裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

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悪役聖女の末路

絶えず絶えず

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 チュンチュン…ッ
 鳥のさえずりが耳を通り抜ける。 意識だけがゆっくりと浮上しながら、瞼を透き通って見える木漏れ日が眩しい。

 シャッ……
 「お目覚めください。聖女様」

 昼刻まで眠りにつくのが習慣づいたせいか、神官が起こしにカーテンを開けると陽が照って目が痛い。あぁ…、そっか。今日からオルカがいないんだ。

 あの後しばらくして、オルカの遠征要請が入った。出立する前日こそ文字通り死にそうな程欲を吐き出されたが、いなくなればなんて清々しいことだろうか。

 鉛のように重たい身体をずるり…と起こして正装に着替える。ふと目に入った等身大の鏡に映る自分は、こうもやつれていただろうか。
 いや、結局は仮面で誰も知ることのない素顔だ。誰も本気で私と向き合うことがないのだから、気にする必要もない。

 忙殺する勢いの山積みとなった仕事をこなしながら、空っぽな頭を文字と数字で満たしていく。こうでもしないと生きている実感が湧かない。
 すっかり仕事中毒だと自嘲する気もなければ皮肉笑いもできやしない。

 十数日と会えなかったノースとも通路で久々にすれ違った。私は上手く笑えた気がしたけど、何を感じ取ったのか泣きそうな顔で手を掴んで引き止めたノースにこれ以上何をしてあげたら良かったんだろう。

 「…どうしたの? ノース」
 「聖女様っ、お身体が優れないのではありませんか?!」
 「私なら大丈夫よ。…心配をかけてごめんなさいね。私はまだお仕事が残っているから、ノースも頑張って。無理をし過ぎないようにね」

 そっ…と掴んでいた手を離して私は歩みを進めた。その背中に痛いほどの幼い子供の視線が刺さっていても、誰にもそんな傷跡なんて見られないのだから。

 …仕事が多い。手を回しているのか、頭を回しているのか、通常なら並行してできる行動が上手くできない。
 
 仕事効率も落ちて私の仕事を支える補佐官は慌ただしく他の部署に掛け合わせてるし、私が抜けた分の穴が大き過ぎる。
 このまま【原作】通りの展開になればこの穴はが必ずやらなければならない仕事だ。それなのにこうも上手く回らないだなんて。

 仕事の割り振りとは重要なのだと気付かされたけど、これはあまりに酷い。たった二週間と少しでここまで不正が横行するなんて本当に神官なのだろうか。

 いや、そもそもここにいる連中は本当に何も知らない見習い神官以外のほとんどがオルカ側の人間だから腐りきってるのは仕方がないんだけど…。

 徹夜の生活が3日も続くとどうも精神上よくないみたいだ。今までは適度に休息を取りながらこなしていたのに此処に来て無理をし過ぎたせいかどうも起き上がりたくない。
 それどころか目を開けたくもないのだ。瞼が重すぎて一瞬開けたとしてもすぐに閉じてしまう。

 あぁ…、生きていたくないなぁ。屍のような生を生きて何になるんだろう。このまま呼吸が止まってしまえば、そういくら願ったところでただ時間が過ぎる一方だと分かっているのに。

 でも、本当にこのままは嫌なのだ。一人寂しく夜を過ごして、夢に向かって伸ばした手が空を切ることも、自らが大切な人を遠ざけてでもしなければ守れない現状も、全部が嫌だ。

 本当に大切な人だから、私はおじさんの手を手放した。本当に守りたいからこそ、ノースを遠ざけた。一度の我儘であっさりと人は死んでしまうと刻み込まれたこの心は、どこまでも臆病なまま育ってしまった。

 こうしてウダウダと考えている時間にも、教皇閣下はお怒りなんだろうなぁなんて思いながら突撃する前に身体を這ってでも起き上がらせる。

 誰か身体ごと交換してくれたらいいのに。指先一つ動かすのすら気苦労なこんな欠陥品な身体を丸ごとあげられたらいいのに。

 しばらく執務室で仕事をしていると案の定閣下が突撃してきた。どうやらワークライフの限界だったらしい。何か言葉になっていない声をガミガミと鳴らして山積みの書類を一束投げ置くとバタンッと倒れてしまった。

 今更書類が一束増えたところで小山一つ増えるぐらいにしか感じないけど私の末路もこんなものなのかなぁと考えると末恐ろしくもある。

 駆けつけた救護班によって閣下は無事療養に入ったけどその分の皺寄せは当然此方に回ってくるわけで…、軽い地獄だった。
 頭を働かせすぎて鼻血を出しながら仕事続行してたし、これが現代社会のブラック会社の闇。速やかに労基を結成したいと馬鹿げたことを考える程だ。

 閣下が倒れて2日目。まだ安静上の理由で復帰は3日後と言われたけどそれまでに補佐官達が持つかどうか。ふらふらの身体でなんとかベッドまで辿り着き、今日もいつもみたいに泥に沈むように眠りに就く。

 そう思っていたが、突如として筆舌しがたいほどの熱が込み上げた。
 
 「はー~…っ゛、は…、~ッ、ぁ?!」
 しかも単なる熱じゃない。身体が敏感になって、まるで媚薬を飲んだかのようなのぼせた気分になっている。

 何が原因か、周囲を警戒せずとも分かる。私の腹に印された朱色の刻印。普段は薄っすらと見える程だったのに、今ではハッキリと濃く現れている。

 日に日に色が濃くなっているのは気づいていたけど、忙しさで気づかない振りをしていた。まぁこの刻印を刻んだのはあの男なのだから予想はしていたけど、この熱を一人でどうしろと…⁉

 理性が焼き尽くされんばかりの熱に浮かされ、息が上手く吸えなくて肺が活発に動いているせいか熱い。
 オルカがいた所で縋るしかないのも最低最悪だけど、こうして助けの手綱すらないのはまた違った絶望がある。

 まだギリギリ残っている理性でこの状況をどう切り抜けるか頭をフル回転させて考える。まずはオルカが言っていたことを一言一句思い出すのが先決だ。









 ######

 どぷっ…、どぷ……
 ナカに吐き出された大量の精が、胃をこみ上げて吐き気を連想させる。吐く気力さえ残っていないが、今日は一段と余韻が長引く。

 ベタついた汗に慣れなくて、早く身体を離してほしいのにその気は一切ないみたいだ。そう言うのも全て明日からの遠征が理由だろう。
 帝国から直々に要請を受け、馬車でも最低数週間は掛かる辺境の戦地へ出向くこととなったオルカは今まさにこうして最後の凌辱を果たしていた。

 「……ーーっ、aぅ…」
 「…一ヶ月後には必ず戻ってくるから、それまでちゃんといい子でいるんだよ。他の男に粉でも掛けたら、殺すから」
 
 散々酷使された身体は眠りを欲しているのに、何度も何度も言い聞かせるオルカに嫌気しか感じない。そもそも神殿は既にオルカの手中にあるのだから粉を掛けてどうしようと言うのか。

 視界がぼやけて虚ろにオルカを瞳に映すと砂糖のように甘い口づけが返ってきた。まるで砂糖を煮詰めたかのようにゲロ甘な味に、健康的侵害も訴えたい気分だ。

 「あぁ、…でも。シルティナは無意識に誰彼構わず魅了するから、一応保険はかけとくね」
 「…………?」
 
 お腹の方に手をかざして、何やら古代神術に近しい詠唱を唱えるオルカ。嫌な予感がして身体をよじって逃げようとしても、いとも簡単に押さえ込まれてその間に詠唱は完成してしまった。

 オルカがゆっくりと手を離した後、私のお腹に刻まれていたのはどの文献にも見たことのない刻印だった。
 
 「…っなに、これ……?」
 「一定の基準以上神力を含む精を定期的に補充しなければ発情し続ける呪いの刻印。シルティナは頭がゆるいから、こうでもしなくちゃ僕以外に目を向けるでしょ?」

 頭がゆるいのはどちらだ。こんなものを仮にも【聖女】の身体に刻むなんて、とうとう知能すら失ったのか。

 「……消して」
 「やだ。ちなみに、この基準は僕の神力と同等ぐらいの魔力でもいいからあんまりアイツ等に隙を見せちゃ駄目だよ?」

 アイツ等、十中八九ラクロスとイアニスのことだろうけど隙を見せるも何も私にはその術さえ持たないのだから意味のない話だ。

 「もしそんな状態で襲われでもしたらどうなるの?」
 「それは大丈夫。吸収した精は蓄えられて基準以下の人間を弾く結界を展開する仕様になっているから」

 …そんな無駄に高性能な刻印をふざけた効果と一緒にしなければまともな人間になれるというのに。呆れて言葉も出ないとはこのことだ。
 この男は本気で一度脳の検査をしてもらった方がいい。人格強制手術でもして真人間になった姿を見ても鳥肌ものだが、少なくともコレよりはマシな人間になるだろう。

 そしてオルカの出立後、何事も変化がなかった為に意識の外に追いやっていたこの刻印。オルカの言葉通りなら遠征中のオルカを除いてこの呪いを止められるのはラクロスとイアニスのみになる。

 他にも同等の力を持つ人間がいれば話は別だけど、あいにくそう都合の良い人間など把握する限り存在しない。

 昔味方を作るためにも色々ツテを辿ったがどれもオルカ達以上の力を持つ人間はいなかった。そもそもオルカ達が異常なのだ。所謂突然変異のような存在に、誰が太刀打ちできるというのか。


 「~~ー、…~ッ゛。ぁぁあ゛っ…‼?」
 
 ベッドに潜って一人耐えようにも、シーツに肌が擦れただけでも嬌声が響く。頭のてっぺんから爪先まで微弱の電流が常に走っている状態と言えば正しいのか、口を閉じる力もなく端から涎が溢れ出ている。

 オルカは精で満たさない限り発情と言った。もしこの状態が朝まで続いたら? 明日も、明後日も明々後日も続いたら?

 そんなの無理だ。私は数日と経たない内に気が狂ってしまうだろう。ものの数分でも脳が溶けるほどの快感を永遠に味わうなど、耐えられるわけもない。

 誰かたすけて……。
 珍しく弱気になった私を、真っ白なカーテンから透き通った月だけが口を噤んで見守っていた。

 それは幼気な少女を想ってか、それともこれから起こるであろう惨劇を知ってか。どちらにせよ今日も月は美しく照らし輝き、誰もがその下で思惑を抱えていた。

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