殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

文字の大きさ
114 / 133
第二部 第一章

ラーム伯爵邸茶話会1

しおりを挟む
 王都ラーム伯爵邸談話室にて、大柄な令嬢が鼻から血を吹き出し倒れていく。
 それを冷めざめとした視線で見送る女がいた。

 エリージェ・ソードルである。

 その年、十三歳になっていた。

 公爵令嬢に相応しい豪奢な婦人服――それが包むのはその人の視線を集めてはばからないその早熟な体で、ふくよかな胸部と臀部、そして、引き締まった腰部によって大きく曲線を描かれていた。
 その背に流れる黄金色の髪をもし束ねたのであれば、貴族夫人と言っても疑われることは無いだろう。
 ただ、唯一、その整った顔にだけ、うっすらとだが十代前半の少女特有の若さを残していた。

 この女、十歳の頃の同様、現在も公爵代行のままである。

 なので、基本的な社交は大人達のものばかりであった。

 ただ、敬愛する第一王子ルードリッヒ・ハイセルの従者であるラーム伯爵子息、その後ろ盾の弱さを危惧し、その家の茶話会に大貴族自身が参加することで、いくらかなりとも補完できればと思ってラーム伯爵邸にやってきたのだが……。
 到着早々、何やら、下位貴族木っ端貴族令嬢ごときが二人、無礼にもまとわりついてきて困惑していた。
 ばかりか、その一人が突然大声を張り上げたので体をビクっとさせてしまったのである。

 それを、気が触れたのか何なのかよく分からないが、その二人の下位貴族木っ端貴族令嬢は嘲笑したのである。
 本来であれば、ボコボコにされて各家の門扉に吊されてもおかしくない愚行である。

 だが、この女――耐えた。

 ”前回”ならともかく、”今回”はエタ・ボビッチ子爵令嬢という”本狂い”と関わることで、この女は恐るべき忍耐を身につけていた。

 一つ息を飲み吐くと、(殿下の従者の家、殿下の従者の家、家同士の騒ぎにしては駄目)と頭で反芻しながら、この女にとって驚くべき事に――扇子で”軽く”叩くのみで終わらせたのである。
 しかし、そこまで優しく扱ってあげたにも関わらず、残念ながらと言うべきか吹けば飛ぶ下位貴族木っ端貴族――その家同様その令嬢も脆かったようで、大げさに後ろへと吹っ飛んだあげく壁にぶつかって腰を床に落とし、何やら白目をむきピクピクと痙攣し始めたのである。
 不幸なことに、当たり所が”ちょっと”悪かったのか、元々高いとは言えないその鼻はへし折れ、だらだらと赤い液体を垂れ流している。

 ふと気づくと、自身が持つ閉じた扇子に視線を向ける。

 そこにも、赤いものがベッタリとくっついていて、この女、顔をしかめる。
 そして、”無作法”にも壁にもたれながら床に座る令嬢の、その安物の衣服でそれを拭った。

「ヒィ!」
という声に視線を上げれば、下位貴族木っ端貴族の片割れが、顔面蒼白のまま後ずさっている。
 そして、女と視線が合うと「ヒヤァ!」とかよく分からない声を上げながら、後ろを振り向き、逃げようとする。
 その体に黒いものがまとわりついた。

 ”黒い霧”である。

 捕らわれ、持ち上げられた令嬢は「ヒャアヒャア!」騒がしかったので、”黒い霧”でその顎を固め黙らせた。

 エリージェ・ソードルは視線を巡らせた。

 令嬢が”不幸なことに”鼻から血を出した――そんな突然の出来事に驚いたのか、伯爵家使用人やこの茶話会に参加している令嬢達が硬直しているのがチラリと見えたが気にせず、椅子を発見すると、新たに生み出した”黒い霧”ですぐそばまで引き寄せた。
 そして、それに座ると、「で、誰からの指示なの?」と下位貴族木っ端貴族令嬢に訊ねた。
 優しいことにこの女、声がより聞き取りやすいように”黒い霧”で掴む下位貴族木っ端貴族令嬢の顔を自分に近づけた。

 ただ、この雑な女のやることである。

 その令嬢の状態は逆さ吊りのような状態で、羞恥のためか、はたまた血が頭に降りてきているのか顔が赤黒くなっていた。
 あえて、救いがあるとすれば……。
 ”黒い霧”によって体中を締め付けていたので、下半身部分の衣服がめくれるといった悲劇だけは免れていた。

 女は続けて問う。

「あなたの様な下位貴族木っ端貴族の令嬢が、自分の意志で公爵家わたくしに絡んで来たとは思えないわ。
 誰かに頼まれた、そうでしょう?」

 だが、この女が訊ねているにも関わらず、その令嬢、「あ……あの……」などとボソボソと言うだけで答えない。
 そういう”物言えぬ”者に対しては、利や害などを説くのが一般的であろう。
 誰かは知らないが、公爵代行よりも上位である事は王族以外ではあり得ない等、じっくり言って聞かせればたかが下位貴族である。
 普通に答えた可能性が高い。

 だがこの女、エリージェ・ソードルは非常にせっかちである。

 領地運営などであればまあ……”幾分”その限りでない。
 ただ、それ以外の場合は輪をかけて早急に結果を求めようとする。
 前日に植えさせた花の種の芽が出ないと掘り起こさせようとして、”あの”クリスティーナにすら『エリーちゃん、もう少し待って上げて』と呆れた顔をされるほどであった。

 故にと言うべきか、すぐに答えを寄越さないこの令嬢に対して、イラりと片眉を上げた。

 だが、流石のこの女とて――相手が貴族ともいえぬ下位貴族木っ端貴族とて、茶会の席で”乱暴なことは出来ない”と思っている。
 ……無礼に対して、まあ多少、というか、扇子で軽く”撫でる”程度なら――許容範囲とは思っていたが……。

 相手を痛めつけるほど酷い行いをするのは、令嬢にあるまじき行為だと信じて疑わなかった。

 そして、この女は――多く特定の人間にとって驚くべきな事かもしれないが、自身はそのような恥ずかしい令嬢ではないと一点の曇りもなく、確信していた。

 だが、このたかだか……男爵令嬢なのか子爵令嬢なのか?
 ともかく、どこぞの令嬢はだんまりである。

 それは非常に、煩わしいことである。

 では、どのようにすればその煩わしさを解消できるか?

 この女、少し考えた後に、令嬢を絡めている”黒い霧”をパッと離した。
「ひゃ!?」という悲鳴が上がり、床に落ちていく。
 それを再度”黒い霧”で掴む事により、ピタリと止めた。
 涙が額を伝い頭にしみこませている令嬢、その長い髪が微かであったが床に触れていた。
 顎に手をやり「ふむ」と言葉を漏らしたエリージェ・ソードルは、”黒い霧”で再度、令嬢を上に持ち上げる。

 例えば、拳で殴る。
 これは疑いようもない暴力であり、令嬢にあるまじき態度である。
 例えば、扇子で殴る。
 これは相手が下位貴族であれば”ほぼ”問題ないと言えるが……やり過ぎれば令嬢として”ちょっと”良くないかもしれない。

 だが、例えば手――この場合は”黒い霧”ではあるが――それを離す行為はどうなのだろうか?

 ただ、離す――離すだけである。
 その行為は暴力とはほど遠い――非暴力ですらあるのではないか?

 この女、そのように思った。

 当然、逆さづりの状態から床に落とされたら、屈強な兵士ならともかく、体など鍛えたことのない令嬢など首が折れて普通に死ぬ。

 だが、頭がおかしい良くないこの女は、その辺りの事に一切気づかない。

 むしろ、(もうちょっと、高くないと意味ないかしら?)などと、さらに持ち上げる為に、”黒い霧”で体を掴み直している。
 高さに怯えたのか、この女の”あれ”な頭の中に怯えたのか、下位貴族令嬢が泣きわめくように言った。
「言いますバズ
 言いますかばずがだずけてぇぇぇ!」
 それに対してこの女、閉じた扇子を振りながら答える。
「もう少し高くするから、少し待ちなさい!」
「やぁぁぁぁぁぁ!
 やだやだぁぁぁ!」
 下位貴族木っ端貴族令嬢が半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
「ラームですぅぅぅ!
 ラーム伯爵令嬢はぐしゃぐれえじょうですぅぅぅ!」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...