89 / 93
第十章
89.夢の中へ
しおりを挟む
「ここだけの稼ぎでやっていけてるのか?」ジェームズが何気に質問した。
古ぼけた店内はわずかなカウンター席と小さな丸テーブル席が二つしかなかった。
「まあなんとかね」オリビアが苦笑いをする。
「床もワックス、ちゃんとかけてるんだな」
「その方がお掃除楽だし、床板も長持ちするから」
「相変わらず几帳面だな、オリビアは」
「ふふふ……、はい」オリビアがジェームズの前にビールを置いた。
ジェームズの体が一瞬止まる。その様子を見たオリビアが慌てて「いらなかった?」と聞く。
「あ、う~ん……いや、いただくよ」
ビールを一口飲んでオリビアにずっと聞きたかったことを尋ねる。
「オリビア、君は俺のことを今でも恨んでいるか?」
オリビアも自分のグラスにビールを注いで一口飲んだ。
「私、一度もジェームスのことを恨んだことはないわよ」
ジェームズ が意外だという顔つきでオリビアの顔を見た。
「あの日あなたがマリアを襲うまでにはいろんな偶然が重なっていたから。運命なんじゃない?」
「偶然?」
「そっ。あの日マリアが私たちと一緒に食事をしなければあんなことにはならなかった」
「あの日私たちがお酒を飲まなければ酔うこともなかった」
「あの日私とマリアが一緒に食事をした男性がジェームズじゃなければあんなことにはならなかった」
ジェームスはすぐに口を挟む。
「異議あり。俺は襲ったつもりはないんだ」
「却下します。そんな言い訳通じるわけないでしょう?」
オリビアが冷ややかな目つきでジェームズに尋ねる。
「あなた、私とマリアを間違えたって言ったけど、もしあの時、本当に私があなたの目の前で酔っ払って眠っていたら、あなたは私を抱いていたんでしょう?」
「……」言葉に詰まるジェームズ。
「それは、たとえ恋人同士でも一線を超えていると思うわよ?」
「……ごめん」
「まあ、あなたにすれば、愛しい人を抱いただけなんでしょうけどね」
「……」
「もうこんな話はやめましょう」
「……うん」
「それで?ジェームスは今どんな仕事してるの?」
「……警備隊……の隊員をやってる」
「2級騎士はダメだったのね……」
「うん」ここでジェームスは話題を変えようとオリビアに質問する。
「ところで君はどうしてこの土地にいるんだ?クロッグ様から君は国境近くの街へ引っ越したって聞いていたんだが……」
「引っ越したわよ。でも5年前にここへ引っ越してきたの」
「どうして?」
「30歳を前に気分転換をしたかったから」
「前のところでもこういう仕事をしていたのか?」
「ええ、前にいた店は知り合いの女の子に譲ってきたわ。格安でね」
「そうなんだ…」
なんとなくしんみりとしてきた雰囲気になってきたのでオリビアがジェームズにビールを勧める。
「お腹は空いてないの?」
「ああ、今食べてきた帰りなんだ」
「じゃあ…だし巻き卵があるんだけど、食べる?」
「へぇ、じゃあ、いただこうかな」
オリビアは嬉しそうにカウンターに入り準備を始めた。
しばらくするとジェームズの目の前にはだし巻き卵とお酒のお湯割りが置いてあった。
ジェームズがそれを見て少し感動していた。お酒のお湯割りはジェームズの好物だったのだ。
「覚えていてくれたのか、オリビア」
「ふふふ……飲んで」
お酒を一口飲んでみる。体に染みていく美味しさだった。だし巻き卵もしっかりと出汁が効いていて美味しかった。
ジェームズが食べている間オリビアは ただじっとジェームズの顔を見つめていた。
❖
ジェームズが高等部を卒業する間際にオリビアから愛の告白を受けた時のことを喋り出す。
「しかしあの時のオリビアは可愛かったなぁ」
「ごめんね今はおばさんで」
ジェームズは構わず話を続ける。
「君は俺の目を見つめてこう言ったんだ。『先輩!私、ジェームス先輩が好きです。私と結婚を前提にお付き合い願いませんでしょうか』ってね」
「きゃあ、やめてよ。恥ずかしい」
オリビアの表情が少しだけ真顔になってこういった。「『私と結婚を前提に交際してくれないか、オリビア』そう言ったのよ……あなた」
「そうだったな。確かに俺はそう言った」
「もう遠い昔の話になるのね」
「ああ、時が経つのは早いものさ」
「マリアとはうまくいってるの?」
「うん。おかげさんで」
「そう……。よかったわね」
ジェームズが帰り支度を始めた。
「もう……帰るの?」
「ああ、あまり遅くなると警備隊の宿舎に入れてもらえないからな」
オリビアはジェームズと一緒に店の外へ見送くりに出た。
「じゃあ帰るよ。オリビアも元気でな」
そう言って背中を向けたジェームズにオリビアが言葉を投げかける。
「ねぇ、私たちあのまま結婚していたら今頃どうなっていたと思う?」
ジェームズが立ち止まってゆっくりと振り返る。
「そりゃあ、幸せになっていただろうな」
オリビアがにっこりと笑って返事をする。
「私もそう思う」
オリビアの足がわずかに動いた瞬間、ジェームズの目にはマリアの面影が浮かんだ。
しかし見つめ合う二人は互いに引き寄せられるように抱きしめ合っていた。
ジェームズの頭の中からマリアの面影が……消えた。
古ぼけた店内はわずかなカウンター席と小さな丸テーブル席が二つしかなかった。
「まあなんとかね」オリビアが苦笑いをする。
「床もワックス、ちゃんとかけてるんだな」
「その方がお掃除楽だし、床板も長持ちするから」
「相変わらず几帳面だな、オリビアは」
「ふふふ……、はい」オリビアがジェームズの前にビールを置いた。
ジェームズの体が一瞬止まる。その様子を見たオリビアが慌てて「いらなかった?」と聞く。
「あ、う~ん……いや、いただくよ」
ビールを一口飲んでオリビアにずっと聞きたかったことを尋ねる。
「オリビア、君は俺のことを今でも恨んでいるか?」
オリビアも自分のグラスにビールを注いで一口飲んだ。
「私、一度もジェームスのことを恨んだことはないわよ」
ジェームズ が意外だという顔つきでオリビアの顔を見た。
「あの日あなたがマリアを襲うまでにはいろんな偶然が重なっていたから。運命なんじゃない?」
「偶然?」
「そっ。あの日マリアが私たちと一緒に食事をしなければあんなことにはならなかった」
「あの日私たちがお酒を飲まなければ酔うこともなかった」
「あの日私とマリアが一緒に食事をした男性がジェームズじゃなければあんなことにはならなかった」
ジェームスはすぐに口を挟む。
「異議あり。俺は襲ったつもりはないんだ」
「却下します。そんな言い訳通じるわけないでしょう?」
オリビアが冷ややかな目つきでジェームズに尋ねる。
「あなた、私とマリアを間違えたって言ったけど、もしあの時、本当に私があなたの目の前で酔っ払って眠っていたら、あなたは私を抱いていたんでしょう?」
「……」言葉に詰まるジェームズ。
「それは、たとえ恋人同士でも一線を超えていると思うわよ?」
「……ごめん」
「まあ、あなたにすれば、愛しい人を抱いただけなんでしょうけどね」
「……」
「もうこんな話はやめましょう」
「……うん」
「それで?ジェームスは今どんな仕事してるの?」
「……警備隊……の隊員をやってる」
「2級騎士はダメだったのね……」
「うん」ここでジェームスは話題を変えようとオリビアに質問する。
「ところで君はどうしてこの土地にいるんだ?クロッグ様から君は国境近くの街へ引っ越したって聞いていたんだが……」
「引っ越したわよ。でも5年前にここへ引っ越してきたの」
「どうして?」
「30歳を前に気分転換をしたかったから」
「前のところでもこういう仕事をしていたのか?」
「ええ、前にいた店は知り合いの女の子に譲ってきたわ。格安でね」
「そうなんだ…」
なんとなくしんみりとしてきた雰囲気になってきたのでオリビアがジェームズにビールを勧める。
「お腹は空いてないの?」
「ああ、今食べてきた帰りなんだ」
「じゃあ…だし巻き卵があるんだけど、食べる?」
「へぇ、じゃあ、いただこうかな」
オリビアは嬉しそうにカウンターに入り準備を始めた。
しばらくするとジェームズの目の前にはだし巻き卵とお酒のお湯割りが置いてあった。
ジェームズがそれを見て少し感動していた。お酒のお湯割りはジェームズの好物だったのだ。
「覚えていてくれたのか、オリビア」
「ふふふ……飲んで」
お酒を一口飲んでみる。体に染みていく美味しさだった。だし巻き卵もしっかりと出汁が効いていて美味しかった。
ジェームズが食べている間オリビアは ただじっとジェームズの顔を見つめていた。
❖
ジェームズが高等部を卒業する間際にオリビアから愛の告白を受けた時のことを喋り出す。
「しかしあの時のオリビアは可愛かったなぁ」
「ごめんね今はおばさんで」
ジェームズは構わず話を続ける。
「君は俺の目を見つめてこう言ったんだ。『先輩!私、ジェームス先輩が好きです。私と結婚を前提にお付き合い願いませんでしょうか』ってね」
「きゃあ、やめてよ。恥ずかしい」
オリビアの表情が少しだけ真顔になってこういった。「『私と結婚を前提に交際してくれないか、オリビア』そう言ったのよ……あなた」
「そうだったな。確かに俺はそう言った」
「もう遠い昔の話になるのね」
「ああ、時が経つのは早いものさ」
「マリアとはうまくいってるの?」
「うん。おかげさんで」
「そう……。よかったわね」
ジェームズが帰り支度を始めた。
「もう……帰るの?」
「ああ、あまり遅くなると警備隊の宿舎に入れてもらえないからな」
オリビアはジェームズと一緒に店の外へ見送くりに出た。
「じゃあ帰るよ。オリビアも元気でな」
そう言って背中を向けたジェームズにオリビアが言葉を投げかける。
「ねぇ、私たちあのまま結婚していたら今頃どうなっていたと思う?」
ジェームズが立ち止まってゆっくりと振り返る。
「そりゃあ、幸せになっていただろうな」
オリビアがにっこりと笑って返事をする。
「私もそう思う」
オリビアの足がわずかに動いた瞬間、ジェームズの目にはマリアの面影が浮かんだ。
しかし見つめ合う二人は互いに引き寄せられるように抱きしめ合っていた。
ジェームズの頭の中からマリアの面影が……消えた。
8
あなたにおすすめの小説
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
【完結】完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』
恋せよ恋
恋愛
名門で富豪のレーヴェン伯爵家の跡取り
リリアーナ・レーヴェン(17)
容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れる
完璧な令嬢と評される“白薔薇の令嬢”
エルンスト侯爵家三男で騎士課三年生
ユリウス・エルンスト(17)
誰にでも優しいが故に令嬢たちに囲まれる”白薔薇の婚約者“
祖父たちが、親しい学友であった縁から
エルンスト侯爵家への経済支援をきっかけに
5歳の頃、家族に祝福され結ばれた婚約。
果たして、この婚約は”政略“なのか?
幼かった二人は悩み、すれ違っていくーー
今日もリリアーナの胸はざわつく…
🔶登場人物・設定は作者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます✨
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる