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悪役聖女の末路
集い交じりて
しおりを挟むあの日から、私は毎日代わる代わるに獣達に抱かれている。
『抱かれている』という表現が正しいのかは分からないけど、私の一部が侵食されて作り変えられているという面ではある意味正しかった。
ラクロスは単純に日が空いたときに、そしてイアニスはわざわざ外交大使としての名目を作ったようで次の帝国の建国祭が始まるまでは神殿に滞在することとなり私の日々は見事にその安寧を打ち破った。
何故か同時刻にお互いが被ることもなく、本当に日を挟んで代わる代わるに相手をする日々はまさに地獄以上の地獄だ。
今までは散々口に並べて言葉にしていたけど、もうそんなことを考える暇も気力もない。
仕事、責務、立場、労働、快楽、暴力、疲弊、睡魔。
この単純な言葉の羅列(られつ)が私の頭の中を巡っている。人間の闇という闇だけを集めたみたいでこんなのが私の世界かと少しウンザリしてしまうぐらいだ。
助けを求めるには疲れすぎて、喉は枯れてしまった。自由を求めるには羽を折られ、気力は尽き果ててしまった。
幸せを求めるには光がなくて、何処か暗闇へと迷い込んでしまった。
この人生の果てには何が待っているんだろう。ふと考えてしまったことは、思いの外ずしりと私の心に伸し掛かった。
これまで私は完全なる【死】だけを目標に突き進んできた。炎でできた道は裸足で歩いて、鋭利な風が肌を切っても歩みを止めなかった。
だから私のゴールは【死】だと思って疑わなかった。なのにこの道の果てに、そもそもゴールなんかなかったら? ただ、奈落だけが広がっていたら?
なんで私は、たった一つだけの道を道だと思っていたんだろう。今思えば不思議だった。
当然そうでもしなければ今の私はなかっただろう。とっくに気でも狂って発狂を繰り返す獣に成り下がっていたはずだ。
だけど気づいてしまえば、言いようのない恐怖が私の身体を満たした。
本来私が【聖女】として死ぬ未来が神が定めた運命だと言うのなら、この道を作ったのは誰なんだろう。誰が、用意したものなんだろう。
私はそんな単純なことにも気づかず、ただその誰かの娯楽として愉しませるために生き足掻いてきたのだろうか…?
もう私は、私自身ですら信じられなくなっていた。私の側に付く神官も、聖騎士も、食事も、着せられる服にさえ何か形容のできない嫌な気がする。
私が十年と過ごしていたこの空間は、本当にそんな長い年月を過ごしたとは思えないほど不気味な違和感を覚えた。
これが極限の精神状態かと不思議なほど冷静な自分がいる一方で、いつまでも怯えて泣き続けている自分がいる。自分の主意志が明確な一方、他の私も鮮明に区切られて見えた。
ある日の夜…
「ぅ゛~~ッ゛…、ぁぁ゛あ゛あぁあaAぁ゛ッ⁉!!」
「ほら、そんなに叫んでたら喉枯れるよ。この間も掠れてたのに、なんで学習しないかなぁ?」
夜に行われる捕食行為。これには他の私はどこか逃げたのか隠れたのか姿を見せず、私一人が全ての苦痛と快楽を請け負っている。
私だって声を出したくて出しているわけじゃない。出して声を枯らすか、出さずに籠もった快楽で脳が焼き切れるかの二択しかないのなら声を出す以外の選択がないのだ。
一度限界まで声を出さないようにと我慢していたら声を出すまで終わらせなかったくせに、言葉と行動に一貫性を持たないこの男の舌をいつか切り取ってやりたい。
その翌日の夜…、
「~~~゛ッ、ぃあ゛っ、ぁだまぐるう゛ぅ…ッ!?!!」
「狂っても満足するまでナカに出してやる。気絶しても逃げれると思うな、シルティナ」
イアニスはラクロスと違って暴力は使わなかった。その代わり私の快感に繋がることならばどんな抵抗を見せようと続けた。
行為の最中も優しく甘い言葉を吐くのは一見オルカに似ているように見えて、それもまた違う。でも何が違うのかは上手く言い表せなくてそれもまた気持ち悪かった。
時折執務中に吐き出す白濁とした液体にも飽き飽きとして、自分がどうしようもなく虚しく思う。
どうせなら美味しいものを頬いっぱいに味わいたいのに、唯一許されたのがこんなものだなんてそれこそ同情に値するものだろう。
あらかたの重要な内容の書類は片付けたし、今日はもう休もう。どうせ胃がこんな調子では気分が悪くてとても集中できるわけもない。
そう思って執務室を出て部屋に戻ろうと歩いたその時、真正面から此方へ向かって歩いてくるノースの姿が見えた。
また何か難しそうな本を一冊手に持って、私に気づいたのか戸惑うような心配するような顔を見せた。
前みたいに軽い会話だけでその場を切り上げようとも思った。でも、話しかける言葉なんて最初からなかったみたいに頭が真っ白になった。
今まで自分がどうやってノースに接していたのか、本気で思い出せない。私、どうやって自然に笑ってったっけ? どうやって、自然に話してたんだっけ…?
そう自覚した時、何より恐ろしい感覚が襲った。これは、私じゃない。私なのに私じゃない。前の私ならこんなことなかった。
…胸が痛い。痛い、痛い痛い痛い。獣達の望み通り変わりつつある自分が怖くて、胸に突き刺さったような痛みに足元がふらついた。
そんな私を支えようと駆け寄ったノースを見て、少しだけ、ノースを抱きしめたいと思った。このままこの身を一瞬でも預けたいと思った。ノースならきっと、大切に扱ってくれると思ったから。
…でも、できなかった。私の汚れてしまった闇がノースを侵食してしまったらと思って、できなかった。貴方を抱きしめられるぐらいの勇気が、私にはなかった。
仕方なく私はその場に座り込んで、ノースの手を拒んだ。ごめんなさい…、ごめんなさい…っ。そうやってずっと、心の中で謝ってもう一度立つ気力が湧くまで謝り続けた。
ノースは察しの良い子だから、私の状態にも気づいたんだと思う。そして心配している上で、私を想ってその場から立ち去るという決断をしてくれた。
まだ幼い子なのに辛い選択をさせてしまった自分がさらに嫌で、どうにもならない現実が酷く悲しかった。ノースも私も、ただ自分を庇護し守ってくれる存在が欲しかっただけなのに…。
ノースの為に私が彼の手を突き放したように、ノースもまた私の為にその背を向けた。その背がどれだけ小さいか、そして負った傷がどれだけ深いか私が一番分かっているはずだったのに…。
その日はもう何もする気がなくて、夜がふけるまで部屋に籠もった。どうせ夜になれば強制的に動かされるのだからとにかく一人になれる時間で休みが欲しかった。
今日は何方がこの部屋を訪れるのか。何の楽しみもない恐怖のルーレットを回して、ふと聞こえた足音に耳を傾ける。
突然現れるラクロスと違ってわざわざ部屋のドアを開けるのは決まってイアニスだった。
だけど今日は、…何か違う。
私の勘が警鐘を鳴らしていたから、嫌な気を感じ取ったから、理由ならいくらでも見つけられることを、私の頭はその事実をねじ曲げようと動いている。
怖いくらいに頭はパニックになっているのに、私の身体は硬直したままベッドから扉に釘つけになった状態でいた。
そしてようやく姿を見せた、この忌まわしい刻印の元凶は神殿を出立(しゅったつ)する時となんら変わらぬ姿で機嫌が良さそうに微笑んでいた。
そして私はその存在に気取られるあまり気づかなかったがその後ろをぞくぞくと二人の男が続く。あぁ…、まさしく『悪夢』だ。
「俺のいない間に随分とお楽しみだったようじゃないか、シルティナ」
「……っ、い、ゃ…。来ないで…っ」
「それが戦場から無事生還してきた恋人に言う言葉とは信じられないな。心優しい聖女の演技はもう止めたの?」
軽口を混ぜながら一歩一歩着実に此方へ向かってくる彼らを、遠ざける術め逃げる術も持ち合わせてはいなかった。
「こないで…っ、ぉねがい、イヤっ…」
「本当に悲しいよ、シルティナ。いつからそんな駄々を捏ねる子どもになったのか、もう一度躾直しかな?」
とうせ私が何をしても自分達の都合のいいようにねじ曲げるくせに、まるで私が悪いみたいに言うことも何一つ変わらない。
さっさとあの戦場で死んでおけば良かったのにっ…。流れ弾にでも当たって、味方にさえ裏切られて死ねば良かったッ!!
私の意図が見え透いたかのようにベッドの端にずり下がった私を強引に引き寄せて掴み、無理矢理光のスポットに立たせられる。
私の味方なんて誰もいない、あるのは一匹の哀れな贄(にえ)とそれを囲む腹を空かせた獣だけ…。
まるで逃げ場なんてないと言わんばかりに四方八方を囲い、互いの領域とばかりに私の身体の箇所箇所に所有権を主張する。
ご馳走に腹を空かせたオルカは頭部を、適当に腹ごなしにきたラクロスは腕を、ただ所有の証を付けにきたイアニスは足を。
どこか一つでも動かそうものなら、六つの腕に這い摺(ず)り回される。ただでさえ怖くて身体が硬直しているのに、今は全身の感覚さえ曖昧だ。
視覚から得られる情報はオルカ一人に固定され、他の箇所は感覚を受け取る脳が拒絶しているせいで上手く理解できていない。
若干過呼吸になった私の口を頭ごと呑み込むみたいに塞いで空いた手でゆっくりと私の首を締めるオルカ。
口内を侵食されてなお歯茎がガタガタと震えて嗚咽を漏らしている私をその瞳でしっかりと愛おしみながら、徐々に力を強めていく。苦しい、くるしい、くるしい…。
怖くて、痛くて、くるしくて、…此処は嫌だ。私を私じゃなくする此処は嫌だ。
もう何が幸せだったのかもあやふやで、何に縋ればいいのかする分からなくなった私はこれ以上は考えることのないように自らが獣達に向かって求めた。
「ぁあ゛ぁぁ゛あァあ゛あ~~゛~ッツ!?!! ィ゛あ⁉ ~~゛ぁ゛がッ…‼」
これ以上訳が分からなくなりたくなかった。私を失いたくはなかった。
だから涙が止められない瞳をそのままにオルカのむせ溺れる程の口づけを受け入れたのだ。
だからラクロスの決して軽くはない甘噛みを受け入れたのだ。
だからイアニスの食らい尽くす様な執着的な愛撫を受け入れたのだ。
決して自分の真意ではなかったとしても、かろうじて保っていた自尊心ですら打ち砕いて媚びてみせた。
こんな惨めな存在に堕ちなければ繋げられない脆弱な自我が憎い、憎い、…憎い。
一度は世界を呪った。この獣達を憎んだ。そうやって肥大化した憎悪は結局自分さえも巻き込んだ。
闇が一体どこまで広がるのか。はたまた欲望の末に朽ち果てるのか。
この地獄の先に待っているのが誰かの愉楽(ゆらく)だったとしても、私はもう元には戻れない。変われない。この憎悪と共に死ぬまで生き続けるしかないのだ。
………死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
こうして苦しくなると無性に、死にたいと願う自分がいる。 好意が、憎悪が際限なく溢れ出るみたいに私の想いは比を増していく。私がそう想ってるはずなのに、私にすら止められない感情だった。
私を人間として扱ってくれないこの場所が大嫌いだった。私を道具としか見ていない男達が大嫌いだった。私をこんな掃き溜めみたいな世界に閉じ込めた【原作】が大嫌いだった。
願うことなら、願うことならどうかこの世界の人間全てが消えてしまえと、私は神を呪ってまた死んだ。
次に目覚めたとき、またリセットされるこの身体に悲痛な叫びを上げて、今宵何度目かの死を迎えたのだ。
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