星降る世界の龍仙師

木曜日午前

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護衛と季節雨編

43話 姫様と踊るナルシスト

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「わあああっ、リュウユウ、これほどけって!」
 
 暴れるハオジュンは、何とか木を折ろうとするが折るたびに蔦が別の所から生えていく。どうすればいいかわからない僕は、ハオジュンとジュリャンを交互に見る。
 
「うーん、リュウユウくん、とりあえず消えろ・・・って念じてみて」
 
 半泣きの僕に縋りつかれたジュリャンは、そう言って片目をぱちっと閉じて開く。僕は言われるがまま、もう一度前を見る。
 
 道の石畳を突き破った蔦に、どうか今は消えてほしい・・・・・・と願う。すると、蔦はしゅるしゅると地面へと戻っていった。取り残されたハオジュンはそのまま地面に転がされ、奥にいたジンイーと目が合う。ジンイーはやれやれと言いたげに肩を竦めた。
 
「ハオジュン、お前が飛び掛かろうとしたからいけないんだからな」
「だって、心配だったんだよー! 黒鳶国こくとびこくの動向もわからず、助けにも行けなかったしさ……」
 
 ぼろぼろと大粒の涙を流すハオジュン。命の危機は感じたが、心配してくれたのはすごく伝わってきた。ジンイーはこちらに近寄ると、なんとも神妙な顔をしていた。
 
「リュウユウ、龍を生めたんだな」
「はい。色々と、ありまして」
 
 ジンイーの問いかけに、リュウユウは言葉を濁しつつ答える。ちらりと僕の隣にいるジュリャンにジンイーは視線を送ると、ジュリャンはジンイーにも先程と同じように、片目をぱちんっと閉じて開いた。それ見たジンイーは顔をぐっと顰め、すぐに僕に視線を戻した。
 
「じゃあ、さっきのは、初めてか?」
「は、はい」
 
 さっきのというのは、道から生えた植物のことを指しているだろう。今は消えたとはいえ、一体何だったのか。僕の戸惑った表情に、ジンイーはかなり面倒くさそうに口を開いた。
 ジンイーは修行することが好きだ。しかし、人に教えることはあまり好きでないのを、僕も薄々感じていた。
 
「あれは、防衛本能だ」
「防衛本能……」
「ああ、転んだ時に腕をついて身体を守るだろ、それだ」
 
 説明したぞと言わんばかりのジンイー。僕はなんとなく意味を模索する。多分だが、身の危機を感じると、何かしらの力を使うということなのだろうか。
 
「すげぇ! リュウユウは、うちの姫様・・と同じなんだな!」
 
 ハオジュンは楽しそうに笑いながら、リュウユウの腕を掴む。姫様? 誰のことを指してるのか分からず首を傾げると、ガタンっと急に音がした。
 
 音がなる方、謎の木が貫いた道の先。
 
 皆で視線を向ければ、緑洲の中央にある緑の瓶を囲む建物の入り口に、一人の女性だと思われる人が立っていた。
 熱砂の伝統的な女性の服である、頭から足先までを隠す薄水色の布。頭の布には高い身分を表す宝石の美しい刺繍細工。そして! 目元だけはかろうじて見えており、黒い空間に浮かぶ赤い目がこちらを見ていた。
 
「そなたが、水瓶に落ちる緑の星ということか」
 
 少し高めで、落ち着いた声。緑の星と呼ばれたのは、トゥファのことだろう。反応すべきかと口を開きかけた時、僕よりも先に動いた人がいた。
 
「ああ、麗しの姫! 貴方の騎士、ジュリャン使命を果たしました!」
 
 そう、それは、隣にいたジュリャン。まるで踊るような軽快な足取りで飛び出して、姫君の前に文字通り踊り出た。
 その行為に、思わず僕は呆気にとられ、視界にいるジンイーとハオジュンは、随分うんざりとした顔でジュリャンを見ていた。
 
「ああ、ジュリャン。よくやった」
 
 そんな僕たちとは対象的に、姫は慣れたようにジュリャンを褒めている。思えば、ジュリャンはこの姫に出会い、龍仙師を辞めたと言っていた。布だらけで、どんな人なのかは分からないが、自尊心の高いジュリャンが尽くす相手なのだから気になるところではあった。
 
「龍仙師たちよ、その少年を少し借りても良いか。ジュリャンと共に来てほしいところがあるのだ」
 
 ぼーっと考えていたところ、いきなりの姫の言葉に、僕の体は一瞬にして強張こわばる。ジンイーもハオジュンも同じく驚いたのか、僕の顔を横目で見てきた。そして、ジンイーが返答の間に少しの間を置いて、「はい」と答えた。
 
「そうか、ならば、すぐにこちらへ」
「リュウユウくん、大丈夫。この僕がいるのだからね!」
 
 僕は呼ばれるまま、二人の元へ行く。そして、連なってその建物の中へと入っていった。
 
 水瓶の周りの建物の中は、基本的には地下へ地下へと伸びており、適度な温度が保たれている。暗い中ではあるが、不思議な光を纒った小さな蜥蜴が縦横無尽に歩いており、地下にも関わらず以外と明るい。外壁は色とりどりの化粧煉瓦タイルによって美しい壁画を構成しており、なんとも異国の雰囲気を感じていた。
 しかし、とても気まずい。
 なにせ、姫とジュリャンは何も話さない。大物だろう二人の後ろを、歩く見知らぬ顔をした異国人の僕一人。他の布に巻かれた人達や、熱砂の男性たちから、なんだなんだという不思議そうな視線が送られてきていた。
 
「ここだ」
 
 ある程度進んだところ、豪奢な扉の部屋の前で止まる。そこには、袈裟を巻いた武装僧兵が扉の前に立っていた。僧兵は姫の姿を見て、すっと頭を下げる。
 
「すまない、中に入るぞ」
 
 姫は扉の向こうに声を掛ける。すると、中からこんこんと音がした。ジュリャンは扉を開き姫を中に通す。僕はジュリャンが抑えてた扉を抑え、部屋の中には最後に入った。
 
「あっ……」
 
 部屋の中には、なんとあの牛車がそのままあり、ふかふかの長椅子には宴や最初の挨拶で見たマサナリ皇子と皇子妃の姿が見えた。僕の胸元の二人もなにかに気づいたのか、もぞりと少しだけ動いた。
 
「ジュマーナご息女、その方は……龍仙師……」
「扇鶴国の人たちよ、隠さずとも良い。少年、私は見えているからな。誰にも言わぬ」
 
 言葉を続けようとした椅子に座るマサナリ皇子・・・・・・に、姫もといジュマーナはリュウユウに声をかけた。ジュリャンもなにか知っていたのだろう、リュウユウの顔を見てまた、片目をぱちんっと閉じて開いた。
 僕はすっと胸元に視線を落とした。
 
「……大丈夫ですよ、信じてもよいと思います。だって、こんなことで拗れても、お互い損だけですし」
 
 少しばかり時間を経て、もぞりと胸元が動き、中からマサナリ皇子とユウシが顔を出した。
 
「皆のもの、無事か?」
 
 胸元にいたマサナリ皇子が、椅子に座るマサナリ皇子や牛車に向かって声を掛ける。
 
 すると、かたんっと、椅子に座っていたマサナリ皇子の身体傾き、力が抜けたように椅子に凭れかかった。そして、その中から扇鶴国の服を着たお爺さんの精霊が飛び出してきた。
 
「若様ああああああ! じいは心配しておりましたぞぉ!」
 
 飛び出してきたのはかなりお年を召したお爺さんの精霊。その声に反応したマサナリ皇子はすぐに飛び出して、抱きしめ合う。それを皮切りに、牛車や皇子妃の身体から次々と精霊たちが飛んできた。
 
「皇子!」
「ああ、皇子! ご無事で!」
「ユウシ殿も、よくぞ! ご立派だ!」
 
 ユウシもまた、精霊たちに囲まれて、安堵した表情を浮かべている。
 
「爺! この、龍仙師であるリュウユウが命の恩人、その一人だ!」
 
 マサナリ皇子は爺と呼ばれたその人を連れて、僕の元まで飛んできた。爺もまた嬉しいのか皺くちゃな顔を涙で濡らし、僕に頭を下げる。
 
「本当に、感謝しても感謝しきれないことです。また、どうやら雨も間に合ったと聞き、私共も安堵しております」
「ああ、改めて、リュウユウ。助かった。礼をする」
 
 揃って頭を下げる二人に、僕は慌てて更に深々と頭を下げる。
  
「いえ、僕こそ、二人が居たから死なずに済んだので、ありがとうございます」
 
 事実、居なかったら砂浜に今も立ち往生していたはず。いや、砂の藻屑になっていただろう。やっと、全て終わったと、僕は心の底から安堵した。

「では、次は中庭にいきましょうか」

 一頻りお礼を言われた僕は、ジュマーナ姫とジュリャンと共に、部屋を出て、次の目的地へと向かった。

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