《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖

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第十章

89.夢の中へ

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「ここだけの稼ぎでやっていけてるのか?」ジェームズが何気に質問した。

古ぼけた店内はわずかなカウンター席と小さな丸テーブル席が二つしかなかった。

「まあなんとかね」オリビアが苦笑いをする。

「床もワックス、ちゃんとかけてるんだな」

「その方がお掃除楽だし、床板も長持ちするから」

「相変わらず几帳面だな、オリビアは」

「ふふふ……、はい」オリビアがジェームズの前にビールを置いた。

ジェームズの体が一瞬止まる。その様子を見たオリビアが慌てて「いらなかった?」と聞く。

「あ、う~ん……いや、いただくよ」

ビールを一口飲んでオリビアにずっと聞きたかったことを尋ねる。

「オリビア、君は俺のことを今でも恨んでいるか?」

オリビアも自分のグラスにビールを注いで一口飲んだ。

「私、一度もジェームスのことを恨んだことはないわよ」

ジェームズ が意外だという顔つきでオリビアの顔を見た。

「あの日あなたがマリアを襲うまでにはいろんな偶然が重なっていたから。運命なんじゃない?」

「偶然?」

「そっ。あの日マリアが私たちと一緒に食事をしなければあんなことにはならなかった」

「あの日私たちがお酒を飲まなければ酔うこともなかった」

「あの日私とマリアが一緒に食事をした男性がジェームズじゃなければあんなことにはならなかった」

ジェームスはすぐに口を挟む。

「異議あり。俺は襲ったつもりはないんだ」

「却下します。そんな言い訳通じるわけないでしょう?」

オリビアが冷ややかな目つきでジェームズに尋ねる。

「あなた、私とマリアを間違えたって言ったけど、もしあの時、本当に私があなたの目の前で酔っ払って眠っていたら、あなたは私を抱いていたんでしょう?」

「……」言葉に詰まるジェームズ。

「それは、たとえ恋人同士でも一線を超えていると思うわよ?」

「……ごめん」

「まあ、あなたにすれば、愛しい人を抱いただけなんでしょうけどね」

「……」

「もうこんな話はやめましょう」

「……うん」

「それで?ジェームスは今どんな仕事してるの?」

「……警備隊……の隊員をやってる」

「2級騎士はダメだったのね……」

「うん」ここでジェームスは話題を変えようとオリビアに質問する。

「ところで君はどうしてこの土地にいるんだ?クロッグ様から君は国境近くの街へ引っ越したって聞いていたんだが……」

「引っ越したわよ。でも5年前にここへ引っ越してきたの」

「どうして?」

「30歳を前に気分転換をしたかったから」

「前のところでもこういう仕事をしていたのか?」

「ええ、前にいた店は知り合いの女の子に譲ってきたわ。格安でね」

「そうなんだ…」

なんとなくしんみりとしてきた雰囲気になってきたのでオリビアがジェームズにビールを勧める。

「お腹は空いてないの?」

「ああ、今食べてきた帰りなんだ」

「じゃあ…だし巻き卵があるんだけど、食べる?」

「へぇ、じゃあ、いただこうかな」

オリビアは嬉しそうにカウンターに入り準備を始めた。

しばらくするとジェームズの目の前にはだし巻き卵とお酒のお湯割りが置いてあった。

ジェームズがそれを見て少し感動していた。お酒のお湯割りはジェームズの好物だったのだ。

「覚えていてくれたのか、オリビア」

「ふふふ……飲んで」

お酒を一口飲んでみる。体に染みていく美味しさだった。だし巻き卵もしっかりと出汁が効いていて美味しかった。

ジェームズが食べている間オリビアは ただじっとジェームズの顔を見つめていた。





ジェームズが高等部を卒業する間際にオリビアから愛の告白を受けた時のことを喋り出す。

「しかしあの時のオリビアは可愛かったなぁ」

「ごめんね今はおばさんで」

ジェームズは構わず話を続ける。

「君は俺の目を見つめてこう言ったんだ。『先輩!私、ジェームス先輩が好きです。私と結婚を前提にお付き合い願いませんでしょうか』ってね」

「きゃあ、やめてよ。恥ずかしい」

オリビアの表情が少しだけ真顔になってこういった。「『私と結婚を前提に交際してくれないか、オリビア』そう言ったのよ……あなた」

「そうだったな。確かに俺はそう言った」

「もう遠い昔の話になるのね」

「ああ、時が経つのは早いものさ」

「マリアとはうまくいってるの?」

「うん。おかげさんで」

「そう……。よかったわね」

ジェームズが帰り支度を始めた。

「もう……帰るの?」

「ああ、あまり遅くなると警備隊の宿舎に入れてもらえないからな」

オリビアはジェームズと一緒に店の外へ見送くりに出た。

「じゃあ帰るよ。オリビアも元気でな」

そう言って背中を向けたジェームズにオリビアが言葉を投げかける。

「ねぇ、私たちあのまま結婚していたら今頃どうなっていたと思う?」

ジェームズが立ち止まってゆっくりと振り返る。

「そりゃあ、幸せになっていただろうな」

オリビアがにっこりと笑って返事をする。

「私もそう思う」

オリビアの足がわずかに動いた瞬間、ジェームズの目にはマリアの面影が浮かんだ。

しかし見つめ合う二人は互いに引き寄せられるように抱きしめ合っていた。

ジェームズの頭の中からマリアの面影が……消えた。



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