殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第四章

とある公爵騎士のお話

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 ヨルク・トーンという男、今でこそ騎士をしているが、元々はブルクにあるそれなりに裕福な商家の長男であった。
 この男の父は商才に優れた人物であったが、それを鼻にかける嫌いがあり、家でも店でも威張り散らしていた。
 なまじ頭が回る者にありがちだが、周りが自分の言うとおりにならなければ我慢ならず、妻やヨルク・トーンを初めとする子供達が少しでも思いから外れた事をすると怒鳴り散らし、時に、拳すら振り上げた。
 家族の誰一人、父親に逆らう事が出来ず、幼き日のヨルク・トーンも不興を買わないようにビクビクする日々を過ごしていた。
 ヨルク・トーンの中では父親とは強大な存在であり、最強の男であり、恐怖の権化であった。

 だが、それも八才の頃に終わる。

 ある日、父親に率いられながら町に出たヨルク・トーン達は、貴族の一行に絡まれたのだ。
 それは、完全なる言いがかりであった。
 ただ、ヨルク・トーンの父親は顔が気に入らないという理由だけで、貴族の護衛に殴られ蹴られ、挙句に、顔を踏みにじられた。
 誰よりも強く、誰よりも偉いと思っていた父親が、理不尽な理由でヒイヒイ泣きながら――一切の反抗も、反論も出来ずに踏みにじられている。
 ヨルク・トーンの受けた衝撃は凄まじかった。
 更に、貴族達が去った後、父親がすぐにいつものように威張り散らし始めたのを見て、ヨルク・トーンの心に父親への軽蔑が生まれ始めた。

 なんでこんなしょぼい奴に、僕は脅えていたのだろうか。

 そして、ヨルク・トーンという男、父親を殴り倒した貴族に憧れを持つ。
 僕もあのようになりたい。
 力で、権力で、あらゆる者を殴り倒す事が出来る――そんな人間になりたい。
 それ以降のヨルク・トーンは常に力を求める男となった。

 ヨルク・トーンという男、商家の生まれながら意外な事に体格に恵まれた。
 その背は、十三歳の頃にはもう、父の護衛すら超していた。
 また、強くなりたい一心で剣術などを習い、あれほど恐れていた父親を殴り倒す事が出来るまでになった。
 普段見下してきた父親が脅えた顔でこちらを見上げる様子を見ても、しかし、ヨルク・トーンは満足しなかった。
 この男にとって、既に父親は取るに足りない存在になっていたからだ。

 ヨルク・トーンは十四歳になると、ソードル家騎士団に入団する。

 ヨルク・トーンとしては、貴族になる道を模索していたが、裕福な商人の息子とはいえ所詮は平民、しかも巨躯の代わりに頭は良くない。
 なので、貴族の騎士から始めようと思い立ったのだ。
 ヨルク・トーンという男、剣の才もあった。
 年が近ければ、幼い頃から鍛錬をしてきた準貴族の子息であっても叩き伏せた。
(こりゃぁ~貴族になるのもすぐだな)
 などと、得意げになった。
 だがしかし、そんな男の鼻っ柱をへし折る男が二人いた。

 一人は騎士団長フランク・ハマンである。

 彼はヨルク・トーンをも上回る体躯でいて、洗練された剣術を使った。
 持ち前の力と素質だけで剣を振り回すヨルク・トーンではまるで歯が立たなかった。
 しかも、騎士団長フランク・ハマン、それでいて、尊大な態度を取らない。
 訓練の時は役職にふさわしい威圧感を出してはいたが、普段は下町のおじさんといった体で、がはは、と笑う。
 そして、若い団員達をまるで息子のように扱った。

 その姿勢にヨルク・トーンは内心反発した。

 貴族でも無い、たかだか、騎士爵の男が自分を見下ろしている――そんな風に思えたのだ。
 とはいえ、体格も剣の腕でもまるで歯が立たない。
 だからこそというべきか、ますます苛立ちを募らせた。
 そしてこの男、相手が上官にも関わらず素っ気ない態度を取った。

 ところがである。

 騎士団長フランク・ハマン、無礼な部下に対して、むしろ率先してちょっかいをかける。

 自身の腕を過大に評価し、誇示し、孤立している男に、声を掛ける。
 そして、ヨルク・トーンに眉を顰める団員達に対して、『俺も若い頃は傲慢な所があった』と擁護する。
 そのことが、ヨルク・トーンという男をますますイライラさせるとも知らずに、『優しく見守ろう』などとデカい声で宣伝する。
 ヨルク・トーンは騎士団長フランク・ハマンの事がたまらなく嫌いになった。

 そして、それを殺意にまで昇華する出来事が起きた。

 それは、一人の少女に出合った事に起因する。
 彼女は美しい少女だった。
 褐色の肌は瑞々しく輝き、その体つきは細くしなやかだった。
 丸みのある目はぱっちりと大きく、その声は鈴の音のように高くよく響いた。
 ヨルク・トーンの理想を具現化したような、彼の妄想を形にしたような、そんな少女だった。
 そんな少女が騎士団詰所に現れた時、夢でも見ているのでは無いか――そんな気にすらなった。

 そう思わせる少女だった。

 だが、一目惚れといっても良いヨルク・トーンだったが、彼女の素性を知った後、躊躇した。
 その少女、名をディアナ・ハマンという。
 年はヨルク・トーンの一つ下で、騎士団長フランク・ハマンの長女であった。
 騎士団長フランク・ハマンの事が嫌いだったこともそうだが、なによりもその身分が不満だった。
 騎士爵――貴族から見たら、”似非”といって良い存在だ。
 ヨルク・トーンの野望の実現を考えたら、身分が余りにも低すぎる気がした。
 自身がその似非にもなれぬ平民のくせに――である。
 だがこの男、それを真剣に悩んだ。
 真剣に悩んだ上に、騎士団長フランク・ハマンをまたしても恨んだ。
(もう少し……せめて、男爵であればこんな事で悩むこともなかったのに。
 本当に使えない奴だ)
と本気で思った。

 ところがである。

 そんな躊躇を吹き飛ばすような話が、舞い込んで来た。
 少女ディアナ・ハマンに婚約者がいるという話だ。
 しかもである。
 その騎士こそが、ヨルク・トーンを完膚無きまでに叩き伏せたもう一人、騎士リョウ・モリタであったのだ。
 リョウ・モリタは政務官長マサジ・モリタの長男で、涼しげな目の優男であった。
 年は一つ下で、ヨルク・トーンが入団二年目で自身の強さに浮かれていたこともあり、入ってきたばかりのこの美少年を、どれ”かわいがってやるか”と鍛錬場に連れて行き、返り討ちにあったのだ。
 そして何よりヨルク・トーンを焦らせたのは、リョウ・モリタが貴族――子爵家の長子だからだ。
 自身をコケにして、さらに自身が焦がれた貴族位を持つ男が、自分が愛する女を狙っている。
 その事がたまらなく嫌だった。
 そして、こうも思った。
貴族あいつだって騎士爵の娘を娶ろうとするのだ。
 将来、貴族となる俺の妻としても別段、おかしくはないな)
 そこで、騎士団長フランク・ハマンに頼み、結婚の許可を得ようと思った。
 ヨルク・トーンは騎士団長フランク・ハマンがたまらなく嫌いであった。
 顔を見るだけで吐き気がし、その声が届かぬように耳をふさぎたくなるぐらいである。
 だが、それでも頭を下げるのは、この男がそれほど、その娘を欲した事を意味する。
 それは、自身の野心である貴族になる事すら置き去りにするほどでもあった。

 ところがである。

 騎士団長フランク・ハマンの答えは冷淡なものであった。
 いや、冷淡と感じたのはヨルク・トーンがそう思っただけで、騎士団長フランク・ハマンは真摯に対応していた。
「すまんな、ヨルク。
 お前の気持ちは嬉しいが、あの子とリョウは幼なじみでな、この婚約も家同士ではなく、二人の思いから実現したものなんだよ」
 それでも、一度話をしてみると言った騎士団長フランク・ハマンであったが、翌日、答えが変わることはなかった。
「ふざけるなぁぁぁ!」
 ヨルク・トーンは絶叫し、飛び出した。
(俺はこんなに妥協して、しかも頭を下げたのだぞ!?
 なのになぜ、駄目なんだぁぁぁ!)
 ヨルク・トーンは頭をかきむしり、地面に膝を付き、それを叩いた。
 ヨルク・トーンの普段の理屈でいえば、平民のヨルク・トーンではなく、子爵家嫡子リョウ・モリタを選ぶのは自明の理であったが、頭が悪く身勝手なこの男にはそれが分からない。
 ただ、理不尽を、あり得ない理不尽を、浴びせかけられた気持ちでいっぱいとなった。

 それに対する怒りをヨルク・トーンは酒にぶつけた。

 持て余すこの感情を、どうしても消してしまいたかったからだ。
 だが杯を重ねても、それは消えない。
 いや、怒りはだいぶ忘れられた。
 自尊心が傷つけられた事も、だいぶ忘れられた。
 だが、それに反比例するかのように膨れ上がってきたのは少女ディアナ・ハマンに対するドロリとした熱だった。
 あの細い体を、あの小さくて形の良い顔を、あの柔らかそうな唇を――奪いたい。
 舐め回したい。
 吸い上げたい。
 あの中に入れたい。
 下半身は巨大化し、破り出るのではないか?
 ヨルク・トーンはそんな錯覚すら覚えた。
(ああ駄目だ、駄目だ)
 ヨルク・トーンは持て余し、酒場を飛び出ると娼館に駆け込んだ。

 だが、駄目だった。

 何人もの娼婦が連れてこられたが、ヨルク・トーンが満足する女はいなかった。
 少女ディアナ・ハマンは……いなかった。
 それでも、どことなく近い女を選び、その女で出したが、ただ虚しいだけだった。
(なぜだ? なぜだ?)
 娼館を出ると、ヨルク・トーンは騒々しい歓楽街から逃れるように歩いた。
 頭はぐらんぐらんと揺れていた。
 自分が、どこを歩いているのかすらよく分からなくなっていた。
 それでも、少女ディアナ・ハマンの顔だけが鮮明に思い出される。
 あれじゃないと駄目だ。
 俺はあれじゃないと駄目なんだ。

「大丈夫かい?」
 突然、男に声をかけられた。
 ヨルク・トーンの知らない男である。
 商人風の、ごくありふれた顔をした男であった。
 その男に対して、泥酔したヨルク・トーンは「大丈夫なわけねぇ!」と我慢しきれず吠えた。
 そこからまくし立てるように話し始めた。
 自分が将来、貴族になる男であると。
 にもかかわらず、屑な上官に理不尽な扱いを受けていること。
 そして、そいつのために愛する女を諦めざるえないことを。
 語った。
 相手が知らない人間だったこともあるだろう。
 ヨルク・トーンは多くをねじ曲げ、自分勝手に脚色した内容で語った。
 その男は、うんうんと頷きつつ、途中、合いの手を入れながら話を聞いた。
 それは非常に的確で、ヨルク・トーンはこの見ず知らずの男に気分良く話した。
 ヨルク・トーンがようやく話し終えた後、男は気の毒そうに眉を下ろした。
「それは本当に気の毒なことだ。
 あんたほどの男が、そうかぁ~世の中理不尽に出来てらぁ」
「そうだ!
 そうなんだ!」
 その商人風の男は少し考え込んだ。
 そして、あたりを見渡すと、声を落としながら言った。
「あんたみたいな偉人をこんな所で終わらせるわけにはいかない。
 下手をすると、命を落とすかもしれねぇしな」
「ん?
 どういうことだ?」
「あっしは伝で、今後、この領で行われる事を知ったんですが……。
 あんたを男と見込んで、一つ、それを教えましょう」
 その商人風の男の話に、ヨルク・トーンの酔いは吹き飛んでいった。


「ヨルク、最近どうだ?」
 鍛錬が終わり、宿舎に戻る最中、騎士団長フランク・ハマンが気遣わしげに訊ねてきた。
 ヨルク・トーンは澄まし顔でそれに答える。
「どう、とは?」
「いや、その、娘のことは済まなかったと……」
「それについては、もう良いのです」
「そうか……」
「では、失礼します」
 ヨルク・トーンは複雑そうな顔で見送る騎士団長フランク・ハマンを背に、さっさと歩き出す。
 内心では鼻で笑い飛ばしたい気持ちで一杯だったが、今はその時でない。
 そう、必死に自制した。
(もうすぐだ。
 もうすぐ、あいつの顔など見なくて済む)
 口元が緩みかけて、手で押さえることで何とかこらえた。
 あの夜、あの商人風の男に出会えたのは幸運だった。
 ヨルク・トーンは強く思った。
 商人風の男がそっと囁いてくれた秘密はヨルク・トーンという男の心を沸き立たせてくれた。

 それは、セヌ、フレコ、オラリルの三国による、ブルク侵攻計画である。

 現在のソードル家は脆い。
 現在の当主、ルーベ・ソードルは愚かな男で、十歳程度の娘に執務を押しつけ、遊びほうけているらしい。
 そんな状況下、三国に接するブルクこの町が攻められた場合、どうなるかは火を見る明らかである。

 そして、である。

(俺が内部で暴れれば、それはさらに確実なものとなる)
 ヨルク・トーンは騎士の幾人かと共に、政務官長や騎士団長を始めとする主要人物を殺害し、領内で火を付け、暴れる手はずとなっていた。
 それも、悪徳領主から領民を”解放”する名分でだ。
 むろん、”心ない”騎士達は抵抗してくるだろう。
 腐ってもソードル領騎士団、騎士団長フランク・ハマンや騎士リョウ・モリタ以外にも、手に余る騎士は幾人かいる。
 だがそれも、解決済みである。
 決行の日は、騎士団長以外の主力騎士が領主を迎えに行くために王都に向かっている間に行われる。
 その状態で不意を付き、騎士団長フランク・ハマンさえ殺せば問題なかった。
 ヨルク・トーンは騎士団長フランク・ハマンを刺し殺す情景を思い描いて(ざまぁみろ)と心の内で笑った。

 そして、軍国セヌがこの地を抑えた暁には、ここの領主を任されることとなっていた。

(そうなれば、俺は貴族様になり、さらにディアナな俺の者となる)
 ヨルク・トーンは下半身がかっと熱くなるのを感じた。
(当たり前だ。
 貴族様だぞ。
 フランク・ハマンあいつみたいなエセでもない。
 リョウ・モリタあいつ何かと違い下位でない――そうだ、下位ではない、少なくとも公爵様ぐらいにはなるだろう。
 ディアナだってすり寄ってくるはずだ)
 ヨルク・トーンは美しい少女が顔を赤めながらしなだれかかってくる光景を思い描き、唾を飲み込んだ。
(すまんな、ディアナ。
 もう、お前を妻にすることなど出来ないんだ。
 悲しいかな、身分がな、身分が釣り合わないんだ。
 だが安心しろ、妾なら何とかなるから。
 周りは反対するだろうが、何とかしてみせるから。
 安心して待っててくれ……)
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