殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

文字の大きさ
50 / 133
第十章

男爵領取得5

しおりを挟む
 取りあえずではあるがルマ家騎士レネ・フートが次期男爵と内定した。
 その後、様々な雑務をこなし、呼び寄せていた者達と面談することとなった。
 護衛には騎士ギド・ザクスを付け、ルマ家騎士レネ・フートと従者ザンドラ・フクリュウという布陣で話を聞くこととした。

 初めに会うのは、ウリ・ダレ子爵らが来る前まで、この男爵邸を取り仕切っていた者だ。

 椅子に座り、今朝方到着した侍女ミーナ・ウォールに入れさせたお茶を飲んでいると、中年を過ぎたぐらいの男が部屋へと入ってきた。

 白髪のくたびれた感じの男だった。

 視線を下ろした状態で静かに入ってきたその男は、女の前まで来ると両膝を床に着き、頭をさらに垂れた。

 元は執事で、男爵代行でも家令でも無い男だったとエリージェ・ソードルは説明を受けていた。
 だが、元々の家令が男爵邸にあった金品と共にいなくなり、やむなくこの男が仕切っていたという。

 本来であれば、この男にそのような権限はありはしなかった。

 だが、王都の男爵邸に手紙を送っても音沙汰が無く、さりとて、男爵邸で問題が起きれば何かしらの対処をしなくてはならない。
 一応、分家筋に代行をお願いしたのだが、関わりたくないとつっぱねられ、白髪の男が『全ての責任は自分にある』と言い切り、指示を出していたのだ。

 初めは男爵邸の、徐々に男爵領全体の。

 だからこそ、領内の体は何とか保たれていたのだが……。
 ウリ・ダレ子爵らによってそれが無惨にも潰されたのであった。
「面を上げなさい」
 エリージェ・ソードルが命ずると白髪の男が恐る恐る顔を上げる。
 白髪の男の左目を隠すように布が巻かれていた。
 エリージェ・ソードルが「左目はどうしたの?」と訊ねると白髪の男は自嘲気味に微笑むと「殴られ方が悪かったようで、潰れてしまいました」と答えた。
「時間が経ってしまっているようだから難しいかもしれないけど、後でうちの医療魔術師に見て貰いなさい」
というエリージェ・ソードルの言に、しかし、白髪の男は首を横に振った。
「良いのです、公爵代行様。
 これは、皆を守れなかった男への……罰ですから」

 白髪の男は口惜しそうに顔をしかめ、残った片目を潤ませた。

「多くの者が傷つき、殺されました。
 多くの若い娘が取り返しのつかない不名誉な疵を負いました。
 なのにわたしは……わたしは……。
 殴られ、追い出された後、そのまま逃げてしまいました。
 殺されるのを恐れ、逃げてそのまま、何も出来ずに……。
 そんな男に、癒しなど不要でございます」
「……」
 ルマ家騎士レネ・フートも騎士ギド・ザクスも沈痛な顔で男を見る。
 長年戦いに身を置き、辛酸も多く舐めてきたこの二人の騎士には、力が及ばなかったが故に守れなかった気持ちも、生き延びて”しまった”気持ちもよく分かる。
 だから、唇を噛み、浮かび上がるそれぞれの苦い思い出が心を蝕むのを必死に耐えるしかなかった。

 だが、そんな周りの雰囲気など頓着せず、エリージェ・ソードルはあっさり言った。

「あら?
 わたくしはそれで良かったと思うけど」
 エリージェ・ソードルの言に、白髪の男は「え?」とポカンとした顔をする。
 エリージェ・ソードルは続ける。
「だって、殺されなかったからこそ、今から男爵領のために働ける。
 そうじゃないの?」
 惚けていた白髪の男だったが、しばらくするとこぼした涙をそのままに、笑みを浮かべた。
「……はい、その通りですね。
 頑張らせていただきます!」
 ご令嬢の――幼いなりに自分に希望を与えようと考えてくださった、そんな言葉と受け取った。
 なのでその優しさに胸がジンっと熱くなった。

 もっとも、この女にはそんな優しさなど無かった。

 単に、使える人間が無駄死にしなかったのだから良いじゃない程度の言葉だった。
 なので、なぜか感激している男達をそのままに、今後の話を始めたのだった。


 白髪の男が退席すると、次はマガドの分家筋の者達が入ってきた。

 中年ぐらいの男である分家当主とその嫡男、その妻と息子の妻、そして、その娘である。
 彼らも入室すると同時に女の前で両膝を着き、頭を下げた。

 エリージェ・ソードルはそんな彼らを椅子に座ったまま眺める。

 下級ほどであったが貴族然とした恰好の男二人は、ならず者の占領下であってもそれなりの生活をしていたようで、艶やかな白い肌をしていた。

 ただ、男達の後ろにひかえる三人の女性は、服装はともかく、余り食事を取っていないのか痩せこけていた。
 そして、貴族女性にもかかわらず、その頬は日に焼けて赤黒くなっていた。
「……頭を上げなさい」
 エリージェ・ソードルの指示で、前の男達のみ顔を上げ、そして、”勝手に”立ち上がった。
 そんな男達の顔はなにやら歓喜に溢れたもので、大仰おおぎょうに再度一礼するとマガド分家当主の男がこれまた”勝手に”話し始めた。
「公爵代行様、このたびは”我ら”の領地を救っていただき、まことにありがとうございます。
 また、先日はせっかく訪問して頂いたにも関わらず、不在にしていた無礼、まことに申し訳ございません!」

 昨日、エリージェ・ソードルが訪問した際、マガド分家当主とその長男には会っていない。

 この女が会ったのは、屋敷の前で平民らに交じり、粗末な格好のまま孤児達に炊き出しをする夫人二人と、畑の世話をしていたという、泥の付いたぼろ服姿の娘だけである。

 マガド分家当主が馬鹿みたいに力を込めて言葉を発する。

「申し訳ございませんでした!
 あの時は、領奪還作戦の打ち合わせのために有力者と――」
「あらそう?」
 エリージェ・ソードルは興味なさげに、マガド分家当主の言葉を切る。
 マガド分家当主は一瞬、不満げにしたが、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「公爵代行様、とにかくありがとうございました。
 公爵代行様は何やら木材を欲しているご様子。
 先ほど、用意するように指示を出して――」
 エリージェ・ソードルの手にある鋼鉄の扇子がミシっと鳴り、騎士ギド・ザクスがギョっとした顔になった。
 だが、そんな空気も読めないのか、マガド分家当主は意気揚々と続ける。
「――おきましたので、直ぐにでも公爵領に送らせていただきます。
 どのような用途――」

「黙りなさい」

 底冷えがする女の声に、マガド分家当主が思わず「ひっ!」っと声を漏らした。
 別に声を荒げた訳でもないその声に、分家家族はもとより、騎士ギド・ザクスも従者ザンドラ・フクリュウもビクっと震えた。
 流石と言うべきか、ルマ家騎士レネ・フートだけは楽しそうに女を見ている。

 だが、この女はそんなことどうでも良かった。

 さめざめとした目で、マガド分家当主を眺める。
「ねえあなた、何か勘違いをしているようだから言っておくわ。
 あなたにこの領の者を動かす権限も権利も無いから。
 まして、領の木々を勝手にする資格など有る訳ないでしょう」
「お、お待ちください。
 わたしは、わたしは、マガド家の者として――」
「だから何?」
「いや、本家がいなくなった今、分家筋であるわたしがこの領を導く義務が!」
「義務?
 あなた、義務って言ったわね!?」
 女の手に持った扇子、それがスーッと持ち上がると――すさまじい勢いのまま振り下ろされた。

「!?」
 響く破壊音に一同が――さすがのルマ家騎士レネ・フートも――目を剥く。

 茶器が置かれた一人用の小さな机、それが無惨に砕けていた。
 下位とはいえ貴族が使用する――重厚に出来た物だった。

 だが、四脚に支えられた甲板、それは真っ二つに割かれ、床に崩れ落ちていた。

 板の亀裂には、巻き込まれ砕けた茶器から赤みの帯びた茶色の液体が漏れていた。
 だが、それにも構わず、眉をしかめる女は言う。
「義務というなら、あなた、なぜ生きているの?
 何故あなた、恥ずかしげも無くそんな風に生きていられるのかしら?」
「え?
 いえ?
 わたしは!」
「導く義務を標榜ひょうぼうするなら、何故あなた、本家が戻らず苦悩している男爵邸を助けなかったの!?
 何故あなた、領民が賊に対して反抗しようとした時に先頭に立たなかったの!?
 領主一族を名乗るなら、当然の事をせずに何が義務かしら!?」
「おおお待ちください!
 わたしは残されたマガド家を残す貴族として無為に死ぬわけには――」

 エリージェ・ソードルが、この余り表情を変えぬ女が、完全に眉を怒らせた。

「あなたには後を継ぐ男子がいるでしょう!
 にもかかわらず、領民の陰に隠れて、あげく無為に殺しておいて、何が貴族かしら!」
 そこで、エリージェ・ソードルはルマ家騎士レネ・フートをチラリと見た。
 そして、言葉を続ける。
「至福の時は民の後ろに立ち。
 苦難の時は民の前に立つ。
 吉報が来れば民と喜び。
 凶報が来れば民に知られる前にそれを防ぐ。
 それこそが領主であり、貴族よ!
 矢面から逃げ回ったあなた達に、その資格は無いわ!」
「い、いやそれは……」とマガド分家当主は言いよどむ。
 そして、まるで利かん坊に言い聞かせるような困った顔で続ける。
「理想はそうですがなぁ……。
 公爵代行様はお若いからお分かりにならないかもしれませんが、時に卑怯者と呼ばれても、最終的には民の――」

 鈍い音と同時に、赤い液体を上空に飛ばしながらマガド分家当主が吹っ飛ぶ。

 ただ、意識を失うほど力が入っていなかったようで、「フガァァァ!」という悲鳴が部屋中に響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...