婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

4-2.

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「私は一体ヴァントの何を見ていたのだろうな・・・。」


 王都へ向かう馬車の中でロイドはあの時の事を思い出し、目と鼻の奥が熱くなっていくのを感じた。
  




 執事ヴァントへの尋問は使用人達の尋問で集めた供述と先の2人の尋問から分かった事を合わせて証拠として突き付けた。

 執事の指示で腐った朝食を毎日出していた。
 わざと転ばせたりぶつかるように言われた。
 私物を壊すように言われた。
 常に執事は聖女が消えて居なくなればいいと言っていたなど。

 これらの供述の説明を執事に求めた。
 だが執事は、私はそんな事を指示した覚えはない。その様な事は言っていない。
 などの言葉を繰り返し頑なに否定をしていた。


「奴等が嘘をついているのです!旦那様奴等に騙されてはいけません!」


 だがロイドが何度も突き詰めていくと執事の様子がどんどんおかしくなっていった。


「何度も言うが、使用人全員がほぼ同じ供述で詳細を語っている。ヴァントが初めに『私達の主人から愛する人を奪った聖女売女を痛めつけて追い出してやろう!』と、言い出したとな。食堂でのヴァントの言動と皆の供述から首謀者はお前だと確信した。」


 ロイドはある言葉を執事に伝える覚悟を決めた。
 

「私はヴァントを信頼できない。」


 執事は目を見開いた。


「残念だが・・・お前の本性を知って、以前のようにお前を慕う事はできなくなった。」


 執事はがくりと力が抜けたように俯きうなだれた。


「なぜ聖女に酷い仕打ちを?私がそんな事を望まない事は分かっていた筈だ。」


 執事や使用人達はそれを分かっていたのでロイドとマーガレットにバレないようにやっていた。
 優しい主人達にバレたら信頼を失って軽蔑されてしまうのを知っていたからだ。

 そして仕事や復興活動で忙しい主人2人は使用人達に屋敷の事を信頼して任せきりにしていたので、マリーベルにしていた様々な仕打ちが主人達にバレる事はなかった。

 マリーベルがを食べるまでは。


「確かに優しい貴方様が聖女様を害そうなんて考えるような男ではない事は分かっていました。」

「だったら何故?」


 執事は俯いていた頭をゆっくり上げてニタリと歪んだ笑みを浮かべた。
 ロイドは執事の笑みに身の毛のよだつ恐ろしさを感じた。


「貴方様が私に命令したのですよ。聖女をと。」


 ロイドは執事の言葉を理解するのに時間がかかった。
 確かにロイドは以前執事に聖女をもてなすように言った。
 だがそれは客人としてだ。


「なぜそれを悪い意味で捉えた!?賢いお前がその様な意味に捉えたなんて愚かにも程がある!」

 
 ロイドを誰よりも理解している筈の執事が、なぜかロイドからの『聖女をもてなすように。』という言葉を、聖女を追い出せ・迫害しろ・傷付けろという悪い意味に捉えた。


「貴方様が客人としてもてなせという意味合いで言っていた事は分かっていました。」

「それを分かっていたならお前の言葉は矛盾しているぞ?何をいっているのか分かって言ってるのか!?」

 
 客人という意味合いを分かっていたのに、あえて悪い意味で捉えたと言う執事にロイドは眉をひそめた。
 執事は主人のロイドから遠回しに聖女を害するように言われた事にして自分の罪を逃れようとしている様に見えた。


「いいえ、あの時の貴方様は聖女に対して怒りと憎しみを募らせていました。そのお気持ちを私が汲み取って差し上げただけです。貴方様の本当の気持ちを。」


 ロイドが『聖女をもてなすように。』と執事に伝えた日が、王命を言い渡された次の日だった。

 あの理不尽な王命を言い渡された日。
 屋敷に戻ったロイドは怒りと絶望で自室で暴れた。
 私物を怒りにまかせて壊し部屋の中をめちゃくちゃにする程荒れていた。

 次の日になり、まだ怒りが収まっていなかったがいつまでも荒れている訳にもいかず、ロイドは湧き上がる怒りを無理矢理抑えて冷静を装って生活していた。
 
 そして執事に王命で聖女と婚約させられた事と、王宮からこの屋敷に聖女が移り住む事になったのでもてなすようにという内容を伝えた。

 ロイドは募る怒りを誰にも知られずに抑えていたらしいが、その怒りはしっかりと執事へと伝わっていた。

 前日に王命を言われたばかりで怒りが収まらないロイドは、リズと別れさせられた原因は第二王子だという事を理解していてもその憎しみと怒りは第二王子よりも、新たな婚約者となった聖女マリーベルに向かった。

 聖女がいなければ。
 聖女がいなければ、このまま1年後にリゼと結婚できたのに。
 聖女がちゃんと殿下の心を掴んでいれば、リズと共にいられたのに。
 聖女がいなければ。
 聖女のせいで。

 隠していても滲み出ていた聖女への怒り。
 その時のロイドの気持ちを汲み取ったと執事は言った。

 確かにロイドは一時いっときはマリーベルを憎んでいたが、王命で仕方のない事だと割り切り新しい婚約者の存在を受け入れる覚悟をした。


「お前の言っている事はこじつけだ。確かにあの時の私は前日に王命を言われたばかりで荒れていたが、それは一時の感情だけで聖女を婚約者として受け入れる覚悟をしていた事もお前は知っていただろ。」

「ええ、ええ、貴方様が王命に逆らえず諦めて受け入れた事も理解していました。」


 執事はこの状況で穏やかな顔で微笑んでいる。
 それが更に執事を不気味にさせロイドの背筋が寒くなるような恐ろしさを感じた。


「理解していたのに何故そんな酷い事ができるんだ?」

「理解していたからこそです。だから優しい貴方様の代わりに私が聖女をのです。」


 執事の言葉にロイドは唖然とした。
 ロイドには執事の言っている事が全く理解できなかった。

 ロイドと執事のやり取りを静かに見ていたマーガレットも唖然としていたが、ゆっくりとその口を開いた。


「ヴァント。わたくしには貴方が理解できないわ。」


 執事の顔がゆっくりとマーガレットに向いた。


「貴方はその時のロイドの気持ちを汲み取ったと言っていたけど、ロイドが聖女様への酷い仕打ちを望むような人間ではない事も理解していたじゃない。それなのに聖女様を追い出そうと画策した首謀者の貴方の言う事は、この場を逃げる為に全ての罪をロイドに擦りつける為の言い訳にしか聞こえないわ。」

「言い訳に聞こえる?大奥様は旦那様が聖女への仕打ちを望んでなかったと、本気で仰っるつもりで?」


 執事は途端に笑みを消し鋭い視線でマーガレット睨んだ。


「そう言ってるじゃない。」

「だったらお2人が一度でも聖女に優しくした事は?気にかけた事はありましたか?」

「それは・・・。」


 マーガレットは言葉に詰まった。
 ロイドも執事に何も言い返せなかった。
 図星を突かれた事で反論しない2人に執事は愉快そうに笑った。


「私は夕食での聖女とお2人のやり取りを全て知っています。私の言う事を全て鵜呑みにして信じ、シェフがせっかく用意した朝食を食べろと責めていた貴方達を。何も知らずに腐った朝食を食べろと強要した事を。」


 ロイドもマーガレットも執事の掌で踊らされて聖女への嫌がらせに無意識に加担させられていた。
 執事が許せない気持ちと、自分達の愚かな行いに情けなくて悔しくてただ執事を睨むだけしかできなかった。


「ハハハ、私は旦那様と大奥様の事を全て理解しています。お2人共聖女が私の報告でわがままで使用人を困らせていると聞いてホッとしたでしょう!何故なら性格の悪い聖女などわざわざ気を遣って優しくする必要なんてないですからな!」


 執事に全て見透かされていた。
 ロイドとマーガレットは本人達が気付かない卑しい部分さえも理解している執事に精神的に追い詰められている気がした。


「優しく、正しく、潔癖な旦那様に大奥様。私を信じきっていた愚かな2人を私は誰よりも慕っております。だから私は優しくて可哀想な旦那様の代わりにあの聖女を追い出そうとしただけです。でも陰でやっていた事を知られたら貴方達に嫌われてしまう・・・だから知られたくありませんでした。ですが私の行動は全て貴方達の為なのです!」


 酔いしれるような芝居がかった口調で自身の行いを正当化しようとする執事にロイドとマーガレットは反吐が出そうになったが、それ以上に2人は自分の心の醜さに反吐が出そうだった。


「だから貴方達には私が必要なのです!私には貴方達からの信頼を直ぐに取り戻す自信がございます!ですから今度は皆であの聖女売女を追い出してやりましょう!」


 ロイドは執事の身勝手で頭のおかしい発言を聞き続ける事に限界を感じ、怒りからロイドは足元の床を無意識に凍らせていた。
 ロイドの怒りを感じ取ったマーガレットは今はまだ抑えなさいと目配せさせロイドの肩を軽く叩いた。

 そしてマーガレットは真っ直ぐに執事を見た。

 











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