アカイ・マルイ・ミツケテ

柿ノ木コジロー

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12 脱出のあと

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 あーあ、とケイジが大きく伸びをする。
「シャバはいいよな、やっぱ」

 マヤが馬鹿笑いして、ケイジを軽く突き飛ばす。
「やめてよぉ前科者みたい」

 明るい場所でようやく、カナはショルダーバッグを返すことができた。
 ベルトが切れかかって、ごめん、と謝ったがケイジは
「いいって。名誉の負傷」
 ひとことそう言っただけだった。しかし続けて
「それよか穴からボルトが降ってきてよ、頭に当たってもう」
 後頭部をさすっている。

 急になんか腹減ったよ、とサクが振り返った。

「今何時だ? ユウマ」

 あれ、と首をかしげて遠くを見る。

「なんで、ユウマって?」
「誰それ」

 ケイジが脇から尋ねるが、サクは額を押さえて少しおいてから不思議そうに答えた。

「昔のツレ、なんで名前出たんだろ」

 タミがいっしゅん、目を見開く。だが、サクの
「メシ食おうぜ」
 の声にリュックを立ち木に下げた場所までゆっくりとやって来た。

「どうしたの? タミちゃん」

 マヤが無邪気に訊くと、タミはいったん眼鏡を外して目のあたりを揉みながら答えた。

「……なんか、忘れてる気がして」

「ちょっとやばいぞ」
 ケイジがスマホを見て頭をかく。
「もう、4時過ぎてんじゃん」
「えっ」
「道理で夕方っぽいと思った」
「どうする?」
「ケイジ、学校に電話してよ」
 サクが頼むが
「だから、ここ圏外」
 ケイジは両手を上げる。

 サクはため息をついたが、
「腹が減ってはなんとやら、だからね」
 急にこう宣言した。
「弁当食ってから帰ろう」
「そだね」
 誰も異存がない。
「で、みんなで叱られよう」
「やだー!」
 マヤが悲鳴を上げて、ほかの4人は一斉に笑い出した。

 つられて笑うマヤを、カナはそっと盗み見る。

 髪はボサボサだし、顔も汗とほこりだらけだし、メイクに気を遣っていたあのマヤとは別人みたい……まるで泥んこ遊びの後の小学生みたいだった。

 でも、とカナは今度は堂々とマヤを見る。

 今の方がぜんぜん素敵だった。


 ところでさ、とわくわくした目のケイジに、一番大きな鶏のから揚げを渡してやりながら、マヤが急に尋ねた。

「地下室でさ……何かわかんないけど、どかん! ってすごい音が鳴った時さ、タワー崩れたじゃん、あん時」

「ん?」
 ケイジはから揚げを一気に頬張ったらしく、もぐもぐと咀嚼に余念がない。

「タミねえ、って叫んだよね、タミちゃんが倒れた時」

 ぶっ、とケイジが口の中のものを噴き出した。

「きったねー!」

 サクが避けながらおしぼりでジャージを拭く。
 服に限らず全身汚れ切っているが、今はから揚げの欠片しか気にならないらしい。

「なんで『タミねえ』?」

 ねぇねぇ、とむせかえっているケイジに追及の手を緩めないマヤ、しかし、タミが顔をまっすぐ上げて、マヤを見た。

「ごめんね、ナイショにしているつもりはなかったんだけど……ケイジくんと保育園一緒で、その時そう呼ばれてて」
「わわわ」

 ケイジはようやく息を整えたらしいが、真っ赤になって手を振り回している。

「いいから、タミねえ……タミちゃん黙ってていいって」

 タミはそんなケイジに優しい目を向けてから、みんなの方にまっすぐ目を向けた。

「ほんとは、一こ上なんだ、歳。中学に入る前に病気が見つかって……ずっと入院してたんだ」

マヤは、もちろんサクとカナも突然のことばに目を見開いたきり動きを止めた。
 ケイジはすっかり、うつむいている。

「……ごめん」


 鈴掛多美は淡々と語った。
 小学校に入る時に父親の転勤にともない、大阪に住んだのだと言う。
 小学校卒業も近くなった頃から手足が痛くなり、ずっと成長痛だと思い込んでいた。
 めまいも起こるようになり、間もなく高熱が続くようになって、あわてて病院にかかったのだが長い検査の果てに、命にかかわる重い病気だと診断された。

「入院は長くなっちゃったけど、治療が何とかうまくいって、退院できた。その時、もっと静かで環境の良いところに移った方がいい、って言われたの、ママの実家がこっちだったんで帰ってきて、一年遅れで中学も行けるようになった、でもやっぱり何だか居心地が良くなくて……」

「病気は?」

 カナはとつぜん、タミの肩に乗った時の感触を思い出していた。骨がほそい、か細い感触だった。

「人を肩に乗っけたり、そもそもこんな無茶な探検に誘ったりして……」

「もう、良くなったから全然へいき」

 タミは笑う。それから急に神妙な表情に戻った。

「ケイジくんのグループ、4人だけだからまだひとり余裕ある、って思ったし」

 今度はカナが身をこわばらせる。

 そう、タミは確かにグループ編成の時そう言ったのだ。

『一緒に組んでもらってもいい?』
 の後、
『林さんたち、まだメンバー4人みたいだし』
 と。

 なぜ忘れていたのか。そして、なぜ今更思い出したのか。

 ずっともやもやした感があって、今のことばに何かがひっかかったのは確かだが、見つめれば見つめるほど消えてしまうよう星のようだ。

 タミも、言っている途中からだんだんと声が小さくなり、少し物思いにふけるような目つきになる。

「それに」
「それに?」

 サクが促すと、タミは目を上げた。

「このグループに入って、ってずっと誰かに言われていた気がして」
「へえ」

 カナがちらっとケイジを見る。
「ケイジくんなの、それ」
「いやいやいや先輩っすからねえ、おいそれと、いや別に歳上とか気にしてないし」
「アンタ昔からそう」
 急にぴしりとタミが低い声で言うと、ケイジが肩をすくめた。

 すっ、と違和感の全てが泡のように溶け去り、カナも屈託なく笑う。

 意外なタミの素顔に、マヤもただ口をあんぐりと開けている。やっと

「……昔から、そんな上下関係だったワケ?」

 そう言う。

「うん、オレ弱っちかったからさあ」

 ケイジがにへら、と弱々しい笑みを浮かべる。

「家族はほぼほぼ、ばあちゃんしかいなかったし、周りからしょっちゅうボコられて……でもヤバい時にはいつもタミねえが走ってきてさ。しょっちゅう守ってもらってたからさぁ……ですよねパイセン」

 タミは声を立てて笑う。
「なにそれ美談すぎ」
 笑い声もよく通るきれいな声だった。

「なんかさ」
 マヤは箸につまんだから揚げに言い聞かせるようにつぶやく。
「ウチも、もっと強くなんなきゃ、って思ったよ」
 それから、えいっと一気に口に放り込んだ。


 さあ帰ろうぜ、と腹がふくれたらしいケイジがぴょこんと立ち上がり、意味もなくあたりをぐるぐると走り出した。
「あっぶね」
 ぶつかられそうになったサクが上手くかわす、だが勢いあまってケイジがカナの肩をかすめた。
「つっ!」
 背負いかけていたリュックを取り落とす。ケイジがあわてて駆け戻る。
「わりぃ、だいじょうぶか」
「重傷だよ」
 ぶつくさ言いながらも、ケイジが拾ってくれたリュックを背負い直す。
「スンマセン。あ、ふた、開いてるぜ」
 言いながらケイジが閉めてくれたらしい、その時、軽くふふっと笑った気がしたが
「ありがと」
 あまり気にせず、また山道を駆け下っていく彼をぼんやりと見送った。
「ケイジくん、待ってよお」
 マヤもあわてて駆けだした。


 山を下りながら途中、自然な流れでサクがカナの隣に並んだ。
 少しの間、並んで歩く。ことばなく、長い影がふたりの前に伸びている。

「ごめんな」

 唐突に、サクが小さな声で前を見たまま言った。

 えっ? 何が? と問い返すカナにちらっと眼をやってから、すっかり汚れ切った髪をがさがさと掻いて、また前を見る。

「なんかさ、『探検だ! ついてこい!』みたいに言って結局、落ちたり閉じ込められたりして、最終的に助けてもらってさ」

「いや別に」

 カナも歩きながら前をみつめている。

「ああゆうとこ上るの、たまたま得意だったし」
「もし落ちてたら、って後からぞっとした」
「いいじゃん、落ちなかったし」

 サクに笑いかける。

「終わりよければすべてよし、だね」

「……ほんとごめん、あ、そうだ」

 サクは急に、ジャージのポケットに手を突っ込んだ。
 出したものに、カナは目を見張る。

 手のひらに乗せられて、ふたりの間から差し込む夕日で煌めいていたのは、赤いビー玉だった。

「バケツに入れて、ゴール、だったんだよな、だからその後なら持ってきてもいいか、って」

 バケツの中から拾ってきたのだと言う。

「ホントはメンバーに明日いっこずつ分けようかな、って思ってたんだけど先に渡しとく」

 なにかが、またいっときひらめいた。でも、思い出せない。

「青いのと白いのも、あったよね」
「バケツに、赤いの一個だけ残るだろ、だから」

 サクがカナの手を取った、そして、赤いビー玉を握らせ、その上から自分の手のひらで包む。
 照れてはいたが、サクはカナの目を、まっすぐ覗き込んで言った。

「さびしいかな、って思ってさ、ひと色ずつ残してきた」


 途中でケイジが渋々、学校に電話を入れたおかげで、捜索隊は出ずに済んだようだ。

 すっかり暮れなずんだ正門前に居並ぶ大人たちが目に入ったとたん、サクが早口の小声で告げる。

「いいか、今夜中にシナリオ送る、親には神妙に謝って、『疲れたから明日ゆっくり説明する』と言って今夜はとぼけろよ、いいな」

「らじゃ」
 マヤがすばやく、小さな敬礼をした。

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