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第十六章
騒動の中の帰還2
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そこに、幾人かの老紳士、老婦人が近寄ってくる。
どの顔にも見覚えがあった。
オールマ王国にその名を轟かす、著名な学者や魔術師であった。
その中の一人、魔術力学の権威であり、”前回”エリージェ・ソードルが教えを受けた、老博士ヨアヒム・シュタインが「ふぉっふぉっふぉ」と好好爺とした笑みを浮かべながら、初対面の挨拶がてら声をかけてくる。
「ソードル公爵代行、実はルマ侯爵から貴女に魔術を指導するように頼まれておりましてなぁ。
まあ、少々早いのですが、挨拶がてら――所蔵の本を読ませてくだされ!」
「挨拶はともかく、本を読ませる意味はないと思います、シュタイン師」
「まあまあ、その辺りは気にせず」
「そうそう」
「いつ頃出発かしら?」
「少し時間があるようでしたら、王都の書庫にも入ってみたいのう」
「まあ、素敵!」
などと、勝手なことを言い出す一団に、この女、ピキリと青筋を立てる。
そして、右手を横になぎ払うように振りながら怒鳴った。
「もう、関係ないあなた方はお帰りください!
迷惑です!」
「え?」
エリージェ・ソードルの言葉に、一同はポカンとする。
王族、大司祭、著名な学者……。
オールマ王国の中でこの面々に対して否をいえる存在は”ほぼ”いなかった。
いなかったからこそ、彼らは、彼女らは断られる体験を、少なくとも今の地位になってからは、ほとんどしてこなかった。
だから、呆然としてしまったのである。
だが、この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。
王家ハイセルと幾多の戦場にて轡を並べ、建国後もことあるごとに支えてきた名家ソードル家の実質家長である。
故にこの女、国王夫妻以外であれば、敬意は払っても、強制を受ける謂われはないのである。
王家近衛や神官戦士をギロリと睨むと、「ソードル家ともめたくなかったら、連れて帰りなさい!」と言い、女騎士ジェシー・レーマーに向かって、「先生達をつまみ――お帰り頂きなさい!」と指示を出した。
「な、は?」と狼狽していた王族ロタール・ハイセルらだったが、流石は、と言うべきか、常に我が儘を通してきたお歴々ぞろいと言うべきか、直ぐに我に返ると「やだ! やだ!」と女に詰め寄ってきた。
「何故、そのような意地悪を言う!
ただ書庫に入れてくれるだけで良いのだよ!」
という王族ロタール・ハイセルの言葉に、一同、「そうだ! そうだ!」と声が重なる。
エリージェ・ソードルは顔をしかめながら言った。
「ただ書庫に入れるだけで済むはずがございません!
あなた方や、あなた方の護衛の世話だってしなくてはならないじゃありませんか!?
そんな面倒を我が家が負担する謂われはございません!」
「だから、エタ嬢の付き人――」
「それで済むわけがございません!
それに、あなた方は絶対にあれやこれやと我が儘を言い出すに違いありません!」
「エリージェ様!
わたしは良いですよね!
ほら、共に光神教団を支えるもの同士――」
「我が家と教団の結びつきと、あなた個人とは全く関係ありません!」
「えへ!?
わたしだって教団の――」
「個人とは関係ありません」
「そんな……」
衝撃を受けた顔のままのけぞっていたハネローレ・シュナイダー大司祭だったが、目に強い光をともしながら体を起こし、エリージェ・ソードルに近寄る。
そして、がしっと抱きついてきた。
完全に不意をつかれたエリージェ・ソードルが「なっ!?」と声を漏らした。
高揚のためかやや高めの体温が女の体を包む。
ハネローレ・シュナイダー大司祭が叫ぶ。
「連れて行ってくれるまで、わたし、絶対離しませんから!」
「あなたは何を言っているの!?
大司祭が恥を知りなさい!」
「わたしは迷い、進めなくなった信徒に包容しているだけ!
恥いることなど、いっさいございません!」
「わたくしが進めないのは、あなたがたが邪魔しているからでしょう!
ジェシー!
ちょっと、これを外して!」
「え、はい、え、でも……」
「嫌!
わたしだけで良いから!
わたしだけで良いから、本好きの楽園に連れてってぇぇぇ!」
「おい、ズルいぞ、シュナイダー夫人!
わしだって行きたいぞ!」
「わたしも!」
「わたしだって!」
「ええい、鬱陶しい!
帰ってください!
本当、帰ってください!
もう、帰れぇぇぇ!」
などとやっていると、突然、玄関の扉が開いた。
そして、ソードル騎士が一人「大変です! お嬢様!」と入ってきた。
「今のここより大変なの!?」
と、エリージェ・ソードルが八つ当たり気味に叫ぶと、己の主が高貴な面々に揉みくちゃにされているのを見て息を飲む。
だが、とにかく自分の役割を全うしようと思ったのか、口を開いた。
「お嬢様、第一王子殿下、リーヴスリー子息がお見えになりました!」
「はぁ?」
ハネローレ・シュナイダー大司祭を引き離そうと、彼女の顔を手のひらで押していたエリージェ・ソードルはその報告に訝しげな声を上げた。
そこに、「お待ちください!」という声と共に、玄関の扉から幼なじみオーメスト・リーヴスリーがぬくっと顔を出してきた。
流石にこの有様には面食らったのか、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは「わっ! どういう状況だ!?」と言葉を漏らした。
そんな彼を追い掛けてきたであろう、第一王子ルードリッヒ・ハイセルも目を丸くしている。
それを見付けた王族ロタール・ハイセルが「おお、ルードリッヒ!」と詰め寄った。
「叔父上!?
何故ここに!?」
などと驚いている第一王子ルードリッヒ・ハイセルに王族ロタール・ハイセルは捲し立てる。
「ルードリッヒ!
聞いてくれ!
君の婚約者殿は酷いんだよ!
わたしが沢山妥協しているのに、意地悪を言って困らせるんだ!」
「な! ちょっと!」と”迂闊”にも慌てて見せてしまったエリージェ・ソードル、その様子に機を見るに敏なハネローレ・シュナイダー大司祭を初めとする曲者達が、今度は第一王子ルードリッヒ・ハイセルを取り囲み、わあわあと言い始めた。
もう、ここに至っては致し方が無かった。
「分かりました!
連れて行きますから、殿下から離れなさぁぁぁい!」
女の怒声が響き渡るのであった。
――
「疲れたわ……」
応接室に戻ったエリージェ・ソードルは長椅子に腰を落とすと、ぐったりと背もたれに体を預けた。
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が衝撃が抜けきれない蒼白な顔のまま、その隣に座る。
「エリー、よくあの方達にあそこまで言えるわね。
わたし、どうしたら良いかわからず頭が真っ白になっていたわ」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の言に、エリージェ・ソードルは手を振って見せた。
「あの方々は、癖が強く我が儘だけど、理不尽とか陰険からは遠い人物だからそれほど気を張る必要は無いわ。
まあ、イライラさせられるのは間違いない所だけど……。
ミーナの能力が無ければこんなに落ち着いていられなかったわ」
「能力……」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢はなんとも言えない表情でエリージェ・ソードルを見る。
先ほど、本好き暴走集団から離れたエリージェ・ソードルは、侍女ミーナ・ウォールに抱擁をされ、心を必死に落ち着かせていた。
この女としては、侍女ミーナ・ウォールの能力を効率的に活用したに過ぎないが、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢からは、幼子がお気に入りの侍女に抱きついている絵にしか見えなかった。
なので、「あなたにも子供っぽい所があるのね」などと言われていたのだが……。
この女は気持ちを抑えるのに一生懸命で、聞き逃していた。
なので、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の気持ちをそのままに、話を続けた。
「しかし、まさかエタにあのような人脈があったとは驚きね」
先ほど行われた、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢以上に顔面蒼白なエタ・ボビッチ子爵令嬢からの弁明によると、王族ロタール・ハイセルを初めとする面々は、ボビッチ邸によく遊びに来る本好き仲間(エタ談)で、今回、ソードル邸に招待された事に興奮し、彼らに手紙で自慢しまくったら、”こう”なったとの事だった。
「あなたねぇ、あの方々が自慢されて『それは羨ましい』で済む様な気性と身分だと思っているの!?」
とエリージェ・ソードルに怒られて縮み上がっていたエタ・ボビッチ子爵令嬢だったが、王族ロタール・ハイセルに「エタ嬢、書庫に案内してくれ」と笑顔で手招きをされると、クリスティーナと喜気としてそちらに付いていった。
この女としては、エタ・ボビッチ子爵令嬢がオールマ学院に入学出来た縁故が分かった気にもなっていたが、この女ですら手を焼く面々を脳裏に思い描きながら(クリスの支えと面倒ごとの比重が釣り合わない気がしてきたわ)などと思い始めていた。
そこに、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が声をかけてくる。
「そういえばエリー、第一王子殿下はどちらに行かれたの?」
「ああ、なんでもオーメと――リーヴスリー子息ね、彼とルマ家が来るまで剣の鍛錬をするって事らしいわ」
「へぇ、第一王子殿下は剣術に熱心なのね」
とルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が感心しているので、女は黙っておく事にしたが、実際の所は幼なじみオーメスト・リーヴスリーが引きずって行ったのが正解である。
本来であれば止めるべきだったのだろうが……。
この女はグッタリしていたので、そこまで頭が回らなかったのである。
(後でお迎えに上がらなくては)などと考えていると、扉が軽く叩かれた。
侍女ミーナ・ウォールが応対に向かうと、外から聞こえたのは祖父マテウス・ルマの声だった。
エリージェ・ソードルは眉を寄せながら立ち上がると、そちらに向かって声を上げた。
「お爺様!
いつから、オーメの真似をし始めたんですか?」
先触れも無く、しかも許可無く屋敷に入ってきた事を言っているのだ。
”お爺様”との声にびくっと体を震わせた、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が女に倣って立ち上がる。
扉が開かれ、祖父マテウス・ルマが中に入ってくる。
その後ろにはエミーリア・ルマ侯爵夫人、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマン、そして、レネ・マガド男爵、カタリナ・マガド令嬢の姿も見えた。
祖父マテウス・ルマが苦笑しながら答える。
「リーヴスリーの悪ガキと一緒にするな!
親族で、そもそもここに来る予定だったんだから、先触れも出迎えもいらんだろう。
バタバタしているみたいだしな」
エリージェ・ソードルは一つ溜息を吐いた。
「予想外でいて、面倒な方々が押しかけてきてまして」
それに対して、祖父マテウス・ルマは手を振って見せた。
「ああ、ああ、あの方々の面倒くささはルマ家も体感済みだ。
書庫を開けろ! とか。
なになにの本を貸せ! とか。
一時、騒々しかったぞ」
それに、貴夫人の鏡たるエミーリア・ルマ侯爵夫人にしては珍しく、眉を少し顰めた。
「あれは本当に酷かったですわね。
なりふり構わないあの姿、一体何があそこまで本に向かって駆り立てられるんでしょうね?」
エリージェ・ソードルは、この表情をあまり変えぬ女が、嫌そうに顔をしかめた。
「あの方々は、ルマ侯爵に対してもそんな事をやっているんですね。
それで、お爺様はどのように追っ払ったんですか?」
女の問いに、祖父マテウス・ルマは苦笑する。
「結局の所、満足いくまで読ませる方が時間も心労もかからない事を悟る事となった。
あの人らは自称の通り本を読み慣れているからな。
目ぼしい本をさっさと読ませてやったら、まあ、それでも渋々だったが追い出す事に成功したぞ。
……ただ、ソードル家の蔵書数はルマ家に比べても膨大だからな。
しばらくは通われる事となるかもしれん」
その言に、エリージェ・ソードルがウンザリとしていると、祖父マテウス・ルマが女の方をポンポンと叩く。
「まあ、あれだ。
あまり、邪険にするなよ。
ああ見えてあの方達も一角の人物、何か困った時のために予め恩を売っておくぐらいの気持ちで相手をして差し上げろ」
「それは分かっておりますが……」
エリージェ・ソードルとしては、恩の前払いよりもむしろ、ここで突き放し、何かあった時の手札にした方が良い様に思えていた。
実際、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが来なければ、絶対にそうしていた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが矢面に出てしまった状態で、力業をすると、彼の王子への印象すら悪くなる可能性があった。
王族ロタール・ハイセルやハネローレ・シュナイダー大司祭らは第一王子ルードリッヒ・ハイセルが将来、国王に即位した時に必ず力になって貰わなくてはならない人物である。
だから、この女は引かざる得なかったのである。
どの顔にも見覚えがあった。
オールマ王国にその名を轟かす、著名な学者や魔術師であった。
その中の一人、魔術力学の権威であり、”前回”エリージェ・ソードルが教えを受けた、老博士ヨアヒム・シュタインが「ふぉっふぉっふぉ」と好好爺とした笑みを浮かべながら、初対面の挨拶がてら声をかけてくる。
「ソードル公爵代行、実はルマ侯爵から貴女に魔術を指導するように頼まれておりましてなぁ。
まあ、少々早いのですが、挨拶がてら――所蔵の本を読ませてくだされ!」
「挨拶はともかく、本を読ませる意味はないと思います、シュタイン師」
「まあまあ、その辺りは気にせず」
「そうそう」
「いつ頃出発かしら?」
「少し時間があるようでしたら、王都の書庫にも入ってみたいのう」
「まあ、素敵!」
などと、勝手なことを言い出す一団に、この女、ピキリと青筋を立てる。
そして、右手を横になぎ払うように振りながら怒鳴った。
「もう、関係ないあなた方はお帰りください!
迷惑です!」
「え?」
エリージェ・ソードルの言葉に、一同はポカンとする。
王族、大司祭、著名な学者……。
オールマ王国の中でこの面々に対して否をいえる存在は”ほぼ”いなかった。
いなかったからこそ、彼らは、彼女らは断られる体験を、少なくとも今の地位になってからは、ほとんどしてこなかった。
だから、呆然としてしまったのである。
だが、この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。
王家ハイセルと幾多の戦場にて轡を並べ、建国後もことあるごとに支えてきた名家ソードル家の実質家長である。
故にこの女、国王夫妻以外であれば、敬意は払っても、強制を受ける謂われはないのである。
王家近衛や神官戦士をギロリと睨むと、「ソードル家ともめたくなかったら、連れて帰りなさい!」と言い、女騎士ジェシー・レーマーに向かって、「先生達をつまみ――お帰り頂きなさい!」と指示を出した。
「な、は?」と狼狽していた王族ロタール・ハイセルらだったが、流石は、と言うべきか、常に我が儘を通してきたお歴々ぞろいと言うべきか、直ぐに我に返ると「やだ! やだ!」と女に詰め寄ってきた。
「何故、そのような意地悪を言う!
ただ書庫に入れてくれるだけで良いのだよ!」
という王族ロタール・ハイセルの言葉に、一同、「そうだ! そうだ!」と声が重なる。
エリージェ・ソードルは顔をしかめながら言った。
「ただ書庫に入れるだけで済むはずがございません!
あなた方や、あなた方の護衛の世話だってしなくてはならないじゃありませんか!?
そんな面倒を我が家が負担する謂われはございません!」
「だから、エタ嬢の付き人――」
「それで済むわけがございません!
それに、あなた方は絶対にあれやこれやと我が儘を言い出すに違いありません!」
「エリージェ様!
わたしは良いですよね!
ほら、共に光神教団を支えるもの同士――」
「我が家と教団の結びつきと、あなた個人とは全く関係ありません!」
「えへ!?
わたしだって教団の――」
「個人とは関係ありません」
「そんな……」
衝撃を受けた顔のままのけぞっていたハネローレ・シュナイダー大司祭だったが、目に強い光をともしながら体を起こし、エリージェ・ソードルに近寄る。
そして、がしっと抱きついてきた。
完全に不意をつかれたエリージェ・ソードルが「なっ!?」と声を漏らした。
高揚のためかやや高めの体温が女の体を包む。
ハネローレ・シュナイダー大司祭が叫ぶ。
「連れて行ってくれるまで、わたし、絶対離しませんから!」
「あなたは何を言っているの!?
大司祭が恥を知りなさい!」
「わたしは迷い、進めなくなった信徒に包容しているだけ!
恥いることなど、いっさいございません!」
「わたくしが進めないのは、あなたがたが邪魔しているからでしょう!
ジェシー!
ちょっと、これを外して!」
「え、はい、え、でも……」
「嫌!
わたしだけで良いから!
わたしだけで良いから、本好きの楽園に連れてってぇぇぇ!」
「おい、ズルいぞ、シュナイダー夫人!
わしだって行きたいぞ!」
「わたしも!」
「わたしだって!」
「ええい、鬱陶しい!
帰ってください!
本当、帰ってください!
もう、帰れぇぇぇ!」
などとやっていると、突然、玄関の扉が開いた。
そして、ソードル騎士が一人「大変です! お嬢様!」と入ってきた。
「今のここより大変なの!?」
と、エリージェ・ソードルが八つ当たり気味に叫ぶと、己の主が高貴な面々に揉みくちゃにされているのを見て息を飲む。
だが、とにかく自分の役割を全うしようと思ったのか、口を開いた。
「お嬢様、第一王子殿下、リーヴスリー子息がお見えになりました!」
「はぁ?」
ハネローレ・シュナイダー大司祭を引き離そうと、彼女の顔を手のひらで押していたエリージェ・ソードルはその報告に訝しげな声を上げた。
そこに、「お待ちください!」という声と共に、玄関の扉から幼なじみオーメスト・リーヴスリーがぬくっと顔を出してきた。
流石にこの有様には面食らったのか、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは「わっ! どういう状況だ!?」と言葉を漏らした。
そんな彼を追い掛けてきたであろう、第一王子ルードリッヒ・ハイセルも目を丸くしている。
それを見付けた王族ロタール・ハイセルが「おお、ルードリッヒ!」と詰め寄った。
「叔父上!?
何故ここに!?」
などと驚いている第一王子ルードリッヒ・ハイセルに王族ロタール・ハイセルは捲し立てる。
「ルードリッヒ!
聞いてくれ!
君の婚約者殿は酷いんだよ!
わたしが沢山妥協しているのに、意地悪を言って困らせるんだ!」
「な! ちょっと!」と”迂闊”にも慌てて見せてしまったエリージェ・ソードル、その様子に機を見るに敏なハネローレ・シュナイダー大司祭を初めとする曲者達が、今度は第一王子ルードリッヒ・ハイセルを取り囲み、わあわあと言い始めた。
もう、ここに至っては致し方が無かった。
「分かりました!
連れて行きますから、殿下から離れなさぁぁぁい!」
女の怒声が響き渡るのであった。
――
「疲れたわ……」
応接室に戻ったエリージェ・ソードルは長椅子に腰を落とすと、ぐったりと背もたれに体を預けた。
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が衝撃が抜けきれない蒼白な顔のまま、その隣に座る。
「エリー、よくあの方達にあそこまで言えるわね。
わたし、どうしたら良いかわからず頭が真っ白になっていたわ」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の言に、エリージェ・ソードルは手を振って見せた。
「あの方々は、癖が強く我が儘だけど、理不尽とか陰険からは遠い人物だからそれほど気を張る必要は無いわ。
まあ、イライラさせられるのは間違いない所だけど……。
ミーナの能力が無ければこんなに落ち着いていられなかったわ」
「能力……」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢はなんとも言えない表情でエリージェ・ソードルを見る。
先ほど、本好き暴走集団から離れたエリージェ・ソードルは、侍女ミーナ・ウォールに抱擁をされ、心を必死に落ち着かせていた。
この女としては、侍女ミーナ・ウォールの能力を効率的に活用したに過ぎないが、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢からは、幼子がお気に入りの侍女に抱きついている絵にしか見えなかった。
なので、「あなたにも子供っぽい所があるのね」などと言われていたのだが……。
この女は気持ちを抑えるのに一生懸命で、聞き逃していた。
なので、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の気持ちをそのままに、話を続けた。
「しかし、まさかエタにあのような人脈があったとは驚きね」
先ほど行われた、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢以上に顔面蒼白なエタ・ボビッチ子爵令嬢からの弁明によると、王族ロタール・ハイセルを初めとする面々は、ボビッチ邸によく遊びに来る本好き仲間(エタ談)で、今回、ソードル邸に招待された事に興奮し、彼らに手紙で自慢しまくったら、”こう”なったとの事だった。
「あなたねぇ、あの方々が自慢されて『それは羨ましい』で済む様な気性と身分だと思っているの!?」
とエリージェ・ソードルに怒られて縮み上がっていたエタ・ボビッチ子爵令嬢だったが、王族ロタール・ハイセルに「エタ嬢、書庫に案内してくれ」と笑顔で手招きをされると、クリスティーナと喜気としてそちらに付いていった。
この女としては、エタ・ボビッチ子爵令嬢がオールマ学院に入学出来た縁故が分かった気にもなっていたが、この女ですら手を焼く面々を脳裏に思い描きながら(クリスの支えと面倒ごとの比重が釣り合わない気がしてきたわ)などと思い始めていた。
そこに、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が声をかけてくる。
「そういえばエリー、第一王子殿下はどちらに行かれたの?」
「ああ、なんでもオーメと――リーヴスリー子息ね、彼とルマ家が来るまで剣の鍛錬をするって事らしいわ」
「へぇ、第一王子殿下は剣術に熱心なのね」
とルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が感心しているので、女は黙っておく事にしたが、実際の所は幼なじみオーメスト・リーヴスリーが引きずって行ったのが正解である。
本来であれば止めるべきだったのだろうが……。
この女はグッタリしていたので、そこまで頭が回らなかったのである。
(後でお迎えに上がらなくては)などと考えていると、扉が軽く叩かれた。
侍女ミーナ・ウォールが応対に向かうと、外から聞こえたのは祖父マテウス・ルマの声だった。
エリージェ・ソードルは眉を寄せながら立ち上がると、そちらに向かって声を上げた。
「お爺様!
いつから、オーメの真似をし始めたんですか?」
先触れも無く、しかも許可無く屋敷に入ってきた事を言っているのだ。
”お爺様”との声にびくっと体を震わせた、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が女に倣って立ち上がる。
扉が開かれ、祖父マテウス・ルマが中に入ってくる。
その後ろにはエミーリア・ルマ侯爵夫人、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマン、そして、レネ・マガド男爵、カタリナ・マガド令嬢の姿も見えた。
祖父マテウス・ルマが苦笑しながら答える。
「リーヴスリーの悪ガキと一緒にするな!
親族で、そもそもここに来る予定だったんだから、先触れも出迎えもいらんだろう。
バタバタしているみたいだしな」
エリージェ・ソードルは一つ溜息を吐いた。
「予想外でいて、面倒な方々が押しかけてきてまして」
それに対して、祖父マテウス・ルマは手を振って見せた。
「ああ、ああ、あの方々の面倒くささはルマ家も体感済みだ。
書庫を開けろ! とか。
なになにの本を貸せ! とか。
一時、騒々しかったぞ」
それに、貴夫人の鏡たるエミーリア・ルマ侯爵夫人にしては珍しく、眉を少し顰めた。
「あれは本当に酷かったですわね。
なりふり構わないあの姿、一体何があそこまで本に向かって駆り立てられるんでしょうね?」
エリージェ・ソードルは、この表情をあまり変えぬ女が、嫌そうに顔をしかめた。
「あの方々は、ルマ侯爵に対してもそんな事をやっているんですね。
それで、お爺様はどのように追っ払ったんですか?」
女の問いに、祖父マテウス・ルマは苦笑する。
「結局の所、満足いくまで読ませる方が時間も心労もかからない事を悟る事となった。
あの人らは自称の通り本を読み慣れているからな。
目ぼしい本をさっさと読ませてやったら、まあ、それでも渋々だったが追い出す事に成功したぞ。
……ただ、ソードル家の蔵書数はルマ家に比べても膨大だからな。
しばらくは通われる事となるかもしれん」
その言に、エリージェ・ソードルがウンザリとしていると、祖父マテウス・ルマが女の方をポンポンと叩く。
「まあ、あれだ。
あまり、邪険にするなよ。
ああ見えてあの方達も一角の人物、何か困った時のために予め恩を売っておくぐらいの気持ちで相手をして差し上げろ」
「それは分かっておりますが……」
エリージェ・ソードルとしては、恩の前払いよりもむしろ、ここで突き放し、何かあった時の手札にした方が良い様に思えていた。
実際、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが来なければ、絶対にそうしていた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが矢面に出てしまった状態で、力業をすると、彼の王子への印象すら悪くなる可能性があった。
王族ロタール・ハイセルやハネローレ・シュナイダー大司祭らは第一王子ルードリッヒ・ハイセルが将来、国王に即位した時に必ず力になって貰わなくてはならない人物である。
だから、この女は引かざる得なかったのである。
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そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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