妹ばかり可愛がられた伯爵令嬢、妹の身代わりにされ残虐非道な冷血公爵の嫁となる

村咲

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エピローグ

トゥルーエンド(3) ※執事視点

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 頑なな主人の態度に、シメオンは肩を竦めた。
 前々からシメオンの誘いにつれない態度だったが、ここ最近は明確に拒絶するようになってしまった。
 思い当たる節は、一つしかない。

「アネッサ様ですか……」

 はあ、とため息を吐けば、ヴォルフが据えた視線を向けてくる。

「アネッサになにか文句があるのか」
「ありませんよ。ありませんけどね……」

 シメオンの心情としては複雑だ。
 ヴォルフは魔界でこそ輝くと思い、長年ことあるごとに魔界への引っ越しを勧めて来た一方で、彼はヴォルフ自身の幸福もまた願っている。
 アネッサがヴォルフにとって必要な存在であることはわかっているので、こうなると無理に引き離すことも難しい。

 それに、シメオンとしても、アネッサのことを憎からず思ってはいるのだ。

「…………まあ、拾い物の奥様だと思いますよ。どうして今まで相手がいなかったのか不思議なくらい」

 容姿が特段優れている、というわけではないが、彼女自身の気立ては良い。
 他人に対しても親身で、わけへだてなく、使用人たちも大切にする。
 少しばかり無茶をするところはあるが、それも愛嬌だろう。

 だが、シメオンが一番に評価するのはそこではない。
 ここ最近、アネッサがヴォルフの部屋に来るようになってから判明した事実だ。

「なぜか、仕事がヴォルフ様より出来ますし」

 アネッサが部屋を移って以降、彼女は暇を持て余しているのか、ヴォルフの持ち込んだ仕事を手伝うようになっていた。

 最初に彼女が「手伝いたい」と言い出したときは不安だったが、任せてみるとこれが感心するくらいによくできる。
 今ではシメオンも、不慣れなヴォルフよりもアネッサの方を頼りにしているくらいだった。

 もっともヴォルフ自身は、その事実がたいそう気に食わないらしい。
 彼は「む」と口をつぐみ、常人なら裸足で逃げ出すような目でシメオンを睨みつける。
 しかし、凍てつく視線を受けても、シメオンは表情一つ変えない。
 すました顔でヴォルフを見つめ返す。

「アネッサ様はヴォルフ様より仕事が丁寧ですよね。よく気も付きますし」
「く……っ」
「ご実家の家業を手伝っていらっしゃったようですね。手慣れているからか、仕事が早くて助かります」
「く、くそ……!」
「ヴォルフ様もアネッサ様を見習っていただけるといいのですけど」
「悪かったな!」

 耐え切れず叫ぶヴォルフを見て、シメオンは内心で苦笑する。

「見栄を張らずに、仕事を教えてもらうといいですよ」
「誰がそんなことをするか! 仕事なんて俺一人で十分だ!」

 そう吐き捨てるヴォルフの心情を、シメオンは知っている。
 アネッサに負けたのが相当に堪えたらしく、最近の彼は一人で領地の勉強をしているのだ。

 ――教えていただいた方が早いでしょうに。

 アネッサも喜ぶだろうし、なんだかんだとヴォルフも楽しめるだろう。
 が、それはやはり、彼のプライドが許さないらしい。
 魔族らしからぬ悔しさをにじませる主人に、シメオンは笑い混じりにこう告げた。

「ヴォルフ様、見栄っ張りですよねえ」
「それがどうした」

 ヴォルフは悪びれもせず、「ふん」と鼻を鳴らす。

「好きな女のために見栄を張ってなにが悪い」

 自覚があるからたちが悪い。
 堂々と胸を張る主人に、シメオンは何度目かのため息をついた。

「その見栄の結果がこれですか」

 そう言って、シメオンは森の茂みの奥に目を向ける。

 ヴォルフの魔法が張られた茂みの先。
 罠にかかったとも知らず、一人の男が同じ場所をぐるぐると走り続けている。

 この哀れな獲物は、ヴォルフの見栄の犠牲者だ。
 永遠に満たさない強烈な欲望を誤魔化す、代替手段。
 魔族の欲を一身に受けるアネッサを守るための、身代わりである。

「俺は死んでも見栄を張り続けるぞ」

 言いながら、ヴォルフは口元に残忍な笑みを浮かべた。
 飢えた目が男を捉え、藍色の瞳に欲望が宿る。

 魔族の衝動は本能。
 色濃く血を継ぐほどに、抱く欲望も強くなる。
 魔王の血を引くヴォルフであれば、なおさら。肉欲で代替しきれるはずがない。

 だからこその見栄だ。
 なにより求める恋人の傍で、平気な顔をしているための。

 ――実に人らしく、……なにより魔族らしい。

 震えるほどに美しい横顔を見つめ、シメオンは感嘆の息を吐く。

 ヴォルフは魔王に似ていても、決して魔王ではない。
 人の血を受け継ぐ彼に、彼なりの優しさや情があることを、シメオンは気づいている。

 ヴォルフは心無い、残虐なだけの魔族ではない。
 彼は愛を知り――だからこそ、魔族以上の非道にもなれるのだ。

 ――美しい。

 愛ゆえの残酷さに、シメオンはうっとりと目を細めた。
 自身の主人の在り方は複雑で、あまりに魅惑的だ。

 ――ヴォルフ様。惜しい。本当に惜しい。

 彼が魔界にいれば、きっと魔王にも劣らぬ偉大な魔族になっていただろうに。
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