星降る世界の龍仙師

木曜日午前

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龍仙師見習い編

23話 宴の夜

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 日が落ちる前の宴も盛大ならば、日が落ちたあとの宴はもっと盛大なのが世の常。
 夜も更けて、宴は最大の盛り上がりを見せている。
 
 今は美しい女性の踊り子たちが、美しい舞を見せており、宮廷内の人たちは次から次へと酒を飲んでいる。
 
 と言っても、まだ酒を飲むことを許されない僕たちと、「先輩だけ飲むなんてなんかズルぃだろ、かっこよくないだろ」って理由で酒を我慢するハオジュン。酒が主役になってしまった催し物に対して、四人はすでに飽きてしまった。
 
「帰るか」 
「「「はい」」」
 
 ハオジュンの提案に、全員が同意して、用意された席から龍膝宮へと道を戻る。出来れば、セイたちにも会いたかったなあと僕は思ったが、生憎今は上手く行ってない自分を彼に知られたくなかった。
 
 (それに、疲れてるかもだしね)
 
 力強い剣舞、いつか見たあの頃よりもその鋭利な太刀筋、機敏さ、舞うような動きは想像以上に洗礼されていた。
 
 いつかまた、あの時のように剣を交えられたらと思うが、正直不安しかない今はその時ではない。
 ざらりと肌を撫でた砂を含んだ夜の風。祭りのような変な熱気を孕んだ宮廷内を後にした。
 
 (セイに会えるとしたら、次はいつだろうか)
 
 そんなことを考えながら、また明日から苦悩の日々から少しだけ目を背けたかった。
 刺青の痛みがじくりと痛む。
 
 ああ、今、僕は情けない顔をしているだろう。
 
 
 
 そんな、眠れない夜のはずだった。
 
 
 
「な、なんで、いるの?」
「よぅ。前よりも随分、しけた面だな」
 
 自分が寝泊まりしている部屋の窓、その窓の隣の壁に静かに穴を開けて侵入した男がいた。
 
「セイ……穴開いてるんだけど」
 
 セイだ。
 
 何故かいるはずのないセイがここにいる。
 しかも、壁を一部砂化して、穴を開けて、そこから侵入してきた。風で少し舞う砂が、僕の視界を少し白く染めた。
 
 セイは、相変わらず異国の服だと思われる白い布を全身に巻きつけ、顔も布のせいで彼の目元しか見えない。しかし、それでもその綺麗な金の瞳は誰だかというのを主張している。
 
「後で直しておく」
「そういう問題じゃ!」
「大丈夫、特技だからな」
「もう、全く……」
 
 相変わらず飄々としていて、仮にも宮廷の壁を壊したというのにも関わらず、だ。
 少し呆れながら肩を落とせば、口元の布をずらしたセイは唇の片側を釣り上げて、ニヤリと悪そうに笑う。
 
 ああ、どうしても、セイと関わると調子が狂ってしまう。寝台の上で上半身だけを起こした僕は、頭を抱えてやれやれと首を振った。しかし、そんな俺のことは露知らず、セイは無遠慮だった。
 
 
「でだ、お前はなぜそんなしけた顔をしている?」
「え、いや、それは、セイがこんな夜中に現れたから……」
「なわけがない、その前から随分寝づらそうにしていたぞ」
 
「見てたの!?」
 
「侵入する際は状況を確認する。鉄則中の鉄則だからな」
 
 恥ずかしい過ぎる。
 人の恥をにやにやとそう話す姿は、相変わらずの性格であることがよくわかる。
 
「で、どうした? 龍仙師になったんだぞ。何を憂う?」
 
 全てがぐさりと心に刺さる。そうだ、龍仙師の試験に受かった。けれど、今は憂うことしかない。
 
「……俺、龍仙師、向いてないかもしれないんだ」
「向いてない? 素質はあったから、ここにいるんだろ?」
「この刺青のせいで、その素質が上手く使えないんだ」
 
 刺青が彫られた手の甲。忌まわしきあの思い出を、この甲を見る度に思い出す。母の顔も、父の顔も、周りの子たちのことも。
 花の島は、あの日からずっと、この刺青に苦しめられている。
 
「ただの封じの印だろ? 見せてみろ。何か手伝えるかもしれない」
「……うん」
 
 セイの前にずいっと差し出した手の甲。刺青は窓と穴から差し込む月明かりに照らされ、夜でもよく見えた。シュウエンが言うには一部誤りがあるらしく、その間違えてるだろう箇所はなんとなく教えてもらっていた。
 
「……画数が一角多い上に、飛び出る部分が出ていないな。神文塔に登録されてればもっとわかるのにな」
 
「でも、そこまで、わかるの?」
 
「ああ、一人こういうのに詳しいやつが居てな。前に教えてもらったことがある。これは、その人曰く『信力封じ』と言っていた」
 
「『信力封じ』……」
 
 また、謎の言葉が増えた。けれど、少しばかりこの刺青は何かを封じているのがわかり、それが『花的祝福』や『仙力』の使用の妨げになっているのだろう。
 
「なあ、この刺青を解除したままにするとどうなる?」
「軍人に見つかると捕まると思うし、運良く露見しなくとも、花の島での刺青を入れ直す時に捕まると思う。実際に昔花の島で解除した人が捕まったことがあったから」
 
「なるほど」
 
 僕の言葉に、少しばかりセイは考える素振りを見せる。何か、対策があるのだろうか。
 沈黙した時間の中、セイが少しだけ眼光を動かしてすぐ、僕に向いて口を開いた。
 
「刺青を書き直すことはできないが、刺青を無い状態に戻すことはできる」
 
「えっ」
 
 刺青をない状態に、できる。それは、今問題になっていることを解除できる、ということなのだろうか。目を見開いた僕に、セイが言葉を続ける。
 
「四日後、もう一度この部屋に来る。俺の方でも呪術に詳しい奴に連絡だけはしてみよう」
「ありがとう。たしか、先輩の一人が呪術に詳しい人を知ってるらしいから、僕はそっちに当たってみる」
 
「ああ、それでは四日後。では、また」
 
 セイはそうだね言うと、少し急ぎ足で穴から飛び出ていった。そして、それと同時に、砂の山になっていた壁が逆再生するかのように、元に戻っていく。
 
 それを見ていた僕は、一つの確信に近い仮定が浮かんだ。
 
「……もしかして、セイもなにか特別な力があるのかな」
 
 いつかの練習のときに現れた土人形も、彼が作り上げたものではないのか。
 僕はそう思いつつも、次第に眠くなっていき、いつの間にか思考がゆっくりと暗闇の中に溶けていった。
 
 
 
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