神様のデスゲーム 

夜刀神さつき

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フォロ―ノ編

第18話 ディアネロの過去②

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 その夜、家中のものを処分して、金だけ持って街を出た。そして、噂だけを頼りにひたすらハニエルを捜し歩いた。そして、ようやく彼を見つけたのは、3つ目の街だった。彼は、おしゃれなレストランで、並びきらないほどの豪華な食事に囲まれていた。
「あの街では、3000万ラリアもうかったぜ」
 そう言ったのは、確かラビットと言われていた腹の出ている黒ひげの男だ。
「皆バカばっかりだな」
 ハニエルは、下品な笑みを浮かべながらそう言った。その言葉に、全身が凍り付くようだった。
「お前の容姿も、神っぽいのも悪いんだよ。声だって、凛としているし。俺じゃなきゃ、騙されてしまうところだぜ。よっ。神様のしもべ‼」
 赤茶の髪をしているアレドは、そう言いながら、ハニエルの肩をバンバンと叩く。
ああ。
 何だろう、この気持ちは……。
 まるで心臓を握りつぶされて、ぐちゃぐちゃにされるみたいだ。
 出会った人間を全て殺してしまいたくなるような強い殺意。
 怒りを押し殺しながら、彼らの前に現れた。
「……全部、嘘だったのかよ」
「しまった。見られた。こいつも信者の一員だっけ」
 ラビットが焦りだすが、アレドは冷静に短剣を懐から取り出した。
「ガキ1匹くらい大したことねぇ。早く殺そうぜ」
 ハニエルも、面倒くさそうに剣を取り出した。
「お前かよ……。名前誰だっけ?」
 ああ。
ひどいよ。結局、名前すらも忘れられていたのか。
 俺は、毎日すがるようにあんたに祈り続けていたのに。

「ディアネロ。ディアネロ・サディウス。あんたを殺す男だ」

 次の瞬間、巨大な壁が壊れラビットの頭を破壊した。自分が石の魔術師であることは知っていたし、石を動かしたことは何度もあるが、こんな莫大な力を感じたことは今まで一度もなかった。
「ラビット‼こいつ、魔術師か‼」
「くそっ!魔術師がなんで庶民にいたんだよ。最悪だ」
 岩の壁が吹き飛び、アレドにぶつかり辺りを血まみれにした。
 ハニエルは、怯えた顔で後ずさる。
「やめろ‼助けてくれ!金なら、返す。お前の家族だって助けてやる。俺が、神の遣いであるのは、本当のことなんだ‼」
 必死でそう叫ぶが、怒り以外の感情はもう生まれなかった。
「俺の家族は、もう死んでいる。あんた神様じゃなかったのかよ‼不可能を可能にするんじゃなかったのかよ!」
「お、お、お、俺は神の血が流れている。特別な存在なんだ。俺を傷つけると、不幸なことが起こるぞ」
「嘘つき。嘘ばかりつきやがって‼」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい。やめろ。やめてくれ」
 ハニエルは、恐怖のあまり涙と鼻水で顔をグチャグチャにしている。
 何だろう。
 この心臓をめった刺しにされるような感覚は。
 信じていた人間が想像以上に小物で、すがっていたものが全否定されて……。自分の世界が壊されて、地獄に叩きつけられるような最悪の気分だ。 
 どうして願って姿でいてくれなかったんだ?何でこんなクズな小物に、あれほどすがってしまったのだろう……。崇拝している時は、幸せまで感じていたのだ。彼のために自分の全てを捧げたいとすら思っていたのに……。

「もうお前なんかいらない!!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
 巨大な岩の塊がハニエルをぐちゃりと押しつぶした。

 ざまあみろ、嘘つきが‼
 
あれほど信仰していたハニエルが死んでも、そんな風にしか思えなかった。
 もう神なんていらない。誰にもすがらないし、誰にも期待しない。
 誰かにすがった俺が悪かったんだ。俺が間違っていた。
 奪われる側じゃなくて、奪う側になってやる。
 俺は、神になる。
 嘘をつき、神を語り、民衆を幸せにしてやる。


 石の魔術師として力を覚醒させた後は、神を語るようになった。最初は、嘘つきだと石を投げられバカにされた。
 衆人をもっと騙せる方法はないだろうか。そう考えている時、黄泉の美酒の噂を聞きつけた。そして、エドヴァという女から黄金の美酒を手に入れ、不死身の身体を手に入れた。
 黄泉の美酒を飲むと、心臓を刺されても、首を絞められても死ねなかった。 
 そして、神を名乗り信者に崇拝されるようになった。神にすがりたい人間は、たくさんいた。俺は、そういう人たちに夢を見せたのだ。いつしか、俺ではなく、私だと主語を変えた。その方が、神っぽいと思ったからだ。

 不死身の身体を持つ私を人々は、崇拝するようになった。ノマリア帝国の国王さえ凌ぐ権力を手に入れた。そして、私の存在を恐れた国王は、私を殺そうとした。けれども、私は石の魔術を使用して返り討ちにした。
 そして、ノマリア帝国の新たな国王となり、黄金離宮で暮らすようになった。
 信者は、さらに増えていった。みんな何かにすがりたかったのだろう。
 いつしか私は、自分の地位を失うことを恐れるようになった。私の悪評を広げるものは、見つけ次第殺すようにした。

 黄金離宮で食事をしている時のことだった。何故か異様な味がした。
「おい。このティラミスは変な味がする。作ったシェフを呼んで来い」
 傍にいる騎士に尋ねると、何故か騎士は慌てることなく私の方へ近づいてきた。
「そのティラミスは、いつものシェフが作ったのではありません」
「じゃあ、誰が作ったんだ?」
「誰だと思いますか」
 おかしなことに金髪の騎士は、主である私に質問をしてきたのだ。
「貴様!!!毒薬でも仕込んだのか?私は、神だから毒なんて効かないぞ」
「仕込んだのは、毒ではありませんよ」
「あれ……」
 不意に力が抜けて、カッシャ―ンという音がしてスプーンが床に落ちた。
 どうして?私には、毒が効かないはずなのに、眠たくなっていく。
「あなたに仕込んだのは、しびれ薬です。睡眠薬としても使われているものなので、もうすぐ意識も失うでしょう」
「何で……」
 その質問には答えずに、騎士は、更に私に近づいてきた。
「俺を覚えていますか」
 私は、何か大事がことを忘れているのだろうか。
 必死に思い出そうとするが、わからない。
「その顔だと覚えていなそうですね。あなたに騙されたエリックですよ。覚えていないのも、仕方ありませんね。あの頃、俺は子供でした」
 きっと私が騙してきたうちの1人だったのだろう。全く彼のことを思い出せない。
「俺の両親は、火事で死亡しました。原因を起こした兄は、責任を感じて自殺しました。1人だけ生き残った俺は、苦しくてたまらなかった。そして、あなたに出会った。『私は、あなたの味方です』そんな言葉を信じてしまいました。家族の魂が救われるという言葉に騙され遺品を捧げました。けれども、あんたが嘘ばっかりついていることがわかった。それは、俺が誰よりもあなたを崇拝していたからわかったんだ。俺だから、誰よりもあなたの近くで働くことを選び、本性に気がついた」
 過去の自分を見ているみたいだ。
 あの時、ハニエルを崇拝していた自分が目の前にいるみたいだ。
「だから、どうした?私がお前を救ったのは、事実だろう。貴様に幸せな夢を見せてやっただろう。だったら、その夢を見続ければいい。私は、もう神以上に神だ。あんな何もしない名ばかりの連中と違って、多くのものを救っている」
 それを聞いたエリックは、なぜか泣きそうに顔を歪めた。
「確かに俺は……救われていた。でも、本物が欲しかったんだ。ずっとそれを求めていたんだ」
 本物って何だ?本当の神のことか。本物の感情のことか。エリックを騙せるほどの嘘をつければよかったのか。
「俺には、あなたを殺せない。だから、あなたを封印することにしました」
「封印だと?私を誰だと思っている?私は、神だぞ」
「違う。あんたは、ただの神を語る人間だ。でも、俺にとっては神のような存在だった」
 エリックは、どこか寂しそうな声でそう語る。彼の瞳は、永遠に日の当たらない海のように悲しそうな藍色をしている。
「俺は、そんなあなたを崇拝していたんだ」
 夜空にたった1つで浮かぶ星のように寂し気なかすれた声で、そう告げられる。
 まるで情熱的な告白をされているみたいなのに、彼の目はゾッとするほど冷たかった。
「この不届き者が!!!私は、神だ‼絶対的な存在だぞ!!!うっ……」
 彼を殺そうとするが力が出ない。強いめまいを感じて目を閉じた。


 そして、目が覚めたら、暗くて狭い遺跡の中に閉じ込められていた。どれだけ助けを求めても、壁を壊しても死ぬことも、出ることもできなかった。 
 200年経っても、悪霊になり魂を貪り喰いながら、フォローノをさまよい続けた。
 そんな私も、もうすぐ死ぬのか……。

「ヨルド‼」

 血だらけで倒れた黒髪の少年の近くに、金髪の少年が駆け寄った。そして、黒髪の少年の呼吸を確認して、安心したように笑みを浮かべた。
 ああ。
 何て眩しい光景だろうか。
 私にだって大切なものは、あったはずだ。だけど、いつの間にか全部、失っていた。どこで道を間違えたのだろうか。神になんて祈らず、目の前のものだけ愛せたら、どんなに良かっただろうか。
いつも何かに憧れていた。見たことのない遠い世界の景色、食べたことのない食べ物、手に入らなかった絵画、見返りなんて求めない無償の愛……。時間と引き換えに、少しずつ何かを手に入れた。だけど、どんな豪華な作品を見ても、心は飢え続けていた。
 神を語り、金や権力を増やし、奪うことばかり考えていた。
 見たことのない景色に憧れてばかりでなく、ありふれた毎日を愛せていたら……。欲しがってばかりでなく、手に入れたものを大事にすれば、もっと違った結末だっただろうな。
 もう愛した人たちの声すら思い出すことができない。
 俺を崇拝してきた人々は、歴史の中に埋もれているだろう。
 何も残せなかった俺の人生は、無意味なものであったのだろうか。
 いや……。
 それでも、俺の名前は、歴史に刻まれた。俺は、ここにいた。

 誰でもいい。
 どうか俺のことを忘れないで欲しい。
 神になろうとした男、ディアネロのことを……。

 風に吹かれた砂のように彼の身体が、夏の夜に溶けていった。
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