殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第九章

新たな布陣2

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 あわただしく動く騎士達の奥に馬車が何台も並んでいた。
 そのうち真ん中の二台は豪奢なものであった。
 一台は当然、女のもので、もう一台は弟マヌエル・ソードルのものだった。

 戸の前には弟マヌエル・ソードルが立っていた。

 その両脇には従者姿の男が二人控えている。
 一人は元庭師で従者見習いとなった、フランチェスコ・ブルクだ。
 正式名はマンサク・ブルクであったが、当人たっての願いで、フランチェスコを中間名とし、公式文章以外はマンサクを外すこととなった。
 因みに、都市名であるブルクが付いているのは公爵家に仮に登用された平民が便宜上付けられるもので、勿論、家名ではない。
 そこから功績を挙げれるか実力を示せば、騎士団長フランク・ハマンや従者ザンドラ・フクリュウのように独自の家名を与えられることとなる。

 もう片方には従者シンジ・モリタが柔らかな笑みをたたえながら立っていた。

 彼は家令マサジ・モリタを始めとして、およそ愛想が良いとはいえない家族の中で、唯一と言っていいほど快活な少年だった。
 どちらかというと、祖父であるジン・モリタ似だろうか、元気よく挨拶をする様に多くの者の好感を得ていた。
 年は兄である騎士リョウ・モリタと十歳以上離れていて、弟マヌエル・ソードルとは同い年であった。
 ”前回”、弟マヌエル・ソードルとの関係が良好とはいえない状態だったので、エリージェ・ソードルは心配していたのだが、紹介した時に笑顔で話をしていたので、取りあえずは様子を見ることとなった。
 エリージェ・ソードルが近づいてくるのに気づいたのか、弟マヌエル・ソードルが破顔しながら近づいてくる。

 その間に割り込んできた者がいた。

 クリスティーナである。

「おじょ~様!」と言いながら、女に抱きついてきた。
「お、おい!」と弟マヌエル・ソードルが駆け寄るも、クリスティーナは気にする素振りも見せず、エリージェ・ソードルをぎゅっと抱きしめた。
 エリージェ・ソードルも目を優しくし、その背に手を回し、薄金色の頭に頬を当てた。
「ねえねえ、おじょ~様!
 行きと同じで、おじょ~様とご一緒の馬車に乗れるの!?」
 体を離しながら上気した顔で見上げられたが、エリージェ・ソードルは少し申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい、クリス。
 少し別の者と話をしなくてはならないから、最初はマヌエルの馬車に乗って頂戴」
「えぇ~!」
「休憩場所に着いたら代われるから、ね。
 それまでは、マヌエルの相手をしてあげて頂戴」
 クリスティーナは不満そうに唇を尖らせるが、「はぁ~い」と頷いて見せた。
 エリージェ・ソードルは満足げに頷くと、クリスティーナの後ろでおろおろしている弟マヌエル・ソードルに視線を向ける。
「マヌエル、聞いての通りよ。
 あなたの馬車にクリスティーナを乗せて頂戴。
 ちゃんと、淑女を相手にするように、ね。
 いつまでも、わたくしの取りなしがあるとは思わず、真剣にやりなさい!」
 突然の厳しい口調に、弟マヌエル・ソードルは訳が分からないと言った顔のまま、「え? は、はい……」とぎこちなく頷くのだった。


 理解できないまでも、それでも一生懸命、手をさしのべて馬車に誘おうとするも、クリスティーナが一瞥もせぬままさっさと中に入ってしまい、ガックリする弟の様子を苦笑しながら眺めていると、後ろから声をかけられた。
「お嬢様、話には聞いていましたが、ずいぶんあの子をお気に召したのですなぁ」
 エリージェ・ソードルが後ろを向くとジン・モリタが少し目を丸くしながら訊ねてきた。
 今は普段見慣れた執事の姿ではなく、貴族然とした格好をしている。
 その隣には侍女長ブルーヌ・モリタが立っていた。
 エリージェ・ソードルは薄く微笑みながら頷く。
「ええ、気に入っているわ。
 だってあの子、可愛いじゃない」
 そんな様子に、老執事ジン・モリタは目元を柔らかくしながら頷く。
「お嬢様には同年代の同姓で、親しくする者がいませんでしたから、とても良いことだと思います」
「そう?
 善し悪しとか全然考えてないけど」
 それに対して、侍女長ブルーヌ・モリタが静かに言った。
「それで良いのです、お嬢様。
 それでお嬢様のお心が安らかになるのであれば、それで良いのです」
 侍女長ブルーヌ・モリタは女の前で膝を突き、女の手を取った。
「お嬢様の双肩そうけんにはとても重いものがしかかっていらっしゃいます。
 そして、それはこのブルーヌ如きでは肩代わりをして差し上げることも出来ないものとも分かっております。
 ただ、ご無理だけはなさらないようにしてください。
 お嬢様、このつまらない使用人の女が、あなた様の心の安寧あんねいを、心の安らぎを、願っていることだけは覚えていてください」
「ブルーヌ……」
 エリージェ・ソードルは両手で侍女長ブルーヌ・モリタの手を包む。

 一瞬、”前回”の光景が脳裏をよぎる。
 寝台に横たわる女性の姿が……。

「……」
 エリージェ・ソードルの手に少し力が入る。
 侍女長ブルーヌ・モリタの微かに冷たい掌、その奥にある温かさを確かに感じた。
「ありがとう、ブルーヌ。
 大丈夫、無理はしないわ。
 公爵邸ここの事、よろしくね」
と言いながら、女は侍女長ブルーヌ・モリタを立たせた。
 そこに、家令マサジ・モリタが早足でやってきた。
 そして、女の前に立つと深々と頭を下げる。
「お嬢様、行ってらっしゃいませ。
 こちらの事は、お任せくださればと思います」
「ええマサジ、よろしくね」
「はい」という家令マサジ・モリタは走ってきたからか、少し呼吸が苦しそうで、手ぬぐいで額の汗を拭きながら必死に落ち着かせようとしていた。
 そんな息子の様子に、ジン・モリタは苦笑する。
「マサジ、鍛錬が足りなすぎるのではないか?
 もう子供の頃の病気は治ったのだから、少しぐらいは動けるようにしなさい」
 ただ、家令マサジ・モリタはそんな苦言などどこ吹く風で、あっさり答える。
「父上、そういうのはリョウに任せました。
 わたしは、わたしのやり方でお嬢様を、公爵家を盛り上げていきます」
 ジン・モリタが何かを言おうとするが、それをエリージェ・ソードルが止めた。
「ジン、マサジにはとても助けられているわ。
 不摂生であれば、その限りじゃないけれど、多少のことは大目に見てあげて頂戴」
 元々屈強な騎士であったジン・モリタの”少しぐらい動ける”が常人のそれと違うことを知っているエリージェ・ソードルが庇うと、家令マサジ・モリタが、彼にしては珍しくにっこり微笑みながら、「お嬢様、ありがとうございます」と礼を述べた。
 それを、ジン・モリタは少し不満そうに眺めている。

 エリージェ・ソードルは閉じた扇子を顎に当てて、少し考える。

 そして、家令マサジ・モリタに耳を近づけるように指示を出した。
 家令マサジ・モリタが少し屈みながら言われた通りにすると、エリージェ・ソードルは扇子を開き騎士達から口元が見えないようにしながら言う。
「元騎士の処遇は、二ヶ月後、わたくしが戻ってきてから決定とするわ。
 それまでの事は、お願いね」
「畏まりました」
「全員、斬首か魔石鉱山行きになることだけは覚えていて頂戴」
「はい」
 騎士の反乱に関わった、ホルンバハ商会の関係者は速やかに斬首となった。
 だが、平民である商会側の人間とは違い、曲がりなりにも公爵家騎士だった者達の処遇はまだ、本決まりにはなっていない。

 それは、彼らの中には貴族の者が混ざっているからだ。

 その大半は陪臣貴族であったが、貴族は貴族である。
 流石のこの女も、現行犯でない現状、さっさと首を斬り落とす事は出来ない。
 色々と形式に従った書類も作成しなくてはならないし、法に照らして罰せなくてはならない。
 結局、領主この女胸三寸むねさんずん次第であっても、ていは整えなければならないのだ。
 エリージェ・ソードルは家令マサジ・モリタから視線を外すと、ジン・モリタに向き直る。
「ジン、わたくしと同じ馬車に乗って頂戴。
 少し、マヌエルについて話すことがあるわ」
「若様について……でございますか?」
 ジン・モリタは少し意外そうな顔をした。
 エリージェ・ソードルは頷くと、馬車に近づく。
 女騎士ジェシー・レーマーが手を差し伸べてきた。

 その時、バタバタという聞き苦しい足音が聞こえてきた。

 女騎士ジェシー・レーマーを始めとする騎士達が一斉に警戒するも、こちらにやってきたのは、クリスティーナの母クラーラであった。
 侍女のような格好をした彼女は、なにやら古びた袋を抱えながら女の足下にひざまずく。
 そして、目を潤ませながら言った。
「お、お、お嬢様!
 わたしを置いてこうとするのは止めてください!
 クリスは、わたしと一緒にいないと駄目なんです!」
 そんなクラーラに対して、エリージェ・ソードルはさめざめとした目で見下ろした。
「あら?
 クリスならあなたがいないことも気づかずに、さっさと馬車に乗ったわよ?」
「ええっ!?」
「あなたみたいな駄目な母親、もういらないんじゃないの?」
「ちち違います!
 あの子は何というか、ふわっとしてるというか、抜けているというか!」
 その背後から、侍女長ブルーヌ・モリタがエリージェ・ソードルと同じく、ひんやりとした視線をクラーラに送る。
「あらクラーラ、あなたが執事見習いにやらせていた分のやり直し、もう終わったのかしら?
 だったら、あなたがインクをぶちまけた敷布の染み抜きも、早いうちにやってもらいたいんだけど?」
「ひ、ひぃぃぃ!」
 涙をボロボロとこぼすクラーラが、エリージェ・ソードルの足にすがりつかんばかりにすり寄り、女騎士ジェシー・レーマーに止められている。
 だが、まるで我が子の助命を乞う必死さで、エリージェ・ソードルに懇願した。
「お嬢様ぁぁぁ!
 頑張りますからぁぁぁ!
 頑張りますからぁ、ここに置いていくのだけはお許しをぉぉぉ!」
 エリージェ・ソードルは、この女にしては珍しく、嫌そうに顔を歪ませた。
 そして、面倒くさそうに扇子を振った。
「もういいわ。
 あなたも馬車に乗りなさい」
「あ、ありがとうございます!」
 クラーラは覆られてはたまらないと思ったのか、エリージェ・ソードルと侍女長ブルーヌ・モリタに一礼ずつすると、この女性が今まで見せたことがないような素早さで、使用人用の馬車まで駆けていった。
 エリージェ・ソードルはそれを苦笑しながら見送る。
 侍女長ブルーヌ・モリタが申し訳なさそうに、頭を下げた。
「申し訳ございません、お嬢様。
 ご期待にお応えできませんでした」
「もういいのよ、ブルーヌ。
 ”あれ”についてはもう少し時間をかけて考えるから」
 そして、改めて女騎士ジェシー・レーマーに手を取られながら馬車に乗り込んだ。

――

 馬車の中にはエリージェ・ソードルとジン・モリタが対面して座っている。
 本来、世話をするために同乗する侍女ミーナ・ウォールも外していた。
 動き出してからしばらくは、たわいもない話をしていたが、馬車の速度が速まるとエリージェ・ソードルは口火を切った。
「ジン、あなたにはマヌエルの教育をお願いしたいの」
「わたしが……ですか?」

 貴族の子息には相応の格を持つ者が教育を担当する。

 特に、ソードル公爵家ほどの大貴族となれば、最低限、伯爵以上の親族が付けられる。
 クラウディア・コッホ伯爵夫人は、名家コッホ伯爵家の婦人であるし、エリージェ・ソードルの家庭教師も祖父マテウス・ルマの叔父に当たる人物だった。
 なので、いくら優秀とはいえ、ジン・モリタがソードル家次期当主に教育するのは適さないように思えた。
 だが、エリージェ・ソードルは頷く。
 そして、苦しそうに下唇を少し噛んだ後、話を続ける。
「ジン、わたくしは幸せ者ね」
「お嬢様が……幸せ……?」
 老執事ジン・モリタは大きく目を見開いた。
 エリージェ・ソードルは頷く。
「ええ、わたくしにはジン、あなたがいたわ。
 シンディもブルーヌもいたし、何より後ろ盾になってくれるルマ家のお爺様、リヴスリーのお爺様もいたもの。
 ウルフもジェシーもそうね。
 わたくしには守ってくれる人たちが沢山いるの。
 ……でも、マヌエルにはいないわ」
「……確かに、そうですなぁ」
「ねえジン、あの子を守ってあげてほしいの。
 守って、味方になってあげて欲しいの。
 わたくしにしてくれたように。
 この事はイーラの”あれ”の事で思うことがあるルマ家のお爺様には強く頼めないし、”あれ”を毛嫌いしているリヴスリーのお爺様にもお願いできない事だもの。
 どうかしら?
 受けてくれるかしら」
「……」
 老執事ジン・モリタは目を瞑り、黙考した。

 確かに弟マヌエル・ソードルの境遇は悲惨だ。

 クラウディア・コッホ伯爵夫人の事がなくても、非常に心細かったことだろう。
 それだけ、エリージェ・ソードルの母サーラ・ソードルは使用人を含む多くの者に愛されていた。
 彼女への裏切りの結晶である弟マヌエル・ソードルへの複雑な感情はすぐには消えることはないほど根が深かった。
 そんな彼を守る。
 老執事ジン・モリタとて、その意見には賛成だ、否はないのだ。

 だが、幼き日に母親を失い、どうしようも無い父親の代わりに若くして必死に働くこの女――この少女が幸せと言うには、違和感があったのだ。

 エリージェ・ソードルは老執事ジン・モリタのそんな様子を、否定的なものとして受け取り、この女にしては珍しく、少し不安げに眉を寄せた。
「駄目……かしら?
 あなたであれば心強いのだけれど」
 老執事ジン・モリタは首を横に振る。
「いいえ、お嬢様。
 若様のご教育の件、承りました。
 精一杯させていただきます。
 ただ……」
 老執事ジン・モリタは女に近づくように座り直し、腕を伸ばすと、女の手を優しく取った。
 そして、目ジワをさらに深くさせながら優しく微笑んだ。
「お嬢様、お嬢様の事も守らせてください。
 このジン、お二人をお守りすることが出来ると自負しておりますぞ」
 その言に、この女は柔らかな笑みを浮かべた。
「ええ勿論、頼りにしているわ」
 女の表情に、老執事ジン・モリタはさらに相好を崩し、その瞳は微かに潤む。
「お嬢様は美しくなられましたなぁ」
「そうかしら?」とエリージェ・ソードルは少し目を瞬かせる。
「ジンがお役御免になるのも、もうすぐやもしれませんなぁ」
「そんなことはないわよ?
 もっと、頑張って頂戴」
という、少々的外れなエリージェ・ソードルに、老執事ジン・モリタはうんうんと頷いて見せた。
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