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6話 地獄への切符
しおりを挟む「おい、店長、こいつと簡易首輪、いくらだ?」
眼の前の男は、騒ぎを聞きつけてやってきた店長に向け、とんでもないことを言い放った。
俺はトロトロに溶けた思考の中、男に命令されるがまま、土下座のような姿勢で男の足置きにされている。
そのせいで視界は床しか見えず、周囲のことは音しか聞こえない状態だ。
「ル、ルナをですか? いやいや、うち、そ、そういう店ではないですよ! もぅ、お、お客様ご冗談が……」
「店長、俺が誰だか知ってるよな?」
「も、勿論ですとも……!」
店長の慌てた声が響く。思えば俺はこの人の名前を知らないなあ、なんて思っていると俺の背に置かれていた彼の足が、タンタンと背中の上で弾む。
「じゃあ、いいだろ? 気に入ったんだ。で、いくら?」
「い、今、計算して来ます!」
俺、買うらしいけど、いくらなんだろう?
なんて呆然と思っていると、背中に乗っていた足が降ろされた。
「月代、顔を上げて」
呼ばれるがまま顔をあげると、男は相変わらず涼しい表情で、俺の頭に手を伸ばす。
くしゃり、と軽く掴まれた髪をそのままわしゃわしゃと撫でた。
「言いつけ守れたな、いい子だ」
褒められた。嬉しい。幸せ。
本能に支配されて、どんどん馬鹿になっていく俺の頭。もう何も考えられなかった。そして、気づけば四つん這いのまま、裏手の駐車場まで歩かされる。
他の客もいるのにも関わらず、「四つん這いで歩けるよな」と言われただけで、反抗もせず体はすぐ従ってしまう。
そして、裏手の駐車場に停めてあった、高級車の後部座席に乗るよう言われる。
「堺、帰宅するぞ」
「はい、若様」
車には品の良い年老いた運転手が座っており、急に現れた俺に対しても特に驚くことがない。
また、男も運転手のことはそれ以上気にも止めず、俺の方をじっくりと見た。
「メイド服は俺の趣味じゃないんだよなあ、全部脱いで」
「こ、ここで、ですか?」
「なに、口答え? え、お仕置きされたいの? 」
ぞくりと身体が恐怖とは違った、駆け抜ける感覚にびくりと身体を反応させる。お仕置きされたい、でも命令されたから言う事聞かなきゃ。
「早く脱げ」
声のトーンが下がる。強い支配欲を感じる声に、俺の身体がゾクゾクと震え、熱が増してくる。酷く熱くなった自分の中心は、既に解るくらいに主張している。
ああ! 駄目だ、従いたい、全部脱がなきゃ。
エプロンを外し、ブラウスの首元を止めているボタンを外そうとする。
頭はうまく回らないまま服を脱ごうとしたせいか、手がうまく動かず、焦燥感のせいで手先から縺れていく。
「そんなこともできないのか」
男は少し笑った。焦る俺が面白かったのか、見上げると男は、にやにやと笑っている。少しごつめの手が伸びてきて、俺の首元に手を掛ける。
「こんなの一瞬だろ?」
ブチンッ!!
ほんとに一瞬だった。襟首を前に引っ張られ、首の後ろに強い力がかかる。そして、ボタンが強く弾け飛ぶ。力づくで、ボタンが外された。いや、引き千切られた。
「ほら」
手が自分の喉元から離れていく。首元の締め付けが無くなり、車の空調が喉から鎖骨あたりに触れる。
「脱ぎやすくなっただろ?」
玩具を壊して遊ぶ子供のような、歪んだ楽しそうな声。
「ありがとう、ございます」
また一つ、この男のヤバさが伺える。俺はお礼をしっかり言って、頭を下げた後すぐに服を脱いでいく。そして、全て車の床に散乱したまま、一糸纏わぬ俺をゆっくり見た。
「首輪、仮だけど着けるか」
男の手には、あの店で売られているプレイ用のちゃっちい首輪。俺も幾度となくオプションで着けられては、外されたものだ。
ダイナミクスにとって、DomからSubへと贈られる首輪とは言わば、結婚で言うところの結婚指輪みたいなものだ。
Domが宣言し、契約書を交わした上でなら、その首輪は効力を増す。
といっても、今着けられたこういうおもちゃの首輪は、効力は見た目だけだ。
本当の首輪は、精神にも影響があると、店の先輩の一人が話していた。
首輪の色は女の子が好きそうな水色、エナメルの鈍い光と内側の白い合皮、止める金具がハートの形、その物のちゃちさを更に感じさせる。
俺の首にカチャリと、男の手で嵌められた。
「だっせぇなあ、やっぱ」
男は首輪と首の間に指を引っ掛けて、ぐっと自分の方へと引っ張る。引っ張られたためキツく絞まる首、男はサングラスを完全に外した。
美しい琥珀色の瞳に宿る強い眼力。
恐ろしいくらいの眼力は、強いDomの証だと昔常連が話していた気がする。
それにしても。
ああ、美の暴力とはこういう人のことを言うのだろう。
「やっぱ、すげぇなあ、俺の睨みつけ見たら、大抵のSubは怯えるのにな」
「そ、うなんですか?」
俺の返答に、美しい琥珀色の瞳は楽しそうに弓なりに歪んだ。
「やっぱ、仮でも、この糞首輪はねぇな、ちゃんとしたの用意してやるか。堺、明日、新宿に行くからな」
「はい、若様」
男は首輪から無造作に手を離した。俺は急に首輪に掛けられていた力が抜けたことにより、車の床にどたんと体が落ちた。
(やばぁ、勃ってる気がする)
首に残る拘束感と窒息感に飢えていた身体、窒息感でぐったりと力が抜けているのにも関わらず、自分の下腹部は興奮のあまりの昂りを強調している。
ガタンッ
車が揺れた。
力の入らない身体は揺れるがまま、男の足の間に思わず体が倒れ込む。男の太ももに頭を置くような体制になった俺は、慌てて身体を起こそうとした。しかし、その前に頭の上にとんっと手が置かれる。
(え)
そして、男は俺の頭を優しく撫でた。
「いい格好だな。そのままでいろ」
俺は言われるがまま動きを止めた。
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