傾国の美兄が攫われまして。

犬飼ハルノ

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結納の一部

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 兄の事を考えて失念していたが、書状を畳もうとして二枚目があることに気付く。
 めくってみてヴァレンシアは最初の一文に絶句した。

『なお。
 結納の一部として
 その四人をクエスタ家及びヴァレンシア殿にお貸ししようと思う』

「な…」

 改めて跪いたままの四人の男に目をやる。

『赤茶色の髪の男は鷹族のジャンニ。
 大鉈や大剣を振るう戦いが得意で、男一人を抱えて飛ぶことも可能だ。

 水色の髪の男は水鳥族のレナート。
 長剣を使い、知略に長けている。

 緑色の髪の男は小鳥族のテレンス。
 レイピア使いで、鳥たちを使って情報を集める。

 最後に黒髪の男はイヴァン。
 うちの部下の中で一番戦闘能力が高い。
 わけあって大猫族の子どもだったのを引き取って王家で育てた。
 母親はビルバオの領地にある漁村の女房だったそうだ。
 イヴァンを産んだ後行方不明となっているが恐らく生きているだろう』


「おいこらちょっと待て」

 二枚目を読みながら、眉をひそめ低く呟いたヴァレンシアを四人の男たちはじっと見守った。

「ビルバオだと…」

 眉間の皴がくっきりと深くなる。

 ビルバオとは南で接している侯爵家で、はっきり言ってずっと不仲だ。

 ここと同じように他国と共有する大湖に接しておりいくつかの港も所有しているが、どれも不人気で寂れていた。
 単に領地経営が下手なだけなのだが原因をクエスタのせいにして、何かと言いがかりをつけては湖に面した地域の全てを独占したがっている。

 由緒正しき侯爵家へ進んで富を差し出すのが下位の礼儀だと言う、わけのわからない論理だ。

 王家が些細なもめ事と不介入を貫いているおかげで、何度も領地戦を仕掛けられた。

 こちらが負けることはあり得ないためますますジリ貧となり、税を上げては領民たちが逃げ出すという悪循環のなかでくるくると愚か者の舞を舞い続けているのがビルバオだ。

 面倒なことに現当主はマルティナに懸想しており、それこみで奪還を諦めていない。


「イヴァン殿」

「どうぞ、私の事はイヴァンと」

「では、遠慮なくそうさせてもらう。貴方の母君がビルバオの者だと書状に書いてあるが説明してくれるか」

「私は赤子の時に捨てられたため主から聞いたことをそのまま言わせていただきます。大猫族の父が番を探し回り漁村にいる母を見つけて攫って連れ帰り、私を産ませたそうです」

「我が兄と似た状況と言うわけか」

「…どうでしょうか。攫われたのは漁師の妻で、父は番を手に入れるためにそばにいた夫と息子を殺しました。そしてその息子は父と同い年だったそうです」

「なんというか…」

 目の前の男は淡々と告げているが、情報量が多すぎる。

「父はそれなりの地位の者で、一族の者たちは母親ほどの年齢で品のない漁師の妻を番と迎えることを良しとしませんでした。そして母も最愛の人たちを目の前で殺されたのです。幸せだったのは番を腕に抱いた父だけでした」

「そうだな…」

 ヴァレンシアは頷き、残りの三人の様子を伺う。

 鳥族の中で育った猫族と人族の子。
 誰もが知っていることなのか、彼らは平然としている。

「母は私を産んですぐに南の大陸を去り、父は一族の女性との間に子を設けました。そして家臣たちは私を野に放ち、彷徨っていたところをエドアルドさまに」

「よくぞ生き延びられたな」

「生まれた時は人の姿だったようですが、捨てられた時に獣になる術をほどこされた首輪をつけられていたのです。せめてもの情けのつもりだったのでしょう」

「それを情けと、貴方は言うのか」

「はい。実際、生き延びて私は今ここにいます」

 金色の瞳を細めてイヴァンは薄く微笑んだ。

「わかった。この件はここまでとしよう。残念なことに今、うちはビルバオと犬猿の仲でな。会わせてやるために貴方を送り込んだのだろうが…」

「いえ、お気になさらず。私は母に会いたくてここに来たのではありません。主の番様のご家族を守るためでありますれば」

「それなのだが…」

 言いかけたところで、ヴァレンシアは目を見開く。

「――――――っ」

 手にしていた書状ごと、自らの胸元を強く掴んだ。


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