竜王の影

星月 猫

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竜王の影

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薄暗い路地裏を、白いローブを羽織った小柄な人影が歩いて行く。その人影はフードをかぶっているので顔はよくわからないが、かろうじて少女である事だけは分かった。
道端にはゴミが散らばり、ねずみが忙しなく行き交っている。
それでも少女の足取りは軽く、鼻歌まじりに歩いて行く。

《歌え 歌え 夜の守歌もりうた
満月の夜に竜の影が忍び寄る

闇よりきたるは竜の王

王のうろこは闇より黒く
瞳はあかく燃えている

死を招きし闇の王
影の中を駆け巡らん》

──彼女が歌うのは死神を讃える邪教の伝説だった。

やがて朝が来て昼になった。
そして──夕暮れ近くの気だるげな太陽の光が、人々の影を長く映し出す頃。
少女はふらりと路地裏へ足を向ける。
路地裏には早くも酔っ払いたちが集い初めていた。
と、数人の男たちが立ち上がって少女のあとを付け始める。
しばらく歩くと、ちょっとした広場に出た。
男たちが少女を囲む。
「お嬢さん、いったいどこに行くんだい?」
「俺たちと良い所に行こうぜ?」
1人の男が少女の肩を掴もうと手を伸ばす。
──その時だった。

『触るな』

若く、それでいて恐ろしげな男の声が響いた。
少女に触ろうとした男の姿は──無い。
いや、乾いた石畳に“干涸らびた人型”に見えるモノがあった。
「ねぇ、貴方たち知ってる?」
少女の声にヒッと声を上げた男たちは、一目散に逃げようとするが、足は石畳に縫い付けられたかのようで動かなかった。
「闇の竜王の伝説にはね?外の者には知られていない、続きがあるの」
ヒュウと風が吹き、少女のフードを吹き飛ばした。
キラリ、と長い銀髪が風に流れる。
「竜王は時々、少女を選ぶの。そして選ばれた少女を通してセカイを見廻る。その間、王は厄災から少女を守ってくれるの」
男たちは震えながら、ゆっくりと少女がその瞳を開くのを見ていた。
セカイを見た少女はいずれ、月の巫女と呼ばれて一族の長となる。選ばれた子はすぐに分かるわ。……だってみんな、夜の象徴である月の銀髪に、瞳は王と同じ色──」
少女の瞳が男たちを見据えた。

「血のあか色をしているんだもの」

気がつくと太陽は今、まさに沈もうとしている所だった。
黄昏の光が少女の影を色濃く映し出す。
その影は──ドラゴンの形をしているようだった。
『巫女に仇なす者らよ』
少女の影から黒いモノが湧き出るように現れる。
『汝らのその命』
黒いモノが竜の頭を形作り。
『我が貰ってこう』
竜王がその紅い瞳を開く。

ね』

***

太陽は沈み、広場には男たちの屍が転がっている。
少女は静かにそれを見下ろしていた。
しばらくして、黒いローブが数人やって来た。
「巫女様、最後の地はいかがでしたか?」
「醜いものばかりだったわ。でも……」
ふと、登ったばかりの紅い満月を仰ぎ見て少女は言う。

「それ故に、美しいものが映えるのかもしれないわね」
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