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◇ 第十話
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ノエルはベルクール大公のベッドにお邪魔して、クッションを背もたれにして座った。
「まずはノエル君にお手本を見せてほしいな」
「えっと……お手本になるかわかりませんが、昨日読んだところを少し読みましょうか?」
「ああ。お願いするよ」
「ではこのクッションをローラン様だと思って……」
三人で一緒に寝るとしたら、真ん中にローランが居るはずだ。そう思ったノエルは余っていたクッションを間に置こうとしたが、ベルクール大公に間をつめられた。
「クッションより、私のほうがローランの役に適しているんじゃないかな?」
「……確かにそうですね!」
白くて四角いものより、ベルクール大公のほうが圧倒的にローランに近い。さすが大公殿下だと、ノエルは特に疑問を抱くことなくクッションを元の場所に戻し、朗読を始めた。
――うふふ……本当に、ローラン様に読んであげてるみたいだな。
ローランよりだいぶ大きいが、やはり前髪をおろしているとそっくりだし、隣にぴたりとくっついてくるところもそのままだ。
「……はい。昨日はここまで読みました」
「とても勉強になったよ。次は君がローランの役をしてくれるかな?」
「かしこまりました」
ローラン役になったからには、できるだけ昨晩のローランを再現しなければと、ノエルはベルクール大公の肩に頬を寄せた。
「……もしかして、ローランもそんなふうにしていたのかい?」
「はい。途中からうとうとして、とても可愛かったですよ」
「そうだね。とても可愛い」
ベルクール大公はノエルに向かって目を細めると、続きを読み始めた。
低く落ち着いた声。聞く人の想像を妨げない、一定の調子でゆっくりと読み上げられる物語に、ノエルは感動を覚えた。
昨日は読む側だったのでわからなかったが、寝る前に本を読んでもらうというのは、こんなにも心地よいことだったのだ。本を読むためだけに残された明かり。人の温もりと、耳に流れ込んでくる優しい声。
――もし母上が生きていらしたら、こんなふうにしてくれたのかな……?
目を閉じて想像するうちに、ノエルはうとうとしはじめ、ついには姿勢がずるりと崩れた。本の上に倒れそうになったノエルの体を、ベルクール大公がすかさず受け止める。
「おっと。これもローランの真似かい?」
「いえ……本当に、眠くなってしまって……」
そこまで再現するつもりはなかったのに、ローランのようになってしまった。練習の最中に申し訳ないと思いながら目を擦ったが、ノエルの眠気は増すばかりだ。
「申し訳ありません……もうお部屋に戻りますね」
「どうして? 昨日は朗読の後、ローランと一緒に寝たんだよね?」
「はい……」
「じゃあこのまま一緒に寝るほうが練習になるよね?」
「……確かに」
そのほうが本番に近い。さすが大公殿下だと、ノエルは特に疑問に思うことなく余っているクッションを取り、ベルクール大公との間に置いた。
「ではこれがローラン様ということで。おやすみなさい……」
ノエルはクッションの隣に寝転ぶと、あっという間に眠りに落ちた。
+++
クッションに寄り添って寝息をたてるノエルを、ベルクール大公はしばし呆然と眺めた。
「……ノエル君。起きないと襲ってしまうよ?」
こう言えばきっと飛び起きるだろうと思って声をかけてみたが、何の反応もない。すでに熟睡しているようだ。
ベルクール大公は閉じた本をサイドテーブルに置き、ノエルの隣に横たわった。重みでベッドが深く沈み込んだが、それでもノエルは起きない。
――どうして何もせず眠れるんだ……?
時と場合を考えることなく寄ってきて、番になろうとする。ベルクール大公にとってオメガはそういう存在だった。こんなふうにアルファのフェロモンが染みついた部屋で一緒にベッドに入れば、間違いなくオメガのほうから襲ってくるだろう。
無論、そんな奴を部屋に入れるような迂闊な真似はしない。だが朗読の練習を口実に引き留めたノエルはどうだったかというと、にこにこしながらベッドについてきて、ただただ真面目に朗読の練習に付き合い、今はすやすやと寝息を立てている。
「ローラン、さま……」
むにゃむにゃと寝言を言いながらローラン役のクッションを抱きしめようとするノエルに、ベルクール大公はとうとう苛立ちを覚え、ノエルの手からクッションを取り上げた。
「ん……?」
ローランがいなくなってしまったと思ったのか、ノエルは目を閉じたまま、辺りを手で探っている。試しにその手を握ってやれば、ノエルは安心したようにふにゃりと笑みを浮かべた。
「……素晴らしいよ。君は眠っている間も、ローランのことばかり考えているんだね?」
昨日は屋敷に戻ってから、できるかぎり仕事を片付けた。そうすれば翌朝までノエルとゆっくり過ごせるだろうと思っていたのに、寝支度を整えてノエルの部屋を訪ねたら、夜番の護衛から「ローラン様の部屋に向かわれた」と聞かされた。
本を持っていたとのことだったので、それなら読み終わり次第帰ってくるだろうと。ノエルが戻ったら教えてくれと頼んで、一旦自分の部屋に戻った。
しかし護衛が部屋を訪ねてきたのは翌朝。交代の時間なので失礼するが、ノエルはまだ部屋に戻っていないという報告だった。晴れて婚約者になったのに、初めての夜に放置されたのだ。
朝からローランに嫉妬してなんて情けない父親だと思ったら、ノエルが今晩は一緒に寝ようと誘ってくれた。しかしそれも、ローランと三人で寝ようという話だった。
あれは本当に恥ずかしい勘違いだった。「早い時間に始めて普段寝る時間には終わるように」とノエルが言うのを聞いて、まあ明るいうちに始めれば大丈夫だろうかと思ってしまった。
先程も、ローランが先に眠ったと知るや否や、ノエルは自分の部屋に戻ろうとした。まるで「ローランがいなければお前に用はない」と言われたような気分になって引き留めたが、一緒にベッドに入ってもローランの圧勝に終わった。
――まあ最初から、ノエル君は私をアルファとして見ていなかったな。
ノエルの寝顔を眺めながら、ベルクール大公はニコラの葬儀でのことを思いだした。
「まずはノエル君にお手本を見せてほしいな」
「えっと……お手本になるかわかりませんが、昨日読んだところを少し読みましょうか?」
「ああ。お願いするよ」
「ではこのクッションをローラン様だと思って……」
三人で一緒に寝るとしたら、真ん中にローランが居るはずだ。そう思ったノエルは余っていたクッションを間に置こうとしたが、ベルクール大公に間をつめられた。
「クッションより、私のほうがローランの役に適しているんじゃないかな?」
「……確かにそうですね!」
白くて四角いものより、ベルクール大公のほうが圧倒的にローランに近い。さすが大公殿下だと、ノエルは特に疑問を抱くことなくクッションを元の場所に戻し、朗読を始めた。
――うふふ……本当に、ローラン様に読んであげてるみたいだな。
ローランよりだいぶ大きいが、やはり前髪をおろしているとそっくりだし、隣にぴたりとくっついてくるところもそのままだ。
「……はい。昨日はここまで読みました」
「とても勉強になったよ。次は君がローランの役をしてくれるかな?」
「かしこまりました」
ローラン役になったからには、できるだけ昨晩のローランを再現しなければと、ノエルはベルクール大公の肩に頬を寄せた。
「……もしかして、ローランもそんなふうにしていたのかい?」
「はい。途中からうとうとして、とても可愛かったですよ」
「そうだね。とても可愛い」
ベルクール大公はノエルに向かって目を細めると、続きを読み始めた。
低く落ち着いた声。聞く人の想像を妨げない、一定の調子でゆっくりと読み上げられる物語に、ノエルは感動を覚えた。
昨日は読む側だったのでわからなかったが、寝る前に本を読んでもらうというのは、こんなにも心地よいことだったのだ。本を読むためだけに残された明かり。人の温もりと、耳に流れ込んでくる優しい声。
――もし母上が生きていらしたら、こんなふうにしてくれたのかな……?
目を閉じて想像するうちに、ノエルはうとうとしはじめ、ついには姿勢がずるりと崩れた。本の上に倒れそうになったノエルの体を、ベルクール大公がすかさず受け止める。
「おっと。これもローランの真似かい?」
「いえ……本当に、眠くなってしまって……」
そこまで再現するつもりはなかったのに、ローランのようになってしまった。練習の最中に申し訳ないと思いながら目を擦ったが、ノエルの眠気は増すばかりだ。
「申し訳ありません……もうお部屋に戻りますね」
「どうして? 昨日は朗読の後、ローランと一緒に寝たんだよね?」
「はい……」
「じゃあこのまま一緒に寝るほうが練習になるよね?」
「……確かに」
そのほうが本番に近い。さすが大公殿下だと、ノエルは特に疑問に思うことなく余っているクッションを取り、ベルクール大公との間に置いた。
「ではこれがローラン様ということで。おやすみなさい……」
ノエルはクッションの隣に寝転ぶと、あっという間に眠りに落ちた。
+++
クッションに寄り添って寝息をたてるノエルを、ベルクール大公はしばし呆然と眺めた。
「……ノエル君。起きないと襲ってしまうよ?」
こう言えばきっと飛び起きるだろうと思って声をかけてみたが、何の反応もない。すでに熟睡しているようだ。
ベルクール大公は閉じた本をサイドテーブルに置き、ノエルの隣に横たわった。重みでベッドが深く沈み込んだが、それでもノエルは起きない。
――どうして何もせず眠れるんだ……?
時と場合を考えることなく寄ってきて、番になろうとする。ベルクール大公にとってオメガはそういう存在だった。こんなふうにアルファのフェロモンが染みついた部屋で一緒にベッドに入れば、間違いなくオメガのほうから襲ってくるだろう。
無論、そんな奴を部屋に入れるような迂闊な真似はしない。だが朗読の練習を口実に引き留めたノエルはどうだったかというと、にこにこしながらベッドについてきて、ただただ真面目に朗読の練習に付き合い、今はすやすやと寝息を立てている。
「ローラン、さま……」
むにゃむにゃと寝言を言いながらローラン役のクッションを抱きしめようとするノエルに、ベルクール大公はとうとう苛立ちを覚え、ノエルの手からクッションを取り上げた。
「ん……?」
ローランがいなくなってしまったと思ったのか、ノエルは目を閉じたまま、辺りを手で探っている。試しにその手を握ってやれば、ノエルは安心したようにふにゃりと笑みを浮かべた。
「……素晴らしいよ。君は眠っている間も、ローランのことばかり考えているんだね?」
昨日は屋敷に戻ってから、できるかぎり仕事を片付けた。そうすれば翌朝までノエルとゆっくり過ごせるだろうと思っていたのに、寝支度を整えてノエルの部屋を訪ねたら、夜番の護衛から「ローラン様の部屋に向かわれた」と聞かされた。
本を持っていたとのことだったので、それなら読み終わり次第帰ってくるだろうと。ノエルが戻ったら教えてくれと頼んで、一旦自分の部屋に戻った。
しかし護衛が部屋を訪ねてきたのは翌朝。交代の時間なので失礼するが、ノエルはまだ部屋に戻っていないという報告だった。晴れて婚約者になったのに、初めての夜に放置されたのだ。
朝からローランに嫉妬してなんて情けない父親だと思ったら、ノエルが今晩は一緒に寝ようと誘ってくれた。しかしそれも、ローランと三人で寝ようという話だった。
あれは本当に恥ずかしい勘違いだった。「早い時間に始めて普段寝る時間には終わるように」とノエルが言うのを聞いて、まあ明るいうちに始めれば大丈夫だろうかと思ってしまった。
先程も、ローランが先に眠ったと知るや否や、ノエルは自分の部屋に戻ろうとした。まるで「ローランがいなければお前に用はない」と言われたような気分になって引き留めたが、一緒にベッドに入ってもローランの圧勝に終わった。
――まあ最初から、ノエル君は私をアルファとして見ていなかったな。
ノエルの寝顔を眺めながら、ベルクール大公はニコラの葬儀でのことを思いだした。
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