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猫手水晶

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第4章

とある軍曹の憂鬱

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俺は要塞での任務を終え、ギジャグへとの帰路につく車に乗っていた。
軍人達はうつむき、これから受ける処罰に対し怯えているのか、全身を震わせ顔には涙をつたっているのが見えた。
任務は失敗に終わったのだ。
俺達の任務は元々、要塞で囚人達と手を組み敵対勢力を殲滅するというものだったが、戦っているさなか、突然任務の変更を通信で伝えられたのだ。
――侵入者と脱走者がいる、皆はそれを一丸となって捕まえろ――と。
そもそもこの要塞では脱出しようと試みる囚人や外部から侵入してくる囚人の仲間やどこかの諜報員らしき人物は度々現れるし、それに彼らは結局そこで生き絶える。
なのになぜわざわざ今になってピンポイントの侵入者および脱走者を我々全員がわらわらと追いかけなくてはいけないのか一瞬疑問に思ったが、なぜそうなのかはすぐに察しがついた。
その答えは単純だ。「その人物は、我々が総動員で対処する必要があるほど重要もしくは危険な人物」という事だ。
どちらにせよ緊急事態である事に変わりない。
俺は軍曹として、すぐに命令を下そうとした。だが、それはアランという男に制止された。
「大丈夫です。私が行きます。必要の無い犠牲は出したくないですからね。」
彼は若くして軍の前線にたち、積極的に戦う、優秀だが一方で軍の犬とも呼べる人物だった。そして私とは個人的に親密な仲にある。
なぜかというと、国の外でくたばっていた少年時代の彼を軍の一員として育て、食わせてやったからだ。
彼は脚に施術を行っており、片脚が機械になっている。いわば部分的サイボーグだ。
あの時悠々果敢に走り出したかれは無力感と他の兵を犠牲にしてしまった事に打ちのめされているのか、他の兵と共に何も喋らないままうつむき、そして脱力していた。
通信を聞いていた私はいち早く兵を出動させるよう命じるという指令が下されていたが、彼の意向もあり、その命令は一時保留とし、彼がやられ次第他の兵を動員するという流れをとっていた。
彼はやられてしまい、私は救助のため兵と共にアランを捜索するも、結局見つからず、帰路についた。
要塞の出口にさしかかったその時、彼が突然車の前に彼がワープしてきて、そして倒れてきた。
機械の脚は破損のためバチバチと放電し、そしてもう片脚も銃弾を受けたのか出血していた。彼は立てないまま。私の顔を見て、そしてただでさえ低い頭を深く下げてこう言った。
「本当に...申し訳ございませんでした...」
意気揚々と出動した時の彼の姿はそこになかった。おそらく彼には軍人として活躍している事に誇りを感じていたのだろう。だがそのプライドは打ち砕かれ、今の彼は抜け殻となっている。そして、彼自身を捜索する為に犠牲になってしまった兵士の事に罪悪感を感じているのか、涙を流しながらうつむいていた。
そして今に至る。
だが、そんな彼とは裏腹に、私は不思議とほっとしていた。
アランが生還した。それだけで嬉しかった。
無意識にもアランと他の兵を天秤にかけている自分に嫌気がさすも、彼は私を父のように慕ってくれていた。そして私も彼のことを息子のように愛していた。私は30代前半で薬を摂取し不老不死となったままであり、彼も20代前半位で不老不死となり見た目が変わらないため、他の軍人には一見兄弟のようにも見られるが、実際は親子のような関係だった。
私とは違い、正義感が強い彼にはこの事はそっと心にしまっておいた。彼は犠牲となった兵にただ詫びている。今も小声で「ごめんなさい…」という言葉を繰り返している。今はそっとしておいてあげよう。
俺は車を運転しているが、周りの環境は全くといってわからない。なぜなら今はギジャグの所有する独自のワープルートを順路通りに進んでいるだけであり、周りは歪んだノイズが霧のように漂っているだけで、道順を示すものは車のモニターに設置されたナビにしか搭載されていなかった。
この道を通っていると、空間の歪みに対しての対策である薬の投与を行っており、そしてこの車にも時空彎曲抵抗システムがあるにも関わらず、身体への影響を少なからず感じるのだ。具体的には軽度のめまいや三半規管の異常、吐き気を起こすのだが、運転に影響するほどのものではない。だが、車の中にいたとしてもこの状態ならば、ここで外に出ればおそらく命はないだろう。
俺達は行くときもこの道を通った為、要塞の位置すら知らない。なぜ上層部はいろいろな事を隠したがるのか疑問に思う事があったが考えないでおこう。ギジャグでは上層部について詮索する事自体重罪にあたり、詮索しようとした者は皆行方不明となっている。
その周りにいた者の記憶もなく、収監された彼ら曰く「その者は眠りについた。」と供述するのみであった。
ギジャグから受ける処罰は、上層部曰く「痛みがなく穏やかだが、改心を促す大きなもの」というものだが、正直不安しかない。
上の者が私達を導くという一種の信心のようなものがあるので、異を唱える者は現れず、俺もそうだった。
だが、これから処罰を受けるとなると、どうしても恐怖を拭う事ができない。
もしアランに何かあるとすれば、俺が守ってやらねば。そう思った。
数時間すると、歪みから抜けギジャグへと到着した。重く巨大な機械式の門が開くと、そこには執行人と思わしき黒いスーツを着て、覆面で顔を隠した男性がいた。
「執行の一環ですので、こめかみにこのカメラをつけていて下さい。」
それは絆創膏のように皮膚につけやすいものになっており、小型のカメラと言っていたが、その本体は絆創膏についた石の欠片のような、直径1センチほどの小型のものだった。これならカメラを持ち歩いていても見た目でバレる事はない。
そもそもなぜカメラをつける必要があるのだろうか?もし見せしめだったらと思うと恐ろしさのあまり全身を冷たいものが伝うような感じがした。
「大丈夫ですよ。執行は穏やかに痛みなく進行されますから。」
彼は穏やかな声でなだめるようにそう言った。
アランもその言葉を信じきれていないのか、恐怖で震えたままだ。
運転を男に交代し、そして俺達は目隠しをつけられた。
周りの状態が全く見えないこの状態に恐ろしさを覚えるも、俺は残された4感と三半規管を研ぎ澄まし、できるだけ周りの情報をつかむことに尽力した。
車の戸を開け少し進むと、重い機械のシャッターの音がして、俺達は前進する。機械音であるアナウンスの指示通りに廊下を進むと、エレベーターの開閉音が聞こえ、ピンポンという到着を伝える音が聞こえた。
俺達はどこへ向かう事になるのだろうか。エレベーターの中は異様に静かで、恐怖を感じているであろうアランの荒く震えた呼吸音だけがエレベーターの中を響かせていた。
そして再びピンポンという到着音が鳴り、そしてドアの開閉音がする。
エレベーターの向こうの空間は、何かのリフトであろうものの上だった。足踏みをするとカンカンという金網の上を歩くとき特有の音が聞こえる。周りは目隠しをしていてもわかるほどの暗闇で、先程まで感じていた光がなくなっていた。
そして、ガガガという音と共に斜め下から吹く風を感じた。おそらく斜め下、前方に向かって斜辺状に進んでいるのであろう。震動が上ではなく下から伝わることを察するに、これは吊り下げ式ではなくレールに従って進む式のリフトであることもわかった。
それは意外と長く、こうしてリフトに乗っている時間は数十分ほどに及んだ。何もない静寂の時間が恐怖を増幅させ、額に冷や汗が走るのを感じる。元々ここは少し涼しい冷気に包まれているが、それとは違った寒気もしてきた。怖いのだ。アランの呼吸もさらに荒くなる。
そして、ガコンという大きな音と共にリフトは大きく揺れ、そして先程まで伝わっていた揺れと風がなくなった。おそらく止まったのだろう。
リフトと思われる床を降り、何も見えないままただ前に進む。
数分歩くと、止まって下さいというアナウンスと共に、機械式のゲートが開くウイーンという音が聞こえ、目隠しをしていてもわかるほどの眩しい光が辺りを照らした。
進んで下さいという機械のアナウンスと共に、俺達は前に進む。
そして目隠しを外してくださいというアナウンスが聞こえ、その通りにした。
その後俺が見たのは、とてつもなく衝撃的な出来事だった。
俺は決してそれを忘れる事はないだろう。
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