神様のデスゲーム 

夜刀神さつき

文字の大きさ
1 / 22

第1話 衝撃

しおりを挟む
「お前みたいな奴、早く消えろよ!!!」

 そう言われながら、ヨルドは泥水の中に無理やり顔を押さえつけられた。

「うぐっ」

 口の中に泥が入ってくる。じゃりじゃりしていて気持ち悪い。早く口を拭いたいが、手を片方ずつ別の人間に押さえつけられているため、拘束から抜け出せない。

 ヨルドの顔を押さえつけている男はギルベルトといい、黒髪にエメラルドグリーンの瞳をした目つきの悪い男である。彼の指示によりヨルドを拘束しているのは、アダムとヨーデルでギルベルトの手下である。

 必死で拘束から抜けようともがいていると「雑魚が居座り続けて、気持ち悪いんだよ!!!」と背後にいたギルベルトから脇腹を思いっきり蹴っ飛ばされた。

「うっ……」

 蹴られた脇腹は、肉片をえぐりとられたように激しい痛みが生まれた。痛みで顔を歪めていると、今度は顔を思い切り殴られた。

「クソ野郎が!消えろよ!!!」

 ギルベルトは、憎しみに満ちた声でヨルドに怒鳴りつけた。





 ヨルド・チェルノボグは、名誉騎士フィオリ・マクベインが運営する平民向けの道場に2年前から滞在していた。

 実は、ヨルドは王族であり、反乱を起こした宰相ラヴェル・ヘイムダルから身を隠すためと強くなるためにフィオリの道場に滞在していた。王家と関りがあったフィオリは、王族であるヨルドを特別扱いしてしまった。事情を知らない他の少年は不満を持ち、ヨルドをいじめるようになったのである。

 その日も、訓練が終わって一人になったヨルドは、ギルベルト達から急に囲まれ殴られた。

 ギルベルトは、イライラした様子で泥水に押し付けられたヨルドの顔を踏み付けた。


「目障りなんだよ。さっさと消えろ、このゴミが!」

「うぐっ」

 口の中には泥の味だけではなく、血の味も広がった。先ほど殴られたときに、頬も切れてしまったみたいだ。

「コネで入った奴が調子に乗るな!! 気持ち悪いんだよ!死ね!消えろ!!!」

「あがっ」

 呼吸がうまくできなくて苦しい。早く終わりにしてくれと願っていると、「弱い者いじめは、感心しないな」というベルベットのように滑らかな声が聞こえた。



 顔を上げるとオールバックにしたダークブロンドに、ヘーゼルの瞳をした美男子がこちらに向かって歩いてくる様子が見えた。

 彼を見たヨルドは「レイヴン……」とすがるように呟いた。

 ヨルドに近づいてきたレイヴンは、ヨルドと同じ部屋に暮らすフィオリの生徒の一人である。剣の実力者であり、毎回行われる試験で上位となっていた。

 少したれ目をしていて優しそうに見えるが、怒った時は人を殺しそうになるくらい怖かった。

レイヴンは、ギルベルトの胸倉を掴み上げ、今にも殴りそうな勢いで睨みつける。

「ギルベルト、君は本当に大人げないな。いつまでこんな幼稚な遊びをするつもりだ」

「ちっ。うるさいな」

 ギルベルトもレイヴンを射殺すように睨みつけるが、レイヴンはひるまない。

「この間、ヨルドは、君に1対1の勝負では勝っただろう。八つ当たりは、やめろ」

 ギルベルトは、よく取り巻きを率いてヨルドを虐めるが、最初は弱かったヨルドは誰よりも練習に励んだこともあり、剣の腕は向上していた。1対1の勝負では、すでにヨルドの方がギルベルトよりも実力が上になっていた。そのことも、ギルベルトをイラつかせていたのだ。

「八つ当たりじゃねぇ」

「悔しいなら、実力で示せ。順位決めは、また来月もあるだろう」

「うざいんだよ、この老害が!!!」

 ギルベルトは、そう言い捨てて取り巻きと共に逃げるように去っていった。レイヴンは、「大丈夫?」と泥だらけになったヨルドに手を差し伸べてきた。

「ありがとう、助かった」

 ヨルドは、起き上がり泥を払ったが、服や顔にべったりと大量の泥がこびりついている。

「ギルベルトも懲りないな。君に負けてから虐めが悪化している」

 レイヴンは、こめかみに手を当てながらため息をついた。

「そのうちおさまるよ。今日は、この汚れでは風呂場は使えないから、近くの川で水浴びをしてから戻るよ」

「わかった。気をつけて」

「ああ」


 ヨルドは、着替えとタオルを持って近くの小川に水浴びに向かった。

 水浴びをし終わる頃には、すっかり日が暮れていた。帰り道、近くの茂みで何かがキラリと光り輝いた。

(何だろう。宝石でも落ちているのだろうか)

 不思議に思い近づいてみると、そこにあったのは鏡の欠片であった。月光によりダイヤモンドのようにキラキラと光り輝いている。

(本当に鏡か?鏡にしては、輝きすぎじゃないか?)

 導かれるようにそれを拾い、じっと観る。何か文字が書かれているようだ。

「この鏡の欠片を集めれば神になれる。そして、一つだけ何でも願いを叶える」

 興奮のあまり、鏡を持つ手がブルブルと震える。

「そんな……これは、まさか真鏡なのか!」

 真鏡。それは天界の神器の一つであり、どんなことも知ることができる魔法の鏡である。

(これが、真鏡の欠片なのか。あのゲームが開催されているのか……)

 この鏡が、本物の真鏡が確かめる方法ならある。

 ヨルドは、鏡に月光を当てた。すると月光を浴びた鏡は、西に向けて光を放った。鏡の角度を変えても、西しか示さない。

「本物だ!」

 やっぱりこの鏡は、天界の鏡なのか。

 服で月光を遮ると、真鏡の輝きは消えて動かなくなった。真鏡は、月光に当たると他の一番近くにある鏡の位置を示すと聞いたことがある。

 これは、きっと神様の鏡だ。ここに書いてある通りに、全ての欠片を集めれば、神様になれてどんな願いも叶えてもらえるはずだ。

「これさえあれば、モニカを救うことができる……」

 興奮しながら、ヨルドはそう呟いた。

 2年前、妹のモニカは、宰相ラヴェル・ヘイムダルにより殺された。モニカが殺された復讐をすることが願いであったが、真鏡の欠片があるのなら、モニカを生き返らせることもできるかもしれない。

(早く残りの欠片を集めたい。フィオリに報告して、この道場を出よう。そして、真鏡の欠片を集める旅に出よう)

 道場の師匠であるフィオリは、ヨルドにだけ特別優しい。真鏡を巡っては血で血を洗う醜い争いが繰り広げられたということを聞いたことがあるが、フィオリならヨルドから真鏡を奪ったりしないだろう。それにお世話になったフィオリに、本当のことを告げずに立ち去るのは気が引けた。



 道場に戻ったヨルドは、さっそくここの道場を束ねるフィオリの部屋を訪れた。

 コンコンとドアを叩くと「誰だ?」とフィオリから返事があった。

「ヨルドです。話があって来ました」

「入ってこい。話は何だ?」

 フィオリは、茶色の長髪に茶色の目をした中年の男である。中年といっても、無駄な脂肪なんて少しもない、鍛えられた騎士だ。毎日休むことなく訓練をしているせいか、実際の年齢よりもずっと若そうに見えた。

 彼は、机の前の椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいる様子であった。

「師匠。大事な話があって来ました」

「何だ?」

 フィオリは、紅茶を飲む手を止めて、ヨルドをまっすぐに見つめた。

「今夜、俺は、この道場を立ち去ろうと思います」

 それを聞いたフィオリは、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、ヨルドに近づいてきた。

「何が起きたんだ?もしかして、ギルベルトがまた問題でも起こしたのか」

「そうじゃありません。信じられないかもしれませんが、俺は……真鏡の欠片を見つけました」

 それを聞いたフィオリは、目を丸くし息を呑んだが、ヨルドの言葉を否定するように首を振った。


「……そんなもの迷信だ。あるわけない」


 そう呟いたフィオリの目は、永遠に朝が来ない海のように光がなかった。


「これを見てください」


 ヨルドは、自身の胸の内ポケットにしまいこんだ真鏡の欠片を取り出して、左の手のひらに乗せた。

 鏡は、月光を浴びて青白く光り輝く。そして、他の鏡の位置を示すように西に向けてゆっくりと移動した。


「そんな……ありえない!だが、これは、真鏡だ。200年以上前にも、シルヴェスト・スノーがこのゲームの勝者になったという言い伝えがあるが……そのゲームが再び開催されるのか!!!」


 フィオリは、雷に打たれたように震えながら真鏡を見つめ出した。


「この欠片を集めれば……神になれるのか……。何でも願いが叶うのか!」


 興奮気味に、そう叫び出す。彼の目が、ランランと輝く。まるで獲物を狙う爬虫類みたいで、背中にぞくりとしたものを感じた。

「師匠?」
「ああ……。すまない。取り乱してしまった。もうちょっとだけよく調べさせてくれ」

 鏡を持ったフィオリは、机の前にある椅子に座り、引き出しを漁りながら、様々な文献を取り出した。そして、鬼のような形相で文献と鏡を見比べていく。

 ふいにコンコンとノックする音が、ドアの外から聞こえた。


 ハッとしたフィオリは、素早く自分の上着の内側に真鏡を隠した。そして、用心深げに息を潜めてドアに近づき、ゆっくりとドアを開けた。

 そこにいたのは、先ほどヨルドをいじめから助けてくれた少年であるレイヴンであった。彼の顔を見たフィオリは、安堵したようにため息をついた。

「やあ、レイヴンか。いきなりどうしたんだ?」

「師匠。聞きたいことがあって来ました」

 なぜかレイヴンの声は、いつもと違う気がした。やけに熱っぽい声だ。彼の頬も、高揚しているように赤く染まっている。まるで酒に酔って、甘い夢でも見ているようだ。

「何が聞きたいんだ?」

 次の瞬間、フィオリの胸から剣が生えたように見えた。

「ごはっ」

 レイヴンから剣で刺されたフィオリは、血を吐きその場に崩れ落ちた。

「え……」

 全身の血が凍り付きそうな衝撃が襲う。

(あの優しいレイヴンが、師匠を殺したのか!?)

 ヨルドは、倒れたフィオリを見て目を見開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。

棚から現ナマ
ファンタジー
スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

処理中です...