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#60、 計らいごと
しおりを挟む黒い髪をオールバックにして後ろに束ねた全体的に縦長の青年だ。
「ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか。
お初にお目にかかります。クレックル家の次男、アリウスと申します。
本日は素晴らしい演奏でございました」
「あ……、ありがとう存じます。ナナエですわ……」
ためらいながらそっと左手を出すと、アリウスがさっとその手を受けた。
その途端、アリウスの顔色が変わった。
「……っ、こ、これはっ……」
「……え……?」
見る見るうちにアリウスの顔がゆがみ、左手を受けるその手が震え出した。
「あ、あの……、大丈夫ですか……?」
「す、すみません……っ!」
ぱっと手を離したかと思うと、脱兎のごとく去って行ってしまった。
(え、今のなに……?)
ぽかんとしたままでいると、次々と新しい男性が奈々江の前にやってきて、列を作り始めた。
「お目にかかれて光栄でございます、バルレ家のストロヴィンスキーと申します。お手にキスを……っ!?
しっ、失礼いたします!」
「お初にお目にかかります。エルバ・ベーリングと申します。お近づきになれて光栄……、っ!?
……こ、うえい、でございましたっ!」
「ジャイルと申します。殿下のお噂は内務大臣補佐の父からよく聞いておりました。
……ぐっ……! う、う……うう、ふ、ふふふ、ははは……っ……。失礼っ!」
男性たちはどういうわけか、奈々江の手を取ると同時に顔色をなくし、焦ったように早口になり、最期には逃げるようにして去っていく。
(え……なに、これ……)
わけがわからない。
自分の手にまさか奇妙な匂いでもついているのだろうか。
嗅いだ確かめてみたいが、まさかこの場でそんなことができるはずもない。
クレアを見ると、足早に去っていく男性たちに気をつかわし気な視線で見送り続けているが、奈々江にはなにもいわない。
ラリッサとメローナをみても、だだだだ静かに側で控えている。
十人が過ぎたところで、ラリッサが左手の手袋を変えてくれた。
男性たちの列からなにやらラリッサに視線が集まっていたが、ラリッサが手袋を替えて後ろに下がると、列のあちこちからはあ~とため息が聞こえてきた。
(なんなんだろう、一体……。挨拶っていつもこんな感じなの?
手袋を変えたから変な匂いはもうないはずだけど……)
ところが、男性たちの反応は変わらない。
「お目にかかれてうれしゅうございます。パステス・ザウワーです。
……うっ、さっ、さ、さすがは、お、お噂の、姫君、であらせられます……。こ、これにて失礼いたします……」
「お初にお目にかかります。バルグヴォーグ家の三男ヤヌスと申します。お噂通りの美しさ……っ!? うっ、う、ふふふ……。
はは、では、また……」
「ノヴァ・ガードルートと申します。……うぐっ! あっ、いや、その……! しっ、失礼いたしましたあ~っ!」
決まって奈々江の手を取ったとたんに態度を変えて、あわあわとうろたえて去っていく。
中には苦しそうに顔をしかめながら手の甲にキスしたいく者や、息を止めているかのように顔を真っ赤にしてなにかに耐えるような者、帰りながらふらふらと人にぶつかりながら去っていく者もいる。
(これ絶対変だよ……。でも何が起こっているの? )
不安げな表情をもはや隠せないまま奈々江は列の正面に立ち続ける。
再びラリッサが手袋を変えてくれたが、やはり参列者の奇妙なふるまいは変わらない。
クレアは額に手をやって、深いため息をついている。
三人の従者は粛々と来ては去っていく若き紳士たちにお辞儀を繰り返すだけだった。
手袋が四枚目になって間もなく、ブランシュがやってきた。
「ナナエ、調子はどうだ? もっとはやく来たかったのだが、挨拶からなかなか抜け出せなくてな。
クレア様、いかがでしょうか? めぼしい青年はおりましたか」
ブランシュの登場で一旦列が後ろへ下がった。
クレアが明かに機嫌悪そうにねめつけた。
「どうもこうもありませんわ。これでは候補者の方々を怯えさせているだけですわ」
「えっ、どういうことですか?」
「ナナエの左手を取った殿方がもれなく青ざめて逃げ出していきますのよ」
「それは」
ブランシュがばっと奈々江の左手首を見た。
「奈々江、どうしてブレスレットを外さないんだ?」
「え……、なぜ外す必要が……? ……あっ」
ようやく奈々江にも気がついた。
イルマラはこのブレスレットを見てまるで魔獣のようだといっていた。
魔力感度の低い奈々江には感じないせいですっかりと失念していたが、奈々江の左手を取ってキスをしようと顔を寄せた婚約者候補たちは、もれなくその強い魔力にさらされて驚いていたのだろう。
「こんなことなら、あのときちゃんと言っておくべきだったな。
そうでなくとも、お前の利き手は右手だろう? なぜわざわざブレスレットをしている左手を差し出すんだ」
(えっ……、左手を出すのが決まりなんじゃないの?)
するとクレアが驚いたように瞬きしてブランシュを見上げる。
「ブランシュさん、あなたの指示ではなかったの!?」
「私の? なぜ私がそのようなことをナナエに指示するのですか?
今日はナナエにとって婚約者候補との初の顔合わせです。
それなのに、こんな膨大な魔力をまとったアイテムで相手をひるませ、遠ざけさせるようなまねをなぜさせるのですか」
「それは……、ナナエの例のあれのこともありますし……」
例のあれとは太陽のエレスチャルのことだろう。
ブランシュは、ああ、と唸った。
「それはそうですが、それについては今はナナエの采配にゆだねております。
ナナエもそれを理解してうまくコントロールしているようですし。
私はナナエにブレスレットについてなにも指示はしていません。
ですが、配慮に欠けていたことは事実でした。申し訳ありません。
ナナエ、今すぐそのブレスレットを外せ。それでは相手を威圧するばかりか、魔力の弱いものにとってはめまいや吐き気すら起こしかねん」
(てことは、セレンディアスは知っていて左手を出せと言ったということね……)
背後でセレンディアスが息を吸ったのが聞こえた。
「お言葉でございますが、ブランシュ殿下。
そのブレスレットはナナエ様の魔力を回復させ、制御をするための魔法を施してございます。
片時もその身から離さないようにお願い申し上げます」
「セレンディアス、お前……。ナナエの正式な従者にしてやったときからたびたび目に余ると思っていたが、これ以上の出過ぎた真似は容認できん」
「出過ぎた真似とは思っておりません。
事実、陛下もブランシュ殿下も、ナナエ様の魔力の特性が明かになった後、回復と制御魔法のアイテムをナナエ様に手配してくださるというお話であったにもかかわらず、一向にその気配がございませんでした。
ゆえに、僕がお作りして差し上げたまでです」
「それが出すぎた真似だというのだ……!
いいか、父上と俺はナナエに必要な魔法アイテムを忘れていたわけではない。婚約者候補たちにそれを用意させ、ナナエが受け取った者を婚約者にしようと計画を進めていたのだ」
(ええっ、なにそれ! 聞いてない!)
驚きに言葉も出ない。
またも奈々江の知らないところで、婚約者選びの話が進んでいたらしい。
クレアが深々とため息をついた。
「その話を聞いていましたから、わたくしもできるだけ早く婚約者を決めてあげたいと思っていたのに……。
ナナエがセレンディアスからもらったというブレスレットを見せてくれたとき、もしやナナエとセレンディアスは思いを確かめ合っているのではとも思いましたが……」
この件について娘と全く話の出来ていないクレアはひとりで頭を悩ませていたらしい。
セレンディアスが首をふった。
「ご心配には及びません、クレア様。
僕は従者としてナナエ様にお仕えすることを生涯の使命と思っております。
それがゆえに、僕の魔力にも物おじしない誠意と勇気を持つお方にのみ、ナナエ様のご伴侶となる資格があると考えております」
「詭弁を申すな、セレンディアス。
とにかく、ナナエ、そのブレスレットを外せ。いや、歩を譲ってつけていてもいい。だが、差し出すのは右手にしろ」
「左手でお願いいたします」
「右手だ!」
ブランシュの後ろに控えていたエベレストがたしなめる。
「殿下、お声を低く。皆注目しております」
「ぬ……、とにかくナナエ、右手だ」
「……わ、わかりましたわ」
セレンディアスと横並びにブランシュがたち、再び婚約者候補の挨拶が再会した。
差し出された右手におびえる候補者はいなくなったが、強力な魔力を帯びる魔導士と、それをけん制するように仁王立ちしているブランシュの迫力に圧力を感じない者はひとりもいなかった。
結局、手袋は二十一枚が交換された。
クレアからは名前と顔だけでも覚えておけといわれたが、もはやナスとトマトの区別くらいしかつきそうにない。
部屋に戻ると頭も体もくたくただった。
クレアは早速奈々江と話をしたがったが、とてもではないけれどそんな気分になれなかった。
「夕食を食べながら、少し話をするだけよ」
「でももう、本当に疲れてしまって……」
そのとき、メイドのひとりが来客を注げた。
「クレア様、両陛下がお見えでございます」
(うそ……、勘弁してよ~……)
あれよという間に、ファスタンとマイラを交えて夕食を取ることになった。
奈々江の前に温かいスープが置かれたが、手を付ける気すらおこらない。
奈々江以上の挨拶を受けこなしたというのに、ちっとも消耗していないファスタンがにかっと笑った。
「それでどうだ、ナナエ。良さそうな相手がいたか?」
(やっぱりそれを聞きに来たのね……)
「えと……、多すぎてちょっと……」
「急かしてはいけませんわ、陛下。ただでさえナナエは社交界になれていないのに、一度にあんなにたくさんの殿方に押しかけられて戸惑っているんですわ。そうですわよね、お姉様」
「ええ……そのようね」
マイラがにこっと笑いながら話を変えた。
「それより、今日の演奏は本当に素晴らしかったわ!
あなたにあんな才能があったなんて、お姉様から一言も聞いてなかったから、本当に驚いてしまったわ!
花歌、鳥の戯れ、風の調べ、月の瞬き、そしてまた花歌。
巡り巡ってはまた花の歌に戻ってくる陛下とわたくし。感激しましたわ。
どれもすばらしく胸を打つメロディとハーモニーでしたわ。
楽譜の購入申請も百件近く入っているそうね。ブランシュが対応に追われていたわ」
「まったくだ。ナナエ、お前をグランティア王国にやらなくて本当によかった!
お前の才能には驚かされるばかりだ。
お前が晴れて結婚したら、国費でお前に国で一番優秀な音楽教師をつけてやろう」
(う、うわあ、いらない~……)
「……喜んでいただけてうれしく思います。
でも、今日の演奏の成功は、主にイルマラさんが手を尽くしてくださったおかげなんです。
編曲家を選んでくれたのも、オーケストラを手配してくれたのも、曲の編成を最後まで考えてくれたのも、飛んでしまったお祝いの言葉を考えてくれたのもイルマラさんなんです」
「でも、作曲したのはあなたなんでしょう?」
「それは、まあ……。でも、わたしひとりだったら譜面を起こすことすら思いつかなかったので……」
「あら、それって……つまり……」
マイラの目がきらっと光った。
ライスが協力したのだとマイラにはぴんと来たようだ。
「お前は本当に謙虚すぎるな。謙虚というか自分を知る機会に恵まれなかったというべきか、とにかく実際よりもだいぶ己を過小評価しているようだ。
緊縮のクレアの元で育ったら誰でもそうなるのかもしれんが、これからはそうではいかんぞ。
お前の魔力や音楽は、この国にめぐみをもたらす天からの贈り物だ。
わしにはようやくわかった。
お前が太陽のエレスチャルを授かったのは、運命だったのだ」
(いやいやいや……、違うよ。魔力も音楽も、エレンデュラ王国に来ちゃったから必要になった情報を補完したり補正した結果の産物で、"恋プレ"にはほとんど関係ないし、太陽のエレスチャルは多分開発者ルートで入手した裏技だし……。
……ああ、しかもバグって結局どうなったんだろう。社長、気づいてくれたかなあ……)
気力疲れの上にのしかかってくるファスタンの我が物な態度に奈々江の思考はゆっくり死んでいく。
もはや何も考えずに、ぼーっとスープに映る自分の顔を見つめていた。
「ナナエ、ナナエどうしたのだ?」
「……あ、はい……」
「どうした、ぼんやりして」
「あ、すみません……。ちょっと疲れていて」
「そんなことではいかんぞ、ナナエ。
今までお前は日陰の花だったが、これからはこの国を明るく照らす太陽のような花にならなければならんのだ。
暗い顔や疲れた顔など見せて、隙があるように思わせてはならん。
例え思い通りにいかぬことや疲れがたまっていたとしても、人の前では決してそんなそぶりを見せてはいかん。
もしも本当に辛いときや相手にしたくない相手の場合には、にっこり笑って次の仕事が立て込んでいるとか、今夜中に済ませたい用事があるとかいって、さりげなくはなしをきりあげるのだ。
そういう所作を身につけねばならんぞ」
「……なるほど、そうでございますね。
さっそくですが、今夜中に済ませたい用事があるので、これで失礼させていただきますね」
疲れた顔に笑顔を張り付けて、奈々江は一礼した。
ぽかんと口を開けた王たちを残して、奈々江と従者たちは振り返ることもなく食堂を去っていった。
部屋に戻ると、ラリッサとメローナがすかさずと手を焼いてくれた、
「お疲れさまでしたわ、ナナエ姫様」
「お風呂を済ませたらお茶を淹れますね。今日は冷たいハーブティーなどいかがでございますか?」
「うん、お願い……。ありがとうね、ふたりも疲れているはずなのに」
「わたくしたちのことはお気になさらずに」
風呂を済ませ、髪を乾かしようやく心身がほぐれてきた。
メローナが淹れてくれた冷たいお茶を飲んでいると、奥で控えていたセレンディアスが入ってきた。
側に来るなり、突然奈々江の足元にひれ伏した。
「お許しください、ナナエ様」
「セレンディアス……。左手を差し出せっていったことを言っているの?」
「はい」
それについては少し思うところはあった。
「もしかして、セレンディアスは知っていたの? わたしが贈り物を受け取ったらその相手が婚約者になるのだと」
「知っておりました……」
(そうか……。ホレイシオもそれを知っていたんだわ。それで、あのときあんなにブレスレットを贈りたがったのね)
「でも今は、決して自分がナナエ様の婚約者になりたいなどとは思っておりません」
「セレンディアス……」
「このブレスレットを差し上げたあの日は、密かにその思いをこの胸に抱いておりました。
ナナエ様がご存じないままにそのブレスレットをつけることをお許しくださったときには、ブランシュ殿下のおっしゃられたとおりに出過ぎた欲をこの身に宿しておりました。
ですが、その後、ナナエ様は僕に本心を打ち明けてくださいました。
そのときに僕はわかったのです」
セレンディアスが切なさを浮かべて顔を上げる。
「あなた様の側で生涯お仕えすることが、僕の愛です。
どうか、これからもナナエ様のお側にいることをお許しください」
(セレンディアス……、これ、もう、セレンディアスルートの最後の台詞……)
このままセレンディアスの想いを受け入れることでゲームをクリアできるのならそうしたいが、そうではない。
大きく息をして、奈々江は瞳を閉じた。
ゲームとわかっていても、夢の中だとわかっていても、これまでセレンディアスと過ごしてきた時間を思うと、簡単に答えられない。
相手がゲームのキャラクターであったとしても、友情の感情を抱かずにはいられなかったからだ。
そしてEボックスを作った過程にしても、これからグレナンデスに会いに行くにしても、ただひとつわかっているのはセレンディアスの存在が必要不可欠だということだ。
「セレンディアス、あなたの思いに応えられなくて、本当にごめんなさい。
でも、あなたにはわたしにとっていままでもこれからも、側にいなくてはならない人だわ。
これからも従者としてあなたがそばにいることを許します。
これでいい? セレンディアス」
「ありがとう存じます、ナナエ様」
再びセレンディアスが頭を下げたので、奈々江はそっと手を伸ばしてよしよしと撫でる。
ラリッサとメローナが顔を見合わせて、ほっとしているのが見える。
セレンディアスが嬉しそうに微笑むのを見て、奈々江もほっとした。
メローナがセレンディアスの分もお茶を淹れてくれたので、くつろぎながらしばらくとりとめのない話に興じる。
そろそろセレンディアスが帰らねばといい出したころ、奈々江の部屋をノックする音が聞こえた。
メイドが首を垂れた。
「両陛下がお帰りになられたそうで、クレア様が少しでいいからお話ししたいと……」
「わかったわ……」
このところクレアとうまくいっていないが、いずれにしても向き合わなければならないのはわかっている。
ただ、クレアの思いが空回っている感じが、どうにもこちらとかみ合わない。
良かれと思ってやってくれているのがわかるだけに、やめてくれとも言いにくいし、すでに話した本心においては一度完璧に手打ちにされている。
話したところで、この平行線が交わるとも思えないが、クレアにも言い分があるには違いない。
コミュニケーションの橋を自ら外すなとライスにいったのは自分自身だ。
クレアが入ってきて、奈々江の向かい側のソファに座った。
「よかったわ、今夜はもう会ってもえないかと思っていたの」
「湯あみして気分が少し落ち着いたので」
クレアがいいにくそうに口を開いた。
「あなたの思いは変わらないのかしら……」
「え……」
「グレナンデス皇太子への思いよ」
「あ……、はい……」
クレアがぱっと顔を上げる。
「どんなかた?」
「えっ……」
「どんなところを好きになったの?」
(えっ……、まさか、クレアがそんなことを聞いてくるなんて)
クレアなりに、娘の気持ちに歩み寄ろうとしているのだろうか。
奈々江は答えを探してグレナンデスの姿を思い返してみた。
バラの庭で手折った紫色のバラを差し出すグレナンデス。
アキュラスの洗脳魔法から守ろうとしてくれたこと。
過ごした時間は短かったが、今も鮮やかに思い出せる。
「あの……どういったらいいんでしょう。うまく言葉にできませんわ……。
でも、とてもお優しい方で、わたしを守ってくださいました」
「……そう。あなたにとって初恋だったのね」
「は、はい」
クレアがくすっとわらった。
(え、笑った……)
「あなたはいい恋をしたのね。それは人生のおいての宝物だわ」
「……お母様……」
「じゃあ、わたくしはいくわね。そうそう、これファスタンから」
立ち上がると同時に、クレアがエアリアルポケットからなにかを取り出した。
木でできた球体。
割れ目から推測するとパズルのようだった。
「ファスタンがどうしても直接渡したがっていたけど、母親の権限で差し止めたわ。
使い方はわからないけれど、あなたに見せればわかるとツイファー教授がいっていたそうよ」
「ツイファー教授が!?」
パズルを奈々江に手渡すと、クレアは去っていった。
いつものクレアと違った様子は大いに気になったが、今はそれよりもツイファー教授が届けさせたこの木製パズルのほうが気になる。
すかさず、奈々江はじっくりとパズルを観察した。
(ここはこう、このパターンね……。とすると分解するには)
パパパッと木製パズルを分解すると、重力に逆らいピースがすべて宙に浮く。
全てのピースをもう一度よく眺めてみると、奈々江にはすぐにピンときた。
(これは別の組み方ができるパズルだわ)
それに気づくと、奈々江の指は滑らかにピースを撫でるがごとくピース同士をくみ上げていった。
そして、先ほどとは違う組みあがりの球体が完成した。
それと同時に、球体からチェンバロの音が聞こえてきた。
(まさか、これ……!)
間違いなく、祝賀会で演奏されたアラ・ホーンパイプだった。
球体からとめどなく流れてくる音楽は、組曲通りに花鳥風月をめぐりもう一度アラ・ホーンパイプに戻ってきた。
そして、そのアラ・ホーンパイプは管弦がメインの二回目のアラ・ホーンパイプだ。
「ツイファー教授、録音しておいてくれたんだ……!」
「よかったですね、ナナエ様!」
「ええ!」
しかも、Eボックスに比べてかなり改良されている。
複数あった機能は削り取られ、単純に一度録音した音楽を留めておくことしかできないようだ。
そして再生するためにはいったん分解し、別の組み方で組みなおすことで音が鳴る。
ツイファー教授が持っていた無限パズルの応用に近いもののようだ。
あれならクリアするたびにファンファーレが鳴るし、現象としては既視感もある。
ただし、あのパズルは本当にその場でファンファーレが鳴ったり花火が飛んでいたのに対し、これは録音した音源が鳴る。
この違いはこの世界の人にとって新しいものと映るはずだ。
奈々江が持つ手に力を込める。
「これならこの世界の人にも受け入れてもらえそう!」
「いや、それはどうでしょう……」
メローナがいうと、隣でラリッサがうなずく。
「そのように複雑な立体魔法陣をいとも簡単に組み直せるのはナナエ姫様とツイファー教授だけだと思いますわ……」
「……あ、そっか……」
問題だった簡単すぎる操作がなくなったかと思ったが、今度は複雑すぎることが問題になろうとは。
セレンディアスが笑った。
「ツイファー教授らしい宿題の出し方ですね」
「うん……。そうね、セレンディアス、また手伝ってね」
「もちろんでございます」
今日の最後にうれしい驚きだった。
クレアの態度にも驚いたが、ツイファー教授の粋な計らいにも大きく心動かされた。
いろいろとあった一日だが、悪くない日だ。
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