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悪役聖女の末路
乙女のお茶会【ヒロイン視点】
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あの日からロンのことが1日中頭に離れなくなってしまった。もちろんその前だって忘れたことはなかったけど、今は違う。
寝ても覚めても彼のことばかりで大変なのだ。社交界活動も上手く集中できなくてリジェネ令嬢にも何回か指摘されてしまった。
一体こんな悩みを誰に相談すれば良いのか。
普段社交界で喋っている人に話せば瞬く間に噂になるのは確実だろうし、かといってリジェネ令嬢達に話そうにも彼女達とはあくまでビジネスパートナーであってそのような相談をするのはまた違うだろう。
色々と考えてみたは良いものの結局行き着く先はエディスだった。最近はお互い忙しさも相まって全く顔を合わせていなかったし、丁度良い機会なのかもしれない。
唯一の心配は私のせいで彼女の仕事に影響が出るかどうかだけど、実際手紙を送ったらすぐさま二日後に邸宅に招待すると返信が届いた。
グラニッツ領は皇都から少し離れた所だから一日程馬車に揺られてつく距離だった。
流石帝国一の財を築く公爵家と言うべきか、その邸宅の存在感は皇城に劣るとも劣らず横に広がる手入れの行き届いた庭園が調和して綺麗に映えている。
「ご機嫌麗しゅうございます。エルネ第二皇女殿下」
「お出迎えありがとうございます。グラニッツ公爵令嬢」
外交的な挨拶はそこそこに、ティータイムの場所に案内されると自然と崩れた口調に戻る。
「忙しい中わざわざお時間を作って頂きありがとうございます。エディス」
「此方こそ。友達の相談に乗るということでしたいつでも大歓迎ですよ。それで、エルネの相談とは?」
いきなり本題を突かれてじわりと額(ひたい)に汗が滲(にじ)む。
言、言わなきゃ…。大丈夫。エディスならちゃんと相談に乗ってくれるはずだから!
「エディス…。わ、私…、好きな人ができたんです!」
######
【悪役令嬢視点】
新規事業の拡大を一旦ストップし、今ある事業の顧客を増やす方向で毎日慌ただしく仕事に邁進(まいしん)していたある日、皇室から一通の手紙が届いた。
もちろん私宛てに届くなら唯一関わりのあるエルネ以外にあり得ないだろうけど、一体どうしたのかと思って手紙を読むとどうやら相談事があるらしい。
リディア嬢の報告では順調で飲み込みも早くて優秀だと聞いているけど、まさか彼女達の知らぬところで問題に巻き込まれでもしたのだろうか。
少し不安を抱えつつ、約束の日。早速本題に移ったエルネから放たれた言葉は、『目から鱗(うろこ)』を体現するかのような衝撃を私に与えた。
「…殿下に好きな人なんて、一体どういう人なんですか?」
確かに乙女ゲームではもう既に恋愛ルートを行っている頃なのは間違いなんだけど、重要なのは相手が誰かだ。私に好意的な以上ミシェルの可能性は低い。
残るは現宰相の嫡男リート・ニア・メールアリア公爵子息か、あの暴れん坊のロイア・エド・アグレイブ公爵子息か、はたまた未だ社交界の視線を独り占めするシリアル・ユナ・クラネス公爵子息様か。
この乙女ゲームはとにかく分岐点が多くて貴族で言えば少ないけど他国の王族やら名のある豪商人の孫息子なんやらが多く出てくる。
その内一人に絞るのは非常に困難で、犠牲が伴うエンディングも存在するためエルネの幸せを願うからには下手なところには行かせられない。
特にあのロイアの野郎なんて論外だ。何の拍子か出会うことのないように一応リディア嬢に鉢合わせしないよう頼んだけど大丈夫、だよね…?
「名前は分からないけど、私は彼を『ロン』と呼んでいます」
ロンなんて端っこのキャラ設定でも聞いたことがない。それ以上にどんなモブキャラの名前をとっても存在しなかった人間だ。
ならまさか、隠しキャラ…? いや、エルネの言い方だと偽名の可能性もある。うぅ゛…、余計に情報が少ないな…。
「ロン…。その人本当に信用できる人ですか?」
「はい! エディスと出会ったデビューの日に偶然会った人で、初めて私を励ましてくれた人なんです。それから色々と親切にしてくれて、気づいたら…」
照れながらも語るエルネは既に本気で恋をしていた。
此処まで来ると応援したくなる気持ちも大きいけど、本当にエルネの幸せを願う以上中途半端な攻略対象に明け渡すわけにはいかない。
「どの家紋くらいは分かりますか?」
「身なりや所作から見るとたぶん高位貴族とは思いますけど、本人からハッキリと聞いたことはないんです」
エルネの言った通りなら候補は大きく絞られる。
それに身なりや所作から判明できる程度なら自然とロイアの奴も候補からは外れるだろ。あとはその高位貴族が誰なのかだけど…。
「その人の特徴は?」
「特徴……、綺麗な白銀色の髪でした」
「白銀?! 殿下、それはもしかして見間違えなどでは…」
よりにもよって最悪な予想が頭をよぎる。しかし乙女ゲームで白銀のキャラと言えばあの男しかいない。それに彼ならば高位貴族と見間違えられも不思議ではないだろう。
「いえ、確かに白銀でしたよ? 前に【皇族の儀】で神殿に行ったときに見掛けた神官の方よりずっと透き通った色合いでした」
これは、本当に確定なのかも知れない…。ロイアを除外してあの男だけは絶対に駄目なのに!!
「…瞳の色は、もしかして黄金ではありませんでしたか?」
「は、はい。どうして分かったんですか…?!」
まさか正体を知っているのではないかというエルネの期待がありありと伝わってくる。
確かに私はその人の正体を知っているけど、絶対に教えたくない。…その男は一歩間違えば貴方を破滅させる男になるのだから。
だけど切実に願うエルネにここで口を噤(つぐ)んでもいつかは必ずバレる時がくるだろう。ならばいっそ今言ってしまったほうがこれ以上発展させずに済む。
エルネには申し訳ないけど、少しでも不幸になる未来を取り除くためだ。
「…彼の名前はオルカ・フィー・アデスタント。アルティナ教創設以来の神力を誇る大神官です」
「大、神官…? ですが彼が神官の服を着ている所を見たことがないです」
「恐らく身分を隠した上での接触だったのでしょう。確かに最近彼が帝国に派遣されたことが噂になっていましたが、まさかエルネの社交会デビューにまで参加していたとは」
「ぁ、…違います」
「え…?」
「私がロン、…彼と出会ったのはパーティー会場から離れた所にある噴水だったんです。私はてっきり彼も招待客だと思い込んでいたんですが、もしかしたら違ったのかも…」
「確かに、大神官という地位にいるならば皇城に呼び出されることもあるでしょうね。それで偶然出会ったと言うなら、納得も行きますが彼はその時も神官服を着ていなかったんですよね?」
「はい…。きちんとしたドレスコードだったので違和感を持ちませんでした」
知れば知るほど怪しい。まるで偶然を装って何らかの目的のためにエルネに接触したと考えても不思議じゃないぐらい不自然だ。
それに本来エルネがオルカルートに入るなら出会いは【皇族の儀】での神殿が出会いの場になるはずだ。
その時期には何故かオルカは帝国に派遣されていた為最初の候補から外していたというのに…。
「殿下、よく聞いてください。これ以上彼に近づいては駄目です」
「何故ですか…?!」
立ち上がる勢いで言葉を返すエルネ。当然だ。好きになった男に近づくなと言われればいくら友達でもそう簡単に受け入れられるはずがない。
でも聞く限りでも目的や意図が不明で謎の多い男だ。騙されて利用されている可能性も少なくない。
「あいつは、あの男は狂っているんです。品行方正で神に使える純真無垢な聖者を演じて、その裏では平気で人を殺す男です」
「彼を馬鹿にしないでください! ロンは絶対にそんなことしない! 私に初めて、救いの手を差し伸べてくれた人なんです…」
「エルネ…。分かってます。貴方が本気なのは痛いぐらい分かってる。だけど本当に、危険なの…」
「…もうこの話は止めましょう。これ以上はいくらエディスでも許せません」
エルネだって私の話を聞いていく内にオルカへの疑心が募っていったはずだ。信じていた人を疑うのは、誰にだって辛い。だから今はこれ以上何か言うのは止めよう。
「分かりました。…そうだ。最近社交界の方はどうです?」
「まだ心細いことも多いけどリジェネ令嬢らがそばにいるお陰で順調に派閥が出来上がっていると思います」
「陛下のご様子は?」
「最近になって更に酷くお酒に浸っています。それによるも眠れていないようで、このままではまたいつお倒れになるか」
「陛下の存在が抑止力として諸外国に大きかっただけに近頃はや蛮族の略奪も増えてふもとの村々がほぼ壊滅状態らしいですね」
「ここ数日は本当に虚ろな様子で使用人の人達も恐れてるみたいです。それに…、夜毎(よまい)外に出ては『あの子を見つけなければ…』、と呟いているそうで」
「それはもしかして…」
「侍医の方によればまだ私を見つけられない妄執(もうしゅう)に囚われているのではないかと」
「…エルネ、こうは考えられませんか? 陛下は何者かによって黒魔術をかけられたのではないかと」
幸か不幸か、そんなことをしそうな人物に強く思い当たる節がある私は、考えたことをそのままに言ってしまう。
私を殺そうとしたもう一人の転生者、ルル。
彼女が乙女ゲームに対して何らかの執着を抱いているならばヒロインの立場を確立するに当たって最も必要とする皇帝を排除しようと動くかも知れない。
「まさかそんな…、黒魔術なんてお伽噺(とぎばなし)でしか聞いたことが」
「普通は考えられないことでしょう。だけど、最近の陛下は端(はた)から見ても変化が極端です。まるで人格が変わるか、はたまた記憶が顕著(けんちょ)なような様子で」
「それはお母さんを、…イェルナ前皇妃を亡くしたからと聞いています」
「いえ、実際イェルナ前皇様を亡くしても数年はあのような調子ではありませんでした。本当に、此処数年なのです。公務にまで影響を与え始めるような陛下のご様子は」
一旦言葉を置いて難しい顔で考え始めるエルネ。
その顔はもう社交界デビューをする前の弱々しい姿はなく、自分で考え行動に移すことのできる皇帝の道を行く【物語(ストーリー)】通りの主人公の顔立ちだった。
「もし、本当にエディスの言った通りなら。…今もなお陛下を苦しめている犯人を私は絶対許さない」
エルネはきっとまだ皇帝に、父親という存在に未練があるのだろう。
ずっと待ち焦がれた実の家族だとエピソードの数行にあった設定が彼女をそうしているのか、あるいは彼女自身の思いか。
どちらなのかは分からないけど、もしかしたら皇室の因縁は私が知るよりもっと奥深いのかも知れない。
私の予期せぬ事態を防ぐためにも、これから情報収集をもっと徹底させる必要があるな。
あぁぁ、折角休みができたと思いきや更に新しい仕事が増えるなんて…。
一度全部落ち着いたらミシェルと遠い国で旅行でもしようかなー。ま、あと数年後の話なんだけどね。
寝ても覚めても彼のことばかりで大変なのだ。社交界活動も上手く集中できなくてリジェネ令嬢にも何回か指摘されてしまった。
一体こんな悩みを誰に相談すれば良いのか。
普段社交界で喋っている人に話せば瞬く間に噂になるのは確実だろうし、かといってリジェネ令嬢達に話そうにも彼女達とはあくまでビジネスパートナーであってそのような相談をするのはまた違うだろう。
色々と考えてみたは良いものの結局行き着く先はエディスだった。最近はお互い忙しさも相まって全く顔を合わせていなかったし、丁度良い機会なのかもしれない。
唯一の心配は私のせいで彼女の仕事に影響が出るかどうかだけど、実際手紙を送ったらすぐさま二日後に邸宅に招待すると返信が届いた。
グラニッツ領は皇都から少し離れた所だから一日程馬車に揺られてつく距離だった。
流石帝国一の財を築く公爵家と言うべきか、その邸宅の存在感は皇城に劣るとも劣らず横に広がる手入れの行き届いた庭園が調和して綺麗に映えている。
「ご機嫌麗しゅうございます。エルネ第二皇女殿下」
「お出迎えありがとうございます。グラニッツ公爵令嬢」
外交的な挨拶はそこそこに、ティータイムの場所に案内されると自然と崩れた口調に戻る。
「忙しい中わざわざお時間を作って頂きありがとうございます。エディス」
「此方こそ。友達の相談に乗るということでしたいつでも大歓迎ですよ。それで、エルネの相談とは?」
いきなり本題を突かれてじわりと額(ひたい)に汗が滲(にじ)む。
言、言わなきゃ…。大丈夫。エディスならちゃんと相談に乗ってくれるはずだから!
「エディス…。わ、私…、好きな人ができたんです!」
######
【悪役令嬢視点】
新規事業の拡大を一旦ストップし、今ある事業の顧客を増やす方向で毎日慌ただしく仕事に邁進(まいしん)していたある日、皇室から一通の手紙が届いた。
もちろん私宛てに届くなら唯一関わりのあるエルネ以外にあり得ないだろうけど、一体どうしたのかと思って手紙を読むとどうやら相談事があるらしい。
リディア嬢の報告では順調で飲み込みも早くて優秀だと聞いているけど、まさか彼女達の知らぬところで問題に巻き込まれでもしたのだろうか。
少し不安を抱えつつ、約束の日。早速本題に移ったエルネから放たれた言葉は、『目から鱗(うろこ)』を体現するかのような衝撃を私に与えた。
「…殿下に好きな人なんて、一体どういう人なんですか?」
確かに乙女ゲームではもう既に恋愛ルートを行っている頃なのは間違いなんだけど、重要なのは相手が誰かだ。私に好意的な以上ミシェルの可能性は低い。
残るは現宰相の嫡男リート・ニア・メールアリア公爵子息か、あの暴れん坊のロイア・エド・アグレイブ公爵子息か、はたまた未だ社交界の視線を独り占めするシリアル・ユナ・クラネス公爵子息様か。
この乙女ゲームはとにかく分岐点が多くて貴族で言えば少ないけど他国の王族やら名のある豪商人の孫息子なんやらが多く出てくる。
その内一人に絞るのは非常に困難で、犠牲が伴うエンディングも存在するためエルネの幸せを願うからには下手なところには行かせられない。
特にあのロイアの野郎なんて論外だ。何の拍子か出会うことのないように一応リディア嬢に鉢合わせしないよう頼んだけど大丈夫、だよね…?
「名前は分からないけど、私は彼を『ロン』と呼んでいます」
ロンなんて端っこのキャラ設定でも聞いたことがない。それ以上にどんなモブキャラの名前をとっても存在しなかった人間だ。
ならまさか、隠しキャラ…? いや、エルネの言い方だと偽名の可能性もある。うぅ゛…、余計に情報が少ないな…。
「ロン…。その人本当に信用できる人ですか?」
「はい! エディスと出会ったデビューの日に偶然会った人で、初めて私を励ましてくれた人なんです。それから色々と親切にしてくれて、気づいたら…」
照れながらも語るエルネは既に本気で恋をしていた。
此処まで来ると応援したくなる気持ちも大きいけど、本当にエルネの幸せを願う以上中途半端な攻略対象に明け渡すわけにはいかない。
「どの家紋くらいは分かりますか?」
「身なりや所作から見るとたぶん高位貴族とは思いますけど、本人からハッキリと聞いたことはないんです」
エルネの言った通りなら候補は大きく絞られる。
それに身なりや所作から判明できる程度なら自然とロイアの奴も候補からは外れるだろ。あとはその高位貴族が誰なのかだけど…。
「その人の特徴は?」
「特徴……、綺麗な白銀色の髪でした」
「白銀?! 殿下、それはもしかして見間違えなどでは…」
よりにもよって最悪な予想が頭をよぎる。しかし乙女ゲームで白銀のキャラと言えばあの男しかいない。それに彼ならば高位貴族と見間違えられも不思議ではないだろう。
「いえ、確かに白銀でしたよ? 前に【皇族の儀】で神殿に行ったときに見掛けた神官の方よりずっと透き通った色合いでした」
これは、本当に確定なのかも知れない…。ロイアを除外してあの男だけは絶対に駄目なのに!!
「…瞳の色は、もしかして黄金ではありませんでしたか?」
「は、はい。どうして分かったんですか…?!」
まさか正体を知っているのではないかというエルネの期待がありありと伝わってくる。
確かに私はその人の正体を知っているけど、絶対に教えたくない。…その男は一歩間違えば貴方を破滅させる男になるのだから。
だけど切実に願うエルネにここで口を噤(つぐ)んでもいつかは必ずバレる時がくるだろう。ならばいっそ今言ってしまったほうがこれ以上発展させずに済む。
エルネには申し訳ないけど、少しでも不幸になる未来を取り除くためだ。
「…彼の名前はオルカ・フィー・アデスタント。アルティナ教創設以来の神力を誇る大神官です」
「大、神官…? ですが彼が神官の服を着ている所を見たことがないです」
「恐らく身分を隠した上での接触だったのでしょう。確かに最近彼が帝国に派遣されたことが噂になっていましたが、まさかエルネの社交会デビューにまで参加していたとは」
「ぁ、…違います」
「え…?」
「私がロン、…彼と出会ったのはパーティー会場から離れた所にある噴水だったんです。私はてっきり彼も招待客だと思い込んでいたんですが、もしかしたら違ったのかも…」
「確かに、大神官という地位にいるならば皇城に呼び出されることもあるでしょうね。それで偶然出会ったと言うなら、納得も行きますが彼はその時も神官服を着ていなかったんですよね?」
「はい…。きちんとしたドレスコードだったので違和感を持ちませんでした」
知れば知るほど怪しい。まるで偶然を装って何らかの目的のためにエルネに接触したと考えても不思議じゃないぐらい不自然だ。
それに本来エルネがオルカルートに入るなら出会いは【皇族の儀】での神殿が出会いの場になるはずだ。
その時期には何故かオルカは帝国に派遣されていた為最初の候補から外していたというのに…。
「殿下、よく聞いてください。これ以上彼に近づいては駄目です」
「何故ですか…?!」
立ち上がる勢いで言葉を返すエルネ。当然だ。好きになった男に近づくなと言われればいくら友達でもそう簡単に受け入れられるはずがない。
でも聞く限りでも目的や意図が不明で謎の多い男だ。騙されて利用されている可能性も少なくない。
「あいつは、あの男は狂っているんです。品行方正で神に使える純真無垢な聖者を演じて、その裏では平気で人を殺す男です」
「彼を馬鹿にしないでください! ロンは絶対にそんなことしない! 私に初めて、救いの手を差し伸べてくれた人なんです…」
「エルネ…。分かってます。貴方が本気なのは痛いぐらい分かってる。だけど本当に、危険なの…」
「…もうこの話は止めましょう。これ以上はいくらエディスでも許せません」
エルネだって私の話を聞いていく内にオルカへの疑心が募っていったはずだ。信じていた人を疑うのは、誰にだって辛い。だから今はこれ以上何か言うのは止めよう。
「分かりました。…そうだ。最近社交界の方はどうです?」
「まだ心細いことも多いけどリジェネ令嬢らがそばにいるお陰で順調に派閥が出来上がっていると思います」
「陛下のご様子は?」
「最近になって更に酷くお酒に浸っています。それによるも眠れていないようで、このままではまたいつお倒れになるか」
「陛下の存在が抑止力として諸外国に大きかっただけに近頃はや蛮族の略奪も増えてふもとの村々がほぼ壊滅状態らしいですね」
「ここ数日は本当に虚ろな様子で使用人の人達も恐れてるみたいです。それに…、夜毎(よまい)外に出ては『あの子を見つけなければ…』、と呟いているそうで」
「それはもしかして…」
「侍医の方によればまだ私を見つけられない妄執(もうしゅう)に囚われているのではないかと」
「…エルネ、こうは考えられませんか? 陛下は何者かによって黒魔術をかけられたのではないかと」
幸か不幸か、そんなことをしそうな人物に強く思い当たる節がある私は、考えたことをそのままに言ってしまう。
私を殺そうとしたもう一人の転生者、ルル。
彼女が乙女ゲームに対して何らかの執着を抱いているならばヒロインの立場を確立するに当たって最も必要とする皇帝を排除しようと動くかも知れない。
「まさかそんな…、黒魔術なんてお伽噺(とぎばなし)でしか聞いたことが」
「普通は考えられないことでしょう。だけど、最近の陛下は端(はた)から見ても変化が極端です。まるで人格が変わるか、はたまた記憶が顕著(けんちょ)なような様子で」
「それはお母さんを、…イェルナ前皇妃を亡くしたからと聞いています」
「いえ、実際イェルナ前皇様を亡くしても数年はあのような調子ではありませんでした。本当に、此処数年なのです。公務にまで影響を与え始めるような陛下のご様子は」
一旦言葉を置いて難しい顔で考え始めるエルネ。
その顔はもう社交界デビューをする前の弱々しい姿はなく、自分で考え行動に移すことのできる皇帝の道を行く【物語(ストーリー)】通りの主人公の顔立ちだった。
「もし、本当にエディスの言った通りなら。…今もなお陛下を苦しめている犯人を私は絶対許さない」
エルネはきっとまだ皇帝に、父親という存在に未練があるのだろう。
ずっと待ち焦がれた実の家族だとエピソードの数行にあった設定が彼女をそうしているのか、あるいは彼女自身の思いか。
どちらなのかは分からないけど、もしかしたら皇室の因縁は私が知るよりもっと奥深いのかも知れない。
私の予期せぬ事態を防ぐためにも、これから情報収集をもっと徹底させる必要があるな。
あぁぁ、折角休みができたと思いきや更に新しい仕事が増えるなんて…。
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