとするが、その手を封じられれば後はされるがままだ。

唾液を送り込まれて、飲めと言わんばかりに舌を軽く食まれた。傷を抉られて、仕方なく喉を上下させる。それを確認すると、グレンが唇を離した。

「ぅ゛っ、げほ、ごほっ……!」

グレンの胸を突き飛ばし、背を折り曲げて咳き込んだ。喉に粉っぽさが残っていて、それを吐き出そうとする。生理的な涙が浮かび、視界がじわりと滲んだ。

荒い呼吸を落ち着けようと布に顔を押し付けると、先程までなかった熱を腰の辺りに感じて、びくりと肩を震わせた。恐る恐る目を向けると、グレンの大きな掌が尻を包むようにして触れている。ひくっと喉が引きつった。

「……また噛んでもいいですか」
「いいわけないだろ!」

内腿や尻、背中や胸に至るまで既にグレンの噛み痕だらけだ。遠慮なく歯を立ててきたせいで肌には血が滲んでいるし、動くたびに鈍い痛みが襲ってくる始末だった。乗っかってこようとするグレンの腹を蹴り、逃れるようにベッドの背に摺り上がる。

「く、来るなよ……」

向けられたことのない視線に、声が震えてしまう。シーツを蹴るようにしてベッドの隅に逃げるが、グレンはその分だけ近づいて来た。

「っ……!」

手首を掴まれて、力尽くで引き寄せられる。また何かされるのかと身構えるが、ぽすんっと軽い音がして全身が温かいものに包まれた。抱き締められているようだが、意味がわからない。どうして、俺はグレンに抱き締められているのか。少し考えてみたが、やっぱりわからないままだ。

「グレン……?」
「背中に」
「え?」
「背中に手を回してください」

催促されて、そろそろと背に腕を回す。指先を丸めるようにして服を掴むと、グレンは肩口に顔を埋めてきた。ぎゅうぎゅうと縫いぐるみのように抱き締められながら、俺の頭は疑問に埋め尽くされた。こいつが何をしたいのか全く分からない。

「……蓮」

名を呼ばれて、更に強く抱き締められる。耳朶に触れる吐息が擽ったくて身動ぐと、怯えるように指先が震えた。

「蓮」

その音が、心底、愛おしものを呼ぶように響いた。きっと気のせいだ。そう分かるのに。
なぜ、少し嬉しいと思ってしまったんだろう。




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