昼間に見る花火は空に溶けて

木曜日午前

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第7話

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 真昼は脱衣所の扉の前で一度止まった。扉の外まで広がるお湯の熱さと、石鹸の香り、もわりとした湿気を感じ、史人が風呂の途中だということを確認する。シャワーの音は聞こえないが、その代わりカタカタとプラスチック容器がぶつかる音が響いていた。

 あまりにもカタカタと音がするため、どうしたんだろうと思いつつ、脱衣所の扉を開けた。そして、その奥にある風呂場の扉前まで足を進める。磨りガラスの向こう側には、肌色でぼやけてはいるけれど、史人が風呂椅子に座っているのがわかった。
「お義父さん、入ってもいいですか? 背中流しますよ」

 一声をかけると、ガタガタンッと大きな音が磨りガラスの向こう側で鳴った。そして、それに合わせて肌色が崩れ落ちたのだ。

「お義父さん!?」

 まさかの事態に、真昼は勢い良く扉を開いた。開いた向こう側、そこには風呂場の床に転がる史人が、ア然と真昼の方を向いていた。
 一糸纏わぬ姿、泡だらけの身体、なによりも乱雑に転がったソープボトル、風呂椅子、桶。
 見つめ合う少しの時間、史人は顔を顰めつつ口を開いた。

「……すまない、起こしてくれ」
「も、もちろんです」
 真昼は史人へと手を伸ばした。

 ◇◇◇

 倒れた史人を風呂椅子に座らせ、真昼は宣言通り、史人の背中側に膝をついて座る。服装はタンクトップとボクサーパンツのままだが、濡れても次に風呂に入れば問題ないだろう。

 真昼はまっさらな史人の背中を眺める。傷一つのない綺麗な背中だが、少しばかりそばかすがうっすらと浮き上がっていた。真昼は取手のついた桶を握り、風呂釜から水を掬う。
 少し温めのお湯を史人の背中にかければ、びちゃびちゃと音を立てて、水の雫は背中を滑り落ちていった。

 濡らした後は、史人が頑張って泡立てた少し硬めの洗体タオルを使い、優しくその背中を洗う。
 真昼よりも広いだろう、その背中。

 これが、父親の背中か。

 縁遠かったものが眼の前にあるなんてと、真昼は染み染みと背中を洗う。
 真昼の父親は、真昼が二歳の頃、工事現場の不慮による事故で他界した。そのせいで、真昼にとって実父の記憶は数少なく、父親と風呂に入った記憶もほぼない。

 テレビや、漫画等で「親父の背中を見て育つ」という言葉が出る度に、とても羨ましくて仕方がなかった。
 なので、義理の父親とは言え、今こうして背中を流しているのは不思議な高揚感があった。

 背中を洗うとともに、皮膚を覆い尽くす白い泡。その泡をまた、手桶で水を救い優しく流す。

「すまないね」
 丁寧に作業をする真昼に、史人は小さく謝った。

「いえ、こちらこそ、驚かせてしまったようでごめんなさい」
 寧ろ真昼としては、あんな登場をしなければ、史人を驚かすこともなかったと思う。
 思ったよりもびっくりしやすいようだと、彼の新たな一面が知れた。だが! 先程のことを考えると、怪我が増えたり悪化しても可笑しくはない状況。本当に申し訳ない事をしたと思う。

「髪洗うんで、目を瞑っててください」
「あ、ああ」
 今度はシャンプーを手で泡立てて、史人の髪を洗い始める。なんだか柔らかいように見えて、硬い史人の髪。歳の割には太さもあり、失礼かもしれないが禿げる兆しはなさそうだ。

 思えば、去年の今頃の自分は美容師になりたかったなあと、進路調査票に書いた夢を真昼はふと思い出した。


「水、流します」
「ああ」

 目に水や泡が入らなように、先に声をかける。そして、返事を聞いてから優しく泡を洗い流した。髪から泡を流すのはなかなかに難しい、何度も水を流し、髪の毛と頭皮を指で優しく動かす。
 その動きを何度も繰り返し、なんとか流しきった。そして、今度はコンディショナーを手に取る。手のひらの上で伸ばし、優しく髪の毛先を重点的に揉み込んで、少しばかり置いた。

 どれもこれも、真昼が使ってるものと同じため、馴染み深い石鹸の香りだ。

 もう一度、シャンプーと同じように、髪の毛を水で流す。

 ただ、あまりにも水を使いすぎたのか、途中で湯船の水が少し少なくなってきた。真昼は立ち上がり、浴槽の蛇口を捻る。ジャアッとお湯は流れ始め、湯船を満たし始めた。水が溢れたらまずいので、少しだけ立ったまま、その位置から史人を見下ろす。

「ぁ」

 真昼の口から小さな声が漏れた。視線の先には史人の股間が目に入ってしまっていた。
 別に同性の大事な箇所を見たからといって、それで驚くほど真昼はカマトトではない。けれど、その大事な部分がぐいっと昂っていたら、話は別だ。

 真昼はその瞬間、以前遭遇してしまったあの風呂の時を思い出す。

 夢だと、幻だと、心に封じていた記憶が舞い戻ってきた。

 あの時、もし、自分の名前を呼んで、慰めていたのなら。真昼の身体がまるで熱湯を浴びたかのように赤く染まる。
 そして、同時に史人の下半身を見て、何とも形容しがたい気持ちが湧き始めた。同じ男だからわかる、その生理現象の辛さ。そして、史人の手では今は慰められないという事実。

 あまりの事だったため、意識がそっちに向きすぎた。湯船を見ると、あと少しで水が溢れるところまで来ていた。真昼は慌てて蛇口を締める。そして、もう一度床に座り、史人の髪の毛を流し続ける。

 髪の毛からコンディショナー特有のぬめりが無くなった後、「真昼くん、後は大丈夫だから」と史人が声をかける。まるで、先手を打つかのような行動だが、真昼は自然と動いて史人の前側に回った。史人もその真昼に気づいたのか、慌てて股間に手を回す。

「ま、真昼くん」
「……さっき、見えちゃったんで。手伝います」
「え、えっ」

 真昼の言葉に、史人は目を大きく見開く。想像できなかった申し出に、情けない声を上げた。

「い、いや、申し訳ないから」
「大丈夫です、お義父さんの手、使えないですし。我慢は辛いでしょうから」

 真昼は膝立ちで史人の前に座る。史人は暫し考えた後、股間を隠していた手を退かした。
「すまない」
 申し訳なさそうに謝る史人とは対象的に、大きく聳え立つ陰茎は真昼の二回りほど大きい。
 ぐいっと反り返り、適度に黒黒とした皮膚。ズルリと皮は向けており、紅色の亀頭は天井を向いていた。

 大きい。真昼はそおっと手で掴む。太さも真昼の親指と中指の先同士がつかない程。血管も縦横無尽に浮き上がり、血がどくどくと通い、熱く硬い。何もかもが、真昼のとは違っていた。

「ゆっくり、動かしてもらってもいいか」
「わかりました、あ、あの萎えたら嫌だと思うんで、目を瞑ってていいんで」

 真昼は「ははっ」と乾いた笑みを浮かべた後、言われた通り指で動かし始める。優しく痛くないように気をつけながら。
 ただ、なんだかどうしてもぎこちない。
 自分ので何度もしたことがあるはずなのに、初めて陰茎を擦るような下手さだ。

 しかし、史人のものは全く萎えることはなく、どんどんと硬く大きく変化していく。じわりと滲み出た液体は、確実に快感を感じている証拠だ。
 なによりも、真昼の頭付近に生暖かい息が、ハアハアと音を立ててかかる。

 その息の熱さも、全て真昼の熱として加わり、真昼の身体が茹だるようにくらくらとし始めてきた。

 手の中で脈打つ速度が早くなり、なんとなくそろそろだろうと思う。そんな時、真昼はふと史人がどんな顔をしているのかが、どうしても気になってしまった。
 多分だが、目を瞑って、何かを考えてるのだろう。オカズか、他のことか。そう思って、不意打ちで顔を上げた。

 しかし、顔を上げた先、そこには目を見開き自分を見つめる史人の視線があった。

 まるで、獲物を狙うかのような真っ直ぐな視線。がっちりと真昼の視線と絡み合う。

「お義父さん……?」
「真昼」

 どくんっと、誰かの脈が強く跳ねる。
 どろりと熱いものが、手と真昼の顎にかかった。
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