殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第六章

とある平民達のお話1

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「痛い!
 もちょい、優しく扱え!」
 騎士に脇を抱えられ、護送車に押し込まれた老人ヨナスは後ろを振り向きながら怒鳴った。
 だが、騎士たちは頓着せず「危ないから座るように」とだけ言うと、後部の戸をさっさと閉めてしまった。
 老人ヨナスはぶつくさ言いながらも、護送車の側面に取り付けられた細長い椅子に座る。

 その椅子には等間隔に金属の頑丈そうな棒が取り付けられていた。

 この護送車の役割を十全と発揮させるのであれば、自身の腕はそこに括り付けられるのであろう事を理解している老人ヨナスは、現在の状況を憤りつつも(多少はマシかのう)と少しだけ自分を慰めた。
 ガタリと揺れた後、堅い椅子を通して護送車が動き出したのを感じる。
 海千山千を自称する老人ヨナスとはいえ、何時いつ帰ることが出来るのかと、不安が胸を締め付けた。
(わしの予想が正しければ、そんなに悪い事にはならないじゃろうが……。
 まあ、どちらにしてもすぐに帰るのは無理そうじゃな)
 などと半ば諦めつつも、視線を正面に向ける。
 そして、「おや?」と思わずニヤケてしまった。

 老人ヨナスの正面には若い娘が座っていた。

 薄金色の長い髪を結いもせずに流すその娘は泣き黒子ぼくろのよく似合う美しい顔をしていて、何故か男物の上着を羽織っていた。
 だが、それより目を引くのはその隙間からのぞく瑞々しく眩しささえ覚える素足であった。
 上着以外は裸、というわけではないようで、真っ赤なスカートが膝上辺りまで申し訳程度にかかっている。
 それは、貴族から平民まで、やや保守よりの服装が好まれるオールマ王国の中であれば、艶めかしいを越えて、下品な格好であった。
(娼婦か踊り子かのう?)
と老人ヨナスは辺りを付けたが、どうやらその娘は”すれる”までには至ってないようで、不躾に眺める老人ヨナスの視線を受けて、恥ずかしそうに顔を赤め、モジモジと落ち着き無く上着の裾を引っ張っていた。
(まるで生娘のようで、これはこれでええのぉ。
 ……だが、何故あんな物を持っておるのじゃ?)

 その娘の膝には精巧な鍵が置かれていた。

(何かのエロい遊びで使うのかのう?)
 などと考えていると、隣から乱暴に突っつかれた。

 視線をそちらに向けると、二十代前半から中盤辺りの男が老人ヨナスを睨んでいた。

「じーさん、不躾に見るんじゃない!
 可愛そうだろう!」
 その青年は誠実そうな瞳をしており、”粋な色男”を自称する老人ヨナスは(面倒そうな男じゃのう)と思った。
 ただ、その強い瞳の割には、その目の下にはクマが強く出ていて、肌も青白く不健康そうだった。
 そのくせ体型はがっちりしていて、肌着一枚になっている上半身は厳つい感じに盛り上がっていた。
 前にいる娘に上着を渡したのはこの男のようだと、老人ヨナスは当たりを付ける。
 紳士的な振る舞いであったが、老人ヨナスは(無粋じゃのう)と内心で茶化すように思った。
 ただ疑問に思うことが一つあった。

 その青年はつばの広い青色の帽子を膝の上に置いていたのだ。

(女性物のようじゃな。
 使い込まれた感じはしないが、少し古い型じゃ)
 などと考えていた老人ヨナスはふと、もう一人いることに気づき視線を向ける。

 老人ヨナスから見て左前に、先ほどの若い女性よりもさらに幼そうな、十三、四歳ほどの少女が座っていた。

 余り食事を取っていないのかひょろりとした体を貧民街のものよりは幾分マシな継ぎ当てだらけの服で覆っていた。

 そしてその少女、膝上に何故か大振りの鍋を乗せていた。

 それを抱えるように持つ少女は老人ヨナスの視線に気づくと、居心地悪そうに視線を下げ、鍋を抱え直した。
「どうも思ってたのと違うのぉ」
と老人ヨナスが呟くと「じいさんは何か知っているのか?」と隣の青年が訊ねてきた。
「”知っているのか?”と訊くという事は、お前さんも運ばれている理由を訊かされておらんのか?」
 老人ヨナスの問に、青年は苦笑しながら頷いた。
「正直、訳が分からないうちに護送車これに押し込まれたんだ。
 こんなのに乗せられる覚えはないんだが……。
 それは、そちらの女の子たちも同じようだ」

 護送車に乗せられる者の大半は犯罪者である。

 さらに、ここまで強固なものにもなれば、凶悪犯や重犯罪者であろう。
 老人ヨナスは飲み屋の女の子のお尻を触る等の”悪戯おいた”はしても、ここまで大げさな扱いを受けるわれはない。
 それに、隣の青年はともかく、前に座る女性二人は、そんな大それた事が出来そうな感じを受けない。
 老人ヨナスは少し考えながら訊ねる。
「お前さん達、いったいどんな状況で連れてこられたんじゃ?
 因みにわしは、隠居後の趣味である庭の手入れの最中に押し掛けてきた騎士に連れてこられたんじゃが……」
 老人ヨナスはそこまで言うと、手に持っていた刃の短い剪定鋏せんていばさみを他の三人に見せた。
 青年が、一応、といった感じに「禁止された薬草とかじゃないよな?」と訊ねてきたので、老人ヨナスは苦笑しながら「妻用の芳香植物じゃよ」と答えた。
「お前さんはどうなんじゃ?
 というか、その帽子はなんじゃ?」
 老人ヨナスの問に、青年は苦い顔をしながらくだんの女物の帽子に視線を落とした。

<とある青年のお話>
 マルコはソードル領を中心都市ブルクと保養地カープルの間を行き来する行商人の息子で、幼い頃のマルコは両親と共に馬車に揺られて過ごす日々を送っていた。
 マルコの父は自分の足で商品を買い付ける行商という職を愛していたが、マルコ自身は親しい人、特に同い年の友人と長く過ごすことが出来ない生活に嫌気をさしていた。
「父さんはいいよ!
 母さんがいるから」
 少年マルコは一度、ボヤいたことがある。

 息子から見ても、両親の仲は良い。

 以前見たかもの様だ、と思っていた。
 そのかもは一生を一度決めたつがいとしか一緒にいないと言われていて、少年マルコが見たそのつがいもいつも寄り添っていた。

 ある日、寿命のためかつがいの片割れが地面に伏せて動かなくなっていた。

 それをもう一羽は離れることもなく、じっと側で立ち尽くしていた。
 何日も、何日も、最後に少年マルコが見たのは、二羽が寄り添いながら倒れている姿であった。

 幼いながらも少年マルコはその姿に衝撃を受けた。

 そして、自分もそんな相手に出会いたいと、強く思った。

 だが、マルコはそういう相手が見つからずにいる。
 何となく良い感じになっても、すぐに別の場所に移らなくてはならなくなる。
 こんな事では、いつまで経っても良い相手など見つかるはずがない。
 自分には既に相手がいる父の都合のためで、である。
 理不尽な話だと唇を尖らせるのも仕方がないと、マルコは自分を擁護していた。

 だが、そんな父親に対して感謝する日が訪れた。

 マルコが十三になり半年ほどが過ぎた頃だった。
 荷下ろしを終え、火照った体を冷ましがてらブルグの商人通りを散策していた時の事だ。

 視界の端に、青色の何かが写った。

 何だ? と視線をあげると、つばの広い帽子が飛んでくるのが見えた。
 女性物だろうか?
 何となく気になり、軽く飛び上がるとそれを捕まえた。
 空色のそれには、小さな花の飾りがついていて、ずいぶん可愛らしい物だった。
「すいません!」という声にマルコは視線を向けると、そのまま硬直してしまった。

 薄茶色の髪をした少女が、こちらに向かって駆けてきていた。

 年はマルコと同じぐらいか、下に見えた。
 色白でほっそりとした体躯を上着と一繋ぎになった薄青色のスカートで覆っていた。
 マルコの元に急ぐ足取りも頼りなく、少し儚げな印象を与える少女だった。

 だが、その瞳は蒼玉せいぎょくのように青く強く、マルコの心を強く掴んだ。

 マルコが若かったこともある。
 そして、すぐに移り行かなければならない身の上に焦りを覚えていた事もあるだろう。

 一切の躊躇はなかった。

 薄茶色の髪を一生懸命落ち着かせながら、「助かりました」と微笑む少女の前にひざまずき、帽子を差し出した。
 そして、目を丸くする少女に向かって真摯な目を向けた。
「結婚してください」
 ぽかんとしていたその少女は、理解が追いついてきたのか、ボッと顔を赤めた。

 その突然すぎる求婚は、その場では流石に断られた。

 だが、前のめり気味に詰め寄るマルコに少女はほだされたのか、顔をひきつらせながらではあったが父親に会わせることを了承してくれた。

 その少女、名をリアという。
 ブルクで木工細工を生業にする男の娘で、年はマルコの一つ下であった。

 少女リアの父親は、突然の申し出に激怒した。
 それはそうだ。
 ついさっき会ったばかりだという小僧が、『運命の出会い』だとか訳の分からない事を言いながら娘を嫁にくれと言っているのだ。
 怒らない方が父親としてどうかしている。
 少女リアと少女リアの母親が必死に止めなかったら、殴り飛ばしていただろう。

 そんな激高する相手に対して、それでもマルコは一歩も引かなかった。

 ここで引いたらまた一年は会えなくなる。
 まだ若いマルコにとって、一年は気が遠くなるほど先の話であり、その間にこの美しすぎる少女は別の誰かに取られてしまう。
 そう、焦燥感にかられていた。
 なので、必死になって食らいついていった。

 少女リアの父親はそんな少年マルコの様子に、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 そして、その表情に苦笑が交じった。
 成人を越えた男であればともかく、相手は身長も少女リアと対して変わらない、たかだか十三を越えた小僧である。
 少々、大人げなかったかと反省したのだ。
 そして、足にすがりつかんばかりに頼み込むマルコに対して、一つ咳払いをすると言った。
「小僧、なんだぁ。
 リアはまだ十二になったばかりだし、お前もたかが十三だろう。
 話は、せめてお前が十五になった時にあらためて、という形でどうだ。
 それまでに、どんな良い話がきても絶対に嫁には出さない。
 約束しよう」
 そして、渋るマルコに少女リアの父親はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「運命の出会いなのだろう?
 だったら、二、三年ぐらい軽く越えられるはずだ」
 それまでに立派な男になって来いと発破はっぱをかけた。

 少女リアは遅くに生まれた娘だった事もあり、少女リアの父親は中年をそろそろ過ぎる年齢であった。
 だがそんな男にも、少年時代はあった。
 少年時代の……熱しやすく冷めやすい頃を経験済みだったのである。
 運命の出会いなんて騒いだ回数は、両手の指では足りない。
(ま、一ヶ月も過ぎたら忘れるだろう)と少し寂しくも思いつつも、確信するのであった。

 ところがである。

 少女リアの父親の確信は大いに裏切られることとなる。
 三年の月日が過ぎて、マルコという少年についてすっかり忘れてしまっていたある日のこと、少女リアの父親の前に、十五になった少年が現れたのだ。
 少女リアと対して変わらなかった背丈は、少女リアの父親ですら見上げるまでになり、ひょろりとしていた体躯には厚みすらもあった。
 ぼろい旅装束だったのが、仕立ての良い物に変わっていた。

 一見すると、そこそこ良い商家の商人といった風体に、少女リアの父親はポカンとした。

 少年マルコは三年の月日の間に必死に勉強した。
 特に商人に必要な算術を重点的に行った。
 それは一人前になるのであれば、行商人である父からも学ぶことが出来る商人が近道だと思ったからであった。

 父もそんな少年マルコに熱心に教えた。

 父は少年マルコが行商という職を好ましく思っていないことを知っていたし、自分の後を継ぐことはないと確信はしていた。
 だが、いや、だからこそ、息子に独り立ちできるぐらいの手助けをしてやりたいと思った。

 少年マルコは数字に強かった。

 帳簿をつけさせると早く、正確であった。
 なので、父の知人であるフレコの商人アルフレートに、従業員見習いとして奉公に出ることが出来た。
 そこで、その才覚と熱意が認められ、たった一年で従業員に昇格したのだった。
「まだ、一人前とは言えないですが、リアさんを十二分に養うことが出来る男になれたと思います!」
と、すっかり頼もしくなった少年マルコに詰め寄られ、リアの父親は大いに困ることとなる。
 そして、今すぐに! とでも言いそうな勢いの少年を宥めつつ、頭をかいた。
「ああ……お前さんが本気なのはよく分かった。
 ただ、リアあの子には少々問題があってな」

 少女リアは生まれた頃から体が弱く、よく熱を出した。

 その原因は不明であったが、町の薬師が言うには、魔力に問題が生じている可能性がある、とのことだった。
 だが、魔力の障害は、医療魔術師でしか処置が出来ず、普通の平民にとっては不治の病とされていた。
「だから、仮に結婚しても子供どころか、五年、一緒に生きることも難しいのだよ」
 その言葉は衝撃的であった。
 三年間、全力で走り抜けてきた少年マルコの膝を折らせるには十二分の言葉だった。

 それでも! とは言えなかった。

 少年マルコにはここから先の人生は余りにも長すぎた。
 ただ、その現実に涙をボロボロと流した。
 そんな少年マルコを、リアの父親は責めない。
「すまんな」と呟くように言うだけだった。

 少年マルコは肩を落とし、帰路に就く。

 向かう先は、少女リアと共に住むことを夢見て整えた借屋であった。
 これからは、少女リアに見送られながら、仕事に出かけるのだと妄想したのが数刻前の事だった。
 あの時は羽が生えたかのように軽やかだった足が、今は重くて仕方がない。
 そんな足を必死に前に運びながら、少年マルコは歩いた。
 ふと、見上げると一人の少女がこちらに向かって来るのが見えた。

 少女リアだった。

 三年の月日が流れ、だいぶ女性らしくなってはいたが、リアの父親が言う通りやまいに侵されているようで、青白くほっそりとしていた。
 そんな彼女が底の深い籠を抱きしめるように抱えながらおぼつかない足で歩いていた。

 少女リアは歩くのに一生懸命のようで、前にいる少年マルコに気づかない。

 あれほど待ちこがれた少女リアとの再会ともう会うことの出来ない現実に、少年マルコは胸が締め付けられる様に苦しくなった。
 そして俯くと、気づかれる前にと早足で通り過ぎようとした。

 ところがである。

 その突然の気配に驚いたのか、それともたまたまなのか、少女リアの体から底の深い籠がズレ落ちた。
 地面に落ちて倒れた籠から丸芋がゴロゴロとこぼれ出る。
 少年マルコは少女リアに釣られる様に、慌ててそれを拾った。
「あ、ありがとうございます」
 少女リアは申し訳なさそうに、少年マルコに頭を下げ、視線を彼に向けた。

 そして、驚いたように目を見開く。

「あ、いえ……」
 少年マルコは言いよどむ。

 その様子に、少女リアは何かを悟ったのか、寂しげに微笑んだ。

 そして、全てを入れ終えた底の深い籠を抱えると、もう一度頭を下げる。
「家まで――」持とうか、と続けようとした少年マルコに対して、少女リアは大きく首を振り、「ありがとうございました」ともう一度礼を言って、歩き始めた。
 少年マルコはその後ろ姿を見送る。
 もしこのまま……。
 もしこのまま……。
 離れればもう二度と会うことがない。

 そう予感を胸に持ちながら――。

 ……少年マルコは歯を強くかみしめると、地面を踏み込み、駆けた。
 そして、振り返りながら驚く少女リアの手から底の深い籠を奪い取った。
「送ってく」どことなくぶっきらぼうな言葉に、「駄目です」と少女リアは首を横に振る。
 だが、少年マルコは前を向き「送っていく」と言うと歩き出す。
 少女リアは焦りながらそれを追った。
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