裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

文字の大きさ
91 / 117
悪役聖女の末路

【乙女ゲーム】の典型【悪役令嬢視点】

しおりを挟む
 ザワザワといつもは静寂を極めたホールに騒々しさが募る。
 貴族が一斉に集(つど)う様子を陰ながら見て少し怖気づいたのか一歩足を後ろに下げるとトンッと誰かの肩にぶつかった。

 「ぁ、ごめんなさい…。って、ミシェルじゃない」

 「その反応は流石に傷つくな。俺のお姫様」

 「もう完全に敬称は抜けたのね。それに子供の頃は一人称が『私』だったでしょ?」

 「余所(よそ)行きはそうだがエディスの前ではいいだろう?」

 そう言って自然と私の手を絡めて頬に持っていくあたりかなりのプレイボーイな気がする。私だってまだ手を繋ぐのも恥ずかしいのに…。

 耳まで赤に染めた私を見て普段は滅多に表情を崩さないミシェルが破顔する。その攻撃力の高さと言ったらもう半端なかった。

 「ま、まぁ? ミシェルがどうしてもって言うならいいわよ?」

 「ははっ。お姫様は随分と意地悪なんだな」

 「もうっ! そのお姫様っていうのもやめてよ! もし誰かに聞かれたら反逆罪って思われるかもしれないじゃないっ」

 「そうか? でも俺のお姫様はエディス一人だ」
 
 前世では少し距離を置いておいた友人二人のバカップルを思い出して恥ずかしさが増す。
 あの時は分からなかったけど彼らはこんな恥ずかしい思いすら自覚しなかったのだろうか? 

 とは言いつつ周りから見ればエディス達も十分バカップルの部類に入る。押しはミシェルだがそれをなんだかんだ言って受け入れているエディスもエディスだ。

 まぁ長年お互いが好きあっていたことは公然の事実なので周りの人間たちは微笑ましくも見守っている。
 きっと二人はこれから公認の熱愛夫婦になる未来は確定しているのだろう。

 












 ###### 


 デビュー挨拶と婚約発表を無事終えた私達は来賓への各挨拶へと向かった。当然我先にと群がる貴族たちに、馴染深い顔ぶれが牽制する。

 「お久しぶりですね。シリアル公子」

 「お久しぶりです、エディス嬢。この度はご婚約おめでとうございます」

 溢れんばかりの美貌を惜しげもなく晒す人物。たとえ数年の月日が経とうと一切の衰えを見せない彼の美貌はもはや称賛にすら値するだろう。


 「初めの出会いから六年という月日で随分と大人になってしまいましたね」

 少し惜しむような、それでいて喜ばしいような声色でそんなことを言うシリアル公子。時々所要を通して連絡していたとはいえ、私にとって彼は親戚のお兄ちゃんみたいな存在だ。
 お互い大人になっていくのは寂しく感じるし、やっぱり形容しがたい嬉しさもある。


 「相変わらず傾国とも謳われる美貌を保つシリアル公子から言われれば皮肉にしか聞こえませんよ?」

 「それはすみません。本当にそう言ったつもりでは…」

 しゅんと落ち込んでしまった公子に思わず笑ってしまう。ちゃかすつもりで言った言葉がこうも彼に突き刺さるとは思わなかった。

 なにせ社交界でいつも噂になっていると人気の彼だ。このぐらいの冗談は言われ慣れているとばかり思っていた。

 
 「冗談です。ごめんなさい。久しぶりに会えたものだからちょっと公子に悪戯(いたずら)してみたかったんです」

 「それは、…ほっとしました」

 緊張が溶けたのかふわっと綻(ほころ)ぶような笑みを溢した公子に静かながらも会場に悲鳴混じりの歓声が上がる。
 どうやら私達の会話を見守っていた令嬢達が騒ぎ立てているようだ。
 
 これが上級貴族中心にしたパーティーだったから被害はここまでに済んだけど、もし下級貴族も参加していたならば感情を抑制する努力などすぐに放り出して失神までしていたと思うとむしろ良かったのかもしれない。

 少し思いついた悪戯心がまさかここまでの効果を及ぼすとは…、なんて呆れ半分に思っていると隣にいるミシェルがノールックで指を絡み合わせる。

 ……これはズルい。油断していたところで不意打ちのデレはヲタクの私を殺しにかかっているとしか思えない。
 しかもこれはスチルでは絶対に見ることのできない私だけに許された特権だと思えばそれこそ天にも昇りそうな勢いだ。

 それに感づいたのか公子がにやけてるけどもういいもん。これはミシェルが嫉妬してくれ証だし何より貴族のしきたりやら何やらでスキンシップを取る機会が少ない私にとっては十分な供給時間である。

 そんなやりとりを交わしていると、また懐かしい面々が視界に映る。それも全く変わることのない構図で…。

 「よっ! 久しぶりだな、エディス」

 「ロイアっ、今日は祝いの場だからその口調は止めなさいと何度も…」

 この兄弟はいつ見ても変わらないようだ。成長して背が伸びたとはいえまだまだ精神が子供のロイアとそれの尻拭いに追われる兄。誠にご愁傷様である。

 ロシアル公子に至って我がグラニッツ商会が運用する特注胃痛薬の注文数が途絶えるどころか年々増加しているので洒落にならないというところが心配だけど…、

 「なーなー、俺のことは無視か?」

 不満顔のロイアの言葉通りフル無視を噛ましてロイアル公子に挨拶を行う。 

 「お元気そうで何よりですね。ロシアル公子」

 「ありがとうございます、エディス嬢。折角のハレ舞台ということでプレゼントをご用意していたのですが、何分この馬鹿な弟の世話で予定が狂ってしまい…」

 「俺だってちゃんと選んだんだぞ!」

 会話の隙間隙間に余計な一言を入れるロイア公子に怒りマークが溜まっていく。これでつい先日ソードマスターになった天才とは到底思えない。


 「お気持ちだけでも十分ですよ。それにしてもロイア公子はもう少し願えますか?」

 「う゛っ? な、何だよ。俺だってお祝いしにきたんだぞ!」

 「お祝いというならまず礼儀を守って下さい。ただでさえ高位貴族を中心に集めたパーティーですので家紋の品位を落としたくないのであればそのお喋りな口を今すぐ閉じてはいかが?」

 「エディス、お前見ない内に口が悪くなったぞ」
 
 はぁ…ッ?!と持ってるセンスをぶちかまそうと思った時、それまで怖いくらい静観を貫き通していたミシェルが私達の間に割って入った。
 あ…、やばい。これミシェルぶち切れ一歩手前だぁぁぁああ!!

 長年の付き合いで表情からある程度機嫌の読み取れる私は今のミシェルが剣を持っていなかったことに心底安堵した。

 いや、隠しナイフとかは当然持ってるかもしれないけどね。あるとないとでは何をするかという安心感がケタ違いなんですよ。


 「先ほどから黙って聞いていれば、アグレイブ公爵家は随分とグラニッツ公爵を見下しているようですね」

 あぁあ…、もうっ! 敵に回ったミシェル以上に怖いものなんてないのに!
 ソードマスター成りたてで調子に乗っているロイアには可哀想な話だが当時最年少で覚醒したミシェルにとってはまだまだ生まれ立てのヒヨコみたいなものだろう。

 力でも圧倒しているのに、今回は怒らせた相手がマズかった。私がキレておけばまだ収拾はついただろうけど、公爵家よりも格上の大公家が話の的に立ったのだ。

 野次馬は皆聞き耳を立ててるし、ここでもしロイアが売り言葉に買い言葉でこの喧嘩を買ってしまえばそれこそ本来必要のない確執を作ってしまうだろう。

 内心面倒ごとができたと嘆いているが、実際はちょっとスッキリした。こんな面倒を作った原因の一端はミシェルにもあるが、そんなこと知るか!

 だって私のために怒ってくれたミシェルに対して恨むことは絶対にないし、何ならロイアにはいつか痛い目にあってほしいと思っていたので丁度いいとすら思ってる。


 フレー、フレー! ミ・シェ・ル!!! 最高! 単推し! ミ・シェ・ル!!!
 負けろー! 負けろー! ロ・イ・ア!!! ガキ! アホ! ロ・イ・ア!!!

 よっしゃぁ、この調子でミシェルとロイアの戦いはポテチ片手に観戦してよ。
 え? 私のために争わないで? 無理無理、キツイって…。私前世合わせてアラフォーだよ??!!!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...