96 / 117
悪役聖女の末路
誘惑の手【ヒロイン視点】
しおりを挟む
名も知らない紳士の人はただただ黙って私の話を聞いてくれた。何か助言をしたり、貶めたりすることなく、純粋に聞き入れてくれた。
その真っ直ぐな姿勢が、この窮屈な檻に閉じ込められ変わってしまった私に強く刺さったのかもしれない。気づけばポタ…ポタッ…と涙を流していた。
「ぁ…っ、ごめなさっ…。わたし、泣くつもりじゃ…」
「構いませんよ。此処には貴方を咎める人など誰一人としておりません」
何故貴方はそんなに優しいのか。貴族は皆、自分の利益しか考えていない冷徹で怖い人ばかりだと考えていた自分が恥ずかしいぐらいに、貴方は温かい。
「私はっ、ただお父さんに抱き締めてほしかったんです。普通の家族みたいに、私は…っ」
あの日のことを思い出しては、一人夜を泣いて過ごしている。どれだけ忘れようとしても、フラッシュバックのように突然脳裏に焼き付いて胸を焦がすのだ。
いっそ、何も知らないままでいたかった。陛下がお父さんであることも、その陛下に憎まれていることも…。
だけど1つに2つは選べない。もし私があの日皇族として迎え入れられなければ、今頃貴族の愛妾としてボロ雑巾のように扱われ捨てられていた運命なのだから。
今だってそう。私がこうして綺麗なドレスに身を飾って泣いている間に、別の誰かはお腹を空かせて泣いているのかもしれない。殴られて泣いているのかもしれない。
だから…、だから、こんなこと思っちゃいけないのに…っ!
「貴方は悪くない。貴方は、一生懸命頑張っているじゃないですか」
どぅして、一番欲しかった言葉を今あったばかりの貴方がくれるのだろう…。
私が欲しくて欲しくて仕方のなかった言葉。家族にさえ言ってもらえなかった言葉を、貴方は何の躊躇いもなく言ってしまえた。
「わたし、貴方が言うような人間じゃないんです。今日もある人に友達になろうって言ってくださったんですけど、私は利益ばかり考えて…。挙句の果てには、嫉妬…、してしまったんです」
こんな自分が心底嫌になる。何でも持っていて、輝いて、幸せに満たされたエディスが羨ましくて、心の何処かで傷ついてほしいとすら思ってしまった。
こんな人間、誰も好きになるはずないのに…。
「酷い人間ですよね? その人は純粋に友達になろうって言ってくれたのに、私は…っ」
「…それでも、今貴方は後悔しているじゃないですか。本当に悪い人間は後悔もしないし、そうやって涙も流しません。それだけ、真剣に考えている証拠でしょう?」
ドレス裾を握りしめて俯(うつむ)いていた私が思わず顔を上げたとき、彼は月明かりに照らされて何処までも神秘的に輝いていた。
あぁ…、この人はもしかしたら『人間』じゃないのかもしれない。だって、こんなにも美しい人が地上にいる訳ないもの。きっと、間違えて地上に迷い込んでしまった天使よ。
「私はそんな貴方を尊敬しますし、純粋に支えたくなります」
「………へっ?」
驚きのあまり思わず間抜けな声が抜け出た。
だ、だめだめっ! この人は恋愛的な意味じゃなくて人間的に支えるって言う意味で言ったんだから! 勘違いしちゃだめ、エルネ!
ペチペチと両頬を叩き目を覚まさせる私に対し、彼は面白おかしそうに笑った。そんな砕けた姿もまた新鮮で、何故か胸の高まりが頭に響く。
「あっ、あの! ずっと名前も知らずにお話してしまって無礼でしたよね。その、お名前をお聞きしても宜しいですか?」
「…そうですね。私はとある事情で身分を明かすことができないのですが、愛称で『ロン』とでもお呼び下さい」
身分を明かせないだなんて、どうやら複雑な立場にあるようだけど彼に愛称を許されたことがとてつもない幸運のように感じた。
「名前を明かせない身で不躾ですが、私も貴方のお名前をお聞きしても?」
「えぇっと…、私も同じで訳あって今は言えないんです。だから、『ルナ』と呼んで下さい」
「ルナ…。月の女神のごとく美しい名前ですね」
「そんな…っ、ロン様こそ人間とは思えないお顔立ちでっ」
「私のこともどうか敬称など付けず『ロン』とお呼び下さい。貴方のような可愛らしい人に様づけなどされては緊張してしまいます」
「っで、では…。ロ、ン…?」
「はい。ルナ」
偽名とは言え、彼の口から名前を呼ばれるのはこそばゆくて、それでいて心が囃したった。
もしこの人と、エディスとウィリアムズ小公子のような関係になれたら…。なんて、身の丈に合わない願いを思ってしまうぐらいに私は彼に恋してしまったと思う。
もっとロンと話していたい。だけど会場の方から私の名を呼ぶナターシャの声がかすかに聞こえ、長く席を開けすぎた為にもうこの夢のような時間を終わらせなければならないことに気づく。
「……ロン。話を聞いて下さってありがとうございました。お陰で少しだけ楽になった気がします」
「それは良かった。また次の縁があればお会いしましょう。それまでは一夜の幻とでもお思い下さい」
「…そうですね。また、お会いできるのを願っています」
貴方は別れ際まで美しい人なのねと思いながら、次の出会いが遠からず訪れることを切実に願って帰ろうとしたその時、あることを閃く。
「あ、そうだっ! これをお持ちになってもらえませんか? いつかまた再開する時まで預かっておいてほしいんです。もちろん、迷惑でなければなんですけど…」
私とロンをたった一夜と言えど繋いでくれたこのハンカチを、彼に持っていてほしい。そしていつか、再会するときがあればそれを理由にという下心があったのも事実だ。
「分かりました。また再会するその時まで、お預かりしておきます。ルナ」
無事ハンカチを受け取ってくれただけでなく、手を取ってその甲に口づけまでしてくれたロンに心臓が今にも飛び出しそうなほど緊張してしまった。
もしこれが手袋越しでなければ気絶してしまっていたかもしれないと思うと良かったと複雑な気持ちになるけど、憂鬱だったパーティーが楽しい思い出に塗り潰された喜びのまま会場へと戻っていった。
その真っ直ぐな姿勢が、この窮屈な檻に閉じ込められ変わってしまった私に強く刺さったのかもしれない。気づけばポタ…ポタッ…と涙を流していた。
「ぁ…っ、ごめなさっ…。わたし、泣くつもりじゃ…」
「構いませんよ。此処には貴方を咎める人など誰一人としておりません」
何故貴方はそんなに優しいのか。貴族は皆、自分の利益しか考えていない冷徹で怖い人ばかりだと考えていた自分が恥ずかしいぐらいに、貴方は温かい。
「私はっ、ただお父さんに抱き締めてほしかったんです。普通の家族みたいに、私は…っ」
あの日のことを思い出しては、一人夜を泣いて過ごしている。どれだけ忘れようとしても、フラッシュバックのように突然脳裏に焼き付いて胸を焦がすのだ。
いっそ、何も知らないままでいたかった。陛下がお父さんであることも、その陛下に憎まれていることも…。
だけど1つに2つは選べない。もし私があの日皇族として迎え入れられなければ、今頃貴族の愛妾としてボロ雑巾のように扱われ捨てられていた運命なのだから。
今だってそう。私がこうして綺麗なドレスに身を飾って泣いている間に、別の誰かはお腹を空かせて泣いているのかもしれない。殴られて泣いているのかもしれない。
だから…、だから、こんなこと思っちゃいけないのに…っ!
「貴方は悪くない。貴方は、一生懸命頑張っているじゃないですか」
どぅして、一番欲しかった言葉を今あったばかりの貴方がくれるのだろう…。
私が欲しくて欲しくて仕方のなかった言葉。家族にさえ言ってもらえなかった言葉を、貴方は何の躊躇いもなく言ってしまえた。
「わたし、貴方が言うような人間じゃないんです。今日もある人に友達になろうって言ってくださったんですけど、私は利益ばかり考えて…。挙句の果てには、嫉妬…、してしまったんです」
こんな自分が心底嫌になる。何でも持っていて、輝いて、幸せに満たされたエディスが羨ましくて、心の何処かで傷ついてほしいとすら思ってしまった。
こんな人間、誰も好きになるはずないのに…。
「酷い人間ですよね? その人は純粋に友達になろうって言ってくれたのに、私は…っ」
「…それでも、今貴方は後悔しているじゃないですか。本当に悪い人間は後悔もしないし、そうやって涙も流しません。それだけ、真剣に考えている証拠でしょう?」
ドレス裾を握りしめて俯(うつむ)いていた私が思わず顔を上げたとき、彼は月明かりに照らされて何処までも神秘的に輝いていた。
あぁ…、この人はもしかしたら『人間』じゃないのかもしれない。だって、こんなにも美しい人が地上にいる訳ないもの。きっと、間違えて地上に迷い込んでしまった天使よ。
「私はそんな貴方を尊敬しますし、純粋に支えたくなります」
「………へっ?」
驚きのあまり思わず間抜けな声が抜け出た。
だ、だめだめっ! この人は恋愛的な意味じゃなくて人間的に支えるって言う意味で言ったんだから! 勘違いしちゃだめ、エルネ!
ペチペチと両頬を叩き目を覚まさせる私に対し、彼は面白おかしそうに笑った。そんな砕けた姿もまた新鮮で、何故か胸の高まりが頭に響く。
「あっ、あの! ずっと名前も知らずにお話してしまって無礼でしたよね。その、お名前をお聞きしても宜しいですか?」
「…そうですね。私はとある事情で身分を明かすことができないのですが、愛称で『ロン』とでもお呼び下さい」
身分を明かせないだなんて、どうやら複雑な立場にあるようだけど彼に愛称を許されたことがとてつもない幸運のように感じた。
「名前を明かせない身で不躾ですが、私も貴方のお名前をお聞きしても?」
「えぇっと…、私も同じで訳あって今は言えないんです。だから、『ルナ』と呼んで下さい」
「ルナ…。月の女神のごとく美しい名前ですね」
「そんな…っ、ロン様こそ人間とは思えないお顔立ちでっ」
「私のこともどうか敬称など付けず『ロン』とお呼び下さい。貴方のような可愛らしい人に様づけなどされては緊張してしまいます」
「っで、では…。ロ、ン…?」
「はい。ルナ」
偽名とは言え、彼の口から名前を呼ばれるのはこそばゆくて、それでいて心が囃したった。
もしこの人と、エディスとウィリアムズ小公子のような関係になれたら…。なんて、身の丈に合わない願いを思ってしまうぐらいに私は彼に恋してしまったと思う。
もっとロンと話していたい。だけど会場の方から私の名を呼ぶナターシャの声がかすかに聞こえ、長く席を開けすぎた為にもうこの夢のような時間を終わらせなければならないことに気づく。
「……ロン。話を聞いて下さってありがとうございました。お陰で少しだけ楽になった気がします」
「それは良かった。また次の縁があればお会いしましょう。それまでは一夜の幻とでもお思い下さい」
「…そうですね。また、お会いできるのを願っています」
貴方は別れ際まで美しい人なのねと思いながら、次の出会いが遠からず訪れることを切実に願って帰ろうとしたその時、あることを閃く。
「あ、そうだっ! これをお持ちになってもらえませんか? いつかまた再開する時まで預かっておいてほしいんです。もちろん、迷惑でなければなんですけど…」
私とロンをたった一夜と言えど繋いでくれたこのハンカチを、彼に持っていてほしい。そしていつか、再会するときがあればそれを理由にという下心があったのも事実だ。
「分かりました。また再会するその時まで、お預かりしておきます。ルナ」
無事ハンカチを受け取ってくれただけでなく、手を取ってその甲に口づけまでしてくれたロンに心臓が今にも飛び出しそうなほど緊張してしまった。
もしこれが手袋越しでなければ気絶してしまっていたかもしれないと思うと良かったと複雑な気持ちになるけど、憂鬱だったパーティーが楽しい思い出に塗り潰された喜びのまま会場へと戻っていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる