傾国の美兄が攫われまして。

犬飼ハルノ

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兄の騎士

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「誠に、申し訳ありませんでした」

「ソシモ。そういうのはもういいから」

 床に両ひざ両手をつき、額を打ち付けて謝罪するマリアーノの第一護衛騎士を、高原鹿の丸焼きの骨を素手で掴んで肉を噛みちぎり咀嚼しながら、ヴァレンシアは表情を変えることなく見下ろした。

 ここは騎士たちが主に食事を行う食堂で、厨房に一番近く暖かい。

 いくつもあるテーブルのうち暖炉のそばの八人がけのテーブルには所狭しと料理が並べられ、それらを驚異的な早なさで次々と平らげるヴァレンシアと娘の向かいでコーヒーを嗜むレアンドラ、そして少し間をおいてご相伴にあずかるチコが座っており、そんな彼らのそばで報告に訪れたソシモは土下座している。


「生きているのは解っているし、不快な目に遭っていないことも解っているから」

 唇についた脂を親指で拭いながらふと虚空を見つめる。

「むしろ…多幸感?」

「ぐっ…っ」

 床についた両手を強く握りしめ息を止めたソシモに盛大なため息をついてヴァレンシアは綺麗に食べつくした骨をからんと皿に戻した。

 レアンドラ付きの事務官たちや執事など、壁際に立って見守る人々は固唾を飲む。

「ソシモ。息をしろ」

「………」

「はい、吸って~吐いて~。息を止めたところで死ねないのだから無駄な抵抗はやめろ」

 ホットワインをごくごくと飲みながら平然と告げるさまにチコはまた頭を振る。

「お嬢がそんなんだからさあ…」

「チコ」

「はい」

「黙って食え。さもないと」

「やあ、やっぱりクエスタの肉団子のトマト煮込みは最高だなあ。こうでなくっちゃ!」

 そばにあった皿を慌てて取り込み、がつがつと口の中に詰め込んだ。


「ソシモ。お前の想いと罪悪感はどうでもいい。事実だけを話せ。今必要なのは確かな情報。そしてこれからどうするかが重要だ」

 次の料理に手を伸ばしながらヴァレンシアは虫の彫刻のように固まっている男に声をかける。

「容赦ない…いくらなんでもそりゃねえよ、お嬢」

 射殺されそうな視線に肩をすくめてチコもまた食事を再開した。

「だって、だってさあ。一応コイビトだったんだしさあ…」

 チコの呟きに食堂の温度は一気に下がった。
 侍女の一人は貧血を起こしそうになり、慌てて隣に立つ侍従が支える。


 ヴァレンシアの足元で這いつくばったままの男は、二年前にこの地にやって来た。

 彼は東の辺境伯の家門で男爵家の三男。
 王直属の騎士団に所属する有能な騎士だった。

 そして。

 マルティナに召喚されてしぶしぶ夜会に出席していたヴァレンシアと王宮で出会い、王都の令嬢にない強さにソシモは惹かれて声をかけ、すぐに意気投合した。
 それなりに交際し東の辺境伯や家族との協議を終え、クエスタ家の長女の婚約者として当主への挨拶に訪れた。

 そして。

 挨拶の最中にひょっこりと執務室を現れたマリアーノを一目見るなり、床に大きな身体を投げ出して。
 マリアーノの靴に口づけをした。

 終生、マリアーノだけに身を捧げると。

 騎士の誓いを行ったのだ。


 以来。

 ソシモと言う男は、マリアーノの一番の護衛騎士となった。


 
 


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