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第十四章
父親の来訪
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公爵邸玄関にて、エリージェ・ソードルがクリスティーナと共に第一王子ルードリッヒ・ハイセルを見送った後、自室に戻ろうとする最中、突然、外が騒がしくなった。
エリージェ・ソードルは訝しげに思いつつも、安全のためにクリスティーナを屋敷の奥へと送り出す。
そして、玄関口まで戻ると、ここにあるはずの”無い”公爵家の馬車、困った顔の侍女長シンディ・モリタ、そして、その背後に隠れるようにしながら公爵家の使用人達にぎゃあぎゃあ喚く、父ルーベ・ソードルと義母ミザラ・ソードルがいた。
「……」
エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーの腰にある剣を掴もうとし――防がれた。
エリージェ・ソードルがギロリと睨むと、女騎士ジェシー・レーマーは困った顔で「お嬢様自ら叩き切るのはちょっと」などと言う。
そんなやりとりをしているのに気付いたのか、義母ミザラ・ソードルは「ひぃ!」と悲鳴を上げ、父ルーベ・ソードルは「わわわわたしは怖くないぞ!」などと侍女長シンディ・モリタの肩越しに叫んでいる。
初老の侍女長に隠れながらやっている”それ”に、周りの使用人の二人を見る目が呆れの籠もったものになっていた。
エリージェ・ソードルは、女騎士ジェシー・レーマーから剣を”借りる”のを諦めて、扇子を持ち直した。
そして、左掌を閉じた扇子で叩きながら前に出た。
二人に対峙――絵図的には侍女長シンディ・モリタと体面――しながら、この表情を余り変えぬ女なりに眉を顰めながら訊ねた。
「ご用件を伺っても?」
「な、何を!?
自分の屋敷にただ戻っ――」
「ご用件を伺っても?」
言葉を被された父ルーベ・ソードルだったが、女の目に剣呑なものが強くなったのに気づいたのか、ビクリと震えた。
だが、すぐに持ち直したのか、強気な表情で言う。
「よ、良いのかな? そんな態度に出て。
エリージェ、お前では”光神光臨の儀”は行えないだろうに」
”光神光臨の儀”とはオールマ王国で最も重要な祭事となる。
年に一回、もっとも日の力が強くなる八の月に行うその儀式には、ソードル家が重要な役割を担う。
非常に手順が面倒で、非常に堅苦しいそれであったが、父ルーベ・ソードルは大好きだった。
なぜならその時、間接的にだが王族がソードル家に対して頭を下げる事となるのだ。
そう、父ルーベ・ソードルが陰でこっそり”小癪”と評している国王オリバーが頭を下げるのだ。
小さいくせに自己顕示欲が馬鹿みたいに強いこの男にとって、これ以上無いほど心が高ぶる時期であった。
さらには、”光神光臨の儀”とはエリージェ・ソードルへの牽制としても使える――と父ルーベ・ソードルは思っている。
光神の祭事を行うのはソードル家の成人の男と決められていた。
むろん、何かしらの有事によって対象となる人間がいない場合はその限りではないが……。
自分がいる限りはエリージェ・ソードルやマヌエル・ソードルが代わりを務めることは出来ない。
そう確信しての態度であったが……。
そんな小さな男に対して、娘の返答は冷淡なものだった。
「あら?
やらないと言う事は”故人”になりたい――そういうことでしょうか?」
「おい聞いたか、シンディ!
父を父とも思わない、とんでもない発言をしているぞ!
説教だ!
説教をしてやってくれ!」
それに対して、ユサユサと揺さぶられるままになっている侍女長シンディ・モリタは疲れた表情のまま顔をしかめる。
「ルーベ様、実の娘にそこまで言わせる事自体、問題だと思います」
「そういうのはいいからさぁ!
言ってやってくれよ!」
などとやっている後ろから、義母ミザラ・ソードルが口を挟んできた。
「ちょっと、あなた!
今日はそんなことを言いに来た訳じゃないでしょう!
少なくとも園遊会に行けないと困るわよ!」
「園遊会?」
エリージェ・ソードルが眉を寄せると、義母ミザラ・ソードルは「ヒィ!」と漏らしながら、父ルーベ・ソードルの背中に隠れる。
父ルーベ・ソードルは一つ咳払いをすると、話し始める。
「そうだ、毎年祭事前に行われる王家主催の園遊会だ。
どうやら手違いがあったらしく、わたしの元に招待状が届いていないのだ。
エリー、お前が受け取ったのでは無いか?」
「ええまあ、届いてますが……。
だから何だというのです」
すると、父ルーベ・ソードルは困ったものだというように、ため息を付いた。
「全く、国の事務方も質が下がったようだ。
そういうものは、仮に公爵邸にいなくても公爵に直接渡すべきものなのにな。
それとも、国王オリバーがわたしを妬んで嫌がらせをしたか……。
何にしても、失態だな」
「はぁ?」とエリージェ・ソードルが小首を捻るが、お構いなしに話が続く。
「まあ、何にしてもお前が招待状を受け取ったのならお前も出席することになるからな。
それはそちらで持っていてくれ」
そう言うと、父ルーベ・ソードルは侍女長シンディ・モリタを掴んでいた手を離すと、馬車に振り返る。
義母ミザラ・ソードルも夫の腕に手を回しながら安堵したように微笑む。
「良かったわ。
わたし、最近公爵家から出されたんじゃないかって言う根も葉もない噂をされて困っていたのよ」
それに、父ルーベ・ソードルは苦笑する。
「わたしも、追放されたとかなんとか言われていたが……。
まあ、園遊会で全てが払拭されるわけだ。
エリー、王城で待ち合わせるから、当日遅れるなよ」
などと言いながら、素早く馬車に乗り込み、去っていく。
そんな様子を、公爵邸の人間はポカンとした顔で見送った。
解放された侍女長シンディ・モリタが深々と頭を下げる。
「お嬢様、申し訳ございません。
コート伯爵家から出てくるのを待ち伏せされていたようで」
侍女長シンディ・モリタはだいたいこの時期、親交のあるコート伯爵家に訪問し、侍女に対して教育を行っている。
そのことを知っている父ルーベ・ソードルにしてやられたという所だろう。
くだらない事ばかり頭が回る、と顔をしかめながらエリージェ・ソードルは侍女長シンディ・モリタに訊ねる。
「良いのよシンディ、怪我はないかしら」
「ございません。
ご心配をおかけしました。
それにしても、ルーベ様は……」
侍女長シンディ・モリタはそこで言葉を濁す。
それに対して、エリージェ・ソードルが代弁する。
「お父様って、ひょっとして、まだ公爵のつもりなのかしら?
……まさか、ね」
エリージェ・ソードルは自身の言葉を打ち消すように首を振った。
しかし、侍女長シンディ・モリタはそれに対して硬い表情で答える。
「あの方は昔から、そういう所がございましたから、あるいは……」
エリージェ・ソードルをして、実の父親に対する余りな疑惑に、「あああ……」と漏らしながら両手で顔を覆うのだった。
エリージェ・ソードルは訝しげに思いつつも、安全のためにクリスティーナを屋敷の奥へと送り出す。
そして、玄関口まで戻ると、ここにあるはずの”無い”公爵家の馬車、困った顔の侍女長シンディ・モリタ、そして、その背後に隠れるようにしながら公爵家の使用人達にぎゃあぎゃあ喚く、父ルーベ・ソードルと義母ミザラ・ソードルがいた。
「……」
エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーの腰にある剣を掴もうとし――防がれた。
エリージェ・ソードルがギロリと睨むと、女騎士ジェシー・レーマーは困った顔で「お嬢様自ら叩き切るのはちょっと」などと言う。
そんなやりとりをしているのに気付いたのか、義母ミザラ・ソードルは「ひぃ!」と悲鳴を上げ、父ルーベ・ソードルは「わわわわたしは怖くないぞ!」などと侍女長シンディ・モリタの肩越しに叫んでいる。
初老の侍女長に隠れながらやっている”それ”に、周りの使用人の二人を見る目が呆れの籠もったものになっていた。
エリージェ・ソードルは、女騎士ジェシー・レーマーから剣を”借りる”のを諦めて、扇子を持ち直した。
そして、左掌を閉じた扇子で叩きながら前に出た。
二人に対峙――絵図的には侍女長シンディ・モリタと体面――しながら、この表情を余り変えぬ女なりに眉を顰めながら訊ねた。
「ご用件を伺っても?」
「な、何を!?
自分の屋敷にただ戻っ――」
「ご用件を伺っても?」
言葉を被された父ルーベ・ソードルだったが、女の目に剣呑なものが強くなったのに気づいたのか、ビクリと震えた。
だが、すぐに持ち直したのか、強気な表情で言う。
「よ、良いのかな? そんな態度に出て。
エリージェ、お前では”光神光臨の儀”は行えないだろうに」
”光神光臨の儀”とはオールマ王国で最も重要な祭事となる。
年に一回、もっとも日の力が強くなる八の月に行うその儀式には、ソードル家が重要な役割を担う。
非常に手順が面倒で、非常に堅苦しいそれであったが、父ルーベ・ソードルは大好きだった。
なぜならその時、間接的にだが王族がソードル家に対して頭を下げる事となるのだ。
そう、父ルーベ・ソードルが陰でこっそり”小癪”と評している国王オリバーが頭を下げるのだ。
小さいくせに自己顕示欲が馬鹿みたいに強いこの男にとって、これ以上無いほど心が高ぶる時期であった。
さらには、”光神光臨の儀”とはエリージェ・ソードルへの牽制としても使える――と父ルーベ・ソードルは思っている。
光神の祭事を行うのはソードル家の成人の男と決められていた。
むろん、何かしらの有事によって対象となる人間がいない場合はその限りではないが……。
自分がいる限りはエリージェ・ソードルやマヌエル・ソードルが代わりを務めることは出来ない。
そう確信しての態度であったが……。
そんな小さな男に対して、娘の返答は冷淡なものだった。
「あら?
やらないと言う事は”故人”になりたい――そういうことでしょうか?」
「おい聞いたか、シンディ!
父を父とも思わない、とんでもない発言をしているぞ!
説教だ!
説教をしてやってくれ!」
それに対して、ユサユサと揺さぶられるままになっている侍女長シンディ・モリタは疲れた表情のまま顔をしかめる。
「ルーベ様、実の娘にそこまで言わせる事自体、問題だと思います」
「そういうのはいいからさぁ!
言ってやってくれよ!」
などとやっている後ろから、義母ミザラ・ソードルが口を挟んできた。
「ちょっと、あなた!
今日はそんなことを言いに来た訳じゃないでしょう!
少なくとも園遊会に行けないと困るわよ!」
「園遊会?」
エリージェ・ソードルが眉を寄せると、義母ミザラ・ソードルは「ヒィ!」と漏らしながら、父ルーベ・ソードルの背中に隠れる。
父ルーベ・ソードルは一つ咳払いをすると、話し始める。
「そうだ、毎年祭事前に行われる王家主催の園遊会だ。
どうやら手違いがあったらしく、わたしの元に招待状が届いていないのだ。
エリー、お前が受け取ったのでは無いか?」
「ええまあ、届いてますが……。
だから何だというのです」
すると、父ルーベ・ソードルは困ったものだというように、ため息を付いた。
「全く、国の事務方も質が下がったようだ。
そういうものは、仮に公爵邸にいなくても公爵に直接渡すべきものなのにな。
それとも、国王オリバーがわたしを妬んで嫌がらせをしたか……。
何にしても、失態だな」
「はぁ?」とエリージェ・ソードルが小首を捻るが、お構いなしに話が続く。
「まあ、何にしてもお前が招待状を受け取ったのならお前も出席することになるからな。
それはそちらで持っていてくれ」
そう言うと、父ルーベ・ソードルは侍女長シンディ・モリタを掴んでいた手を離すと、馬車に振り返る。
義母ミザラ・ソードルも夫の腕に手を回しながら安堵したように微笑む。
「良かったわ。
わたし、最近公爵家から出されたんじゃないかって言う根も葉もない噂をされて困っていたのよ」
それに、父ルーベ・ソードルは苦笑する。
「わたしも、追放されたとかなんとか言われていたが……。
まあ、園遊会で全てが払拭されるわけだ。
エリー、王城で待ち合わせるから、当日遅れるなよ」
などと言いながら、素早く馬車に乗り込み、去っていく。
そんな様子を、公爵邸の人間はポカンとした顔で見送った。
解放された侍女長シンディ・モリタが深々と頭を下げる。
「お嬢様、申し訳ございません。
コート伯爵家から出てくるのを待ち伏せされていたようで」
侍女長シンディ・モリタはだいたいこの時期、親交のあるコート伯爵家に訪問し、侍女に対して教育を行っている。
そのことを知っている父ルーベ・ソードルにしてやられたという所だろう。
くだらない事ばかり頭が回る、と顔をしかめながらエリージェ・ソードルは侍女長シンディ・モリタに訊ねる。
「良いのよシンディ、怪我はないかしら」
「ございません。
ご心配をおかけしました。
それにしても、ルーベ様は……」
侍女長シンディ・モリタはそこで言葉を濁す。
それに対して、エリージェ・ソードルが代弁する。
「お父様って、ひょっとして、まだ公爵のつもりなのかしら?
……まさか、ね」
エリージェ・ソードルは自身の言葉を打ち消すように首を振った。
しかし、侍女長シンディ・モリタはそれに対して硬い表情で答える。
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