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第二章
強襲 1
しおりを挟む「あっ!綾くん、おはよう!」
教室に入るなり、待っていたかのように大声で名前を呼ばれ、綾は目を丸くしてそちらを見た。
実際待っていたのだろう彼は、嬉しそうな感情を隠しもせずニコニコ手を振っている。
先日から綾に好意を寄せている、清水桐真。
彼は少し長めに切られた茶髪を毎朝丁寧にワックスでセットし、サッカー部で身体を動かすのが好きな爽やかな少年だった。前を全開にした制服の間から見える黒のインナーにはよくわからない英字が書いてある。
「あぁ、おはよう清水くん」
「はよー」
彼は時間ができるたびに綾に構いに来るから、綾はいささか飽きてきていた。
そんな心情を知る涼樹と蓮は、愛想笑いで挨拶を返す綾と同じように曖昧に応えて、綾を席まで連れてゆく。
しかしそんな様子にもめげないのが、清水桐真という男である。
それまで隣にいた友人との会話をひと段落させ、三人の会話に参加してきたのだ。
再三の誘いを全て断られているにも関わらず、綾と話せることそれ自体が嬉しくてたまらないようだった。
「綾くーん。何話してんのー?」
「うおっ、桐真おまえ突然なんや!」
「へへ、俺も混ぜてよ!な!」
「静かに口を閉じててくれるならいいよ」
「蓮、相変わらずだね…」
不機嫌そうに桐真をにらみつけた蓮は、そのまま綾の膝に座り込んだ。
まるでこれ以上は踏み込ませまいとする愛猫のような姿勢に、綾は可愛いなぁと頰をほころばせる。
「うわー、蓮ええなぁ!役得やなぁ!綾くんも俺んとこ来てええねんで!」
「あはは、遠慮しとくよ」
「ユウちゃんは僕のだから」
「ってか桐真、お前部活はどうしてん?朝練とかあるんちゃうんか?」
「あーそれな!行っとるでちゃんと。たまには」
「たまにじゃあかんやろ…」
桐真の勢いの前では涼樹ですら常識人に見える。
「俺はちゃんと部活やる人が好きだな。頑張ってるのって、なんかいいよね」
「!!じゃあ今度練習見に来てや!ほぼ毎日やっとるからさ!」
「んーでも頑張ってるアピールする人はあんまり好きじゃないんだよね。とりあえずもうすぐチャイム鳴るし、座れば?」
「わかった!ありがと綾くん、俺今日ちゃんと昼練行くわ!」
「うん、毎日行っておいでね」
桐真の耳には、どうやら都合の良い言葉しか入らないようである。
桐真の背を見送って、涼樹が苦笑して言う。
「ユウちゃんもだいぶ辛辣になったなぁ」
「そう?」
「いいんだよあれくらいで。全然懲りてへんみたいやし」
「俺としてはユウちゃんには蓮みたくなってほしくないんやけど…」
「は?」
いやいや、何でもないよと涼樹が蓮をなだめるのを笑いながら見つつ、綾はスマートフォンの画面に表示されたポップアップを横目に見る。
「っていうかさぁ、ユウちゃんほんとに何もないの?」
「ん、なにが?」
通知を見ようとしていた綾は、蓮に話を振られて慌てて顔を上げた。
膝の上から上目遣いでまん丸な瞳がじっとこちらを向いている。なんとなく、不機嫌そうな色味がそこには浮かんでいた。
「千智先輩と。最近いつも一緒にいるみたいだけど?」
「あー、オレも気になっとった!オレとしてはユウちゃんがアイツ引き取ってくれたら万々歳なんやけど…って冗談、冗談やん!」
机の下で蹴られたのであろう、涼樹は痛そうに顔をしかめて右足の脛をごしごし撫でた。
当の綾はきょとんとした表情で、なにもないよ、とさらりと答えた。
「一緒に寝て、起きてその日一日ゲームしてた。その続きが気になっちゃって」
「だから毎日部屋に?」
「そうそう!美味しいご飯も食べられるし」
「泊まったりとかはしてへんよね?」
「泊まってたら朝一緒に登校できないよ」
「好き…とかは?思ってないの?」
「えっ!?恋愛的な意味ではないよ、一緒にいて楽しいし、安心できるけどね」
なでなで、綾は安心させるように蓮の頭を撫でた。蓮は少し納得したように息をつく。
「しかし取って食われんように気ぃつけや!ユウちゃんかわええしアイツクソやし」
「ほんとに涼樹は千智さんのこと嫌いだね?」
「あったり前やろ!」
力強く涼樹が叫んだところで、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
放課後。ぺたぺた、手慣れた手つきで文字を打つ。
携帯電話という便利で窮屈な機械が普及し始めてから数年、母親からメッセージが来ればすぐに返信を打つ綾のこの習慣は、ここへ来ても続いている。
目的の教室へ向かう道中から作成し始めて、着く頃には送信ボタンを押した。
綾のタイムスケジュールをきっちり把握した規則的なやり取りは、イレギュラーがない限り綾の邪魔をすることはない。
「お、ユウちゃんやーん。お疲れ!」
「お疲れ様です」
「今日も可愛いね!今晩どう?」
「寮出禁になりますけどいいですか?」
「はは、ユウちゃん手厳しー!」
千智や夕貴を訪ねるようになってから、三年生とも仲良くなった。交友関係が増えることは、綾にとって喜ばしいことだ。じわじわ、安心して学校生活が送れるようになってきていた。
先輩たちの軽口を躱しながら、笑顔でさよならと手を振る。
待ち人の教室を覗いてみると千智は相変わらず不在で、珍しく夕貴の姿も見当たらない。
数秒考えたのち、綾は壁に背を預けて再びスマートフォンに視線を落とした。
--直後、その手は忍び寄る何者かによって強く強く、引っ張られた。
(…っ、資料、室…?)
連れ込まれたのは埃っぽい薄暗い部屋。
古びた紙の匂いが鼻につく。
ガタガタ、騒ぎ立てても全ての紙片が防音材となって、何もかも吸収してしまうような静けさ。
そこにあるものが新しいのか古いのかは綾には全くわからないが、一定期間、それらが動いていないことはこの空気感で察知できた。
「久しぶり、りょーちゃん」
「春人っ…」
「待った?ごめんね、早くこの前の続きしてあげなきゃって、ずっと思ってたんだけど」
「待ってない!離せよ、早くっ」
腕を引っ張られてここへ連れ込まれるまま、ろくに抵抗する隙も与えられず、気が付いたら後ろから抱き抱えるように壁際に追いつめられていた。
いじっていたスマートフォンもどこかへ消えている。
冷たい壁と春人に挟まれて、逃げ道がない。
最大限顔を春人に向けて睨み付けるように叫ぶと、春人は嘲るように笑った。
「りょーちゃんってば天然?離せって言われて、俺が離すと思う?」
「っ、なんで…」
「ん?」
「なんで俺なんだよっ!他の誰でも…っひぅ!」
服の上から胸の突起をつぶされ、思わず綾は唇を噛んだ。
「そんな野暮なこと聞いちゃダーメ。言ったでしょ?俺はりょーちゃんがスキなの」
「好き、なんてそんな…っ、思ってない、くせに…!」
「アハ、好きだよ?こーんな感じやすくてカワイイおもちゃ、好きになんないわけナイ」
「そんな勝手な…!俺は求めてない!」
「はいはい、心配しなくてもちゃんと欲しがらせてあげるからさ、とりあえず黙ろっか?おしゃべりの時間は、もうオシマイ。ね…」
耳元で囁いて、春人は綾の身体をまさぐり始めた。
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