裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

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悪役聖女の末路

諦観と幻

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 泥から這い上がるみたいに、眩しい光が折角の眠りを邪魔したせいで目が覚めた。オルカのときみたいに服は着せられてはいないけど、全身を覆っていた体液は全て拭き取られている。

 ラクロスの姿は見えないから既に神殿を出ていったみたいだけど、脱ぎ散らかされ汗に濡れた服以外に替えがないから多少気持ち悪くても着るしかない。

 もうここまで来ると弱音も吐く気もない。ただ淡々と、作業をするみたいだ。

 時計の針は9時を指して、いつもより少し早いぐらいの時間帯。そのの基準はオルカと過ごした翌日の時間だからたぶん知っていて起こしに来なかったのだろう。

 オルカとラクロス。何方もお互い人間を対等に見る性格じゃないのに、何故か妙に波長があっている。協力でも受け入れているわけでもないくせに、変な所で連携を取っているからこそ余計厄介だ。

 
 ……仕事をしよう。そうでもしていなければこのはやる気分は落ち着かない。世話付きの神官に新しい服を用意させて、早着替えを済ませれば昨日と変わらず書類と向き合った。

 あぁ、あと…。閣下にも相談したいことがあったのだ。手が動かせないので口頭で補佐官に閣下への伝達を頼み、1時間後に面談が決まった。

 色々あって考えないようにしていたけど、昨日のラクロスとの言葉で改めて認識した。このまま行為を続けていれば避けることのできない【】。

 この世界で妊娠を防ぐ方法は少なく、神術や魔術で予め妊娠できないよう施しておくか、避妊薬を飲むか。

 しかし問題は何方も事後には効果がないという面。表立って研究できるものでもないし、魔術や神術が流通しているこの世界では貴族のほとんどがそれだ。
 
 平民に関してはほとんどが避妊薬だと聞いているけど、望まない妊娠の確率は圧倒的に高いらしい。避妊薬でも高価だし中々手が出せないのもあるだろう。

 渡しの場合性に関する神術を学ぶことを禁じられ、魔術に関してもそもそも魔力が使えることを隠しているのだから学ぶことはできなかった。
 
 そのせいでこんな事態にまでなっているんだけど…、過去を悔やんでも仕様がない。ひとまず薬はバレて奪われる可能性があるから閣下には事情を話して術をかけてもらおう。

 …なんて、そんな考えが甘かったと知るにはそれからすぐ後のことだった。

 「無理だ。術はかけられない」
 「…何故ですか? 閣下もいくらあの男の蛮行を見逃しているとはいえ聖女を妊娠させてまで守る世間体もないでしょう」
 「世間体の為ではない。物理的な話だ」
 
 私から話すこれまでのことと、閣下に入ってきている報告にほとんどの誤差はない。一応この神殿の総轄として君臨している方なのだから、神殿内に関してならほとんどの情報が閣下の下へ渡っているのだろう。

 だからこそ詳しい事情を省いてお願いしたのだ。せめてもの情けを持っているのなら、避妊の術をかけてほしい、…と。

 しかしその結果は予想していた中でも最低なものだった。私の理論が閣下も承知の上なら。つまりは刻印が関係していのか。

 「それは、この刻印と何かしら関係のあることですか?」
 「……あぁ。お前のその刻印はお前に降りかかる全ての術式を妨害している。いくら私でも、それを通過するとなると一度壊す必要がある」
 「だけど刻印を壊すには力が足らず、また他の方法もないと」
 「そういうことだ。お前には申し訳ないが、その刻印は施した本人にしか解除または破壊できない。例えそれ以上の人間がいても下手に壊した場合その人間の魔力回路が破壊される仕組みだな。あの男以上の神力を持つ人間はお前以外存在しないが、魔力ともなると大陸中探せば数人存在すると分かってだろう」
 「……私を助けるためだけにそんなことはさせられませんね」

 魔力回路を壊す。それは今まで魔術を磨き、鍛錬してきた人にとっては死よりも深い絶望となる。
 条件に当てはまる人間は本気で探せば見つかるかも知れないが、その代償を聞けば誰一人として首を縦に振るものはいないだろう。

 「分かりました。術は諦めます。その代わり避妊薬をください。それで完璧に防げるかは分かりませんが、できるだけのことはやってみます」
 「………私が言えたことではないが、あまり無理をするなよ」
 珍しく、本気で心配しているような顔をする閣下。今更なにをと思ってしまう自分と、しょうがないと思う自分がいる。

 閣下だって全部が悪いわけじゃない。ただ全てを守れないから、一つを切り捨てる選択しか選べなかったのだ。そしてその一つが私だった。それだけのこと。

 為政者としては正しく、私には正しくなかった。それしか道がないのだから選択するしかなかった閣下のせいにして全てを憎めるわけもない。

  薬の用意ができるまでお互い仕事の話で場を繋いで、数分後には避妊薬を瓶ごと貰うことができた。他に話すこともなかったので部屋を出ようとドアのぶに手を掛ける。

 さっきの閣下が仰った言葉、今になって思うと初めての労りの言葉だったのかも知れない。だから、……だけど、その言葉はちょっとだけ遅かったみたいだ。


 「……閣下。無理ならとっくに越えてますよ。だけど、死にたいから必死で生きてるんです」
 
 部屋を出る寸前で足を止めた私は、自分でも少し驚くぐらいクラい声が出た。希望も、期待も、全部塗りつぶしたような声。

 私は一体今、どんな顔をしているんだろう。少なくとも閣下が哀れみと懺悔を向けるような顔だ。きっとろくでもないものに違いないだろう。

 「すまない。…すまない、シルティナ」
 「謝らないでください。私も閣下を憎みたいわけじゃありません。自分を哀れみたいわけでもありません。ただ今は、すごく、自由が欲しいんです。可笑しいですよね、いくら願っても手に入らないものなのに。…でもだから、絶対に手に入らないと分かっているからこそ価値があるものだと私は思うんです」

 手に入れて簡単に崩れてしまうものより、手の届かずずっと永遠に光り輝くものの方が幾億千の価値があるだろう。そう私はこの世界で学んだ。

 夢は夢のままで、願いは願いのままでいいのだ。
 もし芸能界に憧れたなら、きっと憧れたときが一番幸せなのだろう。一度その業界に足を踏み入れたなら過酷な現実と非常な真実を目の当たりにするだけなのだから。

 「私はこれからも私の好きなように生きます。でき得る限りの抵抗もしてみせましょう。だけどもし私が願いが叶う前に壊れてしまったら、後のことは全てお任せしますね」
 「…あぁ、分かってる」

 これは賭けなのかもしれない。私の最後の願い、【原作】の遂行が破綻すれば私の負け。その時は大人しくあの獣達の餌食(えじき)とでもなろう。

 ただもし、もし私が【原作】のままに永久なる死を手に入れたならば…。その時はたった一度きりの…、私の勝利だ。

 半ばこの心は諦めていると認めてはいても、最後の足掻きだけはどうしても捨てたくない。今度こそ本当に部屋を出て、薄っすらとした気配を周囲に感じながら私はようやく笑った。

 まるで水でいっぱいになったガラスが表面張力でギリギリ平衡を保つみたいに、自分でも不思議な感情のままどこかスッキリとした気持ちでそよ風に流されるままに…。

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