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三章 意地悪で優しい幼馴染との新婚生活
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「――で、結婚式は挙げるの?」
ランチを終え、午後の仕事に戻るために廊下を歩いていると、由香が尋ねてくる。
シフォンシャツの私の腕に絡んできて、心から楽しみにしてくれている様子が伝わって来た。
「その予定だけど、奏君、当分忙しいからな……」
挙式もしようと言ってくれているが、奏君の霞が関での勤務が落ち着いた頃合いを見計らってからになった。
フランスで長年一等書記官として日仏関係を支えてきた奏君は、本省でも政務に携わるポジションに就いていて期待されている。夏に都内では開催予定の特別なチャリティーイベントに携わることになったらしい。また、在外公館から勤務スケジュールが大きく変わってくるから、しばらくは仕事に専念して欲しいと思ったのだった。正直のところ、彼の手を煩わせたくないし、私は挙げなくても構わないとも考えているのだけれど……
現在彼氏募集中の由香は、「いいな~楽しみ!」と微笑んでくれた。
でも、各フロアへの別れ道に差し掛かると、少しだけ深刻そうな顔をして、顔を近づけてきた。
「けど……相田さんには、気を付けてよ?」
由香の囁きに、ドキリとする。足元に広がるブラウンのスカートをきゅうっと掴んだ。
……浩太はあの騒動の週明け出勤すると、何を思ったのか海外事業部の入り口で私を待ち伏せていた。そこで「あれは、魔が差してさ」となんとも自分勝手に復縁を迫ってきたが、私はきっぱり断りを入れ別れを告げた。それでも納得がいかないようで何度かフロアの入り口で待ち伏せをされ復縁を迫られている。困った私は、仕事に影響の出る前に、親しい先輩に訳を話し、なるべく顔を合わせないように配慮してもらっていた。
結婚報告のあと由香に話したところ、「なんでもっと早く言わないの」と心配されたのだった。
「ありがとう。フラれたのが面白くなくて突っかかってきているだけだと思うから、そのうち止むと思う」
浩太は社交的だがとてもプライドが高い性格だった。私から別れを言い渡されるのは、想定外の屈辱だっただろう。聞くところによると、浮気していた女性社員とも社内で言い合っていたとの噂も流れているし……破局したのかもしれない。
「何言ってるの、会社の懇親会も近いし、なおさら気を付けてよ? 結婚のことだって聞いたら文句付けてくるかもしれないし。私も力になるけど、困ったときは上司や奏君に相談してみなよ?」
熱心な由香の説得に「ありがとう」と頷いて、午後の仕事に戻った。
――懇親会かあ。
午後も精力的に仕事をしたあと、そう心で呟き、浩太と遭遇しないように気をつけながら帰路に就く。
週末は社内恒例行事の、新入社員や異動してきた社員を歓迎する懇親会が近くのリゾートホテルで行われる。会場もとても広く、参加人数も百人近い。浮気相手もいる前で復縁を迫ってくることはないだろうけれど、気分は重たい。
「奏君に相談して、迎えにきてもらおうかな……」
浩太がすんなり身を引く手段を考える。
奏君もあれから社内にいる浩太との関係を何度か気にかけてくれていた。きっと、自分との結婚でトラブルになっていないか心配しているのだろう。彼は優しい人だから。だけど、私は心配を掛けたくない思いで「問題ないよ」と誤魔化してしまった。
外交官として霞が関に勤務する奏君は、私の想像以上に忙しい。過去にその道を目指していた私の予想をはるかに超えていた。
帰宅は遅く、休日だって仕事関係の外出がほとんど。家で顔を合わせている時間がとても少ない。忙しい彼に個人的な事情で負担を掛けたくないのはもちろん、まだ、七年前のことが尾を引いて……どこまで彼に身を委ねていいのか分からないのだ。
「――で、結婚式は挙げるの?」
ランチを終え、午後の仕事に戻るために廊下を歩いていると、由香が尋ねてくる。
シフォンシャツの私の腕に絡んできて、心から楽しみにしてくれている様子が伝わって来た。
「その予定だけど、奏君、当分忙しいからな……」
挙式もしようと言ってくれているが、奏君の霞が関での勤務が落ち着いた頃合いを見計らってからになった。
フランスで長年一等書記官として日仏関係を支えてきた奏君は、本省でも政務に携わるポジションに就いていて期待されている。夏に都内では開催予定の特別なチャリティーイベントに携わることになったらしい。また、在外公館から勤務スケジュールが大きく変わってくるから、しばらくは仕事に専念して欲しいと思ったのだった。正直のところ、彼の手を煩わせたくないし、私は挙げなくても構わないとも考えているのだけれど……
現在彼氏募集中の由香は、「いいな~楽しみ!」と微笑んでくれた。
でも、各フロアへの別れ道に差し掛かると、少しだけ深刻そうな顔をして、顔を近づけてきた。
「けど……相田さんには、気を付けてよ?」
由香の囁きに、ドキリとする。足元に広がるブラウンのスカートをきゅうっと掴んだ。
……浩太はあの騒動の週明け出勤すると、何を思ったのか海外事業部の入り口で私を待ち伏せていた。そこで「あれは、魔が差してさ」となんとも自分勝手に復縁を迫ってきたが、私はきっぱり断りを入れ別れを告げた。それでも納得がいかないようで何度かフロアの入り口で待ち伏せをされ復縁を迫られている。困った私は、仕事に影響の出る前に、親しい先輩に訳を話し、なるべく顔を合わせないように配慮してもらっていた。
結婚報告のあと由香に話したところ、「なんでもっと早く言わないの」と心配されたのだった。
「ありがとう。フラれたのが面白くなくて突っかかってきているだけだと思うから、そのうち止むと思う」
浩太は社交的だがとてもプライドが高い性格だった。私から別れを言い渡されるのは、想定外の屈辱だっただろう。聞くところによると、浮気していた女性社員とも社内で言い合っていたとの噂も流れているし……破局したのかもしれない。
「何言ってるの、会社の懇親会も近いし、なおさら気を付けてよ? 結婚のことだって聞いたら文句付けてくるかもしれないし。私も力になるけど、困ったときは上司や奏君に相談してみなよ?」
熱心な由香の説得に「ありがとう」と頷いて、午後の仕事に戻った。
――懇親会かあ。
午後も精力的に仕事をしたあと、そう心で呟き、浩太と遭遇しないように気をつけながら帰路に就く。
週末は社内恒例行事の、新入社員や異動してきた社員を歓迎する懇親会が近くのリゾートホテルで行われる。会場もとても広く、参加人数も百人近い。浮気相手もいる前で復縁を迫ってくることはないだろうけれど、気分は重たい。
「奏君に相談して、迎えにきてもらおうかな……」
浩太がすんなり身を引く手段を考える。
奏君もあれから社内にいる浩太との関係を何度か気にかけてくれていた。きっと、自分との結婚でトラブルになっていないか心配しているのだろう。彼は優しい人だから。だけど、私は心配を掛けたくない思いで「問題ないよ」と誤魔化してしまった。
外交官として霞が関に勤務する奏君は、私の想像以上に忙しい。過去にその道を目指していた私の予想をはるかに超えていた。
帰宅は遅く、休日だって仕事関係の外出がほとんど。家で顔を合わせている時間がとても少ない。忙しい彼に個人的な事情で負担を掛けたくないのはもちろん、まだ、七年前のことが尾を引いて……どこまで彼に身を委ねていいのか分からないのだ。
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