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10話 この地獄あの地獄
しおりを挟む子供がいる?
錆びたネジのように、ギギギッとぎこち無く動く首は、陽彦の顔へと向けられる。そんな俺を陽彦は不思議そうに首を傾げながら、口を開いた。
「当たり前だろ。7人くらいかな。まあ、それがαとΩの義務みたいなもんだし」
「もしかして、番さんも居たりします?」
「ああ、まあな、お前たちがよく夢見る“運命の番”ってやつもいるが」
その返答に思わず凍りつく。動きが止まった身体、陽彦のその様子を見ても何も変わらず、タバコを吸っていた。
次第に状況を飲み込み始めた俺は、すうっと血の気が引いていき、自分がわかるほど身体の震えを感じる。
もしや、これは、不倫ってやつでは?
「……すみません、あの、この関係まだキャンセル可能ですかね?」
「は? ダメに決まってんだろ。もうお前の代金支払ったし」
「で、でも、不倫はダメですよ! それに代金って!」
思わず考えなしに慌てた俺に、陽彦は不機嫌そうに顔を歪めた。陽彦から言われた代金というものは、一体何を指しているのかはわからない。
力一杯叫べば、陽彦はさらに顔を歪めた。
「あの店に居たってことは訳ありだろ? どうせデケェ借金してるかだろ。じゃなきゃ、お前みたいなのが、あんな頭おかしい激安店で働くやついねぇだろ」
「え、あの違いますよ……」
あまりの言い分に俺の口元は引き攣る。たしかに、頭おかしい店だし、周りも相当やばめの人たちが多いのは確かだ。ただ、俺は金銭トラブルは流石に抱えてはいないというか、抱えられる年齢ではない。
「じゃあ、なんだ? お前が犯罪者か、家族が犯罪者とかか?」
「……親は軽く犯罪抵触してますけど、俺が通報してないので違いますね」
確かに親は未成年をほぼ無一文で放り出したし、家での生活も相当酷いものではあった。しかし、実情を俺が黙っているため、まだ犯罪者の子供のレッテルは貼られていない。
「じゃあ、なんでお前あんなクソな店で働いてたんだ?」
陽彦の問い掛けに、思わず俺は言葉に詰まる。
「家無くて、拾ってくれたのがあの店で……」
「風俗店の寮なんて、どこでもあるだろ。金も犯罪歴もねぇのに、そこそこ顔がいいβなSubがあそこで働く道理が……」
濁した返答が気に食わないのか、しっかりと反論する陽彦だったが、何かに気づいたのか少しばかり顔を青く染まっていく。
「おい、月代。お前、身分証あるだろ?」
「……店のロッカーにある金庫です」
一人一人付与される金庫に、従業員は皆基本的な貴重品はそこに入れていた。正直、飢えのせいで全てほっぽりだして来てしまったため、今も大事なものはそこに入っているだろう。
陽彦は少し頭痛そうに抱えたあと、はあっと息を吐いて、俺の目を強い眼力で睨みつけた。
「そうか、なら、お前の年齢を教えろ? 」
ヒュッ。
恐ろしい威圧感。睨まれた俺の喉が、恐怖のせいで変な音を鳴らして締まる。これはDom特有の睨みで、敵対したDom相手に威嚇する時に使われるもの。そして、Sub相手に使うということは、相当不機嫌なのだろう。
俺はあまりの恐怖に、咄嗟に土下座のような体勢を取った。
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみません、ぼくは18、です、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、18で、すみませんごめんなさいすみません……」
ブツブツ譫言のように謝罪を繰り返しつつ、額をぐりぐり擦り付ける。そこらに落ちた蝋の破片がオデコにぐりぐりと刺さるが、そんなことはお構いなしだった。
怖くて怖くて縮こまる俺の頭。その頭に優しく手が乗った。
「マジかぁ……お前、二十歳以下だったか……」
優しく撫でられる手と、耳に聞こえる明らかに諦観した声。俺たちは二人共とんでもない泥舟に乗ってしまったのだと、今更気づいたのだ。
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