殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第三章

絶望を生む魔道具

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 もたれかかってくる侍女ミーナ・ウォールの髪が顔に当たり、鬱陶しそうにしていた女が、聞き捨てならない言葉に眉を寄せる。

 そして、「退きなさい」とただ言った。

 だが、その静かな声音の奥からただならぬものを感じた侍女は「ひっ!?」と声を漏らすと、床に転がらんばかりに落ちると這うように離れる。
 エリージェ・ソードルは髭ずらの大男に静かに視線を向ける。
「あなた、今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだけど……。
 王になる――と、言わなかったかしら?」
「あぁ~ん?
 言ったさ。
 それがどうした?
 ネズミごとき、ひょろちびのくせにふんぞり返っている貴族や王族などより、頭が良く、腕力も、子分だっているこの俺様が!
 この場所を身一つでここまでのし上がった俺様が!
 どう考えても、相応しいだろう?」
「そう……。
 度しがたいわね」
 エリージェ・ソードルは呟くようにいうと、椅子の肘掛けに手を置いた。
 そして、ゆっくりと立ち上がる。
 大人びているとはいえ、発育がいくらか良いとはいえ、たかが、たかが十代前半の、しかも女である。
 どころか、腕力で多くのことをねじ伏せてきた男達から見たら、頼りなく見えるその首も、肉を感じさせないその腕も、軽く折れば砕けそうなその腰も、軽くけるだけで折れそうなその足首も――上げだせばきりが無いほど、エリージェ・ソードルはただただ、ただの無力な令嬢であった。

 だが、この恐るべき女はその立ち上がる動作を行っただけで……。
 扇子を手に持ち立っているだけで……。
 言い知れぬ凄みを男達に感じさせた。

 兵士など、騎士など、恐るるに足りぬと嘯いていたこの荒くれどもが、無意識のうちに、一歩、後ずさった。

 だが、エリージェ・ソードルという女はその様なこと、気にしない。

 閉じた扇子で手のひらを叩きながら、一歩、歩を進めた。
 その体からは黒い靄がふわりと湧き上がる。

 〝黒い霧〟である。

 この女の尋常ならざる様子に、荒くれ者の中からも「ひぃ!?」と悲鳴を上げる者もいた。
 髭ずらの大男も、例に漏れず強ばった顔でそれを見ていた。
 だが、流石はこの辺りを支配していると豪語するだけのことはあるのか――引きつった物ではあるものの「ガハハ!」と笑って見せた。
 そして、腰に吊してあった袋から、何かを取り出した。
「お前が強気でいられる訳など、この俺様が知らないとでも思ったのか?
 聞く所によると、大層な魔術が使えるそうじゃないかぁ~
 だがな――」
 髭ずらの大男はエリージェ・ソードルの眼前へと右手に持つ物を突き出した。
「すたぁ~と、ざ、まじくすとーん!」
 髭ずらの大男が突然上げた奇声に、眉を寄せたエリージェ・ソードルだったが、目を見はることとなる。
 この女の体からふわりと湧き上がっていた、漆黒の霧がかき消えたのだ。
 それを見た髭ずらの大男は、高笑こうしょうする。
「どうだ!
 どうだ!
 クソやろう!
 ハハハ!
 魔術がなければ、お前なんてただの小娘に過ぎない!
 それに引き換え、この俺様は牛すら殴り殺せる腕力がある!」
「ふ~ん……」
 エリージェ・ソードルは、髭ずらの大男の右手にある魔道具を見た。
 大男の握りこぶしほどにはなりそうな魔石――それには魔術語らしき文字が書き込まれている。
 さらにそこに、白くて細い布が巻かれていて、その余り部分が髭ずらの大男の右手から垂れ下がっていた。

 この女の〝黒い霧〟をかき消すのだ、恐らく相当強力な魔道具なのは間違いない所だ。

(ひょっとしたら、王城の魔術師でも無力化されるかもしれないわね)
 そんなことを考えつつ、エリージェ・ソードルは閉じた扇子を軽く振った。
 それに対して、息を吹き返したように、男達が笑う。
 髭ずらの大男がニヤニヤ笑いながらいう。
「お得意の魔術が使えなくなったら、今度はそんなひょろっこい棒で戦うつもりか!?
 馬鹿じゃないか!?」
 馬鹿にするかのような発言に、エリージェ・ソードルは特に何の反応も示さない。
 魔道具をじっと見つめながら「確か、盗賊から奪った物は自分のものに出来るって話だったわよね?」とぼそりと呟いた。
 その冷淡ともいえる様子に自尊心を傷つけられたのか、髭ずらの大男は顔をかっと赤める。
 そして、扉の側まで来たエリージェ・ソードルの眼前に、魔道具を突きつけた。
「馬鹿が!
 魔術が使えない魔術師なんて、そこらの木偶の坊よりも愚図だって、相場が決まってるだろうがぁぁぁ!」
 エリージェ・ソードル相手だからか愚かなのか、他の相手に対してでも愚かなのかは人によって、解釈は分かれるかもしれない。
 エリージェ・ソードルは――この化け物と呼ばれた女は、無礼にも目の前に突きつけられた魔道具――それを掴む太く盛り上がった腕を、羽虫を叩く程度の様子で、扇子ではたいた。

 ゴキっという鈍い音が思いのほか大きく響いた。

「あらっと」
 エリージェ・ソードルは声を漏らしながら、叩いた所から直角に折れた腕、そこからこぼれ落ちた魔道具を左手で受け止めた。
 そして、「は?」と間抜けな声を上げていた髭ずらの大男が絶叫を上げ、床を転がるのをそのままに、エリージェ・ソードルは魔道具を眺める。
「なかなか良さそうな魔道具だけど……。
 我が家で使うには、少し格が落ちるかしら?
 やはり売るべきか――」
「痛ぇ!
 痛ぇ!」
 エリージェ・ソードルは馬鹿みたいに叫ぶ声に、眉を寄せる。
「うるさいわねぇ」
 女は呟くと扉から中に入る。
 そして、子分らしき者達に支えられている髭ずらの大男に冷めた目を送り、扇子を持つ手を振り上げ、躊躇なく振り下ろした。
 鋼鉄の扇子で頬を張られた髭ずらの大男は、ゴンっという鈍い音と共に顔が勢いよく横に逸れ――その勢いのまま横に転がっていく。
「お、親分!」
 などと叫ぶ子分達の前で、白目を向きながらピクリとも動かない。
「ひっひい!?
 なんだこいつ!
 魔術が出来るだけの、弱い貴族のガキじゃないのかよ!」
 子分の一人が叫ぶと、年かさの子分が「落ち着けぇ~」と腰に差していた大ぶりの小剣を抜いた。
「あの女が持ってるのは――恐らく魔道具かなんかなんだろう。
 へ、へへへ……。
 魔術が出来ないのには変わりはないんだ!
 こちらはまだ5人もいるし、あんな素人のガキ――」
「クローズド、マジックストーン」
 エリージェ・ソードルが唱えると、魔術を無効化していた魔道具から光が失われ、エリージェ・ソードルの体から、〝黒い霧〟がふわりと浮き上がった。
 年かさの子分を含む、男達の全員が愕然とした顔になる。
「ば、馬鹿な……。
 何故、魔道具を停止させる言葉を知っている……」
 そんな様子に、平民など歯牙にもかけぬエリージェ・ソードルが珍しく答える。
「あら、この白い布に書いてあるわよ」
 魔道具にくくりつけられている白い布は覚え書きだろう――起動や停止の言葉がきちんと書かれていた。
 忘れて使えなくなる事を回避する手段だろうが……。
 魔道具を奪われたときのことを考えると、下策だというのは言うまでもないだろう。
 実際、年かさの子分は顔を真っ赤にしながら激高し「あのクソ馬鹿野郎ぉぉぉ!」と怒鳴りながら、エリージェ・ソードルに小剣を振り上げた。
 そこに、払うかのように〝黒い霧〟が横薙ぎに振るわれる。
「げほ!?」とか何とか言いながら、髭ずらの大男や年かさの子分を含む男達全員が、掃き払われるように吹き飛ばされ、壁に激突した。
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