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第十九章
羞恥の元の来訪2
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ギャアギャア喚いていた父ルーベ・ソードルだったが、エリージェ・ソードルが大階段から下りると、ようやく女に気づいたのか「貴様ぁぁぁ!」と指をこちらに突き立ててきた。
それに対してエリージェ・ソードルは閉じた扇子で掌を叩きながら「何か?」とギロリと睨み据える。
その怒気に怖気立ったのか、父ルーベ・ソードルは「ヒィ!」と一歩後ずさるも、鎧をガチャガチャさせながらなんとか踏みとどまり、再度、女に指を突き立てる。
「こ、この不忠ものがぁ~
卑怯な策を使って父を陥れて、あぁ~恥ずかしくはぁ~無いのかぁ~」
全身甲冑な上に顔を完全に覆った兜を被っているにも関わらず、なにやら得意満面な空気を出すという器用なことをする父親に対して、エリージェ・ソードルの返答は端的な物だった。
「ご用が無いなら、お帰りください」
「お、おい!」
望んでいた反応と違ったのか、父ルーベ・ソードルは慌てるも、この女、取り付く島など持ち合わせていない。
さっさと、話を進める。
「あなたの事はイーラの”あれら”に任せていたはずです。
用も無いのに、来ないでください。
迷惑です」
「いや、お前――」
エリージェ・ソードルは近くにいる父ルーベ・ソードルの護衛を任せていた騎士に言う。
「お父様はお帰りよ。
さっさと、イーラ家に突き返して」
教育係ジン・モリタが困ったように眉を寄せながら口を挟む。
「お、お嬢様、少しぐらい話を聞いて差し上げてはいかがですか?」
「……」
エリージェ・ソードルは一つため息を付く。
どうせ大したことは言わないだろうとは思うものの、忠臣中の忠臣である教育係ジン・モリタを黙殺することは、流石のこの女も出来ない。
苛立たしげに閉じた扇子で左掌を叩きつつ、仕方が無いというような仕草で言う。
「良いでしょう、話”だけ”は聞いて差し上げましょう」
ただ、エリージェ・ソードルにとって相当な譲歩だったにも関わらず、父ルーベ・ソードルにとって何やらその態度が不満だったようで、「きぃ~さぁ~まぁ~!」とまたしても甲高い声を張り上げ始めた。
「騙し討ちのように指輪印を奪い取り、策を弄して仕事で多忙なわたしから爵位を奪い取った、この外道がぁぁぁ!
その性根、この父自ら叩き直してくれるわぁぁぁ!」
指輪印は自ら娘に投げつけたし、爵位が奪われたのはこの女が正式な手順通りにしたもので、それに対して、貴族院から送られた書状をろくに見ずに放置した事による帰結である。
だが、父ルーベ・ソードルはそんなことをおくびにも出さず――どころか、都合が悪い事実を自身の頭から消し去り、自分こそ正しいと本気で思い込んでいるようだった。
そのような、理不尽とも言って良い主張に対して、この女――特に何も思わない。
そもそも、この女は既に相手をする気になっていない。
ただ、教育係ジン・モリタの”顔を立てて”聞く振りをしているだけなのだ。
故に、思うことなど一切無い。
顔を赤くして何事かを言おうとしている教育係ジン・モリタを閉じた扇子で制し、それを前で払うように振りながら言う。
「もう満足されたでしょう?
さっさとお帰りください。
わたくし、これから我が家に迎え入れた猫の名付けをしなくてはならないので、忙しいのです」
「待て貴様ぁ!
公爵家にとって大事な話をしている時に、猫の話などどうでも良いだろうがぁ!」
「もう結構、さっさと出て行ってください」
エリージェ・ソードルはもう話は済んだと言わんばかりに後ろを振り返ると、近くにいる騎士らに「抵抗するなら殴って黙らせていいから」と指示を出す。
その、いっさい相手をしない態度に、我慢がならなかったのか、「貴様ぁぁぁ!」と父ルーベ・ソードルが背後で吠える。
だが、エリージェ・ソードルはそれすら無視し、歩みを進めようとすると、「お嬢様!」と護衛騎士が動き、女の背後を固めた。
エリージェ・ソードルが肩越しに振り返ると、女騎士ジェシー・レーマー達が女を守るために父ルーベ・ソードルとの間に割り込んでいた。
そんな彼女らの先に、槍をこちらに向ける父ルーベ・ソードルの姿が見えた。
その槍先は微かに震えていた。
エリージェ・ソードルの目が尖る。
「わたくしに槍を向けると言うこと、それはソードル公爵家に刃を向けることと同義――お父様、それぐらいは理解していらっしゃいますよね」
「抜かせ!
わたしが公爵だぁぁぁ!
それを、奪うというのならぁ~是非もないわぁ~
決闘するしかぁ~無いだろうぉ~」
そこから、自身の護衛騎士の一人に「おい、持ってこい!」と命令をする。
その護衛騎士は当然、公爵家の騎士なので、余り関わりたくなさそうな顔をしていたが、それでも、一応、主の指示通り、何かを手渡した。
父ルーベ・ソードルはそれを受け取る際、左手だけでは槍を持ち続けることが難しかったようで、槍先が床に落ちてしまい、なにやらモタモタしていたが、それでも受け取った物をこちらに投げて寄越した。
ヘナヘナと飛んできたそれは、エリージェ・ソードルどころか、その前にいる女騎士ジェシー・レーマーにも届かず、中途半端な位置に落ちた。
それは、白い手袋だった。
「さあ、エリージェ!
いや、反逆の徒ぉぉぉ!
お前が公爵家の乗っ取りを企てるのであれば、是非もないわぁ~!
一対一でのぉ~決闘でぇ~ああああ、雌雄を決しようではないかぁ~
安心するがいい!
わたしはぁ~お前とは違いぃ~小細工などはぁ~したりはしなぁ~いぃ~」
「……」
自身に陶酔している父ルーベ・ソードルは芝居かかった声と動きでなにやら喚いていたが、周りの人間の視線はただただ冷たかった。
つい最近まで平民だった騎士ギド・ザクスなどは思わずだろう「うわぁダサい」と漏らしてしまうほどだった。
十歳そこそこの娘に対して、決闘を申し込む姿もさることながら、そんな娘と決闘をするに際して、全身鎧を身にまとい、距離が取れる槍を準備するのだ。
女の護衛騎士どころか、父ルーベ・ソードルの護衛騎士からもさめざめとした目で見られていた。
だが、そんな空気も読めないのか、読む気もないのか、父ルーベ・ソードルは両手で持ち直した槍の矛先を意味もなく振りながら、
「ほれほれ、公爵を継いだんだろう?
かかって来い!」
などと、調子に乗っている。
全く相手にしていなかったこの女も、流石に右眉をいらりと上げた。
そして、そばに偶然有った――騎士ギド・ザクスの剣に手を伸ばし「駄目ですって!」と止められた。
「いいから寄越しなさい!」「いやいや、いくら何でも!」などとやりやっていると、教育係ジン・モリタが怒りの形相で父ルーベ・ソードルの前に立った。
「ルーベ様!
いい加減になさいませ!
実の、しかも幼い娘に対してその態度!
恥を知りなさい!」
そんな、教育係ジン・モリタに対して、父ルーベ・ソードルは「うるさいわ!」と拳を振るった。
金属製の小手を付けた拳で腕を強かに殴られ、教育係ジン・モリタは顔をしかめる。
そんな彼に対して、父ルーベ・ソードルは怒鳴る。
「ジン!
お前も反逆の一味だって事、分かっているんだぞ!
この、裏切り者が!」
「ルーベ様!?」
「うるさいわ!
貴様など、二度と公爵家と関わることを禁じる!
どこぞへともなく、消え失せろ!」
ここにいる者の大半が、教育係ジン・モリタがどれほど公爵家のために尽くしてきたか知っている。
空気が寒々しいものから尖ったものに変わり始める中、言葉を失っている教育係ジン・モリタを制しながら前に出る者がいた。
女騎士ジェシー・レーマーである。
この若い騎士は父ルーベ・ソードルに言う。
「ソードル卿、分かりました。
その決闘、このジェシー・レーマーが受けましょう」
父ルーベ・ソードルは突然の乱入者に苛立ったのか、荒い声音で言う。
「なんだお前は!
お前ごときが公爵家の問題に口を出すとは、身の程を知れ!」
「あら、ご存じありませんか?」
女騎士ジェシー・レーマーは、この普段、率直な彼女にしては珍しく、嘲笑するように言う。
そして、床に落ちている手袋の前まで歩を進めた。
一瞬の抜刀――同時に手袋が宙を舞う。
それに向かって右手を軽く振るう。
「!?」
息を飲む一同の前で、八つ裂きにされた白い残骸が床に落ちていく。
女騎士ジェシー・レーマーは言う。
「決闘相手が未成年、もしくは淑女の場合は代理人が代わりを務めるのが通例なのですよ。
そして、知っていますか?」
右手に持つ細身剣、その剣先を父ルーベ・ソードルに向けながら言う。
「一度、決闘となれば相手が王族だろうが、公爵だろうが、元公爵だろうが――仮に殺してしまっても罪には問われないんです」
女騎士ジェシー・レーマーは常にエリージェ・ソードルと共にいた。
故にこの騎士はずっと見てきた。
己の主がいかに必死で働いてきたかを。
たった十にも満たぬ少女が、巨大な公爵領を立て直そうと、いかにして執務机に向かい合っていたかを。
見てきた。
国の為、弟マヌエル・ソードルの為、配下の為に、領民の為に。
本来当たり前に享受すべき、ご令嬢の華やかな生活に背を向け、大人達に囲まれながら働いてきたのかを、見てきた。
故に、この騎士は看過できない。
殺気の籠もった目で、ギロリと睨みながら、一歩前に出た。
そのただならぬ気配に、父ルーベ・ソードルは「ヒィ!」と声を漏らしながら後ずさる。
「ままま、待て!
わ、わたしは公爵!
か、仮に公爵で無くても、ソードル公爵家の血をう、受け継ぐもの!
お、お前、公爵家に仕えながら、そんなわたしに剣を向けるつもりか!」
「わたしは元々、ルマ侯爵騎士団所属で、大恩ある侯爵閣下の希望により、お嬢様をお守りする為にここにいるのです。
そのお嬢様に刃を向けられたのであれば、その根はどこのどちら様であっても絶たなくてはならないでしょう?」
一歩、また一歩と近づく女騎士ジェシー・レーマーに対して、父ルーベ・ソードルは後ずさる。
そして、周りにいる護衛騎士に喚く。
「お、おい!
お前達、護衛騎士だろう!
何故、前に出ない!?」
それに対して、父の護衛騎士は少し困ったように眉根を寄せる。
「それは構いませんが、そうなると決闘は負けになります。
よろしいのですか?」
「ばば馬鹿野郎!
こんなの、む無効に決まってるだろう!」
女騎士ジェシー・レーマーは小馬鹿にするように言う。
「おや、手袋が投げられ、それを受け入れた時点で決闘は開始となる事もご存じありませんか?
まあ、わたしは知ったことではありませんが」
「ふざけ――」
恐怖に腰の力が抜けたのか、後ずさっていた父ルーベ・ソードルは腰から床にストンと落ちていく。
金属の耳障りな音を鳴らしながら腰を落とし、それでも何とか槍先を女騎士ジェシー・レーマーに向けながら父ルーベ・ソードルは吠えた。
「この、卑怯者がぁぁぁ!」
誰が漏らしたのか。
またしても騎士ギド・ザクスか、それとも他の人間か、それとも全員か……。
どこからともなく、「うわぁ……」という声が聞こえてきた。
エリージェ・ソードルは目を閉じて、一つ、大きなため息を付いた。
それに対してエリージェ・ソードルは閉じた扇子で掌を叩きながら「何か?」とギロリと睨み据える。
その怒気に怖気立ったのか、父ルーベ・ソードルは「ヒィ!」と一歩後ずさるも、鎧をガチャガチャさせながらなんとか踏みとどまり、再度、女に指を突き立てる。
「こ、この不忠ものがぁ~
卑怯な策を使って父を陥れて、あぁ~恥ずかしくはぁ~無いのかぁ~」
全身甲冑な上に顔を完全に覆った兜を被っているにも関わらず、なにやら得意満面な空気を出すという器用なことをする父親に対して、エリージェ・ソードルの返答は端的な物だった。
「ご用が無いなら、お帰りください」
「お、おい!」
望んでいた反応と違ったのか、父ルーベ・ソードルは慌てるも、この女、取り付く島など持ち合わせていない。
さっさと、話を進める。
「あなたの事はイーラの”あれら”に任せていたはずです。
用も無いのに、来ないでください。
迷惑です」
「いや、お前――」
エリージェ・ソードルは近くにいる父ルーベ・ソードルの護衛を任せていた騎士に言う。
「お父様はお帰りよ。
さっさと、イーラ家に突き返して」
教育係ジン・モリタが困ったように眉を寄せながら口を挟む。
「お、お嬢様、少しぐらい話を聞いて差し上げてはいかがですか?」
「……」
エリージェ・ソードルは一つため息を付く。
どうせ大したことは言わないだろうとは思うものの、忠臣中の忠臣である教育係ジン・モリタを黙殺することは、流石のこの女も出来ない。
苛立たしげに閉じた扇子で左掌を叩きつつ、仕方が無いというような仕草で言う。
「良いでしょう、話”だけ”は聞いて差し上げましょう」
ただ、エリージェ・ソードルにとって相当な譲歩だったにも関わらず、父ルーベ・ソードルにとって何やらその態度が不満だったようで、「きぃ~さぁ~まぁ~!」とまたしても甲高い声を張り上げ始めた。
「騙し討ちのように指輪印を奪い取り、策を弄して仕事で多忙なわたしから爵位を奪い取った、この外道がぁぁぁ!
その性根、この父自ら叩き直してくれるわぁぁぁ!」
指輪印は自ら娘に投げつけたし、爵位が奪われたのはこの女が正式な手順通りにしたもので、それに対して、貴族院から送られた書状をろくに見ずに放置した事による帰結である。
だが、父ルーベ・ソードルはそんなことをおくびにも出さず――どころか、都合が悪い事実を自身の頭から消し去り、自分こそ正しいと本気で思い込んでいるようだった。
そのような、理不尽とも言って良い主張に対して、この女――特に何も思わない。
そもそも、この女は既に相手をする気になっていない。
ただ、教育係ジン・モリタの”顔を立てて”聞く振りをしているだけなのだ。
故に、思うことなど一切無い。
顔を赤くして何事かを言おうとしている教育係ジン・モリタを閉じた扇子で制し、それを前で払うように振りながら言う。
「もう満足されたでしょう?
さっさとお帰りください。
わたくし、これから我が家に迎え入れた猫の名付けをしなくてはならないので、忙しいのです」
「待て貴様ぁ!
公爵家にとって大事な話をしている時に、猫の話などどうでも良いだろうがぁ!」
「もう結構、さっさと出て行ってください」
エリージェ・ソードルはもう話は済んだと言わんばかりに後ろを振り返ると、近くにいる騎士らに「抵抗するなら殴って黙らせていいから」と指示を出す。
その、いっさい相手をしない態度に、我慢がならなかったのか、「貴様ぁぁぁ!」と父ルーベ・ソードルが背後で吠える。
だが、エリージェ・ソードルはそれすら無視し、歩みを進めようとすると、「お嬢様!」と護衛騎士が動き、女の背後を固めた。
エリージェ・ソードルが肩越しに振り返ると、女騎士ジェシー・レーマー達が女を守るために父ルーベ・ソードルとの間に割り込んでいた。
そんな彼女らの先に、槍をこちらに向ける父ルーベ・ソードルの姿が見えた。
その槍先は微かに震えていた。
エリージェ・ソードルの目が尖る。
「わたくしに槍を向けると言うこと、それはソードル公爵家に刃を向けることと同義――お父様、それぐらいは理解していらっしゃいますよね」
「抜かせ!
わたしが公爵だぁぁぁ!
それを、奪うというのならぁ~是非もないわぁ~
決闘するしかぁ~無いだろうぉ~」
そこから、自身の護衛騎士の一人に「おい、持ってこい!」と命令をする。
その護衛騎士は当然、公爵家の騎士なので、余り関わりたくなさそうな顔をしていたが、それでも、一応、主の指示通り、何かを手渡した。
父ルーベ・ソードルはそれを受け取る際、左手だけでは槍を持ち続けることが難しかったようで、槍先が床に落ちてしまい、なにやらモタモタしていたが、それでも受け取った物をこちらに投げて寄越した。
ヘナヘナと飛んできたそれは、エリージェ・ソードルどころか、その前にいる女騎士ジェシー・レーマーにも届かず、中途半端な位置に落ちた。
それは、白い手袋だった。
「さあ、エリージェ!
いや、反逆の徒ぉぉぉ!
お前が公爵家の乗っ取りを企てるのであれば、是非もないわぁ~!
一対一でのぉ~決闘でぇ~ああああ、雌雄を決しようではないかぁ~
安心するがいい!
わたしはぁ~お前とは違いぃ~小細工などはぁ~したりはしなぁ~いぃ~」
「……」
自身に陶酔している父ルーベ・ソードルは芝居かかった声と動きでなにやら喚いていたが、周りの人間の視線はただただ冷たかった。
つい最近まで平民だった騎士ギド・ザクスなどは思わずだろう「うわぁダサい」と漏らしてしまうほどだった。
十歳そこそこの娘に対して、決闘を申し込む姿もさることながら、そんな娘と決闘をするに際して、全身鎧を身にまとい、距離が取れる槍を準備するのだ。
女の護衛騎士どころか、父ルーベ・ソードルの護衛騎士からもさめざめとした目で見られていた。
だが、そんな空気も読めないのか、読む気もないのか、父ルーベ・ソードルは両手で持ち直した槍の矛先を意味もなく振りながら、
「ほれほれ、公爵を継いだんだろう?
かかって来い!」
などと、調子に乗っている。
全く相手にしていなかったこの女も、流石に右眉をいらりと上げた。
そして、そばに偶然有った――騎士ギド・ザクスの剣に手を伸ばし「駄目ですって!」と止められた。
「いいから寄越しなさい!」「いやいや、いくら何でも!」などとやりやっていると、教育係ジン・モリタが怒りの形相で父ルーベ・ソードルの前に立った。
「ルーベ様!
いい加減になさいませ!
実の、しかも幼い娘に対してその態度!
恥を知りなさい!」
そんな、教育係ジン・モリタに対して、父ルーベ・ソードルは「うるさいわ!」と拳を振るった。
金属製の小手を付けた拳で腕を強かに殴られ、教育係ジン・モリタは顔をしかめる。
そんな彼に対して、父ルーベ・ソードルは怒鳴る。
「ジン!
お前も反逆の一味だって事、分かっているんだぞ!
この、裏切り者が!」
「ルーベ様!?」
「うるさいわ!
貴様など、二度と公爵家と関わることを禁じる!
どこぞへともなく、消え失せろ!」
ここにいる者の大半が、教育係ジン・モリタがどれほど公爵家のために尽くしてきたか知っている。
空気が寒々しいものから尖ったものに変わり始める中、言葉を失っている教育係ジン・モリタを制しながら前に出る者がいた。
女騎士ジェシー・レーマーである。
この若い騎士は父ルーベ・ソードルに言う。
「ソードル卿、分かりました。
その決闘、このジェシー・レーマーが受けましょう」
父ルーベ・ソードルは突然の乱入者に苛立ったのか、荒い声音で言う。
「なんだお前は!
お前ごときが公爵家の問題に口を出すとは、身の程を知れ!」
「あら、ご存じありませんか?」
女騎士ジェシー・レーマーは、この普段、率直な彼女にしては珍しく、嘲笑するように言う。
そして、床に落ちている手袋の前まで歩を進めた。
一瞬の抜刀――同時に手袋が宙を舞う。
それに向かって右手を軽く振るう。
「!?」
息を飲む一同の前で、八つ裂きにされた白い残骸が床に落ちていく。
女騎士ジェシー・レーマーは言う。
「決闘相手が未成年、もしくは淑女の場合は代理人が代わりを務めるのが通例なのですよ。
そして、知っていますか?」
右手に持つ細身剣、その剣先を父ルーベ・ソードルに向けながら言う。
「一度、決闘となれば相手が王族だろうが、公爵だろうが、元公爵だろうが――仮に殺してしまっても罪には問われないんです」
女騎士ジェシー・レーマーは常にエリージェ・ソードルと共にいた。
故にこの騎士はずっと見てきた。
己の主がいかに必死で働いてきたかを。
たった十にも満たぬ少女が、巨大な公爵領を立て直そうと、いかにして執務机に向かい合っていたかを。
見てきた。
国の為、弟マヌエル・ソードルの為、配下の為に、領民の為に。
本来当たり前に享受すべき、ご令嬢の華やかな生活に背を向け、大人達に囲まれながら働いてきたのかを、見てきた。
故に、この騎士は看過できない。
殺気の籠もった目で、ギロリと睨みながら、一歩前に出た。
そのただならぬ気配に、父ルーベ・ソードルは「ヒィ!」と声を漏らしながら後ずさる。
「ままま、待て!
わ、わたしは公爵!
か、仮に公爵で無くても、ソードル公爵家の血をう、受け継ぐもの!
お、お前、公爵家に仕えながら、そんなわたしに剣を向けるつもりか!」
「わたしは元々、ルマ侯爵騎士団所属で、大恩ある侯爵閣下の希望により、お嬢様をお守りする為にここにいるのです。
そのお嬢様に刃を向けられたのであれば、その根はどこのどちら様であっても絶たなくてはならないでしょう?」
一歩、また一歩と近づく女騎士ジェシー・レーマーに対して、父ルーベ・ソードルは後ずさる。
そして、周りにいる護衛騎士に喚く。
「お、おい!
お前達、護衛騎士だろう!
何故、前に出ない!?」
それに対して、父の護衛騎士は少し困ったように眉根を寄せる。
「それは構いませんが、そうなると決闘は負けになります。
よろしいのですか?」
「ばば馬鹿野郎!
こんなの、む無効に決まってるだろう!」
女騎士ジェシー・レーマーは小馬鹿にするように言う。
「おや、手袋が投げられ、それを受け入れた時点で決闘は開始となる事もご存じありませんか?
まあ、わたしは知ったことではありませんが」
「ふざけ――」
恐怖に腰の力が抜けたのか、後ずさっていた父ルーベ・ソードルは腰から床にストンと落ちていく。
金属の耳障りな音を鳴らしながら腰を落とし、それでも何とか槍先を女騎士ジェシー・レーマーに向けながら父ルーベ・ソードルは吠えた。
「この、卑怯者がぁぁぁ!」
誰が漏らしたのか。
またしても騎士ギド・ザクスか、それとも他の人間か、それとも全員か……。
どこからともなく、「うわぁ……」という声が聞こえてきた。
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