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第二章
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しおりを挟む「ほらっ、次いくぞー!」
「まだやんのかよ!?」
立て続けに放たれる空気弾。最初は粉々に砕けていた氷の盾も何度か繰り返すうちに、ひびは入りながらも耐えられるようになってきた。
「おっ、いいじゃんいいじゃん! ほら見ろ、もう半分くらいは持ちこたえてるぞ!」
「半分でドヤ顔すんな!」
「いやいや、半分ってめっちゃ伸び率高いだろ? 俺、こういうのちゃんと見てるんだぜ?」
「……っ!」
また一発。リュシアンは反射的に氷を展開――盾はギリギリで衝撃を受け止め、粉雪のように砕け散った。
「……っは、今の、ちょっとだけ……!」
「おう、耐えたな。な? やっぱりできるじゃん」
カスパルはにっと笑って親指を立てる。
「つーかリュシアン、やっぱ伸びしろすげぇよ。氷の防御は本来めっちゃ難しいんだぞ? 硬さと持続力を両立させなきゃいけねーから。お前の魔力量なら、コツさえ掴めば絶対武器になる」
「武器……」
「そうそう。守りに使えるだけじゃない。盾の破片を飛ばせば攻撃にも転じる。かなり面白い戦い方できるぜ?」
胸がじん、と熱を帯びた。
(やっぱこの人、教える時は本気なんだよな)
何度目かのチャレンジで、氷の盾が空気弾を弾き返した。
「……っ、できた!」
「よっしゃー!! ほら見ろ、言ったろ!? やっぱ俺の教え方が最高なんだよ!」
「そこは俺の努力を褒めろよ!!」
「ははっ、いい反応。……でもマジで、今のは合格点だ。胸張っとけ」
軽口を叩きながらも真剣な眼差しに、リュシアンは思わず息を呑んだ。
(破滅の未来が待ってるのはわかってる。けど、“無力なまま終わる”のは嫌だ。守れる手を手に入れたんだ。それだけでも……ほんの少しは救いになる)
試験当日。
演習場に集められた生徒たちは一様に緊張した面持ちで、試験官の教官を見据えていた。
「――本日の課題は《中級防御魔法》。制限時間は三十秒。君たちの前に放たれる魔法攻撃を防ぎ切れれば合格とする。失敗すれば……まぁ、治癒師の出番だな」
軽口まじりに告げられる試験内容に、場の空気がぐっと張り詰める。
同級生たちが次々と挑戦していく。氷、炎、風、属性ごとに光るシールドが張られ、耐えきれたり砕け散ったり。歓声と溜息が交互に響いた。
(うわぁ、俺の番、もうすぐだ……!)
順番が近づくたびに、胃の奥がぎゅっと縮む。
カスパル先輩にしごかれた成果が出るか――それとも氷片をぶちまけて大恥をかくか。
「次、リュシアン・ド・ヴァリエール」
名前を呼ばれ、足が勝手に硬直する。けど逃げ道はない。
深呼吸を一つ、胸に手を当てて演習場の中心へと歩み出た。
(落ち着け。氷は俺の属性だ。俺にしかできない守り方を――!)
教官が手を翳し、鋭い詠唱を紡ぐ。
赤熱の火球が膨れ上がり轟音を立ててリュシアンめがけて飛来する。
「――《アイスシールド》!」
渾身の魔力を込めて詠唱。
瞬間、半透明の氷壁が目の前に展開した。
火球がぶつかり、激しい蒸気が巻き上がる――しかし、砕け散ることはなかった。
熱と冷気が拮抗し、視界が真っ白になる。
それでも壁は崩れず、三十秒を耐えきった。
「合格」
無表情に告げられる教官の一言。
ざわっ、と周囲がざわめいた。
(やった……! 本当に、できたんだ……!)
膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえて、深く息を吐いた。
守れる。今の俺には――俺自身を、そしていつか誰かを守る力がある。
「すげぇな」
「氷のシールドなんて、普通あそこまで張れねぇだろ」
「やっぱあいつ、噂どおりの才能あったんじゃないか?」
ざわめく周囲の声。褒め言葉なんだろうけど、どれも耳に刺さる。視線が熱くて、肩に重くのしかかってくる。
そんな中――
「……こんなとこにいたんですか」
聞き慣れた落ち着いた声が背後から降ってきた。振り向けば、ダークブラウンの髪を整えたユリウスが、青灰色の瞳でこちらを見下ろしている。
「お前の番もうすぐだろ? いいのかよ、ここに居て」
「僕を誰だと思ってるんですか。防護魔法くらい、いつでも使えるに決まってるでしょう」
「……っ、ムカつく! こっちは死ぬほど練習してやっと形になったのに!」
「カスパル先輩と、でしたっけ?」
「え……あ、うん」
「へえ。僕を頼ってくれないとは。もう、この前のことは忘れたんですか?」
その目がふいに射抜くように細められて――胸が跳ねた。
「……っ」
「僕だけを見て」
「は、はぁ?! そ、それは……だって……じ、冗談だろ!?」
「冗談と言う割には、僕のことを意識してくれたみたいですけど」
ふ、と口角が上がる。ぞわりと背筋が震えた。
「いや! 別に……! 試験近いのにお前に迷惑かけたくなくて、カスパル先輩に頼んだだけで……意識なんか!」
「ふうん。つまり――“意識したから避けた”と」
「ちーがーう!! もうお前ほんとねちっこい!!」
ユリウスはくすっと笑い、少しだけ顔を寄せて。
「……いいんですか? そんなこと言って。僕が君を泣かせるなんて、簡単なんですからね」
低音の囁きが耳に直撃した。頬をするりと撫でられ、反射的に肩を震わせた瞬間――
「次、ユリウス・アドラー・ヴァイゼン!」
名を呼ばれ、ユリウスはひらりと背を向ける。
残された俺は、思わず耳を押さえて後ずさった。
(……っ、こっっっわ!! 何なんだあいつ!!)
ふと周囲のざわめきに気づく。視線を向ければ、セドリックとノエルの周りがガヤガヤと盛り上がっている。
(そうか。俺の後、あの二人の番だったな)
頭を冷やそうと深呼吸するが、さっきの会話がどうしても頭を離れない。
(……まさかな。俺が二人を気にしてるの、ユリウスが察して……気をそらしてくれた? いや、考え過ぎか)
ユリウスが壇上に立つとと同時に、空気の温度が変わった。澄んだ水面のように――凪いで、深く静まる。
「――《アクアシールド》」
低く告げられた言葉に呼応するように、彼の足元から淡い青光が広がった。
水の粒子が舞い上がり、陽光を受けて宝石のように輝く。
それらが緻密な軌跡を描き、幾重もの円環となって絡み合い――やがて巨大な水の盾を形作った。
ゆらりと揺れながらも決して崩れない、透明で滑らかな膜。
近づく者すべてを拒む冷たさと、見守る者を包み込む優しさを併せ持った結界。
「……っ」
思わず息を呑んだ。
ただ魔法を展開しただけなのに、まるで芸術を目の前にしているような圧倒的な美しさがある。
(やっぱりユリウスは俺なんかとは違う。整然として、鮮やかで、強くて揺るがない)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
なのに、目を逸らすことができなかった。
結界を張るユリウスの横顔は、冷ややかで凛として――けれど、その青灰の瞳が一瞬だけこちらをかすめた気がした。
(ずるい。俺の努力なんて、全部見透かされてるみたいだ……)
熱くなる頬を必死に誤魔化しながら、リュシアンはただ、その光景に見惚れ続けていた。
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