CREATED WORLD

猫手水晶

文字の大きさ
56 / 58
第4章

とある軍曹の憂鬱 (2)

しおりを挟む
眩しさのあまり前は見えなかった。光を発する空間の中で、人間か機械かもわからない、まるで光のベールをかぶったかのような物体にアランは吸い込まれるように近づく。
駄目だ!行くな!という言葉を話そうと俺は試みるも、その言葉は出なかった。
俺は察した。
彼らはアランを恐ろしい目にあわせようとしている。
異様に静かで、穏やかとも感じるこの空間。だがこの空間に不穏な空気を感じるのは俺だけなのだろうか。
すると、絆創膏を貼られたこめかみから、冷たいものを一気に口にした時の感覚を何倍にも増強したような強烈な局所的冷感に襲われ、そして視界が激しく震え、そしてめまいが襲う。
冷感による脳天を細い糸のような針で突き刺すような強烈な痛みと、視界が彎曲し正気を保てなくなるほどの急激な目眩が、たった0.5秒ほどの一瞬で一気に押し寄せてくる。
気持ち悪さのあまり、俺は嘔吐してしまった。
そしてその一瞬の後、俺はありえないほどに脳が冴え、周りの状況が鮮明にみてとれた。
この効果は絆創膏に仕込まれた薬物によるものなのだろうか?カメラについてもそうなのだが、俺は一層覆面黒スーツの男の目的がわからなくなった。俺達が乗っていた車を運転し、そして石型カメラと絆創膏を仕込んだ彼は何をしたいのだろうか?
だが、彼がギジャグの所属だと考えると、無理に諸策しないほうが俺の身のためだと思いこれ以上考えるのはやめておいた。知りすぎない方がいい。
しかし、冷静な俺とは裏腹に、アランは白昼夢にひたっているように夢うつつのままだ。
薬物が効いていないのか、それともそもそも彼の絆創膏には薬物が仕込まれていないのだろうか?
俺はアランに駆け寄ろうと体を動かそうとするも、それはできなかった。
動けないのだ。
何かにつかまれているとかそういう感覚ではない、そもそも自身が土に埋まったように、少しの隙間もない壁に囲まれているような感覚がある。そしてそれは俺を包み込み、その壁を破こうと指一本動かそうとしたならばその指が押しつぶされてしまいそうなほど、とてつもない力で動きを抑制されていた。動かなければ痛みも何もない。だが、少しでも動こうとすると壁に押されているような、強い痛みがある。空間そのものが、俺の動きを拒絶しているのだ。先程声を出せなかったのもその為だ。口すらも動かせない。呼吸だけならする事はできるが。
俺は何をする事もできず、ただその光景を見ていた。
アランは人間か機械かもわからない物体に近づき、それにひざまずき懇願した。
「お願いします…命だけはお救いください…」
それに対して、その人影が放った言葉は優しいようで残酷だった。
「大丈夫ですよ。あなたは眠るだけです、力を抜いて楽にしていてください。」
すると眠れない子をなだめる母親のように、アランの頭と胴体に手をかける。そして、アランに寄り添い優しくポンポンと手をたたいた。
「やめてください…嫌だ…死にたくない…!」
アランは恐れているようであったが、やがて耐えられない眠気に襲われているのか、彼の瞼は少しづつ重くなっている。
まるで悪夢に墜ちていくかのように。
そしてそれを眠りに誘うように彼をいざなう人影は、何故か優しく見えた。
俺の認識は何故か彼をその人影に任せてもいい気がしていた。
いや、そんな気がしてしまっていたのだ。その時は私も人影に洗脳されてしまっている事に気付いていなかったのだ。

そして、アランは眠りにおちた。
そして俺にはそれが永遠の眠りだとわかった。

その時俺はやっと正気に戻った。彼は死んだのだ。
それは元々伝えられていたように眠るように穏やかなものだった。だが、結局命が終わってしまう精神的恐怖にもだえながら悪夢へといざなわれる恐ろしいものだった。
これは時空の歪みを利用したものなのか?だとしても俺が現段階でその影響を受けていないのは説明がつかない。
いや、今は理屈なんてどうでもいい。
アランが突然命を落としたことに、いまだに現実とは認識できず唖然としていた。
そして俺の左目から一粒の涙がこぼれた。
目の周りを金属にし、目をレンズとランプを兼ねた機械にした右目は赤く光った。
それは怒りを露わにしており、その赤い目をモチーフに俺は「赤眼軍曹」と呼ばれていた。俺が赤く目を光らせ、それと連動した赤いランプのついた大剣を振ると、その破壊力のあまり辺りはたちまち戦地と化す。
今にも大剣を持ってめちゃくちゃにしたい気持ちだったが、今はあいにく武器を回収されており、そもそも動く事すらかなわない。
そして、俺の目の前にある機械がかざされ、そして目の前に眩しい光が照射される、そしてキーンという鋭くうるさい音と共に、注射器になっているロボットアームが俺の腕に刺される。不思議と痛みはなかったが、それが都合の悪い記憶を消去されている処理だと気付くと、左目からこぼれる涙の量が増え、ぼとぼとと大粒の液体が服にこぼれ続けた。
結局俺はなにもできず、そして都合良く記憶を消されギジャグのしもべに戻ってしまうのだろうか。
そして数分それが続いたのち、機械が外される。
だが、不思議と俺の体には何も起こらなかった。
それが何なのかわからないまま、俺は指示通りに部屋を去るしかなかった。
まるで何も起こらなかったかのように。
抵抗しようとすれば、消されてしまうので何もできなかった。機械に命を奪われるのか、空間自体に圧迫されてしまうのか、はたまたアランのように精神的な恐怖にもだえながら眠りにおちるのかといった手段はわからないが、少なくとも命はないことはわかる。
アランの屍を背に、無力感と怒りを抱えながら部屋を去った。
部屋を去る際、俺は再び目隠しをされた。

目隠しを外すと、また車の中だった。そして運転席には行きの時に送迎をしていた覆面のスーツ男だった。
彼は覆面をしていたが、会話をしていると狐に包まれた気がする感覚と、これから彼が発した言葉ですぐ人物がわかった。
「こんにちは、また会いましたね。」
彼はこう付け加えた。
「先程の出来事、どうだったでしょうか?」
俺は銃口を彼に突きつけた。我慢の限界だ、冷静さを失っていた俺自身に驚きはありつつも、彼を脅しながら事情を聞くことにした。いつでもドタマをぶち抜くことはできる。彼は命の危機の中どのような戯れ言を吐くのだろうか。
そもそも動きが不審すぎだ、訳も分からないものを俺達の体につけ、そして俺に執拗に近づこうとしてくる。そもそも、この出来事について聞いてきたりカメラをつけて追跡してきたり、ましてや俺に薬物を注入してくる事自体おかしい。
「ここで私を撃ってもいいですよ。」
彼は案外冷静だった。
「ですが、ここで私の命を奪ってあなたにメリットはありますか?もし私がギジャグの犬だったら…?」
「いや、それはありえない。だったら俺に薬物を使って正気を保とうとさせないだろ。」
実際そうだ。この刑を実際に目撃していた者の記憶はいづれも断片的であり、都合の悪い事の記憶は消去されている。
「ハハハ、おわかりでしたか。ですが私がギジャグの犬でなかったとしても、ここであなたが私を撃ってその先どうするんですか?このままギジャグの犬に戻るつもりですか…こんな国の言いなりに戻りたいんですか…?」
そもそも彼は何者なんだ?脅している今なら聞き出せるかもしれない。
「なあ、お前は一体何者なんだ?」
彼の言ったことは衝撃的で、いまにも引き金を引きたくなるほど腹立たしいものだった。
「まあ、色々名前はありますが、こう言っておきましょうか。」
彼は一息おいてこう言った。
「私はリディグです。」
彼は、アランを陥れた張本人だった。あの時要塞でアランと戦ったのは彼であり、アランを負傷させ任務を失敗に追い込んだ。そして直接ではないにしろ彼を死においやった。
「お前が…やったんだな…」
俺は引き金を引く直前だ。怒りのあまり目の赤い光は車中を照らし、辺りの空気は凍り付く。
だが、リディグは相変わらず淡々としていた。
「あの時は本当にすみませんでした…ですが、これも私の目的のためなんです…」
「その目的とはなんなんだ、言ってみろ。」

彼はこう言った。
「このギジャグというしみったれた独裁国家をひっくり返す事ですよ。」

俺は唖然とした。この国は確かに腐りきっている。はずかしながらアランを亡くして始めて自らが洗脳にかかっている事を自覚した。

そしてリディグはこう続ける。
「私と共に行きませんか?目的は同じですし諜報員である私なら力になれますよ?」

俺は銃を収め、こう言葉を放つ。
「わかった。乗るぜ。」
いまだに怒りの赤い光は消えていないものの、俺の理性は彼についていってもいいと俺に告げていた。彼がどんな国や組織に所属してたってかまわない、この国を変えられるのならば。

俺がこの国をひっくり返してやる。アランを奪ったこの嘘ばかりの国を。
この行動が少しでもアランの弔いになることを願う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...