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#89、 柔らかな感触
しおりを挟む男たちが駆け付けたとき、奈々江は兵士や使用人に囲まれ、地に横たわっていた。
もはや息すらしていないようにぐったりとした奈々江をみて、シュトラスは悲鳴を上げた。
抱き上げた奈々江はまだ温かい。
「ナナエ姫っ! ナナエひめぇっ!」
駆け付けたブランシュがすかさずフェリペにベッドを用意させるように命じ、ライスは城に医師を呼ぶためのスモークグラムを焚いた。
シュトラスは奈々江を抱きながら、渾身でその名を叫ぶ。
そのとき、うっすらと奈々江の目が開いた。
「シュ……トラス……」
「ナナエ姫……!」
ぼんやりとシュトラスの影が見えて、奈々江はどうやら魔法陣が成功したらしいと分かった。
「どうして、どうしてこんな無茶を……!」
既に涙声のシュトラスに視点を定めようと奈々江は瞳を揺らした。
こめかみに触れてラブゲージを確認したい。
だが、例によって魔力が切れて体が思うように動かない。
「嫌われたのかと、思ったの……」
「ナ、ナナエ姫……」
「どうしても、今、会いたくて……」
「……」
かすむシュトラスの影が揺れた。
奈々江は頬になにかが降ってきたのを感じた。
滑るように流れたそれが、シュトラスの涙だとわかった。
その瞬間、シュトラスの気持ちがわかった。
手を伸ばそうと動かすと、その手をシュトラスが握ってくれた。
温かくて、しっかりとした感触に、ほっとする。
「ナナエ姫……」
「あのね……、なにもかもか消えるわけじゃないの……」
「え……?」
「ここで過ごしたこと、気づいたことはわたしの中に残っているの……」
「……」
「あなたを好きになったことは、決して消えないの……。
だから、わたしたちはずっと一緒なのよ……」
奈々江はそう話しているつもりだったが、次第に視界が白く霧かかり、音が遠のいていく。
(また魔力切れで気を失うのね……。でも、シュトラスに伝えられたから、シュトラスの気持ちがわかったからそれでいい……)
そのとき、奈々江の唇に、柔らかな感触が降ってきた。
(キス……?)
その感触はほんの一瞬で、奈々江の意識はすうっとかき消えていった。
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