CREATED WORLD

猫手水晶

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第5章 機械の国とウサギ王子

1 決意と出発 (2)

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イリーアは私に銃口を向けた。
だが今の私は不思議と彼女に対して冷静でいられた。
なぜだろう。彼女は私を撃たない、そう思えたからだ。確証はない、だが直感がそう告げている。
そして、イリーアが私に放った言葉は意外なものだった。

「お前、本当にこの世界で生きていく、そんな覚悟はあるのか?」
てっきり私は先日イリーアの仲間であった無法者の命を奪ってしまった件を糾弾しようとしていたのではないかと予想していたが、それは違った。
どうやらイリーアが話したいのは、私自身についての事らしい。
彼女は銃口を指さしてこう続けた。
「お前がそれに耐えられないほどヤワな奴なら、ここで終わったほうがいいぜ。ここから先は想像を絶するものになる。」

私は覚悟が決まっている、そういう自負は確かにあるつもりだった。私はその思いをそのまま口にする。
「覚悟ならある。」
イリーアはため息をつき、言葉を続けた。確かにこの口調にはとげも感じたが、どこか情けのような、優しさを感じるもののような気もした。
「少なくとも、誰かをこの世界で失ってしまうのは確かだ。あんたはそれに耐えられるか?さっきだって仲間を失って泣いていただろ。この世界はこんな事はザラにあるんだ。」
イリーアは、私とリトゥが話している時、寝ているふりをしながら起きていた事を始めて知った。気配を全く感じなかった。
それに、そういう事だと私とカンフィナが抱擁していた所もガン見していたと考えられる。恥ずかしさがこみ上げてきたが、今はそれどころではないのでその事は頭の片隅においておいた。

「いや、全員守ってみせる...私には...それができる...きっとできるんだ」
そうだ、私は首相として仲間を守る責任がある。何が何でも国民や仲間を守ってみせる。

イリーアはまたしてもため息をつき、こう言った。
「そういうとこさ。」
私はさすがに気が立って、声色が無意識に強くなっていた。
「そういうとこって何さ。」

彼女は哀れみを込めた目で私を見て言った。
「お前は自身を追い込みすぎなんだ、それでつぶれちまってる。守ろうとしたって失敗しちまう事はあるんだ。オレ達人間は神じゃない。現実は無慈悲に誰かの命を終わらせてしまう事もある。それを全部自分の責任として押し付けて、そして自分を悪者にしてる。そんなお前が許せないんだ。」

そしてイリーアは私に向かって哀れみの中に怒りも感じるような声色でこう続ける。
「お前がそんなだとオレはどーなんだよ、オレは今まで山ほどの味方を失ったし、今までに食った固形食の数だけ大量の人間の命を弄んだ。」
そして彼女はこう続けた。

「そしてオレは、そんな事をしても何も思わなくなっちまったんだ。」
イリーアの顔には生気がなく、瞳は影を落としていた。
それは無気力なものにも見えたが、同時に恐ろしさも感じた。
これが今まで命を奪わなければ生き延びることのできなかった、いわば兵士の目というものなのだろうか。

「つまりお前は...」
イリーアは一呼吸おいて、そう放った。
「優しすぎるんだよ...」

私はイリーアの顔を見ながら考え直した。
イリーアの言う事は実際正しい、仲間や共に行動していた人物が突然命を落とす事は実際よくある。無法者の世界ならなおさらだ。
だが、その時私はどんな心情になるのだろうか?それに今までそんな場面に出くわさなかったのは奇跡だった。それに私の管理する国でも国民に寄り添ったつもりにはなっていたが、結局外部での活動を国民に任せる事はあった。
そんな時、その国民の命1人1人について考える余裕はあったのだろうか?
それにそれを考えられたとして、それをいちいち考えて、私の精神が耐えられたのだろうか?

そして、過去に守れなかった命の事ばかり考えて、今助けられる人物をないがしろにしているのではないか?
イリーアの言う、「優しすぎる」とは、そう言う事だったのだ。

「そして、結局そんな時、お前はどうする?ただ泣いて後ろを向くか?」
イリーアは私にそう問いかけた。
そして、私にはひとつの決心がついた気がした。

「いや、私は今手の届く範囲で、守れるだけの命を守るだけさ。」
そうだ。国の首相だからといって無理をする必要はなかったのだ。私だって1人の人間だ。それにさっきもカンフィナだってそれを伝えてくれた。彼女も私を首相としてではなく1人の人間として、私の絶望を和らげようと寄り添ってくれていたのだ。
少なくとも、彼女の事は守ろうと思った。

そして、私の頭の中にもう一つの事が浮かんだ。
それはとてつもなく突飛で、それでいて幼稚な野望だった。

イリーアが口を開こうとしたが、それを遮るように私は続けた。
「それと、私はこの世界を変えようと思うんだ。」
「お前...何言ってんだ...?」
予想通りの反応だった。イリーアはきょとんとした顔で私を見つめている。だがそんな事は承知の上だ。
「もう誰かの命を奪ったり、自らの命を奪われる心配のない世界...そして、この世界を歴史記録データにあったような...時空の歪みとかもない、生きてても体が侵されない安全な世界にしたいんだ...」
イリーアはまどろっこしいのが苦手らしく、苦い顔をして先を促した。確かに要点がまとまってなかったのを自覚していたので、もう少しわかりやすく伝えよう。
「つまり、明日があるのが当たり前の世界にしたいんだ。」

「ハハッ!ずいぶんとおもしれえ冗談言うじゃねえか。」
そして、イリーアは嘲笑するように笑った。だが、口調は何か私に光を見いだしたような明るいものだった。
「だが、お前のそーゆーとこ、嫌いじゃねーぜー。」
イリーアは緊張が和らいだのか、いつもの口調が戻っていた。そして彼女の手のほうを見ると、いつの間にか銃口を下ろしているのに気がついた。
彼女の顔の方へ向き直ると、彼女の暗く影の差した瞳に一瞬だけ光が差した気がした。
そして彼女は私に優しく微笑んでいた。
すぐに今までの影がかかった瞳のイリーアに戻ったが、私はさっきの一瞬彼女が見せたその笑顔を、とても美しく思った。

始めて彼女の純粋な笑顔を見た気がした。
私は彼女のような優しさを持つ人間が傷つかない、そして罪を犯さなくていいような、そんな世界に変えようと心に誓った。
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