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第二部 第一章
ラーム伯爵邸茶話会1
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王都ラーム伯爵邸談話室にて、大柄な令嬢が鼻から血を吹き出し倒れていく。
それを冷めざめとした視線で見送る女がいた。
エリージェ・ソードルである。
その年、十三歳になっていた。
公爵令嬢に相応しい豪奢な婦人服――それが包むのはその人の視線を集めてはばからないその早熟な体で、ふくよかな胸部と臀部、そして、引き締まった腰部によって大きく曲線を描かれていた。
その背に流れる黄金色の髪をもし束ねたのであれば、貴族夫人と言っても疑われることは無いだろう。
ただ、唯一、その整った顔にだけ、うっすらとだが十代前半の少女特有の若さを残していた。
この女、十歳の頃の同様、現在も公爵代行のままである。
なので、基本的な社交は大人達のものばかりであった。
ただ、敬愛する第一王子ルードリッヒ・ハイセルの従者であるラーム伯爵子息、その後ろ盾の弱さを危惧し、その家の茶話会に大貴族が参加することで、いくらかなりとも補完できればと思ってラーム伯爵邸にやってきたのだが……。
到着早々、何やら、下位貴族令嬢ごときが二人、無礼にもまとわりついてきて困惑していた。
ばかりか、その一人が突然大声を張り上げたので体をビクっとさせてしまったのである。
それを、気が触れたのか何なのかよく分からないが、その二人の下位貴族令嬢は嘲笑したのである。
本来であれば、ボコボコにされて各家の門扉に吊されてもおかしくない愚行である。
だが、この女――耐えた。
”前回”ならともかく、”今回”はエタ・ボビッチ子爵令嬢という”本狂い”と関わることで、この女は恐るべき忍耐を身につけていた。
一つ息を飲み吐くと、(殿下の従者の家、殿下の従者の家、家同士の騒ぎにしては駄目)と頭で反芻しながら、この女にとって驚くべき事に――扇子で”軽く”叩くのみで終わらせたのである。
しかし、そこまで優しく扱ってあげたにも関わらず、残念ながらと言うべきか吹けば飛ぶ下位貴族――その家同様その令嬢も脆かったようで、大げさに後ろへと吹っ飛んだあげく壁にぶつかって腰を床に落とし、何やら白目をむきピクピクと痙攣し始めたのである。
不幸なことに、当たり所が”ちょっと”悪かったのか、元々高いとは言えないその鼻はへし折れ、だらだらと赤い液体を垂れ流している。
ふと気づくと、自身が持つ閉じた扇子に視線を向ける。
そこにも、赤いものがベッタリとくっついていて、この女、顔をしかめる。
そして、”無作法”にも壁にもたれながら床に座る令嬢の、その安物の衣服でそれを拭った。
「ヒィ!」
という声に視線を上げれば、下位貴族の片割れが、顔面蒼白のまま後ずさっている。
そして、女と視線が合うと「ヒヤァ!」とかよく分からない声を上げながら、後ろを振り向き、逃げようとする。
その体に黒いものがまとわりついた。
”黒い霧”である。
捕らわれ、持ち上げられた令嬢は「ヒャアヒャア!」騒がしかったので、”黒い霧”でその顎を固め黙らせた。
エリージェ・ソードルは視線を巡らせた。
令嬢が”不幸なことに”鼻から血を出した――そんな突然の出来事に驚いたのか、伯爵家使用人やこの茶話会に参加している令嬢達が硬直しているのがチラリと見えたが気にせず、椅子を発見すると、新たに生み出した”黒い霧”ですぐそばまで引き寄せた。
そして、それに座ると、「で、誰からの指示なの?」と下位貴族令嬢に訊ねた。
優しいことにこの女、声がより聞き取りやすいように”黒い霧”で掴む下位貴族令嬢の顔を自分に近づけた。
ただ、この雑な女のやることである。
その令嬢の状態は逆さ吊りのような状態で、羞恥のためか、はたまた血が頭に降りてきているのか顔が赤黒くなっていた。
あえて、救いがあるとすれば……。
”黒い霧”によって体中を締め付けていたので、下半身部分の衣服がめくれるといった悲劇だけは免れていた。
女は続けて問う。
「あなたの様な下位貴族の令嬢が、自分の意志で公爵家に絡んで来たとは思えないわ。
誰かに頼まれた、そうでしょう?」
だが、この女が訊ねているにも関わらず、その令嬢、「あ……あの……」などとボソボソと言うだけで答えない。
そういう”物言えぬ”者に対しては、利や害などを説くのが一般的であろう。
誰かは知らないが、公爵代行よりも上位である事は王族以外ではあり得ない等、じっくり言って聞かせればたかが下位貴族である。
普通に答えた可能性が高い。
だがこの女、エリージェ・ソードルは非常にせっかちである。
領地運営などであればまあ……”幾分”その限りでない。
ただ、それ以外の場合は輪をかけて早急に結果を求めようとする。
前日に植えさせた花の種の芽が出ないと掘り起こさせようとして、”あの”クリスティーナにすら『エリーちゃん、もう少し待って上げて』と呆れた顔をされるほどであった。
故にと言うべきか、すぐに答えを寄越さないこの令嬢に対して、イラりと片眉を上げた。
だが、流石のこの女とて――相手が貴族ともいえぬ下位貴族とて、茶会の席で”乱暴なことは出来ない”と思っている。
……無礼に対して、まあ多少、というか、扇子で軽く”撫でる”程度なら――許容範囲とは思っていたが……。
相手を痛めつけるほど酷い行いをするのは、令嬢にあるまじき行為だと信じて疑わなかった。
そして、この女は――多くの人間にとって驚くべきな事かもしれないが、自身はそのような恥ずかしい令嬢ではないと一点の曇りもなく、確信していた。
だが、このたかだか……男爵令嬢なのか子爵令嬢なのか?
ともかく、どこぞの令嬢は黙りである。
それは非常に、煩わしいことである。
では、どのようにすればその煩わしさを解消できるか?
この女、少し考えた後に、令嬢を絡めている”黒い霧”をパッと離した。
「ひゃ!?」という悲鳴が上がり、床に落ちていく。
それを再度”黒い霧”で掴む事により、ピタリと止めた。
涙が額を伝い頭にしみこませている令嬢、その長い髪が微かであったが床に触れていた。
顎に手をやり「ふむ」と言葉を漏らしたエリージェ・ソードルは、”黒い霧”で再度、令嬢を上に持ち上げる。
例えば、拳で殴る。
これは疑いようもない暴力であり、令嬢にあるまじき態度である。
例えば、扇子で殴る。
これは相手が下位貴族であれば”ほぼ”問題ないと言えるが……やり過ぎれば令嬢として”ちょっと”良くないかもしれない。
だが、例えば手――この場合は”黒い霧”ではあるが――それを離す行為はどうなのだろうか?
ただ、離す――離すだけである。
その行為は暴力とはほど遠い――非暴力ですらあるのではないか?
この女、そのように思った。
当然、逆さづりの状態から床に落とされたら、屈強な兵士ならともかく、体など鍛えたことのない令嬢など首が折れて普通に死ぬ。
だが、頭がおかしいこの女は、その辺りの事に一切気づかない。
むしろ、(もうちょっと、高くないと意味ないかしら?)などと、さらに持ち上げる為に、”黒い霧”で体を掴み直している。
高さに怯えたのか、この女の”あれ”な頭の中に怯えたのか、下位貴族令嬢が泣きわめくように言った。
「言います!
言いますから助けてぇぇぇ!」
それに対してこの女、閉じた扇子を振りながら答える。
「もう少し高くするから、少し待ちなさい!」
「やぁぁぁぁぁぁ!
やだやだぁぁぁ!」
下位貴族令嬢が半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
「ラームですぅぅぅ!
ラーム伯爵令嬢ですぅぅぅ!」
それを冷めざめとした視線で見送る女がいた。
エリージェ・ソードルである。
その年、十三歳になっていた。
公爵令嬢に相応しい豪奢な婦人服――それが包むのはその人の視線を集めてはばからないその早熟な体で、ふくよかな胸部と臀部、そして、引き締まった腰部によって大きく曲線を描かれていた。
その背に流れる黄金色の髪をもし束ねたのであれば、貴族夫人と言っても疑われることは無いだろう。
ただ、唯一、その整った顔にだけ、うっすらとだが十代前半の少女特有の若さを残していた。
この女、十歳の頃の同様、現在も公爵代行のままである。
なので、基本的な社交は大人達のものばかりであった。
ただ、敬愛する第一王子ルードリッヒ・ハイセルの従者であるラーム伯爵子息、その後ろ盾の弱さを危惧し、その家の茶話会に大貴族が参加することで、いくらかなりとも補完できればと思ってラーム伯爵邸にやってきたのだが……。
到着早々、何やら、下位貴族令嬢ごときが二人、無礼にもまとわりついてきて困惑していた。
ばかりか、その一人が突然大声を張り上げたので体をビクっとさせてしまったのである。
それを、気が触れたのか何なのかよく分からないが、その二人の下位貴族令嬢は嘲笑したのである。
本来であれば、ボコボコにされて各家の門扉に吊されてもおかしくない愚行である。
だが、この女――耐えた。
”前回”ならともかく、”今回”はエタ・ボビッチ子爵令嬢という”本狂い”と関わることで、この女は恐るべき忍耐を身につけていた。
一つ息を飲み吐くと、(殿下の従者の家、殿下の従者の家、家同士の騒ぎにしては駄目)と頭で反芻しながら、この女にとって驚くべき事に――扇子で”軽く”叩くのみで終わらせたのである。
しかし、そこまで優しく扱ってあげたにも関わらず、残念ながらと言うべきか吹けば飛ぶ下位貴族――その家同様その令嬢も脆かったようで、大げさに後ろへと吹っ飛んだあげく壁にぶつかって腰を床に落とし、何やら白目をむきピクピクと痙攣し始めたのである。
不幸なことに、当たり所が”ちょっと”悪かったのか、元々高いとは言えないその鼻はへし折れ、だらだらと赤い液体を垂れ流している。
ふと気づくと、自身が持つ閉じた扇子に視線を向ける。
そこにも、赤いものがベッタリとくっついていて、この女、顔をしかめる。
そして、”無作法”にも壁にもたれながら床に座る令嬢の、その安物の衣服でそれを拭った。
「ヒィ!」
という声に視線を上げれば、下位貴族の片割れが、顔面蒼白のまま後ずさっている。
そして、女と視線が合うと「ヒヤァ!」とかよく分からない声を上げながら、後ろを振り向き、逃げようとする。
その体に黒いものがまとわりついた。
”黒い霧”である。
捕らわれ、持ち上げられた令嬢は「ヒャアヒャア!」騒がしかったので、”黒い霧”でその顎を固め黙らせた。
エリージェ・ソードルは視線を巡らせた。
令嬢が”不幸なことに”鼻から血を出した――そんな突然の出来事に驚いたのか、伯爵家使用人やこの茶話会に参加している令嬢達が硬直しているのがチラリと見えたが気にせず、椅子を発見すると、新たに生み出した”黒い霧”ですぐそばまで引き寄せた。
そして、それに座ると、「で、誰からの指示なの?」と下位貴族令嬢に訊ねた。
優しいことにこの女、声がより聞き取りやすいように”黒い霧”で掴む下位貴族令嬢の顔を自分に近づけた。
ただ、この雑な女のやることである。
その令嬢の状態は逆さ吊りのような状態で、羞恥のためか、はたまた血が頭に降りてきているのか顔が赤黒くなっていた。
あえて、救いがあるとすれば……。
”黒い霧”によって体中を締め付けていたので、下半身部分の衣服がめくれるといった悲劇だけは免れていた。
女は続けて問う。
「あなたの様な下位貴族の令嬢が、自分の意志で公爵家に絡んで来たとは思えないわ。
誰かに頼まれた、そうでしょう?」
だが、この女が訊ねているにも関わらず、その令嬢、「あ……あの……」などとボソボソと言うだけで答えない。
そういう”物言えぬ”者に対しては、利や害などを説くのが一般的であろう。
誰かは知らないが、公爵代行よりも上位である事は王族以外ではあり得ない等、じっくり言って聞かせればたかが下位貴族である。
普通に答えた可能性が高い。
だがこの女、エリージェ・ソードルは非常にせっかちである。
領地運営などであればまあ……”幾分”その限りでない。
ただ、それ以外の場合は輪をかけて早急に結果を求めようとする。
前日に植えさせた花の種の芽が出ないと掘り起こさせようとして、”あの”クリスティーナにすら『エリーちゃん、もう少し待って上げて』と呆れた顔をされるほどであった。
故にと言うべきか、すぐに答えを寄越さないこの令嬢に対して、イラりと片眉を上げた。
だが、流石のこの女とて――相手が貴族ともいえぬ下位貴族とて、茶会の席で”乱暴なことは出来ない”と思っている。
……無礼に対して、まあ多少、というか、扇子で軽く”撫でる”程度なら――許容範囲とは思っていたが……。
相手を痛めつけるほど酷い行いをするのは、令嬢にあるまじき行為だと信じて疑わなかった。
そして、この女は――多くの人間にとって驚くべきな事かもしれないが、自身はそのような恥ずかしい令嬢ではないと一点の曇りもなく、確信していた。
だが、このたかだか……男爵令嬢なのか子爵令嬢なのか?
ともかく、どこぞの令嬢は黙りである。
それは非常に、煩わしいことである。
では、どのようにすればその煩わしさを解消できるか?
この女、少し考えた後に、令嬢を絡めている”黒い霧”をパッと離した。
「ひゃ!?」という悲鳴が上がり、床に落ちていく。
それを再度”黒い霧”で掴む事により、ピタリと止めた。
涙が額を伝い頭にしみこませている令嬢、その長い髪が微かであったが床に触れていた。
顎に手をやり「ふむ」と言葉を漏らしたエリージェ・ソードルは、”黒い霧”で再度、令嬢を上に持ち上げる。
例えば、拳で殴る。
これは疑いようもない暴力であり、令嬢にあるまじき態度である。
例えば、扇子で殴る。
これは相手が下位貴族であれば”ほぼ”問題ないと言えるが……やり過ぎれば令嬢として”ちょっと”良くないかもしれない。
だが、例えば手――この場合は”黒い霧”ではあるが――それを離す行為はどうなのだろうか?
ただ、離す――離すだけである。
その行為は暴力とはほど遠い――非暴力ですらあるのではないか?
この女、そのように思った。
当然、逆さづりの状態から床に落とされたら、屈強な兵士ならともかく、体など鍛えたことのない令嬢など首が折れて普通に死ぬ。
だが、頭がおかしいこの女は、その辺りの事に一切気づかない。
むしろ、(もうちょっと、高くないと意味ないかしら?)などと、さらに持ち上げる為に、”黒い霧”で体を掴み直している。
高さに怯えたのか、この女の”あれ”な頭の中に怯えたのか、下位貴族令嬢が泣きわめくように言った。
「言います!
言いますから助けてぇぇぇ!」
それに対してこの女、閉じた扇子を振りながら答える。
「もう少し高くするから、少し待ちなさい!」
「やぁぁぁぁぁぁ!
やだやだぁぁぁ!」
下位貴族令嬢が半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
「ラームですぅぅぅ!
ラーム伯爵令嬢ですぅぅぅ!」
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